今日も二条城の縁側で、よく晴れた空を見ながら善如龍王が団子を食べており、その傍らで静かに本を読む双葉の姿があった。というか、この光景が二条城の日常へと組み込まれつつあった。
「今頃あいつらは目的地か」
「例の古寺ですか?」
「あぁ。しかしお前の姉、どうにかならないのか?よくあの性格でこの国の将軍なんてやれているな」
「ええと、政の時にはちゃんとしていますので……」
「ま、仮面の使い分けが出来なければ将軍なんぞやれはしないか」
「くしゅん!」
「一葉?風邪でも引いたのか?」
「誰ぞ余の噂話でもしておるのか?」
「きっと剣丞君が一葉さんのこと心配してるんじゃないかな?流石は征夷大将軍。愛されていますなぁ」
「うむ!余も常に愛しておるからな!」
「先生もセイのことを大切に思っているよ」
「ありがとね、先生」
現在、セイ、一葉、鬼一法眼の三人は、報告書にあった古寺に向かうため山道を歩いていた。本当だったらセイと鬼一法眼だけで行く予定だったのだが、さて山道に着いたと思った時に後ろから一葉が走ってやって来たのだ。
え?なんで?と思った二人は一葉の息が整うのを待ってから理由を聞くと、『双葉だけずるい!余も陰陽師の仕事を間近で見てみたい!』というお前子供か?とツッコミたくなるような理由だった。
まぁここで大人しく帰るような性格でもないし、二条城からこっそり抜け出しているとは剣丞から聞いてはいたので、自分達の言うことをちゃんと聞くことを条件として、一緒に行くことになった。
「しかし謎の赤い光、か。鬼火の類か?」
「実際に行って見ないと分からないよ。それに場所がお寺だしね。神仏が荒神になっている可能性も無きにしも非ずってね」
「なるほど。そのような事もあるのだな」
「セイ、一葉、着いたぞ」
そこはまさに『古寺』だ。誰が見てもまったく人の手が入っていないことが分かる。おそらく境内であったであろう場所は様々な草が生い茂り、寺自体も壁や柱は見事に汚れ、所々腐食してボロボロの状態だった。
「うーわーこりゃひどいや」
「忘れられた寺、か。寺社奉行に伝えておかねば。だが予算がなぁ……」
「荒神の気配はない。悪霊の痕跡もなければマガツヒモドキの気配も感じられない。セイ、お前はどうだ?」
鬼一法眼の問いに、すでに瞳を閉じて集中するセイの姿があった。流石、と思いながら鬼一法眼も周囲の警戒を怠らない。ただ今は気配がないだけか、上手く痕跡を消しただけの可能性もあるからだ。
「あ」
「セイ?」
「ついに式神か!?」
「うん。みんな僕のおでこに注目」
セイの言う通り二人は彼の額を見ると、赤い点のようなものがくっついていた。しかもその赤い点はセイが動いても額の真ん中から外れることはない。ということは、誰かが意図的にこの赤い点を誘導している事になる。
「もしや例の赤い光の原因が近くにおるのか?」
「うん。寺の屋根の上」
「なに!?」
一葉は寺の屋根に視線を向けると『彼女』はいた。というか、浮いていた。
「ふふ。やっと来たねセイ。僕はとっても待ちくたびれたよ」
一葉は腰の愛刀の柄を握る。が、本能で感じる。『彼女』には勝てない。人間が何万も集まり全力で立ち向かっても敗北を喫してしまう。そんな存在だ。
そしてよく見ると、彼女の手のひらには梵字が刻まれている。そしてその梵字を一葉は知っている。
「僕は赤い光で分かったよ。色々忙しかったんだ。許して、火天」
火天(かてん)
十二天の一柱。火を神格化したもので、インド神話のアグニが仏教に取り込まれた存在でもある。東南の守護神。気になる方はwebでcheck!
