「剣丞さま、この人達が噂の陰陽師なんですか?」
「そうだよころ」
「うわ~、これ本当につけ耳とかじゃないんだんね詩乃ちゃん」
「触らせて頂きましたが、自分の常識が崩れる音がしましたよ」
「あ、あの!触ってもいいですか?」
「いいっスよ」
「じゃあ失礼して……うわ~とってもモフモフだよお姉ちゃん」
「あぁ~ちぃちゃんズルいよ~私も触る~」
村から戻った剣丞達一行は、一先ず剣丞隊隊舎へと向かい汗を流して兵の一人に、妻に宛てた書状を渡してもらうよう頼んだ。新しいもの好きの妻のことだから、きっとすぐにでも登城せよとの命が来るだろうなと想像する。
そう思っていると隊舎の中から、剣丞隊発足の時からの隊員であり妻のひよ子と転子、さらにこれまた妻でありひよ子の妹であるちい子が出迎えてくれた。ただ、出迎えたと同時にアスカとイズナの耳と尻尾を見た瞬間、まるで雷のような大声で叫んで驚いたのだった。
初めこそビクついていた三人だったが、人懐っこいアスカの性格と、この方達がいなければ剣丞様は鬼にやられていたでしょうと詩乃の巧みな話術のよって、どうにかこうにか落ち着かせたのだった。
「それにしても剣丞君って奥さんいっぱいいるんだね。同じ男として羨ましいよ」
「結構苦労も多いよ。序列はあるけど、ちゃんと平等に愛さないといけないしね」
「でもちゃんと手紙でやり取りしたり顔を見せに行ってるんでしょ?そういうのは中々出来ることじゃないと僕は思うけどなぁ」
気が付けば、剣丞は縁側でお茶を飲みながらセイとの会話を楽しんでいた。よくよく考えてみれば、自分と同世代ぐらいの同性の人間と、まるで友達と喋るような会話をした事があっただろうか?と剣丞は会話の端々で思いながら、あらためて蘆屋清明を観察してみる。
会話の感じから性格は温厚。ここへ戻る道中、契約している彼の式神?や詩乃、果ては剣丞までの体調を気にかけてくれている所を見ると仲間思いなのだろう。ちょっと抜けていたり、のらりくらりしているようにも見えるが、どこか強い信念のようなものが一本通っているように見える。
ただ、もしこれらが全て演技で大悪党だったのならば、その時は仲間と共にどうにかしようと心に決めるのだった。
そう思っていると、さっき妻へと使いを頼んだ兵が戻って来た。
「お疲れ様。先ずは水でも飲んで落ち着いて。それで久遠からの返事は?」
「お頭、それなんですが……」
「「剣丞」」
聞きなれた声。この声は聴き間違いようがない。
「久遠、結菜」
自分の愛する正妻と側室。誰もが知っている戦国武将とその妻。
織田久遠信長と斎藤帰蝶結奈であった。
「久遠様、結菜様、お茶をお持ちしました」
「うむ。苦労」
「ありがとうね、ひよ」
「これくらい何ともありませんよ結菜様」
「でもまさか二人がこっち来るとは思わなかったよ」
剣丞隊隊舎の居間に全員集合して話をする事になった。ただまぁ人数が人数なので若干窮屈に感じてしまうのはご愛嬌。
「本当は剣丞とそこの陰陽師一向に登城するよう命じるはずだったんだけど、久遠が剣丞に直接会いたいから、これを口実に来たってわけよ」
「ゆ。結菜!何を言っているのだ!?そんなことがあるものか!」
「本当に~?剣丞からの書状が来たとき、少し顔を赤くしていたのはどこの誰だったかしら?」
「ゆいなぁ……」
いつものラブコメ空間が展開されつつあるが、その空気を引き締めるべく凛とした表情でセイ達に久遠は顔を向けた。
「お前たちのおかげで我と結菜の夫でもある新田剣丞と我が領民の命が救われた。礼を言う」
「そのお言葉、謹んで頂戴いたします信長様」
「うむ。そしてお前が噂の陰陽師で相違ないか?」
「私以外の陰陽師もいるやもしれませぬが、おそらくはそうでありましょう」
先程、縁側で剣丞とお茶を飲みながら話をしている時とは打って変わり、真面目な表情を浮かべ、相応の態度で接するセイに剣丞隊の面々は舌を巻く。
きっとあの時の方が素なのだろうと久遠と結菜以外は思ったことだろう。剣丞に至っては、オンとオフの切り替えが凄いなセイはと感心してしまっている。
「ねぇ久遠。話の腰を折ってしまって申し訳ないのだけどちょっといいかしら?」
「どうした結菜?」
