馬の息遣いに蹄の音。
荷車の車輪が回る音に、その車輪が地面に当たる音。
具足が擦れる音。
様々な音が折り重なり、大勢の人が列になって移動しているのが分かる。
現在剣丞隊は京へと行軍している。道行く人は何事かと思いながら平伏するが、その中に新田剣丞の姿を見れば、あぁ大規模な鬼の討伐か、どこかの城か女を落としに行くのだろうと考える。『新田入れば落ちにけり』とはよく言ったものだ。
そしてその一向の後方、具足を身に纏うわけでもなく、馬に跨るでもなく、荷車を引くわけでもない三人組がいた。セイとナギと大きめな笠を被って耳を隠すアスカだ。
出発前、セイ達は誰を連れて行こうかと話し合いになった。その結果、このような組み合わせとなったのだ。
もし仮に、剣丞隊隊舎付近で式神絡みの事件が起きた際に対処出来るよう、これまで合流した式神を残し、その指示役としてイズナも置いてきた。それにセイがいない間に、そちらに式神が行ってしまったとしても問題はないだろう。
だがまぁそれでも乙姫は最後までセイについていく!と抗議はしていた。そりゃ毎日のように結婚話をしているのだから当然だ。結局京へ出発する前日に、セイとの添い寝の権利を与えてどうにかしたことは内緒である。
「いや~それにしても圧巻っスねご主人」
「そうだねアスカちゃん。大名行列だよ大名行列!私初めてだよ!」
「それは僕も同じかな。ん~流石連合の要だね。騎乗姿もかっこいいや」
セイの視線の大分先には、馬に跨り何やら周りの兵と話している剣丞の姿が見える。ちなみに今回剣丞と共に京へ行くメンバーは、ひよ、ころ、ちい、詩乃、綾那、歌夜、小波、さらに久遠だ。
名目上、鬼に関する情報共有のための上洛であるし、何より公方である一葉に挨拶の一つや二つしに行ったとしてもおかしくない。まぁ久遠にしてみれば、久々に剣丞との遠出なので嬉しくしているのは内緒だが。
「少々よろしいでしょうか?」
「えっと確か……小波さんだっけ?」
「はい」
セイ達の背後に音もなく現れる小波。普通の人ならばいきなり背後から声を掛けられれば驚くであろうが、セイは驚く素振りもないない。まるでこの様な場面に何度も遭遇しているかのようだ。
「あと僅かで京に到着致しますので、念のためもう一度確認をしておこうと思いまして」
「ん、了解。僕達はただでさえ目立つからね」
「では……」
そうして話始める小波であったが、本当は別の目的がある。
それはセイ達の監視だ。
この事は歌夜から頼まれたことで、先日の綾那と酒吞童子の戦いを見て決めたことだ。何せあの綾那があと一歩間違えれば殺されかけていたのだ。それは警戒もするだろう。まぁ本当は歌夜に頼まれなくとも小波個人で観察する予定だった。
小波は剣丞の隠密だ。自分の主人の身の安全を確保することは当然のこと。
なのでこうして機会があればセイ達と話しながら怪しい箇所がないかどうか調べているのだ。ただ今のところ怪しい箇所はない。今のところは。
「じゃあ僕達は京に入る時、後方の列から上手く離れてから剣丞君達と合流すればいいんだね?」
「はい。申し訳ございません」
「謝る必要なんてないよ。誰だって僕達みたいなのを見れば怪しむからね」
「ありがとうございます。それでは後ほど」
小波は伝えるべき事を伝えると一瞬にして姿を消した。流石は一流の隠密。これぐらいは朝飯前なのだろう。だがそれを見てもセイは驚かない。なにせ彼もそのような光景は見慣れているのだから。
「セイ、見えてきたよ」
「あれが京の都っスか~」
ナギとアスカの言う通り、遠目に京の都が見えてくる。いよいよ到着したのだ。ということで。
「それじゃあ僕達は別ルートで京に入ろうか」
「了解っス!」
「うん!」
さっきの打ち合わせ通りに隊列から離れて京に向かうのだった。
「じゃあ都の復興なんかも剣丞君の部隊が率先してやってたんだね」
「基本的に剣丞隊は何でも屋みたいな部隊だからね」
「むしろ剣丞様が一番先頭に立ってやっていますよ。皆さんの世界にはこういう京みたいなところってあるの?」
「うーん……陰陽寮がそれに近いのかなアスカちゃん」
「多分そっスね。でもこんな風に日ノ本の中心、みたいな感じじゃないっス」
「ほえ~そうなんだ」
「僕の世界では陰陽師が事件なんかを解決しているから、自然とそうなったって感じかな」
セイ、ナギ、アスカは、上手いこと京の都に入り込み、あらかじめ決めていた合流地点へと向かい、そこで待っていたひよ子、転子と合流し、その二人に案内されながら剣丞達の元へと向かっていた。
畏きところとは言われてはいるものの、その実情はまるで正反対。栄えているどころか所々街並みがさびれている場所が多々ある。
