貞操逆転世界の万能蛮族女騎士~~Die Leckenbell Story 作:ぱちぱち
――出会いは、なんともまぁ締まらない話だった。
「王族の持つ森には獲物が沢山いる」
狩人を親に持つ悪童仲間の言葉に乗せられて私たちは王族専用の森に狩りに出かけた。思いっ切り密漁であるが、うちの母親の拳骨以上に怖いものが存在しなかった私たちは特に気にすることなく王領の森に足を踏み込んだ。
よく管理された森林は、確かに豊富な獲物を蓄えていた。1,2時間の狩りで十分すぎるほどの獲物を手に入れた私たちはほくほく顔で帰ろうとした時、森を貫く野太い声を聞いた。
男の声だ。そう頭に浮かぶ前に私たちは走り出していた。森の中の道なき道だろうと関係なく、声がした方を本能的に探り当てて私たちは走った。
森の中、絹を裂くような男の悲鳴を耳にした女が考えることなんてうまい事お近づきになってあわよくば一発キメる以外にない。女のガキの頭の中は男が9割を占めてるんだから仕方ない。
まぁ、そんな下心満載の考えは、現場に到着した瞬間に霧散してしまったのだが。
醜男というわけではない。美男だった。あの方は間違いなく。凛々しく、端正な顔立ち。ガッシリとした体つき。何より、目がよかった。10にも見たない男児が、身の丈にも迫ろうかという大狼に相対して目をそらさず、力のこもったまなざしで睨み返していたのだ。
はっきり言おう。光り輝いていた。あの方は、一等輝くお星さまとしか例えようがない方だった。
世の中には、下心を浮かべる事すら困難な相手が居る。前女王陛下の甥御であり、摂政殿下の息子であるキーロ殿下は頭の中に猥談を詰めこんで生きてきた私たちにも理解できるほどに尊い。そんなお方だった。
レッケンベルは、手に持っていた彼奴用に特注で用意された大きく重たい大弓で狼を殴り殺した後、キーロ殿下に向き直り。バタバタとここに来るまでに体中についた木の葉や木の枝を叩き落として、そしてようやく自分が返り血にまみれていることに気づいて大慌てで血まみれの服を脱ぎ始めた。
何をしているんだと思うだろう。その様子を見ていた私たちも皆そう思った。後で聞いたらレッケンベルの奴も殿下の高貴なオーラにあてられてしまっていたのか、軽いパニックに近い状態だったそうだ。周りにいた仲間が大慌てでレッケンベルを抑えにかかったが、暴れるレッケンベルを抑える事なんて同年代で出来る奴は居ない。
レッケンベルを抑えようとする仲間をレッケンベルの奴はちぎっては投げちぎっては投げとぶっ飛ばしていき、やがて頭に血が上った私たちは抑えるという目的を忘れて森の一角で1対複数のレスリング大会が幕を開ける事になった。
「あっはっはっはっ!」
余りの急展開に呆然としていたキーロ殿下が――この時は殿下であるとは知らなかったが、身なりからお偉いさんの子供だろうなとは思っていた――笑い出し、唐突に始まったレスリング大会は彼の笑顔にあてられた馬鹿どもによって更に熱を帯び。気づけば数時間の時を経て、最終的に半裸になったレッケンベルの優勝で幕を閉じた。あの女郎、あの状況で勝ちきりやがったのだ。
何度思い返しても下らない出来事だった。なぜそうなったんだと自問自答してしまう出来事だった。いまだに当時のレスリング大会参加者たちの間では酒の席の度に話題に上がるような馬鹿なやらかしだった。
だが、そんな馬鹿なやらかしの、葬り去りたいような出来事であったが、このことを語るものたちはいつも笑顔を浮かべていた。
レッケンベルと彼との出会いは。
あの英傑が、全てを捧げたかったと悔やんだ彼との出会いは、そんな馬鹿馬鹿しい、若き日の出来事の一つだった。
