「いや~潮風が気持ちいいっスねご主人」
「そうだね。そういえば僕が最後に海に行ったのっていつだったかな?」
「半年ぐらい前じゃないかな?確かにみんなで任務に行ったとき」
「だがあれはほとんどバカンスだったぞ。マガツヒ討伐を到着早々済ませて、残りの滞在日数遊び倒しておったではないか」
「まぁ一番はしゃいでたのはイズナちゃんだったっスけどね」
「やかましいっ!!」
肌に感じる潮風。
踏みしめる砂浜の感触。
燦燦と降りそそぐ陽の光。
時に優しく、時に激しく、波の音が聞こえる。
そして、視界いっぱいに映る青い海と、白い雲が浮かぶ青い空。
久遠からの書状からきっかり二日後、剣丞、ひよ、ころ、詩乃とセイの一行は、件の流暢に喋る魚が出る海へとやって来た。
人員、糧食、装備等はセイも交えた協議の結果、必要最低限に留めた。剣丞達は本当にこれで大丈夫なのかとセイに聞いたのだが、『僕の想像通りなら、すぐに片付くから大丈夫』とのこと。
「うーんと、剣丞隊以外の人は……いないね。アスカちゃん、イズナちゃん、笠取っても平気だよ」
「了解っスひよちゃん。それじゃ早速……」
「うむ。やはり耳を隠していると窮屈でかなわん」
「今更だけど笠の具合どうかな?一応大きめのなんだけどね」
「アスカはいいだろうが、私はもう少し大きい方が助かるな。」
そう、これが今回の任務において最大の問題。アスカとイズナの耳と尻尾をどう隠すかだ。二人の事情を知らない者が見れば、妖怪が素知らぬ顔で歩いている!というか妖怪って本当にいたのか!早く退治しなければ!なんて流れになりかねない。
そこで取り敢えず三度笠をかぶってもらうことになったのだ。見た目にも特に問題はなく違和感もない。
いやちょっと待て。それじゃあ尻尾はどうしたんだよ。と思った方もいるだろうが、そこはセイが開発した『尻尾が見えなくなる』符を背中に貼り付けてあるから大丈夫。本当は外套でごまかそうとしたのだが、流石にそれだと窮屈だ。ということで却下になった。
「戻ったらイズナちゃんに合わせて笠編んじゃったほうがいいかもね。詩乃ちゃん、本当にこの辺りなの?」
「先程漁師の方から聞いた話ではこの辺りのはずなのですが……ころさん、なにか見えますか?」
「特に変わった様子はないね……本当に喋る魚なんているのかな?」
「でもあれだけ必死に説明してたから本当だと思う。それに彼らにとって漁に出て魚が獲れないことも問題だ。何せ生活にも直結するんだからね」
「お魚が食べられなくなるのはつらいです」
「詩乃ちゃんらしいね……」
そんな会話を聞き流しながらセイは目を閉じて意識を集中する。さっきからセイがしていることは一種の『釣り』だ。もしこれが自分の想像通りなら、この騒ぎの原因との霊的な繋がりを辿ればいい。だが、今のセイの霊力では辿ることは大変だ。アスカに頼んで実験したが、距離にして精々50mが限界だし、相当集中しなければならない。
そういえば、『彼女』と初めて出会ったとき、アスカはごっこ遊びをしている子供を見るような目で見ていたっけ。今だから言うけれど、本当は僕もそう思っていたんだよなぁ……
その時、ピンと『大物』の霊力を感じ取れることが出来た。
「見つけた」
「え?」
「見つけたよナギ。やっぱりあのお姫様だったみたい」
「私もお話聞いたときにそう思ってたけど、やっぱりだったんだね。おーい、みんなー!!セイが見つけたってー!!こっちに来てー!」
大きく手を振りながら、ナギは大声で剣丞達を呼び集める。その間もセイは『大物』を逃がすまいと集中し続ける。お願いだから逃げないで。
複数の足音が砂浜を踏みしめる音が近づいてくる。こっちは剣丞達だろう。
そしてそれとは違う足音も。足音と言うよりも、『大物』の霊力が近づいてくる。向こうもどうやら気付いたみたい。
「セイ、何か見つけたのか?」
「まぁね。というか、向こうから近づいて来てるんだけどさ」
「どうゆうことっスかご主人?」
「喋る魚事件の原因の霊力を辿ってたんだけど、さっき繋がったんだ。もうそろそろ来るよ」
―――ま!
