最初に感じたのは鐘の音だった。
ゴーン、という震動がからだじゅうの骨を通っていって、スニーカーの靴底がビリビリする。
ゴーン。
再び、頭上から鐘の音がした。
「異世……界」
ぼくの服は
残暑を感じる帰り道。ふと足を止めて、道ばたのカーブミラーに映った自分の姿をなんとなく覗き込んだ時だ。
ぱっと目の前が白く染まったかと思うと、目の前にまったく違う景色が広がっていたのだ。
ゴーン。
放課後の通学路は消え去り、金属なのか石なのかわからない材質の壁がはるか頭上までそびえている。
鐘の音ははるか頭上から聞こえてくるのだった。
その壁には見たことのない文字が刻まれ、その文字のひとつひとつが燐光を発していた。LEDではない。もっと不思議な力を感じる光だった。
《私の言うとおりにしてください!》
「うわぁ!?」
いきなり耳元で声がして、ぼくは跳ね上がった。
《聞こえてるんですね! ようやく……私の声が聞こえる勇者が!》
その『声』はいたく感動しているらしいが、ぼくはそれどころではない。耳元で大音量で叫ばれて、キンキンする。
新品のイヤホンの初期設定が音量MAXだった時みたいだ。
ゴーン。
「いまぼくが語り手らしく描写しようとしてるんだから、邪魔しないで!」
ぼくの前方には扉がある。その扉にも複雑精緻な彫刻がされて、幾人もの人々が巨大な建物を見上げる様子が表現されていた。
《見てないで聞いて下さい!》
ゴーン。
大声に鐘の音まで重なったものだから、一度に響く大音量で耳がやられそうだ。
耐えかねて、ボクはとうとう耳を塞いだ。
《耳を塞いでも無駄ですよ。いま、私はあなたの脳内に直接語りかけています》
「そのセリフをクソデカ音量で聞きたくはなかったなあ」
《えっ、声が大きい? おっかしーなー、設定間違えたかな。これでどう?》
「あっちょっと小さくなりました」
《しっぱいしっぱい。ごめんね》
ゴーン。
「えー……誰なんですか?」
《私はプロフェット。見ての通りの女神です》
「見ての通りって言われても何にも見えないけど」
《うそ!? ちゃんとやったはずなのに。えーっと……》
とつぜん、視界の隅にウィンドウが開いた。
《これでどう?》
女性がこちらを覗き込むように映っている。
長い髪は頭頂から毛先に向かってグラデーションになっていて、海を連想させるような深い青から、春の空のような明るい青に徐々に変わっている。
紫色の瞳の中に小さな光が浮かんでは消えて、まるで星空が瞳の奥に広がってるみたいだ。
本人の申告どおりなら、女神らしい衣装ということだろうか。白いローブのような、ドレスのような服を身にまとっている。
女神プロフェットは輝いて見えた――というより、実際に体じゅうがほのかな光に包まれていた。壁の文字が放っている燐光に似ているような気がした。
耳元で騒いでいた迷惑さも忘れて、思わずドキドキしてしまった。
「こんな不慣れな配信者みたいな感じなの、女神って」
ドキドキをごまかしたせいで、すこし早口になってしまった。
《仕方ないでしょ! 普段はこんな風に《枝世界》に話しかけたりできないんだから》
「じゃあ今はどうして?」
《それは、えーと……》
ゴーン。ゴーン。ゴーン。
プロフェットが考えている間に、鐘が三回鳴った。
《それは、あなたが特別な存在だからです!》
「いますっごく長い思考時間があったけど、本当に?」
《神は嘘をつきません》
「女神に選ばれたってことは、これは……異世界転移ってやつ?」
《そうです!》
プロフェットは右手をグーにして振り下ろした。その動きに合わせて、〈太鼓判〉という文字列が浮かぶ。
ゴーン。
《ああ、もう10回目の鐘が。今すぐ扉を開けて外に出てください》
「そうやって命令してくる上位存在ってだいたい怪しいんだよなあ」
《どこでそんな余計な
「ゲーマーだからね。RPGもかなり遊んでるし。で、何すればいいの?」
《だーかーらー、部屋から出て!》
「そういうのじゃなくて、あるでしょ。魔王を打ち倒すのだとか、聖杯を見つけるのだとか」
そう、異世界転移といえば胸おどる冒険がつきものだ。女神が自ら
ゴーン。
《細かいことは後で話すから、とにかく今は扉を!》
「いや、設定を理解してからじゃないと。オープンワールドもキャラ設定作ってから遊ぶほうだし……」
《はやく!》
耳元の音量がふたたびMAXになった。再びキーンという耳鳴りが巻き起こる。
「うるさいって!」
《従わないならまた叫んでもいいんだぞ!》
「わかったって! 女神の言葉遣いじゃなくなってるよ!」
ゴーン。
鐘の音が聞こえたのと同時に、ぼくは扉に手をかけた。がっしりした扉を体で押し開けよう……と思ったのだが、その手応えは思ったよりも軽く、つんのめって文字通りに転がり出てしまった。
「うわっ!」
どさっ、と石造りの床に伏せながら扉を抜ける。
その直後、さっきまでぼくがいた部屋に巨大な金属塊が落下した。
どごぉぉぉん!
無理やり文字にするならそんな音を立てて、石だか金属だか分からない床を砕いた金属塊は、鐘の形をしていた。
「うっそぉ……」
鐘はぼくの体をすっぽり覆えるほどの大きさだ。いままでのんきにしゃべっていた空間が粉々である。
《見ての通り!》
もし女神の言うとおりにしていなかったら、今ごろはぺしゃんこ……なんて、生ぬるい表現では済まなかっただろう。
《この迷宮には
全12話です。
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