キーロ殿下は理想的なヴィレンドルフ男子であった。年齢の割に大柄で筋肉質であり、そのまま成長すれば骨太でがっしりとした偉丈夫に成長するだろうことが予見される男の子だった。
また、その体格に見合った行動力を持っている方でもあった。たいそう腕白な性格で、私たちが出会ったあの日も彼を追いかける護衛を振り切って一人で森の散策を行っていたのだという。後ほど事態に気づいた護衛の騎士たちに大目玉を食らっていたが怒られた後もケロリとしていた辺り良い性格をしていたのは間違いない。
深窓の令息でありながら活動的で、明るい人柄の彼は偶さか繋がりをもっただけの私達にも気さくに接してくださり、彼の起こした騒動は一度や二度ではなくその度に私たちももめ事に巻き込まれもしたが、誰もが「キーロ殿下のなさること」と苦笑を浮かべて彼の後始末に手を貸していた。人に好かれる人というのは、ああいう人の事を言うのだろう。
キーロ殿下と出会ってから、レッケンベルの生き方は様変わりといってもいい位に変化した。剣や槍の鍛錬に精を出し、騎馬の訓練だと言って我が家の愛馬ポルナレフを勝手に乗り回し、弓矢の訓練だと近隣の森を駆けずり回り、また知識人だと噂される町人には積極的に話しかけ貪欲なまでに知識を貪った。あの
奴の行動を眺めるとあんまり行動が変わってないのでは、と思うかもしれない。確かにやってること自体はそれまでとほとんど変わらず、犠牲者に街の知識人が増えた程度に見えるかもしれない。
だが、実際にその行動を目にしていた者ならばハッキリわかるほどにあいつの行動は変わっていた。端的に言えば、一つ一つの行動に対する目的意識が違ったのだ。
それまでのレッケンベルは、今だからこそ分かるが才能に振り回されている所があった。年齢が両手の指で数えられなくなるころ合いには、もう町中であいつを超える奴は誰も居なかった。それは武力でも、知力でもそうだった。
それこそ先代の騎士団長アントンコ様や軍務大臣のクソ婆あたりなら当時のあいつを上回っていたかもしれないが、逆に言えばそのレベルの上澄みでなければあいつを超えられなかったのだ。それぞれの専門分野で、だ。
それほどの才能を持って生まれた彼奴は、ただ生きているだけでありとあらゆるものが手に入った。目的なんかなくてもちょっと学んで練習すれば、その道の専門家に匹敵する技能を身に着ける事ができた。真面目に生きるのが馬鹿らしくなってもおかしくないだろう。
そして、そんな人生をずっと生きてきた彼奴が、焦がれるように剣の修練を積み、馬術の稽古を行い、弓矢の鍛錬をし、勉学に励み始めたのだ。まるで盛りの付いた処女が童貞を目にしたかのように必死さを滲ませ、一分一秒でも惜しいと言わんばかりに、学び始めたのだ。
これだけの変化が起きたのだ。これを変わったと言わずしてなんと言えばいいというのか。
「いや、そこは成長でいいんじゃねぇか?」
「色気づいた猿になるのを成長と言うんなら、まぁ」
「やかましい」
「はっはは……」
元々神童の呼び声高かったレッケンベルが、全力で修練に励めばどうなるか。
瞬く間に磨き上げられたその力は付き合いのある騎士爵や軍人から上層部へと伝わっていき、やがて北方から来襲する騎馬民族に頭を悩ませていた軍務大臣の知るところとなる。
あいつはたった数か月のうちに知る人ぞ知る神童から、国の明日を担う英雄候補へと姿を変えた。軍務大臣や騎士団長から直々に教えを受け、叙勲前だというのに実践で経験を積まされ、成人の暁にはすぐさま騎士への叙勲と第一騎士団への所属が確定していた。