おそらく幕府自体の予算も乏しいのだろう。金がなければ世の中は回っていかない。もしここに『彼女』がいたとしたら、少しは変わるのだろう。何せ彼女は商売人なのだから。そんな事を思いながら京の町並みを歩いていると、目的の場所がようやく見えてきた。
「あれが二条城か……」
「はい。公方様と御妹君であらせられる双葉様が住まわれているお城です」
「お待ちしておりましたぞ。ひよ子殿、転子殿」
「「幽さん!」」
目的の城、二条城の門の前に誰かが待ち受けており、その人はこれまた丁寧にセイ達に挨拶をしてくれた。
「あなた様が剣丞殿がおっしゃっていた陰陽師殿で相違ありませんかな?」
「そうです。僕の名前は蘆屋清明。長ったらしいのでセイと呼んでください」
「えぇとナギです」
「アスカっス。ご主人の式神っス!」
「これはこれは。先に名乗られてしまいましたな。某の名は細川幽藤孝。長ったらしいので、どうぞ幽とお呼びください。さて、この様な場所で立ち話はまずいので剣丞様の元へ参りましょうか」
そう言って幽はセイ達を城の中へあっさりと招き入れた。
本来何の面識のない人間を城に入れることはないのだが、幽の主とその夫である新田剣丞が許可を出しているのだから逆らえるはずもない。
だから小波と同様に幽も警戒をしている。ここには連合の要と天下の公方様がいるわけなのだから当然と言えば当然だ。
そんな事を知ってか知らずか、セイ達はひよ子と転子とおしゃべりをしながら幽についていく。
「じゃあ剣丞隊のみんなもこの城に入ってるんだ」
「あれだけの人数の部隊がこのお城にいるんだね。何だか私びっくりだよ」
「ここも大分くたびれてはございますが、ちゃんと城としての機能はございますゆえ。ただまぁ修繕しようにも、幕府の財布は中身が寒いですからなぁ……」
「あー確かにイズナちゃんもそんな事言ってたっスね。予算がどうとかなんとか」
「おや、そちらも世界でもそうなのですか?」
「陰陽寮の年間予算にも限りがありますからね」
「どちらの世界も世知がないですな……」
この時セイと幽以外の人物には、セイと幽の後ろにそれぞれ鬼の能面を付けて呪符を指に挟んでいる陰陽師と、これまた同じく鬼の面を付け野太刀を振りかぶる甲冑姿の武士が見えたのは秘密である。
どうやら互いに信用しながらも警戒しているようだった。
そして一行は二条城の広前へと到着すると、上座に剣丞とおそらく彼の妻であろう女性達が待っていた。ということでセイ達は当たり前のように下座へと正座をした。
「剣丞君ごめんね。思ったよりも時間かかっちゃって」
「大丈夫だよ。じゃあ紹介する。今、俺の隣に座ってるのが」
「余は足利一葉義輝。主様の第二正室であり征夷大将軍を務めておる。そして……」
「妹の足利双葉義秋と申します。私のことは双葉とお呼びください」
「余も一葉で構わん。ふむ、お前が主様や久遠がおっていた陰陽師とその式神か。証拠はあるのか?」
「ございます。アスカ、笠を外してくれないか?」
「はいっスご主人」
そうアスカは言うと、今まで被っていた笠を外して隠していた耳を一葉と双葉に見せた。今まで笠によって窮屈な思いをしていた耳が解放されたためた、ピコピコと動いている。
その様子をポカンとした表情で見ている一葉と双葉と幽に、自分達も初めはそんな表情をしてたっけと剣丞達は思い出すのだった。
「主様!これは幻ではなく本物なのか!?」
「何と面妖な……これでは鬼の方が子供に見えますな」
「あの、アスカ様?そのお耳を触らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいっスよ。あ、でも敏感なんで優しく触ってくださいね?」
「はい。では……」
双葉はアスカの元まで近づくと、恐る恐るではあるが、アスカの耳を触っていく。
本来であれば、まず幽が危険がないか先に触るはずなのだが、未だにアスカの姿を見た衝撃が抜けないのか一歩後れてしまう。それは一葉にも言えることで、双葉に遅れを取った!と内心悔しがっていた。
モフっ……
モフっ、モフっ……
モフっ、モフっ、モフっ……
そんな一葉の心を知ってか知らずか、双葉は夢中になってアスカの耳を触る。
とにかく触り心地がとても良く、いつまでも触っていられる。おまけに質感も体温も人のソレと同じで、これはつけ耳ですと言われても噓だと言ってしまえる。正に正真正銘本物の耳で間違いない。
「これ双葉、独り占めするでない。いい加減余にも触らせぬか!」
「お待ち下さい一葉様。こういう事はまず某が触って……」
そう言って双葉同様二人もアスカの耳を触ってモフモフしまくる。本当のところアスカは触られている耳がくすぐったくて仕方がなかったのだが、自分が本物の式神であり、その主であるセイが陰陽師であるという証明であるのならばと耐えていく。
そして三人とも十分すぎる程にアスカの触り心地のよい耳を堪能していった。
