――side ラインハルト
慌ただしく支度をし、出立したと思ったらもう寿春が目と鼻の先だ。
その間に張勲のハニトラを躱したり束が夜に人には見せられぬ姿で私の天幕に来てイオンに詰められたりしたが気が向いたら話そう。
それはさておき。
「……街に入られてるけど城は……まだ持ちこたえてるといったところか……敵が2万弱いるけど耐えてるってことは守ってる側の練度がかなり高いわね……」
(宝物庫から貸し出した)望遠鏡による遠見と明命はじめとした細作の報告から状況を纏める雪蓮。
「さっさとなんとかしれくれんかの?」
同席していた袁術の言葉に一同がジト目を向ける。
「……ここで無策に突っ込んで兵を失っては寿春救援ができたとしても汝南の方を助ける余裕がなくて撤退の可能性もあるが構わんのか? 無論報酬はきっちりもらうと話は付いているようだからな、損するのはそちらだが」
私が代表して答えると
「うぐ……とにかくはやめに、2つの城の救援を頼んだのじゃ」
そう言うと袁術は張勲とともに天幕を後にする。
兵士たちがちゃんと割り当てた天幕に戻ったことをハンドサインしてくれたのでやっと本音が話せる。
「……久しぶりに身体を動かしたい。――賊を追い立てる役か城に単独で飛び込んで物資補給と援軍が来たことを伝え、門から飛び出して賊を撹乱する役……どっちならやって良いかね?」
「どっちもダメ。――戦況をひっくり返せるあなたの存在露見したら絶対引き抜こうとするやつが出てくるから。力見せてないのに袁術動いてるみたいだし……。――せめてウチの誰かに手を出して義理立てするまでは出せないわよ」
「そこは許しておけよ、前の約束*1破った扱いで誰かねじ込めたのによぉ……」
「いや、ソレやったらある日突然いなくなりそうだし……私の勘では黄巾賊なんとかしてる間になんとかなるって気がするから今は待つべきだわ」
親子で意見が割れてる横でイオンたちが困ったような顔をする。
「……やっぱりレナルルさん……?」
イオンの言葉にどうしたものかと考えつつとりあえず武器弾薬の支援だけにとどめて本陣で待機することに。
束、露骨にアピされてもイオンにお前を御すのは負担が大きすぎる。
遅かれ早かれそうなるとしても手綱握れる千冬か箒の後だ。
大人しくする? 私とイオンを胃痛と心労で倒れる未来しか見えんのだが?
……言い過ぎたと思うが側室の2人目くらいまでで必要なのはイオンとツーカーで必要なら纏め役できるイオンが現時点心許せる相手なのだ……許せ……。
良い忘れていたが現在孫家軍は寿春のほぼ真南4里ほどの位置に陣取っている。
兵力は1万9千。
相手はおおよそ2万。
城の兵は4500ほどだが、打って出る余力はなさそう。
この状況で普通にぶつかると損害が大きい。
そのためまずは別働隊5000を使い南西~西南西の方角からなるべく目立つようにしながら攻撃。
ある程度乱戦になってきたら敗走したふりをする。
ここで賊がまったく釣られないなら繰り返して相手を挑発。
ある程度釣れたらなるべく距離が開かないようにしつつ南西方面に逃げ、近くにある森から伸び切った賊を急襲してたたき、同時に別働隊も反転。一応逃げ道残しつつ袋叩きする。
この時点で城の兵数とこちらの軍合わせた兵数で兵数差は確実に逆転するのでそのまま討伐する。
調べた限り万単位の正確な指揮ができる命令系統が無いので、このレベルの作戦でどうとでもなるらしい。
結論から言って見てるだけかつ、敵が弱かったのであっという間だった。
粋怜と穏による突撃からの絶妙な引き方による主戦力の誘引成功の時点でほぼ勝ちは確定したようなものだった。
その後その主戦力を包囲殲滅したら返す刀で包囲していた連中を撃退した。
全員狩り尽くしてないのは生存本能が高いやつや逃げ足の早い奴らが逃げ切ったからである。
逃げたのが4000、6000ほど捕虜、後は墓の下だ。
「捕虜の殆どが殆どが食い扶持無い奴らだな……しかも半分は女子供だ」
どうすっかなーって顔の炎蓮の言葉に亞莎が口を開く。
「……あの、提案があるのですが……!」
「どういう風の吹き回しです? 捕虜の身柄を引き取るから前話した報酬のうち、成功報酬はいらないなんて」
入城した城の玉座の間にて、私とイオンがものすごーく紀霊と呼ばれてる武将に話しかけるのを抑えて雪蓮たちの会話を確認する。
……向こうもイオンみてからチラチラこっち見てるから考えてること同じらしい。
それはさておき
「なに、理由はわからんが黄巾賊に加担した連中について――袁術は手元に置いておきたくない。――オレたちはちょっとばかし人手がほしい。――そして捕虜になった奴らは飢えてる。だから――オレたちが引き取って面倒見ればこっちもそっちも捕虜連中も嬉しいだろう? 三方良しってやつだ」
「……構いませんけどー、汝南の方も対応してくださいね?」
「ああ、わかってるさ」
そう言うと蜂蜜水を飲みたいと駄々こねる袁術とともに部屋を去っていった。