レッケンベルの行動は急速で激烈であった。生き急いでいたと言っても良いだろう。元々それが出来る素地を持っていたのは間違いないが、だからと言ってその変化は凄まじいとしか言えないものだった。あいつを良く知らない者はこれがヴィレンドルフの神童だと褒め称え、多少かかわりのあるものはあの悪童がよくぞ、とレッケンベルの変化を喜んでいた。
だが、あいつを良く知る者は。あいつと共に野を山を駆け、裸で組み合ったこともある仲間たちは皆が知っていた。
あいつが変わったのは、ただ。
「レッケンベル様、今日はどちらへ?」
「ききき奇遇ですね殿下。今日は川辺で竿を揺らしたいと――」
あの方に胸を張って会える。そんな自分になりたいと――ただそんなちっぽけな満足のためだけに、あいつは背伸びしているのだ、と。
何かが違えば、
レッケンベルが死んだとき、私は王都の自宅でその一報を聞いた。
初めは信じられなかった。報告を伝えに来たレッケンベル家の若い家人に「酷い冗談だ」と笑って小遣いを掴ませようとした私に、家人は表情を変えずに首を小さく振って、屋敷にお越しを、と何度も何度も繰り返していた。
その勢いに押される形でレッケンベルの屋敷を訪れた私を、顔をぐちゃぐちゃに歪めたニーナが。私たちの愛すべき次代が出迎えてくれた時。
私はそこで、ようやく、事態の重さを知った。
そして。信じたくないと願っていた私は、還って来たレッケンベルの。首と胴が分かたれたレッケンベルの体を見て、あいつが死んだという事を認識してしまった。
私は、命をかけるべき場所を失ったのだと理解してしまった。
かつてレッケンベルがそれを失ってしまったのと同じように。私は、死に場所を間違えたのだ、と。
北方の蛮族を抑えるために、戦力を集中させる。
軍事に明るくない者でも思いつく、ごくごく単純な解決策が王宮で囁かれるようになったのは私たちが12の頃だった。
母親の補佐という名目で王宮へと出入りするようになっていたジュラがその報を持ってきた時、たまり場で毒のあるカエルの丸焼きを一人一口ずつ齧り、誰が当たるかと遊んでいた私たちは口をそろえてこう言った。
「いや、ようやくかよ」
と。
なにせヴィレンドルフという国が北方の蛮族に悩まされていたのはここ数年の話ではないのだ。10年ほど前に北方の騎馬民族に生まれたという英雄によって、ヴィレンドルフと隣国アンハルトの北部は大損害を被っていた。毎月のように駆け込んでくる北方領主からの矢のような嘆願に答えるために、騎士団はここ数年王都と北方を往復する日々を送っている。
だが、幾度となく、何度となく北方に騎士団が派遣されても、状況は一向に改善しなかった。
騎士団が負けているわけではない。尚武の国ヴィレンドルフの騎士団は精強で、会敵すればまず一方的に蛮族を打ち破るだけの力を持っている。槍が届く範囲にさえ近づければ、北方の蛮族を一方的に叩けるだけの練度を誇っている。
ただ、どれだけ軍馬を走らせても、どれだけ策を凝らしても相手の英雄は騎士団の槍が届く範囲には現れず、騎士団の脇をかすめるように北方領土を侵していくのだ。家畜や作物、貴重な男を浚っていくのだ。
口さがない者から害獣と呼ばれる連中は、狡猾で残忍で容赦がない。すでに潰された村落の数は両手を超え、遂には数百名規模の町まで被害を被り始めたとあってはヴィレンドルフの王宮も重い腰を上げざるは得ないのだろう。
「私であるならば」
カエルの脚の部分を齧り取り、舌先でコロコロと毒見をしながらレッケンベルはそう前置きをした。右手で木の棒を持ち、地面をひっかいて簡易的な地図を作ったレッケンベルは、その地図の中の数か所にバツ印をつけて話始める。
「こことこことここに蓋をする。簡易的な砦で良い。連中の主力は軽騎兵、拠点攻めには不向きだからな。この3か所であれば街道の要所に楔を打ち込めて、連中の移動を阻害できる」
