全体的に技術科との会話は、学生時代に論理物理学研究室で1ヶ月ほどマンツーマンで教えてもらった経験から書いています。書いているSF考証はさっぱり保証できないのですが、何を言われているかわからん場に立たされた経験だけが実体験です。
西暦2192年 国連宇宙軍極東管区 技術科レク
「従来の万物の理論、M理論で余剰次元の形として説明されるカラビ-ヤウ多様体は、ねじれた宇宙の位相幾何を完全には示せていなかった」
レクの冒頭、これまでの話を振り返ろう、と話を始めた真田から出てきたのは意味不明な言葉の羅列だった。
「カラビ-ヤウ多様体が形として重要視される部分は、第一チャーン類が0である条件を満たすコンパクトな複素多様体であり、かつリッチ平坦な状態においてケーラー形式が一意に定まるリーマン多様体でもあることだ」
何を言っているのかさっぱりわからないが、ここまでのレクで技術科の二人はこの内容を丁寧に説明してくれたのだ。
ただ話をするたびに人の名前が増えていくのには困った。一連のレクで登場した人物は30を超える。
「ですが、その位相幾何学的な性質は複素トーラスの一般化として比較的単純な構造を持つため、物理的に扱いやすい範囲に限定されています」
レクで絶望的だったのは新見女史もあっち側であったことだ。レクでは基本的に加減はしてくれない。
<< 具体的には、ホモロジー群およびホモトピー群の次元が低次元で抑えられるため、空間内の穴の分布は規則的で理路整然としたもの、という前提に拘束される >>
何回目からのレクからイスカンダルまで参加するようになった。でも味方ではない。
1回目のレクで、これなら問題なくまとめられるんじゃないか?と思った自分の甘さを呪う。やっぱり島が頭を抱えていた理由は内惑星戦争の真実ではなく、技術科のレクのせいではないだろうか、と考え直した。
「ここで”ねじれ宇宙論”が、ねじれた、と称している具体的な操作を明確にしておこう。空間の性質を3次元トーラスにまで単純化して説明すると、ねじれたのはトーラスの縦方向の閉曲線であるメリディアンとなる」
ドーナツの絵が出てくる。メリディアンと言っているのは、どうもドーナツの太さに相当する方向の円周だった。あと、毎回でる絵だが、イスカンダルが描いてくれているらしい。
「ねじれ、はこのメリディアンがある接合部分でずれて接続されたことを指します」
ドーナツが形を保ったまま、表面だけよじれる。
1回目から徐々に情報量を増やした会話は頭に入りきらない量になった。まさか最後まで青天井で情報量が増えるとは思わなかった。
<< ここで注目すべきは、直交する横方向の閉曲線、ロンジチュード。このようにトーラスの形状に沿って一本の螺旋状に変化している。それと3次元の図ではわかりづらいが、この時メリディアンの表裏も逆に接続された。この操作によって、トーラスはクラインの壺のような表裏が区別できない非可定向性を持つ多様体へと変化した >>
ドーナツの穴に沿って円を描いている曲線が誇張して表示される。この円はねじれる前のドーナツでは単なる円だったが、ねじれた後は一本に繋がった螺旋になった。あと、ドーナツ全体にメビウスの輪の様にねじれができる。
でも、ここまでのレクで分かったことがある。それは途中で「要するに」と言って中断してはいけないことだった。要領の良さが売りの士官にあって、自分の理解度を明確にしてコンセンサスを得る手段とも言えるのが「要するに」だ。でもここではそれが厳禁なのだ。
「このトポロジカルな変化は、M理論が説明する余剰次元の「コンパクト化」を、新たな視点から再解釈する契機にもなった。ねじれにより発生した空間に内在する自己矛盾的な構造、これをエネルギー的に安定させるための操作が「コンパクト化」だったと解釈できるからだ」
なぜかと言うと、ここで話しているのは、人類がこの世界を「要するに」した結果と現実の差を段々、埋めていった過程の話だからだ。最初から「要するに」で済ませてしまっていいなら、物理現象はほとんど古典物理で済んでしまう。
「これを余剰次元の形状であるカラビ-ヤウ多様体へと戻した場合、ねじれが単なる幾何学的変形に留まらないことになります。ねじれにより宇宙は複雑なトーラス結び目を含む「絡み合った組紐」のような構造を持つようになり、従来のトーラスにある非単連結性を超えたさらなる特徴、すなわち非可縮性を持つことになります」