「――粋怜、歩兵5000と捕虜6000連れて廬江目指せ。明命。先行して捕虜の話とか伝えてここ数年で廃棄された邑とかを復活させる手続きと5000の招集して寿春に向かえ。2つの軍が合流したらそれぞれの兵士受け取って交代。明命は廬江に歩兵5000と捕虜6000を廬江に行軍、粋怜は汝南に向かってオレたちの軍と合流するように。――たぶんケリついてるから無駄骨かもしれんが戦線膠着したときの後詰めだ。それとラインハルト、イオン」
「ん?」「は、はいっ!」
「……そこの紀霊の嬢ちゃんが話したそうにしてるからさっさと相手してやんな。律儀にも待ってたからな。(もしイオンの気心しれるやつなら引き抜け。――前世で浮気容疑かけられた一人なら、寧ろ二人目に最適だからな)」
「……努力しよう」「? りょ、了解」
炎蓮の指示を受けて孫家の話の輪から離脱し、寿春を防衛してみせた『紀霊』の方へ向かう。
――左右の一部を太い三つ編みに、背中側の紙をストレートにした少し変わった白銀の髪型をした、胸部装甲が孫呉の大物と張り合えるスタイルの良い娘が、おずおずと口を開く。
「……あなたは……イオナサル……?」
「……ってことはやっぱり……カノンさん?*2」
「ええ……今生では紀霊と名付けられ、この世界に生きています。……積もる話はありますが、ひとまず……またあえて嬉しく思いますよ、イオナサル」
少し張り詰めていた緊張が緩んだのか、優しい笑顔を見せる紀霊。
「私も、カノンさんに会えて嬉しいです。あ、こっちがあのアーシェスです」
「彼が……? ……アーシェスとは似てもにつきませんが、イオナサルがそう言うならきっとそうなのでしょうね。公式では紀霊で、そうでなければカノンと呼んでください」
丁寧に一礼するカノン。
「ラインハルトだ。――……イオン、レナルル、卿がいるとなると、他にもいるかもしれんな」
「イオナサルももしかしたらいると思っていましたが……そちらにはタータルカ宰相殿がいるのですね」
「? まるでカノンさん、私以外に前世の知り合いがいるみたいな言い方してません?」
イオンの指摘にハッとするカノイール。
「そうです。――寿春で指揮をしている丁奉。彼女はネィアフラスクなのです。汝南にいるのですが、半月ほど前の襲撃で応援を呼んだのに連絡が無いのです。――なにかご存知ではありませんか?」
その知らせに私とイオンは顔を見合わせる。
たしか袁術の証言通りなら半月以上前から汝南が包囲されているからだ。
そのことを慌ててイオンが伝えると
「なっ!? ソレを早く教えてください! 私も兵を連れていけるだけ連れてあなた方と共に救援に向かいますから!」
そういって駆け出そうとするので回り込んで止める。
「なぜ止めるのです!」
「今袁術配下の兵でこの城から外に出せる余剰は無い。――むしろ防衛で動けなくなってるのを疲労困憊してるのを考慮すれば、卿が救援に同行するのを認めるとも思えん」
「……それなら私は野に下るだけです。――何度も諌めたのに、悪政をやめなかったあの二人に今回ばかりは愛想をつかしましたからね」
私のたしなめる言葉に対し、袁術の家臣の地位投げ捨てるのもやむなしと言い切った。
「そ、それって大丈夫?」
「それなりに金はありますし。――いざとなればそちらの客将や小間使いとして糊口を凌ぐことも考えてますから」
「……カノンさん、保守的なのに変なところで思い切りいいよね……」
「イオナサル、なんか言いました?」
「な、ナンデモナイヨ―」
「とりあえず話し合ってきます。――どちらにしても追いかけますので、よろしくおねがいしますね、イオナサル、ラインハルト殿」
そう言って去っていくカノン。
「……ネイちゃん……大丈夫かな……」
「……今のところは、なんともいえんな」
足元の影が蠢き、2つほどの影が私から離れて西へと飛ぶように消えたのを横目にそう答えたのだった……。
――side ???
「やばいわねぇ……かれこれ3週間、援軍なしで包囲……街中抑えられたから向こうの食料は充実してるし……こっちも食料はあるけど、数の差が6倍近いのはキッツい……」
幸運なのは奴らが馬鹿なのか、夜襲とかそういうのが全く頭に無いし、はしごとかそういうのまったく作らないことだ。
おかげで登ってくる可能性が低く、門をしっかり抑えて死体や人を踏み台に登ってくるのをどうにかすれば防げてる。
ただ、精神的に約6倍いるってのがきつい。
兵士たちも終わりが見えないせいかだんだん疲労の色が隠せなくなってきている。
どうしたものかしら……。
『――では、敵を半分にすればあと1週間ほど、持ちこたえられるかね?』
「まーねぇ。ついでに城の城壁に張り付いてる死体どうにかしてくれれば、なんとかなるかも……?」
『よかろう。――1週間ほどで助けが来る。そのカリスマで兵士をまとめあげ、もちこたえたまえ』
誰かの軽口なのか、幻聴かと思いつつ、声のしたほうを向いたが、誰も居ない。
「……とうとう幻聴が聞こえたみたいねぇ、ヤバいかなぁ……」
千人隊長たちに任せてもう少し寝る時間増やさなきゃ……。