「脇をすり抜けられるくらいの小規模で抜けられたら?」
傭兵一家アイテム4姉妹の長女、ムギがハズレくじを引いて食わされた毒ガエルの腹肉をくちゃくちゃと租借しながらそう尋ねると、レッケンベルは小さくうなずいてバツ印がついたエリアの周辺をぐるりと囲むように円を描いた。
「楔を打ち込むのが重要なんだ。連中の面倒な所は機動力とどこに現れるかが分からないその神出鬼没さにある。ある程度侵入ルートを狭めることが出来れば待ち伏せるのは難しい事じゃない」
「なるほどねぇ……あ、」
レッケンベルの言葉に頷いた後、ムギがその場に蹲ってオェェェッと吐き始めた。どうやら今回の当たりはムギだったらしい。
「浮かない顔だな?」
「ああ」
ムギ、飲むなよ!? 死ぬぞ!と囃し立てる馬鹿どもを尻目にレッケンベルに声をかけると、レッケンベルは地面に書いた地図から目を離さずに生返事を返してきた。物思いに耽った時、レッケンベルは自分の考えに集中しすぎて周囲への対応がぞんざいになる癖があった。滅多に見ることのない、それこそ恐らく家族や長年の付き合いがある人間しか知らない癖だ。
「何が気になる?」
ムギをからかってやろうと立ち上がりかけていた腰を地面に下ろし、顔をレッケンベルに向ける。こういう場合、こいつは自分の考えを誰かに話したがっている。この相手は誰でもいい。レッケンベルが求めているのは自分の考えを聴いて反応を返す鏡だ。自分の考えを整理するために、レッケンベルは会話というやり取りを求めている。
「兵力が足りない。2年前のアンハルトとの大戦の影響は抜けきっていない。前線の緊張感は、今も戦時のままだと聞いている。だから北部騎士団だけではなく王都の第一騎士団がわざわざ王都から北部に出ては、王都に戻って来るを繰り返しているんだ」
「他所から持ってくるとか」
「他の方面軍は現在でも限界ギリギリだ。これ以上兵力を削ればそちら側の隣国が余計な色気を出してくる。多少なりとも余裕があるとすればアンハルトとの国境沿いの兵力だが……王命であれば、イケるかもしれんが」
現在、政務を担っているのは先代女王の妹である摂政殿下。キーロ殿下のご母堂だ。決して無能な人物ではなく、偉大な姉王が亡くなった後の混乱期を良く支える政治手腕を持っているが――彼女は王ではない。
ヴィレンドルフの王に求められるのは武。姉妹での王権の闘いに敗れた彼女が王となる日は決してなく、そして王でない者の命で各地の領主が己が領地を危機に晒す判断に従う事はない。
つい2年前に起きた大戦の事は、国境沿いの領地の頭に根強くこびり付いている。今、この状況で目の前にある危機の備えを剥がすことをアンハルト国境近くの領主が承諾するわけがない。
だから、この状況で第一騎士団が王都を離れ北部に張り付くことはない。そのはずだ。
そう語るレッケンベルの、レッケンベルにしては珍しく憶測を多く孕んだその言葉に。当時の私はなんとなく、こいつはそれが起こって欲しくないんだと悟ったのを覚えている。
つい数年前に大戦をやらかした相手との国境線。そこから戦力を抜くなんてことが起きるとしたら、それはもうそこに居る相手が敵に回らないという確信が持てた時だけだ。
当時のヴィレンドルフにそれを為せる手札は少ない。少なかった。
だからこそ、レッケンベルは予測出来てしまったのだ。予測してしまって、自分の予測を信じたくなかったのだろう。
それを為せる手札が、どういうものであるかを。
継承権を持たない王族。しかも男子などという都合のよすぎる手札の存在を、あいつは口にしたくなかったのだ。