話を最後まで聞くことが重要だった。話の途中で生半可に「要するに」をすると話の世代が戻ってしまう。今、この場では異星人から教わった最先端科学によってこの世界を「要するに」した結果を説明しているのだから。
<< この非可縮性によって、結び目自体の存在が空間全体の幾何学的および物理的性質を根本的に変化させる。具体的には、宇宙全体のエネルギー密度が地球の常識で想定されていたエネルギースケールよりも遥かに高くなる。これはコンパクト化した際の余剰次元の大きさが結び目構造によって物理的に拘束されるためだ >>
さて、ここまで何が理解できたのかまとめてくれ、と発言が止まる。
もうさァッ、無理だよ、この宇宙の構造なんてわかりっこないんだからさァッ、と言って逃げ出したい。でも士官としての矜持と使命、この場でも発生し続けている俸給が椅子に留まらせた。
古代にも宇宙戦士として意地がある。私的時間のほとんどを費やしてまとめた結果があった。
「宇宙を位相幾何学的に解釈した時の性質はスポンジと同じで、“穴”そのものが重要であると言えます」
おそるおそる話を始めた。
スポンジは細かく空いた穴が洗剤を含んだ水を表面張力で捕まえることで役割を果たす。つまりスポンジの性質はそれを構成する物質ではなく穴の方が決めている。重要なのは、スポンジは本質として細かな穴の集合であるにもかかわらず台所用品として明確に存在していることだ。
そして、それは宇宙も同じなのだ。穴の集合だが存在している。自分でも何を言っているかよくわからない。
「従来の万物の理論であるM理論では、この穴は一般的なスポンジやチーズに空いた気泡のように綺麗な穴が一定間隔で空いているものでした」
23世紀に入らんとする地球にあっても、チーズのイメージには穴が空いていた。固定概念の強さは凄まじい。
「ただ、ねじれ宇宙論が明らかにした宇宙は金タワシのように複雑に絡み合った構造で、もっと複雑でした。この複雑さの違いがエネルギーの差になります。ただし、ここで重要なのは空間には元々穴があって、かつ絡まっている、と言う2つの性質が重なっていることです」
この場において、穴が空いていることを非単連結性、空間が絡まっていることを非可縮性と表現している。どちらも空間を一点に収束させても消滅しない性質を表すもので、そしてこれらを「要するに」でまとめてしまうと両者は一緒になってしまう、ややこしい性質であった。
「波動砲は空間の非可縮性をなくしますが、非単連結性までは操作しません。物質と反物質の宇宙を隔てる高次元宇宙の壁は、空間本来の非単連結性によってかろうじて維持されるために、大変危険ではあるものの、即座に宇宙が消滅したりはしません」
宇宙を紐だと考えた時、可縮性を操作するには絡まった紐を解けばいいが、単連結性を操作するには紐自体を切る必要がある、と考えれば波動砲がどちらかしかできない理由もなんとなく見えてくる。
これまでの古代の発言は技術科サイドの発言をまとめただけのものだ。でも最後の一文は、それを理解した上で付け加えた。これが戦術科の古代に必要とされる情報で認識であった。
ことさら危険であることを強調したのは、イスカンダルのユリーシャが参加していることを考慮してのものだ。彼女は波動砲を軽々しく扱うと怒り出す。
最初は波動砲と言う名前自体に難色を示していた。イスカンダル的には次元波動超螺旋弦励起縮退半径爆縮放射殲滅兵器、というべきだそうだ。なるほど、あの長い正式名称はここから来たのか。
波動エンジンの仕組みをゲシュタムの一言で済ませているガミラスにも思うところがあるらしい。彼女は乱暴と指摘をしていたが、リアクターとしてのイスカンダルでの呼び名を地球の用語で表現すると、「8の字クラインの壺型変形カラビ-ヤウ多様体Dブレーン次元波動超螺旋弦励起縮退半径同軸型圧縮機」と言うそうだ。
波動砲を作ること自体には反対しないのか疑問だったが、もちろん反対だが試練のための船でそれを拒否してはならないらしい。試練での波動砲設計プロセスは波動砲の性質をよく知ってもらう意図が含まれている。そして彼女らサイドにもルールがある。
そもそも、なぜ古代がここまで難解な理論を理解せねばならないのか、それにはちゃんとした理由がある。それが現代科学の宿命であるからだ。
