セイがこの世界にやって来て、一葉からの書状が届いたおり、久遠は小波の句伝無量の力を借り、連合の藩主たち、要は剣丞の妻達にセイのことを伝えていた。
これは式神という存在と力を予め伝えておき、無用な混乱を避けることと、もしセイの式神と合流出来たのならこちらに知らせて、剣丞やセイに無駄足を踏ませないようにする処置でもあった。
「ふーん、異世界からの陰陽師に式神ねぇ?どう思う秋子?」
「かなり怪しい話ではありますが、すでに剣丞様という前例がありますし、何よりあの久遠様がそのような作り話をわざわざ句伝無量を用いて知らせる事はないでしょう」
「確かにね。こればかりは実物を見てみないことには信じられないわよね」
「御大将、まさか探しに行くなんて言いませんよね?」
越後藩主、長尾美空景虎とその臣下である直江秋子景綱は、句伝無量にてもたらされた情報を自分達なにり精査していた。
「それぐらいいいじゃない」
「ダメに決まっているじゃないですか!もしその式神とやらが人に仇なす存在ならばどうするおつもりなのですか!?」
「問題ないわ。三昧耶曼荼羅で吹き飛ばせばいいんだから」
「そういう問題じゃないでしょうに……」
興味があることにはすぐに首を突っ込む正確に、いつも秋子は頭を悩ませる。まぁそれでも剣丞との婚礼のおかげか、多少マシになったので少し安心しているのは内緒の話である。
ただまぁさっきも言ったが、実際にその式神とやらに出会った場合、こちらはどうやって接すればいいのか全くわからない。藩主はああだし、他の武将も藩主よりだし、あぁまたも頭痛の種が……そう秋子が思う矢先だった。
「申し訳ありません御大将、ただいまお時間よろしいでしょうか?」
「どうしたの?何があったのよ?」
「は。景勝様からの伝言をお伝えに参りました」
「空から?」
「城下で怪しげな二人組を捕らえたと」
「え?それだけで私に伝言なんか頼んだの?」
「それがその二人組、人間ではない可能性があるとのこと。もしや鬼子やもしれぬということでございましたので……」
あ、頭痛の種が発芽した。秋子はそう深く感じ取ったのだった。
城の中庭に、その捕らえられたという二人が、後ろ手に縄をかけられ正座させられていた。二人は特に慌てている様子はなく、目を閉じた状態で落ち着き払っていた。
「空、この二人がそうなの?」
「はい」
「その通りですぞ!この越後きっての義侠人、樋口愛菜兼続が証人なのです!どやっ!」
「愛菜さんは少し黙っていてくださいまし!話が進みません!」
長尾空景虎、樋口愛菜兼続、北条名月景虎は、その二人の隣に立ちながら美空と秋子にこうなった経緯を説明していく。
事の発端は、空、愛菜、名月が城下の視察という名目の散歩を楽しんでいた時だった。道の端で何やら妙な格好をした女性二人組が目に入ったのだ。最初は『あ、綺麗な人』と思った空と名月だったのだが、越後きっての義侠人には、その二人組がとても怪しく見えた。
理由を聞いてみれば、雰囲気がどことな~く怪しいからという、なんともまぁ愛菜らしい理由だった。流石にそんな理由で怪しんではかわいそうだと愛菜に注意する前に、その越後きっての義侠人は二人組に突撃。『この越後きっての義侠人、樋口愛菜兼続の目を誤魔化そうなどと百年早いのですぞ!正体を明かせ!どーん!』
謝ろう。謝り倒そう。越後藩主の娘として謝罪しよう。そう決心した二人は愛菜の後を追いかけ謝ろうとすると、その二人組の髪の短い女性がこう言った。
『なぜ我々がアヤカシだと分かったのだ?』
「で、捕まえてきたと」
「すみません!すみません!うちの娘が本当に申し訳ありません!」
「なぜあやまるのですか義母上!この者達は自らアヤカシだと名乗ったのですぞ!」
「明らかに冗談ではありませんか!あなたの言葉にこの方が乗ってくれたに決まっているではありませんか!」
「秋子。違うんです。愛菜は噓を言っていないんです」
「本当ですわ。この方たちは本当にアヤカシなのです」
「え?」
また愛菜がやってしまったと思っている秋子に、空と名月は真剣な表情で愛菜の援護をする。
美空はそこで考える。なぜわざわざアヤカシだと名乗る二人は、大人しく捕らえられここまで来たのか。こうして城内へと入り込み藩主である私の首を狙いに来たのか。だがしかし、そんなことは空と名月、愛菜も真っ先に考え付く。ならばなぜ?
「空、名月。本当にこの二人がアヤカシだとして、どうして私の前に連れてきたのかしら?」
「えっと、それは……」
「その目で実際に見てもらった方が手っ取り早いから。だ」
それまで静かに正座をしていた二人が、支えもなくスッと立ち上がると、縛られていた縄をいとも簡単に引きちぎる。
この光景に美空も秋子も狼狽する。本当はわざと脆い縄を使っているのかとも思ったが、ちらりと見えたその縄は新品。強度が十分にある縄を本当に引きちぎったのだ。そして、さらに驚くことになる。
短髪の女性の周りに鬼面を付けた鬼火が急に現れたかと思えば、その隣の女性の足元から、まるで竹が成長するように氷の柱が伸びてくるではないか。
これはお家流ではない。明らかにそれ以外の異質な何か。
「私の名は夜叉丸。まぁ『鬼』だろうな」
「……ミユキ。……『雪女』」
夜叉丸(やしゃまる)
滝夜叉姫(たきやしゃひめ)と呼ばれる伝説の妖術師の部下という記述が残っている。気になる方はwebでcheck!