「あれ?」
「どうしたのひよ?」
「ころちゃん、何か聞こえない?」
―――さま!
「剣丞様」
「ああ。俺にも聞こえた」
剣丞は、腰に差した刀に手をかける。何が来るか分からない。セイには分かっているのだろうが、用心に越したことはない。
そして『大物』が姿を現した。―――セイの背後からタックル気味にセイに抱きついて。
「んごっ」
「あぁ!ようやく見つけましたわセイさま!なぜ早くわたくしのことを探してくださらなかったのですか!?もうわたくし悲しくて寂しくて……!!」
「ごめんね。僕も探したかったんだけど、霊力が思いっきり低くなっちゃっててね。って言い訳になっちゃうね。とにかくごめん」
「……分かりました。事情が事情ですもの。許して差し上げますわ。ん?まぁ!アスカさま、イズナさま、ナギさままで!」
「こやつようやく私達に気づきおったぞ」
「まぁまぁいいじゃないっスかイズナちゃん」
「久しぶり。元気そうでよかったよ」
急に現れた美女にポカーンとなる剣丞隊の面々だったが、すぐに剣丞が正気に戻りセイ達に尋ねた。
「取込み中にすまないんだが、セイ、その女の人って誰なんだ?」
「ん?あぁごめんね剣丞君。この人が今回の事件の原因で、僕の式神」
「式神!?」
「セイさま?こちらの殿方はどちら様ですか?」
「こっちの世界で世話になってる僕の上司兼友達。ほら、こちらの皆様に自己紹介しなきゃ。君もこれからお世話になるんだから」
「まぁ、そうなのですね。承知しましたわ」
そうして、セイに抱き着いていた美女はセイから離れて軽く会釈をすると、ふわりと微笑みながら自己紹介をする。―――するのだが、その内容に剣丞隊はえらく驚くことになる。何たってそりゃあ―――
「皆様、初めまして。わたくしの名は『乙姫』。竜宮城の主でございます。セイさま共々、よろしくお願い致しますわ♪」
「「「「は?」」」」
竜宮城?乙姫?
「い、いやいやいや。そんなわけない。わけないよな。なぁひよ?」
「え?えぇ?えーと、えーと、どうなのかなぁころちゃん!?」
「わ、わたしぃ!?こういうのは詩乃ちゃんじゃないのぉ!?」
「私に振られても困ります!あのセイ殿、この方の言っていることは妄言ではなく、真実なのですか?」
「うん、そうだよ」
セイは当たり前のように首を縦に振り、当たり前のように答える。
「彼女は本当に正真正銘の乙姫その人。竜宮城の主で僕の式神だよ」
「「「「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」
乙姫
かの有名なお伽噺、『浦島太郎』に登場する竜宮城のお姫様。浦島太郎が亀を助けたお礼に竜宮城でもてなして、お土産に開けてはいけない玉手箱をあげた人。実は三年ぐらい竜宮城で浦島太郎と結婚生活を送っていた。という記述もある。気になる方はwebでcheck!
「つまり、こっちの世界にも竜宮城を建設しようとして、その労働力としてこの辺の魚たちをかき集めて働かせていたと?」
「その通り!(タイ)」
「乙姫様の居城が無いとは言語道断!(ヒラメ)」
「無いのであれば造ればいいのだ!(タコ)」
「というかあなた達も来てたんだね」
「乙姫様あるところに我らがいるのは当然である!(サバ)」
「わたくしと爺やは止めるよう命じたのですが、全く言うことを聞いてくれなかったのです。そうですわよね爺や?」
「……(首をゆっくり縦にふる)(ウミガメ)」
「じゃあ喋る魚っていうのは、乙姫のお付きの魚だったんだね」
「何たる不覚……!!漁師に捕らえられてしまうなどと……!!(ウツボ)」
「そういう理由なんだって剣丞君。……どうしたの?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
剣丞が、いや剣丞隊全員がそんな顔をするのも当然だろう。
何せ魚が宙に浮きながら流暢に言葉を操り、乙姫が抱きかかえているウミガメが、ゆっくりとだがセイと意思疎通を図っているのだから。
いやそれよりも飛びぬけて驚くべきことは、お伽噺の登場人物だとされてきた存在が目の前にいて、そんな彼女と魚とウミガメと会話をしているセイのことだった。いくら何でも肝が図太すぎる。