科学による恩恵はリスクを正しく評価した上で、効果がそれを上回った時にのみ得られる。あらゆる年代において必ずそうであった、とは言い切れないが、それでも基本的なスタンスに変わりはない。リスクだけを考えるのならそもそも人類は火を起こすべきではなかった。
だから波動砲の使用を判断する古代、ひいては戦術科はそのリスクと効果を認識している必要があった。ここで重要なのが、なぜ次元波動爆縮放射は宇宙を破壊してしまわないのか、ということだった。
もし波動砲に宇宙を確実に破壊してしまう効果があったとしよう。その場合、それは兵器ではなく単なる自決装置になる。つまり使えないのだ。使用可能な兵器である以上、絶大な効果がありながらも宇宙全体を壊してしまうほどの効果はない、ことを証明しなければならない。証明は具体的には技術科が行うが、運用する戦術科はそのロジックを理解している必要がある。
もちろん波動砲の効果は予測に過ぎない。イスカンダルが参加している、と言う安心材料はあるが、それでも確実な保証はない。人類がその力を振るわんとする以上、理屈の上で問題ないことは説明しておかなければならない。
地球で核兵器が最初に爆発した時もそうだ。科学者たちはトリニティ実験の結果を予想しあった。その中には核分裂反応の連鎖が無限に広がり続けて惑星全体を覆い地球を滅亡させる、と言うものがあった。でもそれは、分が悪い方の予想だったので、実験は行われたのである。
その延長線上として、今、真田が悩んでいるのは、どうやったら宇宙は壊せるのか、であった。イスカンダルから見て一級の危険思想である。ただそれが科学の徒としてあるべき姿でもあった。壊れてしまうから気をつけろ、と言われたら、どうやったら壊れるのか、に考えが及ぶべきだ。
これはガミラスにいるであろう同業者、ガミラス人科学者も同じはずだと考える。イスカンダルの存在が大人しくさせるとは到底、思えないのだ。ただ話を複雑にするのは実際に宇宙を壊してしまっていたら、今の私たちは存在していない、ということだ。
つまり、イスカンダルは強く警告するが、波動砲では宇宙を壊せないのではないだろうか。そのあたり古代はうまくまとめてくれている。波動砲では非単連結性、つまり空間に穴が空いているという性質までは操作できないのだ。そして、穴は宇宙の性質そのものであって、これを変えてしまうのは宇宙を作り変えてしまうのに等しい。
なので、おそらく宇宙を壊すのは波動砲の次だ。地球人が過去の地球にタイムスリップした場合で考えてみよう。核兵器を禁忌としたい時、キューリー夫人の発見にも一言申したいだろう。今のイスカンダルの態度は多分それだ。
なら宇宙を壊してしまう機械とはなんだ?、考えは自然とそこに行き着く。古代のまとめ方に従えば穴を取り去ってしまう装置になる。でもドーナツの様に穴があること自体が性質であった場合、それはどんな操作になるのか?
まずは空間を全く異なる性質に変えてしまうことだ。でもこれは真面目に考える価値がないように思える。宇宙全体を作り変えてしまう操作は、今の宇宙に存在する私たちにとって、宇宙を消し去ってしまう操作と同義だからだ。
だから今の宇宙を保ったまま連続で変形させなければならない。その場合アプローチは2つだ。一つは穴を小さくしてしまうこと、この場合、単に穴の大きさを変える操作が実現すればいいことになる。もう一つが、穴を何かで埋めてしまうこと、こちらはもう少し複雑で、どこからか空間を持ってきてそれを穴に嵌める必要がある。
いや、どのみち空間を操作する技術自体が私たちには未知だ。どれだけ考えても仕方ないだろう。真田は結論をつける。学生時代はひとつの課題にじっくり腰を据えられたが、宇宙軍に入ってそれが贅沢であることを知った。
お茶請けに手を伸ばした。サーターアンダギーだった。
真田はサーターアンダギーとミスタードーナツのオールドファッションの違いがいまいち分からなかった。
西暦2192年 国連宇宙軍極東管区 技術科レク
そしてお茶の時間を挟んだ後、真田は例のボタンを取り出した。古代は真田を安易には信用しない事に決めた。
余談だが、サーターアンダギーが波動コアの前にお供えものの様に置かれている。どうもイスカンダルの分ということらしい。供えられた菓子が気づいたら消えるので、技術科員の間でちょっとした考察の対象になった。高感度カメラで消える過程を記録したりしたが、本当に一瞬で消える、という結果だけが残った。
