「はあっ……はあっ……」
無我夢中で走り、広間から逃げ出した。身軽になるステップスのブーツを履いていても、恐怖で息が荒くなっていた。
ぽたりと汗がしたたる。耳鳴りがする。どこを走っているのかわからなくなっていた。
《しっかり……しっかりしてください!》
プロフェットの声はどこか遠くから聞こえるように感じた。自分がいまいるこの場所に現実感がなかった。夢の中だったらいいのに。そう思うと、何もかもが夢だったような気がしてきた。
目の前が暗くなってくる。床を見つめている。首をあげる気力もない。プロフェットのウィンドウが煩わしくて、ぎゅっと目を閉じた。
《いまこの迷宮を突破し、ロデュスを倒せるのはあなただけなのですよ!》
「そんなの、そっちの都合じゃないか!」
なおも強引な指示を続けようとするプロフェットに、ぼくは叫んだ。
「ロデュスの言うことは本当なんだろ! ぼくは運命に選ばれたわけじゃない。自分で来たいと望んだわけでもない! どうやったか知らないけど、あなたが世界と世界の境界を狭めたときに、たまたま迷宮の近くにいたってだけで巻き込まれたんだ!」
《私は運命には干渉できません。でも他の誰かではなく、あなたが選ばれたことには何か意味があるはずです》
「ぼくはただの中学生だ!」
《ここまで迷宮を進んできたではないですか!》
「だからって、あんな敵にかなうわけがない!」
頭がかっと熱くなった。恐怖を怒りにすり替えて、プロフェットを睨んだ。
「勝手に呼びだして、自分は見ているだけの指示厨のくせに!」
《私は……》
女神はぎゅっと口を結んで、うつむいていた。
《私は、たしかに指示しかできません。そもそも、本来ならこんな風に世界に干渉することができない存在です》
「だったらなんでこんなことを!」
《まわりを見なさい!》
プロフェットが腕を広げた。
そのときはじめて気づいた。
ぼくがいるその場所は、
いくつもの墓石が並んでいる。
百や二百ではない。千や二千でもない。
広大な空間に、見渡す限りの墓石が並んでいた。
そのすべてに、別の名前が刻まれていた。
《これはすべて、この迷宮に挑んだ者たちの墓です。ロデュスがどんな感傷を抱いて、挑戦者を弔っているのかはわかりませんが……》
9999人がこれまでに挑み、そして全員が散っていった。
その結果が、僕の目の前に……そして周囲に広がっていた。
《私は彼らが迷宮に挑む姿を、すべて見ていました。世界の時間が巻き戻っても、監視者である私には知覚できたのです。おそらく、ロデュスにとっては私の介入は想定していなかったことでしょう》
プロフェットの声をどこか遠くに聞きながら、ぼくは周りを見回していた。
ステップスの墓があった。イリスの名前も刻まれていた。リブロも。パティスロンも。ウッドリーも。会ったことのない人たち。でも、ぼくを助けてくれた人たち。
《最初に挑んだのは100人の勇者たちでした。誰もがケルベロスと戦える力を持っていましたが、ロデュスに匹敵するものは居ませんでした》
知らない名前がたくさんあった。
《その後は、戦う力を持たない人々が巻き込まれました。9899人の人々が、迷宮にただ飲み込まれていく姿を。時に罠を越え、遺物を見つけるものも。彼らが残してくれた手がかりが、私を通してあなたを助けているのです》
「その人たちを……助けられなかったの」
《私はこの世界に介入することはできません。できるのは、ふたつの世界のバランスを監視することだけ》
「だったら、どうしてぼくには声をかけられるの」
《あなたが世界の境界を越えてきた存在だから、私はあなたを元の世界に返さなければなりません。ですが、迷宮がそれを阻んでいる。だから、迷宮からあなたを助けるために私が助けることは女神としての役割に従った行いです》
「でも、迷宮がぼくを呼びだすように仕組んだんでしょ。それって
《ここに眠るすべての勇者に報いるために、他に手段はありませんでした》
プロフェットはここにいる全員の挑戦を見ていた。そして失敗も。
声をかけることすらできずに。ただ彼らを見守るだことしかできずに……。
ただ一言、語りかけることさえできれば、助けられた人がどれだけいただろう。
ぼくだけが女神の力を借りることができた。
暗かった視界が急に広がっていく気がした。
うなだれていた首をあげると、眼前の墓に刻まれた名が見えた。
サクノス。
その墓には、一本の剣が突き立てられていた。力強く輝く剣だ。
《彼こそがこの迷宮に最初に挑んだ者。剣の勇者サクノス――あらゆる迷宮を打ち砕くもの》
「でも、ロデュスにかなわなかった」
《一人目の挑戦者には誰も力を貸すことができなかった。でも、今は違います。百人の勇者の力と、すべての挑戦者の知恵があなたを助けます》
墓前に突き立てられた剣に手をかける。
最初の挑戦者が残した剣の力が、最後の挑戦者であるぼくへ流れ込んでくる。
「サクノス……迷宮を打倒するための剣」
ここにいるのはぼくだけ。ロデュスに挑めるのも。迷宮を砕けるのも。
見渡すと、いくつもの遺物があることがわかった。そのすべてが、ぼくを助けてくれる。
ズルをしてぼくを巻き込んだ身勝手な女神への怒りはもう消えていた。
「ロデュスのことも知ってるんでしょ? 戦い方を指示できるよね」
《はい! 勇者たちとの戦いを見てきましたから》
「あれをやってよ。
《お約束? ああ、あれですね。いいでしょう……よく聞くのですよ》
こほん、と咳払いをしたプロフェットが、両手を広げた。星の浮かぶ瞳が輝く。
《勇者よ、
「ああ、やろう!」
振り上げた剣が、ぼくに応えるように輝いた。
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