「この光景を前に驚くなと言う方が可笑しいだろ!!」
「でも僕達の世界ではこんなの当たり前だよ?」
「私たち乙姫から竜宮城に招待されたこともあったよ?」
「えぇ!?ナギちゃんそれ本当!?」
「どうやって竜宮城に行ったの!?」
「爺やさんの甲羅に乗っけてもらって行ったっスよ」
「……(ゆっくりと首を縦に振る)(ウミガメ)」
「しかしどのように呼吸を?現実に考えれば不可能ですよ」
「そこは乙姫がかけてくれた術によるものだ。水中でも普通に呼吸が出来たぞ。おまけに水に浸かっているはずなのに着物がまるで濡れておらなかったしな」
キャイキャイと話をし始める一行。とにかくこれで原因を突き止めることは出来た。だがしかし、ここで問題が発生してしまう。漁のことだ。
乙姫は海の女王。つまり海は乙姫の領域で、海で暮らす生き物はすべて彼女の臣下にあたる。そんな臣下を網で捕らえて食べてもいいものか。そのように考えていると、その回答は乙姫自身が答えてくれた。
「剣丞さま。何も問題はありません。遠慮なさらず漁をなさってかまいません」
「いやでもそれじゃ……」
「生き物は、何かを食べなければ生きていくことは出来ません。それはわたくしの臣下にも言えること。人間も同じなのですわ」
「……」
「あなた方の命を繋ぐためならば、それは致し方のないことなのです。ですから、どうかその様なお顔をされないで下さいまし」
「……分かりました。それでは有難く頂戴いたします」
「でも、必要な分だけにして下さいまし。それ以上を捕まえるのならば、海はあなた方の敵となりましょう」
「肝に銘じます」
「どうかそのように。ところでセイさま、剣丞さま。あちらから来るものはマガツヒなのでしょうか?」
「「え?」」
ポカンとした表情で二人が乙姫の指差す方へ首を向けると、そこにいたのは数匹の鬼だった。
「えぇ!?どこから出てきたの!?」
「ひよ落ち着いて!!槍隊、構えー!!」
「アスカさんは前に出て遊撃を!イズナさんは後方で援護をお願い致します!剣丞様!アスカさんの邪魔にならない様に下がってください!」
「そんなことしなくても大丈夫だよ詩乃さん」
「ナギさん?それはどういう……?」
「セイと乙姫さんだけで十分だよ」
部隊のさらに後方、セイと乙姫がいる場所に目を向けると、セイは符を指で挟んで集中、その隣では乙姫がどこから出したのか軍配を持ち頭の上に掲げている。
「セイさま、この世界の鬼とはああいう存在なのですか?あれではあまりにも……」
「だから僕達はマガツヒモドキって呼んでる。さてとそれじゃ乙姫、いけるかい?」
「勿論ですわ。何人であろうとも海を穢す存在を許しておくことは出来ません。それではセイさま、参りますわ」
「思いっきりやっちゃって!!」
『これが大いなる海の力ですわ!!』
そう叫びながら乙姫が軍配を振り下げると、海面が盛り上がりまるで大蛇のように鬼へと襲い掛かっていく。勢いのある海流に飲まれる鬼達。だがよく見ると、その海流の中には、色取り取りの無数の魚の群れが泳いでおり、そのまま鬼の身体にもの凄い速度で体当たりをかましていく。
このままでは魚たちが傷ついていくのではと思ったのだが。セイの霊力で守られているのか、それとも乙姫の術なのか、傷つくどころか鬼の身体を貫通していくではないか。まるで槍で貫かれたか、鉄砲で撃ち抜かれたかのように。
そしてその海流が海へと戻っていくと、鬼の姿は見事に消滅していた。
「流石だね乙姫。ありがとう助かったよ」
「セイさまのお役に立つことが出来て嬉しいですわ」
あらためて思い知らされる。これが陰陽師の戦い。これが式神の力。確かにお家流という力がこちらの世界に存在するが、下手をすればそれ以上の力があるだろう。
もし彼らと敵対する事になったとしたらと思うとゾッとする。このことは連合のみんなに広く知らせなければ。
そんなことを考えていると、
「剣丞君どうかした?顔が百面相になってるよ?」
「いや乙姫さんのことをどうやって説明しようかなって……」
「まぁ素直に剣丞君の奥さん達にありのままを説明するしかないよ」
「そうだよなぁ……まぁとにかく、これにて任務完了。皆、戻ろうか!!」
「「「はい!!」」」
こうして、セイ達の初任務は終わったのだった。