ゴァァァァァッ!
重厚な扉を抜けた瞬間、激しい咆哮が部屋を……いや、迷宮を震わせた。
ひときわ広い部屋の中に、大きな獣が待ち構えていた。
黒い毛皮。爛々と輝く赤い瞳――それが、六つ横に並んでいる。牙が生えそろったあぎとも三つ。
つまり――首が三つの獣。
「ケルベロス!」
《よく分かりましたね》
「定番のボスモンスターだからね!」
ずっしりとしたロング棒を構え、向かい合う。燃えさかる炎を宿した獣の瞳がぼくをにらみ、獣が姿勢を低くした。
――飛びかかってくる!
実物よりも一瞬早く、幻像の動作が見えた。リブロの耳飾りの効果に違いない。
巨体から逃れるため、全速力で横に走った。
ケルベロスの首の一本だけがぼくに反応したが、すでに屈んだ姿勢から動きは止められない。
ドガァッ!
獣の爪が床を砕く。ぼくの体ほどもあるような瓦礫がいくつも転がった。
ぼくはすんでの所で獣の爪をかいくぐって、側面へまわった。ステップスのブーツのおかげだ。
横から三つの首がどうやってついているのか確認したい気もしたけど、今はそこまでの余裕はない。
「伸びろ!」
棍棒が5倍の長さに伸びる。長さに比べて重さはほんの少し増えたぐらいだから、遺物はやはり魔法の力が働いているに違いない。
《ダメです、まだ攻撃は早い!》
プロフェットの叫びと同時に、ケルベロスの首……ぼくのほうを向いていた首が大きく息を吸い込んだ。
――来る!
ケルベロスの幻像が動くのが見えた。振りかぶった棒を引き戻そうとしても――棒を長くしすぎた。
一瞬の選択。ケルベロスの攻撃をかわすなら、棒を手放さなければならない。その選択を誤った。武器を手放すことができなかった。
幻像に重なるようにケルベロスが口を開いた。
ゴオオオオオオッ!
鋭い牙の隙間からこぼれ出すような真っ赤な炎。ぼくの体ごと覆い尽くすような炎が降り注いできた。
「うわああああっ……あ、あれ?」
猛火が全身を覆う。熱は……感じない。見えない壁が阻んだように、炎はぼくを避けていた。
《イリスの護符です! でも
胸の護符に刻まれていた
「あの炎をもう一度食らったら……」
《
今度は三つの首すべてが大きく息を吸い込んでいた。
「うおおおおおっ!」
さっきケルベロスが作った瓦礫の裏に滑り込む。隠れた直後に、頭上を猛火が通り過ぎていく。
《体当たりや爪はかわせますね?》
「リブロの飾りとステップスのブーツの力で、なんとか! でも、炎は無理だ!」
《攻略法を伝えます!》
「おねがい!」
こうなってはネタバレに怒ってはいられない。そして、プロフェットがぼくに授けた策は……
「ほんとうに、そんなのが効くの?」
《失敬な。伝統に則った戦法なのですよ!》
「ええい、なんとでもなれ!」
しびれを切らした巨獣が飛び出してきた。瓦礫を引き裂く爪から逃れて転がり、再び向かい合う。
ゴァァァァァァァッ!
ケルベロスが怒りの咆哮を上げる。対して、ぼくは空の手を天井に向かって伸ばし……
「ケーキ!」
ボンッ、とコミカルな音と煙を立てて、手の中に白いホールケーキが現れた。
ケルベロスの三つの鼻がひくついた。その目の前に、ケーキを放り投げる。
「これでも食らえ!」
巨獣はぼくには目もくれず、ケーキに飛びついた。しかも、三つの首がいっぺんに食べようとするものだから、お互いに押し合いへし合い、まったく連携がとれていない。
「いまだ!」
振りかぶっている間に、棍棒が伸びる。長大な鈍器と化した遺物を、ぼくは振り下ろした。
ガガガン!
一つ目の頭を思い切り打つと、ビリヤードの球みたいに別の頭にぶつかる。
一石二鳥ならぬ、一撃三犬というところか。
ぐったりと倒れ込んだケルベロスは全身から閃光を放ち、ゴゴゴゴ……という地響きのような音を立てて消えていった。
「倒せた……の?」
《英雄たちの遺物を使いこなせば、番犬くらいはこんなものです》
「まさか地獄の番犬の大好物がケーキだなんて」
《ケルベロスと甘味には長い因縁があるのです》
とにかく、これで中ボスを撃破……というところだろう。
《さあ、エレベーターへ》
エレベーターは低い音を立ててなめらかに動き出した。
下へ下へ。どれぐらい深いところまで潜っていくのかわからない。
「この先はどうなってるの?」
《最下層には迷宮の主、ロデュスと迷宮の核があります》
「ロデュス……それがラスボス?」
《あなたの言葉でいえば、そうです。彼は時空を操る魔術を極め、この『凍った
「その説明を最初に聞きたかったな」
《罠だらけだったんだから仕方ないでしょう。その討伐のために百人の勇者が集まったのですが、卑劣な術によって彼らは散り……》
「遺物を残した?」
ウィンドウの中でプロフェットがうなずいた。
《あなたが持っている遺物はすべて彼ら勇者が残したもの。しかし、ロデュスは彼らの誰よりも強い力を持っています》
「でもさ、ケルベロスも倒せたんだし。悪の魔法使いぐらいたいしたことないよ」
《敵を侮ってはいけません。彼の力は強大で……》
そのとき、エレベーターの動きが止まった。扉が開き、冷ややかな空気が隙間から入り込んでくる。
「だいじょうぶ。指示厨っぷりに期待してるよ」
さあ、最終決戦だ!
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