「そこのあなた達、えっと名前は……」
「私はアスカっス」
「イズナだ」
「そうアスカとイズナね。えっとね本当に申し訳がないのだけれど……あなた達のその耳と尻尾、触らせてもらえないかしら?」
「どうぞっス!イズナちゃんは?」
「私も構わんぞ。ただし優しく触ってくれ」
「それじゃあ失礼して……」
そうして結菜はアスカの耳とイズナの尻尾を優しく触る。
モフっ……
モフっモフっ……
モフっモフっモフっ……
「結菜?いつまで触っているのだ?」
「久遠も触ってみて。二人ともいいかしら?」
「もちろんっス」
「今更一人増えたところでどうということはない。さっきも言ったが優しく触ってくれ」
「あ、あぁ。それでは……」
モフっ……
モフっモフっ……
モフっモフっモフっ……
「こ、これはいかん……!いつまででも触っていられるぞ!しかもこの感触は……」
「つけ耳やつけ尻尾じゃない。本物の獣の耳と尻尾の感触よね……」
「自前の耳と尻尾っスからね」
「ところで二人はいつまで触るつもりなのだ?流石にくすぐったいのだが」
イズナの苦言に久遠と結菜は手を離す。ここで何も言わなければ、この二人はずっとアスカとイズナをモフり続けたことだろう。
「すまぬ。あまりの触り心地に我を忘れていた……」
「お願い。この話が終わってからでいいからもう一度触らせて?」
「程度にもよるが短めに頼む。それでは真面目な話といこう。まずハッキリと言う。私やアスカ、セイとナギはこの世界の住人ではない」
やはりそうか。この場にいる剣丞とその妻たちはそう思う。
何せ『新田剣丞』という前例があるのだから当然だ。さらにさっきから皆にモフられまくっている獣の耳と尻尾。その感触は本物だし、ちゃんと血の通っているぬくもりもしっかりと手のひらで感じられる。こうなれば、アスカとイズナが本物の『妖怪』であることは明白だ。
「この世界、とおっしゃいましたね。では、その世界とは剣丞様が暮らしていたという『天の国』ですか?」
「詩乃、それは絶対に違う。俺のいた世界では式神とか妖怪は空想上の存在だったんだ」
「えぇ!?私とイズナちゃんって空想の存在なんスか!?」
「ちゃんとこうして存在しているだろうが!!」
「アスカちゃん、イズナちゃん、落ち着いて落ち着いて」
「あはは……すみません。代わりに僕が説明します」
イズナに代わりセイが説明を始める。
まず、セイのいた世界では、『妖怪』が当たり前に存在しているのだ。共に働き、共に飯を食べ、共に苦楽を味わったりと、この世界での生活とは何一つ変わらない日々を送っている。
ただ、その生活を脅かす存在がいる。
その名は『マガツヒ』
様々な負の感情が寄り集まったバケモノで、時には地形ですら簡単に変えてしまうような力を持った存在なのだ。
そして、そのマガツヒに対抗するため組織されたのがセイの所属している『陰陽寮』なのだ。
マガツヒ被害の調査や討伐が主な任務で、時には霊的な土地の調査や封印が正常に機能していることの確認など多岐にわたる。
「あ、ちなみになんですけど、この中でアイスとかリゾート、ライブパフォーマンス、クルーザーっていう単語に心当たりがある人いる?」
「あいす?りぞーと?何なのだそれは?」
「ねぇ剣丞、あなたは知っているの?もしかして天の国の言葉なの?」
「あぁ。アイスっていうのは氷みたいに冷たいお菓子で、リゾートは休みを過ごす場所のことだ。あれ?もしかしてそっちの世界って割と近未来的なのか?」
「見た目はここと同じだよ。でも、剣丞君の言った近未来的な絡繰が組み込まれてる感じかな」
「あの、よろしいでしょうか?」
詩乃が手を上げながら質問をする。どうやら会話の中で話題を変えやすそうなタイミングを見計らっていたようだ。
「どうやってセイさん達はこの世界へ来ることが出来たのですか?もし、狙って来れたのだとしたら、どの様な意図があったのですか?」
そう、まさにその通り。それは剣丞も思っていたことだ。
もしこれが狙って来たのならば、色々と疑うべきことが山ほど出てくる。例えば、この世界への侵攻などだ。
しかし、その話題になった途端、四人は顔をしかめ苦笑いを浮かべ始める。オイオイ、これはもしかしてもしかするのか?
