「ようやく到着いたしましたね綾那様、歌夜様」
「そうね小波。偵察とはいえ思いのほか時間が掛かってしまったもの」
「うぅ~綾那はお腹が減ったのです……」
遡ること数刻前、剣丞隊所属の将である本多綾那忠勝、榊原歌夜康政と、剣丞の隠密である服部小波正成が、偵察任務を終え兵を率いながら剣丞隊隊舎に戻っていた。
もちろんこの三人も漏れなく剣丞の妻であることは当たり前で、偵察の報告よりも愛する夫に会いたいという思いが果てしなく強いということは秘密である。
そしていよいよ見慣れた隊舎の門が見えてくると同時に小波が何かを感じ取ったのか、表情が険しくなっていく。
「小波?どうしたですか?」
「いえ何やら妙な気配を感じ取りましたので……」
「妙な気配?」
「はい。……この霊力の強さ、陰陽師の類だろうか?それにしても大きすぎる。っ!」
「小波?」
「敷地内から鬼の気配を感じます!!」
「そんなっ!?」
「歌夜!小波!綾那は先に行くですよ!!」
そういうと綾那は、相変わらずどこに収納しているのか不明な愛槍『蜻蛉切』を引っさげて放たれた矢の如く駆け出して行った。
「綾那!!あぁもうあんなところにまで……皆、駆け足!急いで戻りますよ!!」
「「「応!!」」」
歌夜の号令の下、兵達も綾那の後を必死になって走って追いかけていく。当然歌夜が兵の先頭に立って追いかけていくが、大きな懸念がある。
なぜ鬼の接近をここまで許してしまったのか。城下町やそれに繋がる街道沿いは、定期的に見回りが行われており、ひとたび鬼を発見しようものならすぐに討伐隊が編成され狩りつくされる。……まぁ一部独自に動いて鬼狩りをしている武将や部隊もいるのだが。
おまけにここは連合の要である新田剣丞がいる場所だ。当然警戒レベルも段違い。なのに隊舎から鬼の気配を感じるとはどういう事なのだろうか。
「歌夜様!先に向かいます!」
「お願いね小波。どうか気を付けて!」
「はっ!」
その言葉と同時に小波の姿が目の前から搔き消える。流石は隠密。何度見ても見事としか言いようがない。いやそのような事を思うよりも今優先すべきことは一刻も早く隊舎に向かうことだ。
―――そして物語は前回の冒頭へと戻る。
「でりゃあああああああああ!!」
「ぐうっ!」
綾那は全速力で走ってきた勢いのまま蜻蛉切の穂先を酒吞童子の首元目掛けて突き出すが、酒吞童子も脇に置いてあった自らの金棒で防ぐ。
その綾那の槍の一撃は凄まじく、その場にいた全員の鼓膜に強烈な金属音を叩き込む。さらに酒吞童子の背後にいる結菜の瞳には、大きな火花が大量に映ったのだ。
だが、その一撃で綾那も兵達も驚くこととなった。それはそうだ。なにせ『あの』綾那の一撃を『片手』で持った重そうな金棒で防いだのだから。
「鬼のくせに中々やるですね!」
「ちょっと危ないよ!ていうか何でいきなり攻撃なんかするの!?」
「喋れるってことはお前上級の鬼ですね!殺ってやるですよ~~~!!」
「話を聞いてってば~~~!!」
かたや殺る気満々で戦い、かたや涙目で綾那の攻撃を防御していく。本来ならば酒吞童子も牽制のための攻撃をしたいのだが、生憎と近くにセイがいるし下手に攻撃を受け流せば乙姫や結菜にその攻撃が当たってしまう恐れがあるため受けに徹するしかないのだ。
そうした光景を見ていた結菜の隣に、いきなり人影が現れる。小波だ。
「結菜様ご無事でございますか!?」
「えぇ大丈夫よ小波。それよりも綾那を止めないと」
「どういうことですか結菜様!あれは鬼ではありませんか!一刻も早く討伐せねば……!」
「あ~そういえば小波達にはまだ知らせていなかったわね……」
そうなのだ。結菜の言う通り小波達にはセイのことをまだ何も伝えていないのだ。
本来ならば小波のお家流『句伝無量』を使えばあっという間に伝わるのだが、小波達には偵察任務に集中してほしいため、剣丞があえて伝えていなかったのだ。
「これ以上の戦闘は無益です。私が止めさせましょう」
「いいの閻魔天様?」
「えんまてん……?結菜様どういうことですか?」
小波の疑問の声を聞き流し、閻魔天は綾那と酒吞童子の間に門を出現させるべくセイから霊力を多めにもらい受けようとしたその時だった。
「くうぅ……綾那の攻撃を防ぐばっかりで面白くないです」
「だから私の話を聞いてってば~!」
「お前を討ち取ってから聞いてやるです。それにしても何で綾那のこと攻撃しないですか?」
「攻撃する理由もないし意味もないからだよ!確かに私は鬼だけどマガツヒモドキじゃないもん!」
「もういいです。さっさとお前を倒して仲間の鬼も倒してやるです!!」
ブチッ
「仲間の、『鬼』?」
「隙ありなのです!!せりゃああああああ!!」
一瞬呆けた酒吞童子の隙を見逃さず、綾那は蜻蛉切を突き出す。
だが、その攻撃は防がれる。
酒吞童子が、蜻蛉切の穂先を、思い切り歯で噛んで止めたのだ。
その光景に今度は綾那が呆ける番だった。
綾那も自身の攻撃を防がれたことだってあるが、こんな非常識な方法で蜻蛉切の一撃を防がれたことはない。
それどころか蜻蛉切を引き抜こうとしても、まるで岩に突き刺さったかのようにピクリとも動かないのだ。