「どうであるか一葉。これで剣丞や我の言葉を信じるに値したであろう?」
「うむ。初めは世迷言かと思うたが本当であるな。しかし、余にはそれ以上に信じられぬことがある」
「どういうことだ一葉?これ以上に信じられぬ事とは何だ?」
「それこそ決まっておろう。主様が男を連れて来たことじゃ!!」
「え、そこ!?」
あまりに予想外の回答に驚く剣丞であったが、これまでの経験則からすれば、そう思うのも当然であろう。何せ『あの』剣丞なのだから。
「いやはや、遂に女性に飽き足らず男にまで手を出すとは……これでは奥の管理も大変なことになりましょうな。よっ!天下御免の誑し者!」
「幽それ違う!誤解!誤解だから!」
「旦那様、もしや我々に飽きてしまわれたのですか……?」
「双葉待って!違うからね!?そんな悲しそうな顔しないで!!」
「そっか。最近視線を感じると思ってたけどそういう事だったのか。剣丞君、君の想いは嬉しいけど僕にそんな趣味はないからね?」
「セイまで乗るなよ!お前分かっててやってるだろ!!」
「剣丞……お前やはり……」
「お前やはりってどういうこと久遠!?」
「安心しろ冗談だ。ま、まぁ本当に我らに飽きているのならば、その、なんだ……こ、今夜にでも相手をしてやるからな!!」
「待て久遠!それならば余も一緒じゃからな!絶対だぞ!!よいな!!」
あぁこれがイズナちゃんから教えてもらった『かおす』なんだなぁと思いながら、一旦みんなを落ち着かせるためにナギが話題を変えるために口を挟むことにした。
「あの~一葉さん、ここ最近不思議な事件が起こっているって剣丞さんから聞きましたが、すぐに解決した方がいい事件ってなんですか?」
これでいいはずだ。セイが以前教えてくれた。話が脱線しそうなら声でも何でも大きな音を出して本題に戻す。そうすれば一先ずその場は落ち着くと。
「うむ、そうじゃな。一先ず今宵の伽は余と久遠が務めるとして」
「まて一葉!我は承諾していないぞ!?」
「さっき相手をすると言うたであろうが。ならばあれじゃな。幽、あれを」
「は」
一葉がそう言うと、幽は一旦広間から顔を盛大に赤らめた久遠の横を何食わぬ顔で通り過ぎ出ていくと、すぐさま大量な書類の山を持ってやって来た。
「これらは全て都周辺で起きている奇怪な事件を足利衆に命じて調べさせたもので、これらはその中でもさらに奇怪な事件や事象を書き記したものでございます」
「え、俺知らないんだけど?」
「最初は鬼の動向を探るために始めたことだったのですが、やがて鬼だけでなく野盗に山賊、人攫いに神隠しなど拾う情報が増えましてな。幸いにもこちらで処理出来る問題はこちらで解決していましたので」
本当はお姉様が運動がてらこっそり城を抜け出しては大暴れしていましたと言いたい双葉だったのだが、今は事件のことを優先しなければならないのでぐっと堪えていることは詩乃には筒抜けになっていた。
そしてその書類の山から幽が何やら書かれている紙を一枚取ってセイに渡し説明を続ける。
「今お渡しになった紙に書かれている事件を解決して頂きたいのです」
「その事件って一体どんな事件なんだ幽?」
幽曰く、その事件とは近隣の山で降り続く雨のことだという。
よく山の天気は変わりやすいと言われているが、その山で働く木こりや猟師の話では、有り得ないぐらいの長雨だというのだ。しかもそれだけではない。その雨というのが一つの山にだけにしか降っていないのだ。雨雲が移動することもなく、昼夜問わずただひたすらに降り続いているのだそうだ。
「幸い雨の勢いは弱く、川の氾濫や増水の心配はないのですが、何分の長雨、地盤が緩み土砂崩れの恐れがございますからなぁ」
「だからこの事件を早く解決して欲しいってわけか」
その説明を聞きながら、セイは書類に書かれている内容に何度も目を通す。本来であれば他の資料と突合せさらに調べてから事件に臨むのだが、土砂崩れが起きる可能性があるのなら一刻も早く解決しなければならない。
「……では早速明日にでもその山へと向かいます。もし解決出来そうであれば何とかします。それで宜しいでしょうか?」
「こちらはお願いすることしか出来ませぬから、全てそちらにお任せ致します。それと報酬なのですが……」
「問題ありませんよ。今の僕は剣丞隊ですから。報酬は剣丞君からふんだくりますよ」
「さすがセイ殿!では準備の手配はおまかせを♪」
「セイ!幽!それ俺の財布から払うのかよ!?」
「「そうだけど?」」
「勘弁してくれよ……」
「これくらいで泣き言言ってたら身が持たないよ剣丞君。それに、僕は剣丞君より泣かされる事になるかもだからね……」
「アイツのために我の居場所を伝えてやっていると言うのに……余程アイツは我に『泣き顔』を見せたいようだな……」