それでは、楽しんでいただけたなら幸いです
「では本当に乙姫様や閻魔天様がおられるのですね」
「そしてまさか酒吞童子まで存在するとは……俄かには信じられない話でございますな」
「今度会わせてあげますよ。閻魔天はもしかすると勝手にこっちに来る可能性もありますけどね」
件の雨が降りやまぬ山へと向かうセイ一行は、その山へと続く道を相変わらずのんびりと歩いて向かっていた。
今回のメンバーは、セイ、ナギ、双葉、幽の四名で、剣丞隊も松平衆も足利衆も連れていない本当に四人だけ向かっていたのだった。
あれ?そういえば剣丞はどうして来なかったの?と思う方もいらっしゃるだろう。だが、どうしても剣丞には一緒に行くことが出来ない理由があった。それが何かと言えば答えは簡単。
「いててて……」
「足腰立たぬとは正にこの事か……あたたた……」
「主様よ……。いくら久しぶりだからと言うても限度があろうが……」
「はいはいお三方、セイ殿が作って下さった軟膏ですよ。申し訳ございませんアスカさん。塗るのを手伝って下さいませんか?」
「もちろんっスよ詩乃ちゃん。それじゃ腰に塗っていきますよ~」
こういうことだった。まぁ早い話、剣丞は夫の務めを果たし、久遠と一葉が一晩中相手をしたということだ。三人とも久々だったためか燃えに燃えてしまった結果こうなったのだ。
「しかしまさかあのような事になってしまうとは。なさけない限りでございますなぁ」
「お姉様も久しぶりに旦那様とお会い出来る事を楽しみにしていましから仕方ありませんよ幽」
「そうおっしゃる双葉様も本当は混ざりたかったのでは?」
「そ、それはその……もう幽!」
「まぁ冗談はこのぐらいにしておきまして。到着いたしましたよ。セイ殿、ナギ殿」
四人の目の前には、木々が生い茂るなだらかな山が存在していた。自然豊かなこの山は、近隣の住民にとっては生活の糧ともなる山であると小波から出発前に教わった。
しかしそれは普段通りの山である時だ。今は違う。
その山の裾を境として、山全体まんべんなくしとしとと雨が降っていたのだ。
「すごいねセイ。私たちもこんな景色見たことないよ」
「そうだね。そしてこの事件の原因の霊力を感じ取ったよ」
「では、この雨はセイ殿の式神が引き起こしているということですかな?」
「九分九厘そうです。それじゃあ傘をさして行きましょうか」
四人とも持ってきた朱塗りの唐傘をさすと、意を決して山へと入っていく。
セイとナギは慣れっこであるから、さして緊張した様子はないのだが、双葉と幽には初めての経験のためしっかり緊張の面持ちを浮かべている。
鬼という存在と相対してはいるが、異世界の住人、それも式神とくれば当然であろう。
「双葉ちゃん、足元気をつけてね。雨で濡れてるから滑っちゃわないようにね」
「はい。ありがとうございます、ナギ様」
「う~ん、何だか『様』って呼ばれるとくすぐったいよ~私のことはナギちゃんでいいから」
「ふぇ?え、ええとそれでは、ナ、ナギちゃん?」
「は~い!」
ナギはおそらく良くも悪くも純粋なのだろうと幽は考える。まるでシミ一つない白色の布のように。だからこそ純粋培養で育ってきた双葉と波長が合っているのだろう。では改めてセイはどうなのであろうかと視線を向けるとギョッとした。
何せセイの所に降っている雨の勢いが、まるで酷い嵐の様な集中豪雨になっていたのだから。しかもおまけにセイが移動すると、その集中豪雨もセイを追いかける様に移動しているのだ。
「セイ殿!?その雨は一体どうしたことなのですか!?」
「多分向こうが僕に気が付いて、さっさと来いって怒っているんだと思う。みんなは大丈夫?濡れたりしてない?」
「私は大丈夫だよセイ。双葉ちゃんは?」
「はい。私も平気です。ナギさ……えっとナギちゃん」