「えっとね?この世界に来たのは、本当に全くの偶然というかなんというか……」
「私らも、まさかこんなことになるなんて思ってなかったっスっしね……」
「まぁ隠しておく必要もないしな。セイ、私から話そうか?」
「お願いイズナ」
「原因は、宴会で酔っぱらった状態でセイと契約しておった複数人の式神が妙な術を使ってしまった結果、こうなってしまったのだ」
「「「「「「「え?」」」」」」」
ある日、陰陽寮の庭で宴会を開催したのが事の発端だ。
その日はとても天気がいい日で、たまたまセイと契約している式神がほぼ全員休みだった。じゃあだったら宴会しようぜ!という流れになり宴会が始まったのだ。
久しぶりの宴会というのもあってか、酒を飲むペースがまぁ早く、だいたいこの四人を除く式神がべろべろに酔っぱらってしまったのだ。
それだけなら良かったのだが、その後に始まった宴会芸大会がまずかった。
セイが契約している式神には、とんでもない力を持った存在が多々いる。そんな式神が酔った勢いで宴会芸代わりに術を使ったならどうなるか。答えは予測不可能な術へと変貌してしまい、その結果違う次元の世界に転移してしまう術が完成し、見事にセイ達が巻き込まれてしまったのだ。
「それは何というか……」
「あはは……」
「思い切り笑ってくれて構わん。詩乃殿、剣丞殿。さらに言うとその術の副作用か、セイの霊力の大半が封じられた状態になってしまい、ロクに術が使えんのだ」
「少しずつ治ってはきているんだけどね」
「ふむ。成程……よし。ならば剣丞。この者達の身柄をお前に預ける」
「久遠どういうこと?」
久遠の言い分としてはこうだ。
言ってみれば剣丞隊は鬼専門の部隊と言っても過言ではなく、その活動範囲もかなり広い。その影響で最近は多少人材不足ぎみだ。だったら、ここに降って沸いたように現れた陰陽師とその一行を、一時的に剣丞隊に組み込んで協力してもらう。その代わりにこの世界にいる間の衣食住は出来るだけ剣丞隊で保証してもらう。そうすればお互いにwin‐winの関係を気付けることが出来る。
「俺は別にそれでもいいけど、前提としてセイ達が信用できる相手ってことになるけど、久遠はそれでも大丈夫なのか?」
「おけい。確かにそうではあるが、剣丞の人を見る目は確かだと我は信じている。それに、この者たちは信用できる相手だと書状に書いたのはお前ではないか」
「まぁ確かにそうだけどさ……」
「ならばそれで十分だ。それで?お前達はどうなのだ?」
「……」
「私はセイの言うことなら賛成だよ」
「私もっスよご主人」
「私もだぞ。セイ」
目を瞑り考えを纏めたセイは、目を開けて久遠の視線を自分の視線と合わせて答える。
「その申し出、謹んでお受け致します信長様」
「うむ。それと我のことは久遠と呼べ。剣丞が信用出来る相手なら構わない。それとその口調もだ。普段通りにしろ。窮屈だろう?」
「じゃあそうさせてもらうね久遠さん。というわけだから、これからよろしくね剣丞君。それとも隊長の方がいいかな?」
「剣丞君で頼むよ」
「わかったよ剣丞君。あ、えっと結菜さん―――でいいのかな?存分にアスカとイズナの耳と尻尾を堪能してね」
「ええ。それじゃあ早速……」
結菜がまたアスカとイズナの耳と尻尾を触り始めた。よっぽど気に入ったのだろう。さっきよりもモフモフ触っている。……ついでに久遠、ひよ、ころ、ちいも参加している。
「えっとじゃあ部屋割り決めないとな。どうしよっか詩乃」
「そうですね。アスカさんとイズナさんは特殊な存在ですしね。その辺りは本人達に聞いてみましょう剣丞様」
「僕達は雑魚寝でも大丈夫だよ。任務で野宿なんて当たり前だったし。それよりも頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「頼みたいことですか?」
「よっぽど変な事じゃないなら、可能な限りは大丈夫だけどなんだ?」
「うん。この世界の伝承や伝説や神話。後は妖怪や幽霊とか怪談話。そんな内容が書かれた書物や巻物を読む許可を貰いたいんだ」