「もちろん、波動砲だけでなく動力源である波動エンジンすらも未完成だ。仮に発射が可決されても何も起こらない」
そういう話じゃないだろう、と思うが、隣の新見女史の目つきが少し険しくなっている。あっ、これ許可とってないな、と古代は感じ取った。2人のペアが評価されるのは、片方が片方の制止装置になっているからだ。でもあらゆる装置が万能ではない。
「以前に波動コアには波動砲を制御するための専用モードがあるという話をしたが、波動砲発射回路はそれを指している」
真田が構わず話を続ける。イスカンダルは何も言わないのか疑問だったが沈黙している。あとで技術科員に聞いたところ、波動コアにお菓子を捧げるとしばらく応答がなくなるらしい。技術科で「イスカンダルの昼寝」と呼ばれていた。
「ただ、このモードへの遷移が拒否されるので、なぜ拒否されるのかを解析する専用システムを作った。それが波動砲発射シミュレータ“アナライザー”だ」
通称、HHSアナライザーである。模擬器なのか分析器なのかはっきりしてほしい名前だが、経緯を考慮するとやむを得なかった。最初、このシステムは純粋に波動砲発射回路が開けない理由を分析するシステムだったのだ。ただ、分析結果を活かして波動砲発射回路を模擬的に開ける様になった結果、このシステムはシミュレータになった。名前に複雑な経緯が込められている。
「そもそも物理的な波動砲発射装置がまだ存在していないので回路も開けない、というだけじゃないですか?」
純粋な疑問を返す。この際、戦略兵器のボタンを気軽に押させられた件は考えないことにした。向こうが悪いと思っていない。
「もちろんそれもある。ただし、波動砲発射回路には、こちらが波動砲を構成する要件と目的を明確にすることで、その可否を判断する前段階が存在する。アナライザーはその前段階で、波動砲発射が成立するかをシミュレートする」
例えば、と真田は手を叩いた。会議室の電気が消える。もう一回、手を叩いたら今度は電気がついた。
「この部屋の照明を波動砲発射回路に接続した。ここで波動コアに要件としてこの会議室の照明器具、目的は照明の切り替え、手を叩くこともトリガーとする、と登録すると回路がその可否を判断してくれる」
これは波動砲発射の可否と同じロジックで判断されるわけだ、と真田は説明を続ける。なんだか少し嬉しそうだ。でも隣の新見女史の目がますます険しくなっている。そうだろう、核兵器の発射ボタンで遊んでほしくはない。
後々、技術科員の間で、この会議室だけ何故か手を叩くことで照明を切り替えられる、という裏技が共有される様になった。どうも戻していないらしい。
波動砲発射回路が可否を判断してくれるなら、アナライザーは要らないのでは、と思うが、どうも波動コアからは判断の可否しか返ってこないらしい。なので否決されても理由が分からない。
そこで真田が学生時代に行っていた研究が関わってくる。「高度知性AIの判断理由分析」という、ある意味ドンピシャなタイトルだった。つまり真田にとって、アナライザーは昔とった杵柄だったのである。それが嬉しそうな理由だ。
「イスカンダルの常識外の科学力はこの回路にも反映されている。先ほどの例で言った場合、会議室の外で手を叩いても照明は反応しない。波動砲発射回路が、この会議室の中、という概念を正確に捉えているからだ」
つまり会議室を衝立だけで仕切っても反応する、ということだった。これは音の大小だけで判断する地球の機械では実現できない。恐ろしいのは、要件から「この会議室の」という条件を排除すると、世界中の照明が一斉にON/OFFする可能性があることだ。おそらく影響が大きすぎるとして発射が否決されるのだろうが。
あれ、でもこの前、謎の瞬間停電があった様な、と記憶を探る。ただそれを思い出す前に真田の話が続いた。
「重要な点は、波動砲発射回路がその成否として、トリガーを引いた当事者が発射を“適切に”判断したか、という点を重視していることだ」
これは軍隊用語としてだ、と捕捉が入る。軍隊で使われる“適切に”には、訓練で与えられた知見を持って全身全霊で果断に行え、という3文字に到底収まらない熱量を秘めている。それをイスカンダルの科学力をベースに求められるのは何とも恐ろしかった。
「これを確認するために、波動砲発射回路を各種ゲームに接続して実験を行った」