「式神の力とはこの様なことまで可能とは驚きですな……まさに人外の力。公方様がご覧になればさぞ驚くでございましょうな。悔しがる顔が目に浮かびまする」
そんな幽のブラックジョークを聞きながら、一行はセイの誘導に従い移動を始める。
途中何度か休憩を挟みながらの移動だったが、休憩となると雨脚が弱くなり落ち着くことが出来た。……逆にセイに降る集中豪雨は時間とともに勢いを増していったのだが。
そしてセイに降りそそぐ雨の勢いが最早滝のそれと変わらないんじゃなかろうかという時に、一行は目的地である山の頂上へと辿り着いた。
そこには神秘的な光景が広がっていた。
相変わらず空は曇り雨が降っているのだが、山頂にあたる場所のみ円形に雨雲がなく、直線状に日の光が差し込んでいる。その光に音もなく優しく降り注ぐ雨が乱反射してキラキラと輝き、おまけとばかりに小さくとも美しい虹が現れていた。
そしてその中心に、この事件を引き起こした人物がフワリと宙に浮かんでいたのだった。
「ようやく来たか。遅いぞセイ」
「―――!―――!!」
「ん?何を言っている?我に聞こえるように声を張り上げぬか」
「―――!!―――!!!」
「だから何を言っているのだ?……ほう、『もっと雨を降らせろ』か。いいぞ、たんと味わうがいい」
そう言って彼女は軽く腕を降る。その瞬間、セイに降っていた雨の量が倍増し、最早傘が傘の意味をなさなくなっていた。むしろ傘から雨が降っているようにも見える。
これまでの事を考えれば、彼女こそこの雨を操っている張本人なのだろう。しかし未だセイを除く三人には気がついていないようだった。
そんな中、なんと双葉が意を決して彼女に声を掛ける。
「申し訳ございません式神様。私達の話にお耳をお貸しいただけませんか?」
「む?お前は……誰だ?」
「はい。私の名は足利双葉義秋。どうぞ双葉とお呼びくださいませ。式神様、どうか御身のお名前をお教え願いたいのですがよろしいでしょうか?」
「名か……。久しぶりにセイの泣き顔を拝めた礼に教えてやる。我に名はない。が、善如龍王と周囲から呼ばれている」
善如龍王(ぜんにょりゅうおう)
雨乞いの対象である龍王の一尊。伝承によれば空海の雨乞い儀式に応じて雨を降らせてくれたそうな。気になる方はwebでcheck!
「善如龍王ですと!?」
「も、申し訳ございません善如龍王様!!知らぬこととはいえご無礼を!!」
大慌てで善如龍王に傅き許しを請う二人。それもそうだろう。何せ相手は龍王だ。仮に龍王の怒りに触れることをしてしまえば、セイではないが日ノ本中に豪雨を降り注がれる可能性だってあるのだ。
「我には何が無礼なのか分からぬ。いや、そうか。そうだな。確かに無礼であるな。どうしてくれようか?」
双葉と幽は身体中に冷や汗をかく。善如龍王は確かに言った。無礼であると。つまり知らずに彼女の逆鱗に触れるようなことをしてしまった事を指す。
「恐れながら善如龍王様。あなた様のお怒りを鎮めて下さるというならば、この細川幽藤孝、喜んで某の命を差し出す所存にございます。なのでどうか双葉様に危害を加えることだけはお許し願いたい所存でございます」
「幽!それはなりません!」
「なぜ我が貴様らの言うことを聞かねばならないのだ。どうするか決めるのは龍王たる我だ」
ミシリ。と空気が軋むような感覚が襲い掛かる。発生源は当然目の前の善如龍王その人。これ以上言葉を重ねても無断であろう。何を言ってもどんどん機嫌を損なうだけである。何せ『あの』幽が冗談も言えなくなるぐらいの圧力がこの場を支配していたのだから。
もはやこれまで。そう思った時だった。
「ぶはっ。あーきつかったー。身体冷えちゃったよ……」
まるで危機感のないセイが、ようやく雨地獄から解放されたのだ。見れば全身ずぶ濡れで、服や髪の先からとめどなく水が流れていた。
