なぜかセリフも増えました。
「スカウトされた」
「おめでとう、でいいのか?」
星野から初めて電話がかかってきた。
話があるということなので二つ返事で承諾して、落ち合う場所を決める。
待ち合わせ場所は公園。おそらく星野の住む施設の近くの公園なのだろう。
のこのこ出ていくと顔を合わせたとたん宣言されたので少し微妙な表情でこたえる。
「苺プロの斉藤さんであってる?」
星野があっち行こと言うので、背もたれのない椅子がある場所に対面で座り、聞いてみる。
星野はちょっと待ってといいつつ、名刺を取り出した。
「あってる。仕込みとかじゃないよね?」
「残念ながら。証明はしようがないけどあの人とオレに面識も繋がりもないよ」
「じゃあ、本当に私のこと、私がアイドルになったさきを知ってるんだ……」
星野は自分自身に確認するようにつぶやいた。
「アイドルやる気になったんだよな?」
「私は、アイドルになろうと思う。でもね、スカウトの人と話してて思ったんだ。本当にいいのかなって。だからその前に月野くんに聞いとこうと思って」
「? ああ、アイドルになった場合のこと?」
「そう。なった後どうなるか知ってる人がいるなら先に聞いとけばいいじゃんって」
「それな」
「それに月野くん明らかに歯切れが悪かったからね。本当になっていいのかなって心配になった」
そうなるよな。オレだってならせていいのかいまだに答えが出てないし、そもそも答えが出ることはない気がする。
まあその判断はオレじゃなくて星野がすることだからそれが正しくはあるんだが。
「それに、私がアイドルになろうとしたわけを知ってるってことは……私が今日何を話したかも知ってるってことでしょ」
今日のことは知らない。でも星野はきっといつか見たのと同じように話したんだろう。
思い出したことがそのままぼそっと口に出る。
「嘘を本当に」
「!」
星野がびくりとする。
が、何を言っていいのかわからないのか開いた口からは何も出てこなかった。
「正直なとこ言うぞ?」
「……うん」
正直言いづらいことが多すぎて顔を見ながら話せそうにない。
「オレは星野さんに幸せになってもらいたいと思っている」
「え?」
星野から呆けたような声が漏れるが、オレは無視して続けた。
「もしアイドルにならなかった場合でもお前ならまあたぶん幸せになれると思う。星野さん明らかに顔がいいし、変な男に騙されなきゃ将来は明るいだろう」
こいつ嘘をつくのはうまいんだろうが、別に嘘を見破るのが得意ってわけじゃないしな。
少し言いよどむが、言うことにする。
「……誰かを愛することもできるようになる。これは絶対だ」
言ってしまった。
星野が息をのむ。
愛は星野にとって生きる上での至上命題だ。
他人に話したのはそれこそ今日が初めてだったんじゃないだろうか。
「ねえ、私にそれを言うってことはさ。私のこと全部知ってるってことだよね」
まるで星野の瞳に黒い星が輝いてるように感じた。
「全部は知らない。いや、知ってることなんてほんのわずかしかない。でもどう思って生きてきたかは知ってる」
「全部、教えて。あなたが、知ってる、私のこと。全部」
目を瞑って一つ息を入れる。
「わかった。全部言おう」
オレはもう星野に自分が知っていることを隠すつもりはない。隠したほうがいいこともあるかもしれないが、そもそも判断がつかないことのほうが多い。
幸い「推しの子」は奇跡のような偶然に支えられていないと問題が起こる話ではない。なるべくしてなったことのほうが多いだろう。
だが、放っておいても原作と同じように進むわけがないのだ。
だってそんな保障、誰もしてくれないだろう?
星野にはオレが知る限りの星野自身の生い立ちを話した。
星野が斉藤さんに話したことと同じだ。
学校には星野の生い立ちを知ってるやつもいた。
知っている奴は知っていることだ。
そういう話は漏れないはずがないし、人付き合いをしていれば耳に入ってくるものだ。
「ご飯を食べるのが苦手。またグラスの破片が入ってないか気になるから。人が嫌い。人と話すときは常に顔を作っている。出てくる言葉はその場に沿ったもの」
どこで見た情報かも覚えていないものもある。
流れや時系列を覚えていただけで賞賛できるレベルだ。
エピソード一つ一つを思い出せるほどじゃない。
「人の名前を覚えるのが苦手。愛って何かわからない。でも誰かを愛せるようになりたい。アイドルになれば愛せるようになるかもしれない」
ちら、と星野を見る。
「オレが知ってるお前のことはこれくらいだ」
「し、知ってるじゃん! 大体全部知ってるじゃん!」
「いや、すまん」
胸ぐらをつかまれてがっくんがっくん揺らされる。
「そりゃ、お母さんのこと知ってる人は知ってるけど! それでなんでわたしが、なんで! そんなことまで! 知ってるの!!!」
「ここで嘘つくのはアウトかなって」
「なんで、なんで!」
「本当にすまない」
「何で知ってるのに助けてくれなかったのよぉ……」
「まさかいるとは思わなかったんだ……正直今めちゃくちゃ後悔してる」
泣かれた。
感情がオーバーフローしたのだろう。
まだ、12歳の子供なんだ。
「なあ、星野。次は、次は必ず手を伸ばすからさ。それで勘弁してほしい」
16歳の星野だったらこんなことを言われても嘘の仮面をつけたまま受け流していただろうことを考えると出会いは遅かったが、ぎりぎり間に合ったと考えていいのかもしれない。
溜めこんだものを吐き出さないまま歳をとると人はいびつなまま成長するから。
胸ぐらをつかみ額を押し付けて泣く星野を、抱きしめるべきか、どうか一瞬迷い、包み込むように抱きしめることにした。
星野は少しびくっとしたが離れようとはしなかった。