「あの子、やってしまいましたね」
「どういう事なの閻魔天様?」
「酒吞童子は本来とても優しい鬼です。その優しさ故に彼女は面倒見もよく周囲の仲間である『鬼』に慕われる。もちろん、そんな自分を慕ってくれる『鬼』を大事にしています。だからこそ、仲間を貶すような発言をすれば激怒する。それをあの子はやってしまった」
「え、じゃあ……」
「しかと目に焼き付けなさい。本来の『鬼』というものを」
嚙んで止めた蜻蛉切を、金棒を持っていない左手で掴み口を離す。
当然その間も、綾那は蜻蛉切をどうにか動かそうと力を籠めるもまるで意味がない。
その時、ふと酒吞童子と目が合う。いや、合ってしまった。さっきの涙目の顔とは打って変わり、何者の心に恐怖を刻み込むような怒りの表情を浮かべていたのだ。
「てめぇ……『オレ』の仲間を倒すだぁ?随分ふざけたこと抜かすじゃねぇか!!あぁ!?」
「な、なんなのです……?さっきとは全然ちがうのです……」
「セイも、ナギも、陰陽寮の『仲間』も!オオエ山、イブキ山の『仲間』も誰一人としてやらせねぇ!!そういやさっき言ってたな。オレはそんなもんかってよ。だったら見せてやる……!!」
『オオエの鬼の本領だぁ!!!』
すると酒吞童子は、握っていた蜻蛉切を綾那ごと上空に思い切り放り投げた。
「あ、綾那、投げられて……!」
それだけではない。すぐ下から今度はドカン!!と石火矢の砲撃音と聞き間違うような轟音が鳴り響く。それは酒吞童子がその場にしゃがみ込み、地面に両手を手首まで突っ込んだ音だったのだ。今度は何をするのかと綾那は空中で体制を整えながら見ていると、『それ』は起こった。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんと酒吞童子は両手を突っ込んでいた地盤ごと引きはがし持ち上げたのだった。その大きさたるや普段糧食等を運ぶときに使う荷車を二、三台合わせたようなもので、その重さもちょっと想像できないだろう。
おまけに長年さまざまな人が歩いたりしているため、思い切り踏み固められた地面だ。強度だって相当なもの。この地盤を引きはがす際、それこそ岩を砕くようにバキバキと音がしたのだから。
さて、ここで今の状況を整理してみよう。
上空には綾那という『的』。
それを鋭い眼光で睨みつける酒吞童子の両手には巨大な地盤という『球』。
そして酒吞童子は『仲間』を貶され怒髪天。
ここから導き出される答えは、行動で示された。
「これでも、くらっとけぇぇ!!」
酒吞童子はその地盤を全力で綾那に向けてぶん投げたのだった。
誰もが空を見上げて声を失う。果たしてこのような状況、今までに見たことがあるだろうか?いや、そんなことはない。
それは今まさに投げられた地盤が衝突しそうになっている綾那にも言えること。上空にいるため体制を変えることも出来ないため、彼女はいい的と化している。目の前に迫る地盤を見つめながら綾那は思う。『あぁ自分はここで死ぬ』
その時だった。
『開け獄門。私の地獄、見せてあげる』
綾那と迫りくる地盤との間に巨大な門が出現し、投げられた地盤は開いた門の向こうに存在する地獄へと飲み込まれていったのだ。こんなことが出来るのは当然閻魔天だけしかいない。視線を向ければ閻魔天が笏の先端を酒吞童子目掛けて指していた。
そして自由落下していた綾那は、落下地点でスタンバっているアスカとイズナとナギがキャッチしていた。
何とか死傷者はゼロ。だが、酒吞童子の怒りは収まらなかった。
「閻魔天!てめぇ何のつもりだ!?」
「殺人事件を防いだまでですが?」
「だけどあいつは!」
「あなたが人を殺すことをセイが望むと?」
「それは……」
「一先ず矛を収めなさい酒吞童子。本多綾那忠勝。あなたもです。いいですね?」
「わ、わかったのです……」
この場を治めるため、閻魔天は凛とした声で酒吞童子と綾那に沙汰を申し渡す。流石は地獄の裁判官。喧嘩の仲裁などお手のものだ。……喧嘩どころか殺し合いだったのだが。
「それと酒吞童子。もしやまだ気がついていないのですか?」
「?」
「あなた、さっきから無意識にセイから霊力を奪っていたのですよ?そうでなければ、あのような怪力が出せるわけありません」
「え……?あぁ~~~!!」
閻魔天の言葉を聞いた酒吞童子はセイの方へ視線を向けると、乙姫に膝枕をしてもらいながら目を回して見事に気絶しているセイの姿があったのだ。
そもそも霊力とは魂から滲み出る力だ。当然その力が減れば魂の力も減ってしまい最悪命に関わることになってしまう。
何度も言っているが、セイはその霊力が元の量から極端に減ってしまっている。そんなセイから無理矢理魂の力を奪えばどうなるか。その答えは見ての通り死にかけて気絶する。この状態のことを『霊力切れ』と呼ばれている。
「セイ~~~!!死なないで~~~!!」
「酒吞童子さま。大丈夫ですわ。セイさまはただ気絶なさっているだけですので」
セイの頭を撫でながら、内心『役得ですわ~!!』と微笑む乙姫。そして微笑んだ瞬間、綾那を追っていた歌夜達が追いついて、ようやくこの場は納まったのだった。