雪女(ゆきおんな)
男に冷たい息を吹きかけて凍死させる妖怪。様々な記述があるが、けっこう悲恋な話が多い妖怪でもある。気になる方はwebでcheck!
「はぁ!?なによそれ!?鬼と雪女ぁ!?」
「い、いいい一体どうなって……!?」
「まぁ、こういう反応になるか」
「うん……空たちも、そうだった……」
「落ち着いてくれ。こちらには敵対の意思はない」
「それをどうやって信用しろっていうのよ!」
「この子達には握り飯の恩がある。その恩義に反するような真似はしない」
「え、どういうこと?」
アヤカシと名乗り、証拠として鬼面や氷を現出させ、三人を驚かせたその後に、夜叉丸とミユキのお腹が盛大に鳴った。
そのお腹の音を聞いた空は、おそるおそるではあるが二人にそのまま『もしかしてお腹が空いているのですか?』と聞いたのはその場にいる全員が驚いた。
聞けばここ数日ロクに食べていないということが判明。そりゃそうだ。ここは異世界、土地勘なんか全くない。手持ちの路銀も使えるかどうかも分からないから食料も買えない(検証の結果、使えません)。だもんだから、どうにかこうにか野草で食いつないでいたそうだ。
それを聞いた空は、自分のお弁当であるおにぎりを迷いなく二人にあげたのだ。初め愛菜と名月は反対したのだが、そんな二人に空はこう言った。
『お腹が空いている人は見過ごせない。たとえそれが妖怪であっても』
「で、そのまま空のお弁当を食べた。と」
「そういうことだ。その恩義に背くことなど出来るはずがない」
「……うん」
「もしかしてなんだけど、こうやって来たのは空の考えなの?」
「はい。口で説明するより直に見ていただいた方がいいと思いました。それに久遠様からの言葉の件もありましたので」
「そう……ねぇ夜叉丸とミユキだっけ?あなた達、蘆屋清明って名前に聞き覚えあるかしら?」
「ああ。我々と式神契約を結んでいる陰陽師だ」
「……!セイ、いるの?ここに?」
食いついた。この反応。どうやら二人は本当にアヤカシで、久遠からの話にあった陰陽師の式神と判断していいだろう。
まぁ、この反応自体演技なのかもしれないが、それならそれで食い破ればいいだけ。そして何より。
「セイがいるなら他の式神もいるだろう。それとミユキ、セイの霊力が感じられないからここにはいない。お前だってわかるだろ?」
「……う、うぅ。セイ……」
「ミユキさん、大丈夫ですよ」
「そうですわ。久遠様からの報せということは、きっとそのセイさんは久遠様の下にいるということ。ちょっと距離はありますが、きっと会えますわ」
「しかし!この越後きっての義侠人、樋口愛菜兼続、お前たちが悪さをしようものなら命に代えてもお前たちを倒してみせるのですぞ!どやー!」
「一々決意を口にするな義侠人。そう何度も言うと言葉が軽く聞こえる」
「どやっ!?」
「忠義は行動で主に示せ。覚悟と誓いは胸の中にしまい、ここぞと言う時に叫べ。その言葉には重みが加わる。……少し喋りすぎたな」
空たちとのやり取りを見る限りであれば問題ないだろう。しっかりと会話も成立しているし、危害を加えるような素振りもない。どうやら握り飯の恩義もあながち間違いではない。
「いいわ。夜叉丸、ミユキ、蘆屋清明だっけ?合流出来るまでうちにいていいわ」
「それは願ってもいないことだが……」
「……条件、なに?」
「話が早くて助かるわ。空と名月、それと愛菜の護衛。それが条件よ」
「分かった。その条件でいい」
「……セイに会えるなら、それでいい」
「交渉成立ね。そういうわけだから秋子、この二人の部屋の準備とか任せるわね」
「止める間もなく話が進みましたね……ですがよろしいのですか?簡単に信用してしまって」
「あの二人は筋の通らないことはしない。それは空たちを見れば分かる。なにせ握り飯一つで恩義を感じるような連中よ。大丈夫でしょ。それに」
昔、夫がこちらの要件を言う前に首を縦に振ってくれたように、自分もそんな夫の真似をしてみたかった。なんて恥ずかしくて言えるわけないから、胸にしまって鍵をかける。
「御大将?」
「何でもないわ。裏切るようなら三昧耶曼荼羅で吹き飛ばすだけよ」
「結局そこに着地するのですね……」
おまけ
「そういえば夜叉丸さんの刀、凄く長いですが抜刀出来るんですの?」
「慣れれば簡単だ。フッ!」
「まぁお見事ですわ!ミユキさんの刀は……」
「えぇぇぇ!?ミユキさんの刀の刀身が!?」
「曲がっておりますぞ!?どういうことなのですか!?どーん!」
「……へそ、曲げちゃった」
「あいつの刀、雪之友成(ゆきのともなり)は気難しい刀だからな」
「気難しい次元を超えていませんか!?」
「慣れろ。そうする他ない」
「お二人の世界、いつか拝見してみたいですわ……」