指示厨女神とエンジョイ勇者   作:五十貝ボタン

8 / 12
8:ネタバレ

 冷気が空間に広がっていた。

 壁じゅうに刻まれている文字がさまざまな色の光を放っている。その光が照らす中央には、大きな柱がそびえ立っていた。

 柱の中央には、ごつごつとした水晶があった。直径は5メートル以上はあるだろう。その内側に、いくつもの光が飛び回っている。

 

「あれが迷宮核?」

「そうだ」

 ぼくの疑問に答えたのは、プロフェットではなかった。

 いつの間にか、巨大な水晶――迷宮核の前に、ひとりの男が浮かんでいた。

 ぼろぼろのローブ。体に巻き付けた包帯の一つ一つにも、魔法の文字が描かれている。深くかぶったローブの奥の顔は、暗い影で遮られて見えない。

 

「お前がロデュスか!」

「そうだ」

「だったら!」

 インベントリから棍棒を装備。すぐさま長く伸ばして、殴りかかる。ボスの口上の前に殴りかかる……一度やってみたかったんだ!

 

「ふん」

 だが、不意打ちは効果をあげなかった。ロデュスがローブの腕をひと振りすると、空中に光の障壁が現れ……打ち付けられたロング棒はあっさりとはじかれてしまった。

「ウッドリーの棍棒か。奴の膂力があればともかく、非力な子供の力ではわしにはとうてい効かん」

「く……!」

 すぐさま引き戻そうとした棍棒を、魔法使いが掴んだ。

 

 短くなる棍棒とともに、魔法使いが接近する。ぼくの眼前で、ロデュスのフードがぱっと捲れ上がった。

 フードの奥には、皮膚や肉が剥がれ落ちた頭蓋があった。その眼孔に、ギラギラとした魔法の光が灯っている。

 ロデュスの姿は、人間の成れの果てだった。否応なく、死を意識させる。

「うわ……!」

 悲鳴になりきれない悲鳴を聞いて、骸骨のアゴが大きく震えた。

 

「クカカカカ! ここまでたどり着けた勇者は久しぶりだ。100人の勇者のあとは、歯ごたえのない連中ばかりだったからな」

《あなたが無関係な人間を取り込む術を使ったからでしょう!》

 プロフェットは敵意をむき出しにして叫んだ。

 

「幹世界からの勇者。それに女神プロフェットの加護とはね。最後の挑戦者にふさわしい」

「最後って? プロフェットがぼくを呼んだんじゃなかったの?」

「ふむ。女神は案の定、ほんとうのことを話していなかったようだな」

「ほんとうのこと?」

《やめなさい、ロデュス。彼は無関係で……》

「無関係な少年を巻き込んだのは貴様だろう、女神よ!」

 ロデュスの声帯なき声が空気をビリビリと震わせた。

 

「この迷宮の真実をネタバレをしてやろう」

 魔力に満ちた眼光がぼくを睨めつける。ロデュスの頭蓋にぽっかりと空いたふたつの穴に吸い込まれそうで、ぴくりとも動けない。

「私は永遠の命を手に入れた。もはや生も死もない。だが、それでも消せないものがあった。不安、恐怖、憂慮……永遠に存在するということは、永遠に未来を恐れることに他ならないと気づいたのだ。なぜかわかるか?」

 

《耳を貸さないで!》

 プロフェットの制止よりも、ぼくはロデュスの語る真実に惹かれていた。

「どうして」

「時間が進み続けるからだ! 時間がある限り恐怖を消し去れないならば、時間さえ超越するしかない。そのために作り出したのがこの迷宮だ。この迷宮こそ、私の最後にして最大の魔法なのだよ」

《他人の命を取り込んで魔力に変える、卑劣な術です》

「私はこの枝世界でもっとも優れた魔法使いだ。その私がこの世界で何をしようと、監視者である貴様には関係のないことだろう!」

 

「迷宮が魔法って、どういうこと?」

 ロデュスは再び浮き上がり、迷宮の核を背に両手を掲げた。

「この迷宮に挑戦できるのは一度に一人だけだ。その挑戦者が迷宮で命を落とすと、この核の中にその魂を取り込む。そして、時間を巻き戻し(・・・・・・・)、新たな挑戦者を招き入れる」

《単に迷宮からもっとも近くにいる人間を転移させるだけです。最初の100人は、この迷宮を打ち倒すために集まった勇者たちでした。しかし、それ以降は……》

「9899人の挑戦者は、この迷宮の近くの町や村、それにたまたま近くにいた旅人……そういう者たちだった。だが魂の価値は同じだ。あと一人……つまり君を取り込めば、この世界すべての時間を凍結させる魔法が完成する」

 

 ロデュスのアゴが震え、哄笑のように骨が鳴った。

「そこでネタバレ(・・・・)だ! この女神は、世界の狭間の管理者である立場を利用して、世界と世界の境界線をゆるめ、世界同士を近づけたのだ。私の迷宮はもっとも近くにある人間を召喚する。この世界の近隣にいる人間はあらかた消費(・・)してしまったから、接近した地球にいる君が呼びだされてしまったのだ」

 プロフェットは世界の間の領域を司る女神と言っていた。二つの世界が混じり合わないようにしておくのが役目だと。

 だったら、二つの世界を意図的に混じりあわせることもできるはずだ。

 

「貴様の苦しみは、その女神のせいだ! 私の迷宮の性質を利用して、貴様をここに呼びださせた。地球からの来訪者になら、監視者の力で語りかけることができるからだ。しかも、お前は選ばれたのでもなんでもない。たまたま、接近させた地球で迷宮に近かったから召喚されたに過ぎない」

「……あいつの言ってることはほんとうなの?」

 プロフェットは答えない。『神は嘘をつきません』――それが決まりなら、ノーと答えることができないのだろう。

 

「私のやることは変わらない。貴様をここで殺し、魔法を完成させる」

 ロデュスの手に光が灯る。ごうごうと空気がうなっている。強大な力がその手の中に集まろうとしていた。

「待ち望んだ永遠が、今度こそ手に入る!」

 骸骨の顔に浮かぶ眼光がぼくを狙っていた。死がぼくを睨んでいる。

 

 未来予測の幻像。ロデュスが放つだろう魔法は僕の心臓を貫く。何もしなければ、3秒の間にぼくは死ぬ。

「恨むなら、女神を恨むのだな!」

「うわああああああああああ!!!」

 情けなく叫んで、ぼくは逃げ出した。

 

「クカカカカ!」

 ロデュスが哄笑をあげた。骨がこすれ合う、あの笑いだ。

「この迷宮からは逃げられん。お前など、わしはいつでも殺せるのだ!」

 勝ち誇る魔法使いの声を聞きながら、ぼくには逃げることしかできなかった。

 




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