「善如龍王、せめて滝雨じゃなくて台風雨にしてよ。一滴一滴が痛いし、作った呪符が全部ダメになっちゃったよ……」
「お前が早く来ないのが悪い。それにしても、こうまで濡れていては泣いているのかどうか分からんな」
「雨粒痛くて泣きまくってたからね?」
あまりにも善如龍王に対して気安く接するセイに双葉と幽は驚いてしまう。でもそんな光景をナギはニコニコとしながら見ている。なにせ善如龍王は、言うこと成すこと辛辣ではあるが、心の底は名前の通りなのだと知っているからだ。
「あれ?何で双葉さんと幽さん傅いているの?濡れちゃうよ?」
「いやいやいやセイ殿!彼のお方は龍王様なのですぞ!傅くのは当然でしょうに!」
「大丈夫だよ。ただちょっと人の泣き顔見るのが好きなひねくれ龍王ってだけだから」
「我にそう言えるのはお前と『アイツ』ぐらいなものだ。そして、どうやら不遜な輩が群れで来たようだ」
『グルルルル……』
『オォォォォ……』
「なっ!?」
「鬼があんなに……」
そう。双葉の言う通り山頂を囲むように鬼が群れでやってきたのだ。幽も鬼の気配に気付けなかったようで顔をしかめる。なぜ、ギリギリまで気が付くことが出来なかったのかと。
「これ大方雨で気配が消えていたんじゃないの?」
「だろうな。どうやら我が撒いてしまった種のようだ。たまには運動でもするか」
善如龍王はそう言うと本当に軽く右手を挙げる。その瞬間、今まで聞こえていた雨音が消えうせた。いや正確には降っていた雨粒全てがその場で静止したのだ。
「宙に雨粒が浮いている……」
「……綺麗」
雨乞いの龍王。それすなわち雨を操る龍王。これしきの事など造作でもない。
『照覧せよ。これぞ百石の降雨よ』
善如龍王がデコピンの要領で指を軽くはじく。
すると今まで宙に静止していた雨粒が、凄まじい速度と勢いで放射状に弾けたように飛散していった。その勢いたるや岩をも穿つような破壊力。当然弾かれた雨粒は鬼の身体を簡単に貫通。鬼をあっという間に消滅させてしまったのだ。
そして、山全体を覆っていた雲が瞬く間に晴れていき、以前のように日の光が降りそそぐ山へと戻ったのだった。
「こんなものか。おい、いつまで這いつくばっている」
「霊力ギリギリまで持っていってソレ言う……?」
「霊力切れで気絶しない程度にしてやった我の優しさにむせび泣いて感謝しろ。さて、おい双葉だったか」
「は、はい!」
「お前の思う一番美味い団子をお前が買って我に寄越せ。それで我に対する無礼は取り消してやる。いいな?」
「お団子、ですか?」
「二日以内だ。守れなければお前の住む土地を雨で沈める。おい、早く立って我をお前が住んでいる場所にまで案内しろ」
「仰せのままに、龍王様……」
フラフラと立ち上がるセイに雨デコピンを打ちながら急かす善如龍王。いや何もそこまでしなくてもいいんじゃないかと思っている双葉と幽だったが、よくよく考えてみると善如龍王はセイもナギも双葉も幽も鬼の脅威から守ってくれた。
「イズナちゃんは善如龍王さんを『悪女龍王』って呼んでいるけど、本当は優しい龍王さんなんだよ。だからどうか誤解しないであげてね?」
「ナギちゃん……」
「しかしナギ殿、某には一つ疑問がございます。善如龍王様の仰っていた『無礼』とは一体何でしょうか?」
確かにそう善如龍王は言っていた。だが、善如龍王の性格と趣味を知っている者なら分かる。理由はきっとこれだ。
「えっと多分だけど……何もしていないと思うよ。そう言った方が二人の泣き顔を見れると思ったからじゃないかな?」
双葉と幽が見事にズッコケたのは言うまでもなかった。
「ようやく見つけたぞ我が教え子よ。待っていろ。すぐに『先生』も合流することにしよう」