「あれが十二天の一柱、火天なのか……」
「この世界はとても素晴らしい。なにせ君らと違って僕を恐れてくれるのだから」
「恐れる……?」
「そうさ!僕は原初の火!火はあらゆる存在に恐怖を与える存在!だから、そこの君も僕のことを存分に恐れるがいいさ!」
恐れない。ということの方が難しい。
相手は神仏。善如龍王ではないが、何をしてしまったら無礼に値することなのか理解出来ない。そして、人間は自分の理解出来ないことに恐怖する。
これならまだ鬼の大群に囲まれた恐怖の方がマシだ。そう一葉が思っていると、まるで友達としゃべるかのようにセイは火天に話しかけた。
「火天、いい加減僕のおでこのこれどうにかしてくれない?流石に恥ずかしいんだけど」
「だめだ。それは僕を探しに来なかった罰だ。分かっているよね?その赤い光の意味を」
「この光に触れている存在は急激に熱せられ火達磨になる。何回も見てきたから理解しているよ」
「なんだと!?それは本当なのかセイ!?」
「うん本当」
なぜここまで恐怖心のない表情でしゃべれるのか、恐怖を通り越して関心まで覚える一葉だったが、ここで鬼一法眼がようやく動いた。……なぜか竹の皮に包まれた弁当の握り飯二つを持ちながら。
「久しいな火天。早速で悪いのだがこれを頼む」
「え?なにを?」
「温めてくれ」
「いやちょっと待って法眼。僕の言ってたこと覚えてる?僕は原初の」
「音に聞こえし霊獣殿には、握り飯一つ温めることも難しいことだったのか。すまない。法眼先生はまた間違えてしまった……」
「そんな悲しそうな表情と声でそんなこと言わないでくれ!なんだか僕が悪いみたいじゃないか!わかったよやればいいんだろ!」
そういうと火天は、セイの額の赤い光を鬼一法眼の持っていた握り飯に当てる。すると、冷えていたはずの握り飯から湯気が立ち上ってきたのだ。
「これでいいかい?」
「おぉ。あっという間に温まった。流石は原初の火と称される霊獣殿。ついでにセイと一葉の握り飯も同じように温めてくれないだろうか?」
「なんで!?」
「できないのか?」
「~~~っわかったよ!やるよやればいいんだろ!二人ともさっさと握り飯出して!早く!」
火天に急かされ鬼一法眼のように握り飯を取り出すと、さっきと同じように赤い光が握り飯に当たり湯気が立ち上る。これはまさに出来立てほかほかの握り飯の温かさだった。
「セイ、これは一体どういうことなのだ?」
「火天が言うには、モノっていうのは目に見えないぐらいの小さなモノの集まりで、それを一気に摩擦させてモノを燃やしているんだ。だからその摩擦を調整してモノを温めることだって出来る」
「よくわからぬが……つまり、冷めた料理を温めることができるということか?」
「陰陽寮の食堂でいつも大活躍しているんだ。火天は」
「やめてくれ!こっちの世界でもそんな扱いされたくない!そこの君、一葉だったっけ!?お願いだから僕を恐がっておくれよ!」
今、一葉の中で、もの凄い勢いで火天への畏敬の念が大暴落していっているのが分かる。え?神仏の類って本当はこんな存在なのだろうか?それともセイの世界では、神仏とはこのような残念な方々なのだろうか。
しかも、よく見てみれば若干涙目になっているような?いや、思い切り涙目でしゃべっているではないか。
「そういえば火天。どうしてこの寺にいたの?」
「ん?あぁそれはこの寺に祀られているのが『僕』だったからさ。世界は違えど同一の存在。ここに留まるのは当然だろう?」
「あ、そうだったんだ」
「では、なぜここはこうも草が生い茂っている?火天の能力ならば燃やすこともできるのではないか?」
「それも考えたけど無理だ。確かに可能だけれど火の粉が舞って余計な場所が燃えてしまう可能性がある。それこそ寺自体が燃えてしまっては意味がない」
握り飯を温める。もとい物体を燃焼させる力を持つ彼女であっても、それで生じる火の粉までは操ることは出来ない。火の粉とはいえ火に変わりはない。たとえ小さくとも燃えてしまえば炎となり、寺どころかひどい山火事になってしまうだろう。
「一葉、君はさっき寺社奉行、予算、と言っていたね」
「うむ。確かにそうだが……」
「ということは君はそれらを扱える、もしくは命じられる立場の人間なのかい?」
「ああ。余はこの日ノ本の征夷大将軍という立場である」
「ならばどうか、この寺を元の通りとは言わないが、ちゃんと手入れをして祀ってもらいたい。これではあまりにも悲惨な状況だ。だから、どうか頼まれてほしいんだ」
そう言うと火天は、一葉に対して宙に浮いている状態だが頭を深く下げた。
流石の一葉もこれには狼狽する。そりゃそうだ。残念な扱いをされているとはいえ相手は神仏。その神仏がたかが人間に頭を下げているのだ。いくらなんでも畏れ多い。
「火天様!人間相手に頭を下げるなど……!」
「かまわない。十二天が一柱の頭一つで解決するのならば、いくらでも下げよう」
「解り申した。十二天が一柱、火天様の願い、この足利一葉義輝が聞き届けまして候。二条城に戻り次第取り掛かると致しましょうぞ」
「感謝する。時間はいくらかかっても構わない。さてと、それじゃあ」
先ほどの涙目を引っ込めて、居住まいを正し、先程の涙目を引っ込めてセイの所までスーっと降りてくると、真剣な表情でこう言った。
「十二天が一柱、火天。遅くはなったが君の式神として力を振るおう。存分に畏れるがいいさ!」
おまけ
「ねぇセイ。本当に善如龍王がいるの?」
「いるよ。どうしたの急に?」
「キミだってわかっているだろう!?だってあいつは!」
「ん?その声は火天か。丁度いい。我と双葉の団子が冷えてしまった。早く温めろ」
「お前僕を便利な道具としてしか見ていないだろ!僕は十二天なんだぞ!少しは怖がれよ!」
「あーこわいこわい。ほら恐がってやったんだ。早くしろ。茶まで冷める」
「やっぱりお前なんか大っ嫌いだぁぁぁ!!」
「嫌いでいいから早くしろ」