なんだか嫌な予感がする。
「チェス、将棋、囲碁、〇×ゲーム、ジャンケン、モノポリー、麻雀、ポーカー等各種トランプゲーム、UNOなど、あらゆるゲームで相手の手番を波動砲発射回路に接続して可否を判定した」
もちろん相手には事情を隠してだ、と補足する。誰とやったかは知らないが、まさか一手一手が恒星間級の戦略兵器のスイッチと繋がっているとは思わないだろう。
ちなみにこの時期の技術科では、いきなり真田がさまざまな人間にゲームで勝負を挑む様になったとして「真田チャレンジ」という名前で噂になっていた。新見女史が怒っているのも、半分は戦略兵器のスイッチで遊んでいることだが、もう半分は珍しく真剣に相手をしてもらったのにウラがあったことだ。
「ここで確認できたのは発射の可否と、ゲームの勝ち負けには関係がないということだ。この評価をAIの補助を受けるか否かで行った」
先ほど挙がったゲームは手ごとに評価値を定められるものが多い。ここで完全に人間だけが判断した場合と、AIに判断を任せる場合、AIの評価値を加味して人間が判断する場合の3パターンに分けたのだ。
「結果的には、AIに任せた場合は勝ち負けに関係なく、全てのケースで発射が否決された」
ここから波動砲発射回路のトリガーは人間が引かなくてはならない。つまり全自動で波動砲を打つことはできない、ということだ。
「また、ゲームの初手など、評価が定まらない場合でも発射は否決された。そして勝負が決定的な場面になるほど可決される可能性は高くなった。ここで重要なのは相手が現在の手番が決定的か認識しているかどうか、だ」
新見女史が捕捉してくれないので、真田が続けて話す。
「ゲームに詳しくない場合など、状況を考えずに手を打っている場合は発射が否決される。ただ、知らないゲームであったとしても、評価値をAIに教えてもらうなどして、その結果を参考にした場合には可決されることもあった」
ここから言えるのは、波動砲発射のためのあらゆる操作を人力で行う必要はない、ということだった。機械の補助は受けてもいいのである。
「つまり最初に戻るが、波動砲発射は当事者が“適切に”判断する必要がある」
結論に対して非常に遠回りしている様に感じるが、未知の超兵器を異星人由来の謎の装置で発射しようとする場合は、避けて通れない評価だった。
「何回、波動砲を発射したんです?」
古代が質問する。
可否含めて9万9822回だな、と真田がさっと答える。新見女史がギョッとしている。そうだろう、ゲームにもよるが技術科の中で閉じる回数ではない。おそらくネットを通じて世界中と、それも同時並行で行っていた可能性が高い。
ここ最近、技術科の人間スーパーコンピューター「真田」の処理能力が落ちていると話題になっていた。ゲームの指し手を全て人力でやったとは到底思えないのだが、もしかしてと思わせるのも真田だった。
「時間が押しているが、この実験結果と試練艦の構成から波動砲発射のためのシークエンスを作成した」
ざっと見てみてくれ、とA4のペラ紙がわたされる。
「概要としては各科で波動砲発射のための確認事項を取りまとめて戦術長に報告する。戦術長は報告から“適切に”判断して物理的なトリガーを引いて発射を行う」
まさかこの時の叩き台が、後の地球標準になるとは思ってもみなかった。上から読んでいく。
・波動砲発射を決意(艦長判断)
と、最初に書かれている。まぁ、ここは妥当だった。艦長がいない時はどうするか、についてはこの紙に書かれていなくても良い。次だ。
・艦内の電源系統を非常系に切り替え(艦橋指示)
「非常電源に切り替えるんです?」
深く考えていないが、とりあえず思ったことを質問する。
「波動砲がリアクターに直結したモーターカノンだからだ。使用時は艦内に供給される電力が変動すると考えられる」
まぁ、そうか、コンゴウ型の艦首ショックカノンもそうだしな、と納得する。次だ。
・操艦を航海長から戦術長に移譲(艦長指示、航海長と戦術長確認)
へー、戦術科で操艦するのか、それもそうか軸線砲だしな、と思う。次だ。
・波動砲発射回路を開く(艦長指示、機関長確認)
これが波動コアの例のモードだ。
「波動コア自体は機関室に置かれるので、直接の管轄は機関科になる予定だ」
真田からこちらの目線を把握しているかの様に捕捉が入る。次だ。
・波動エンジン、波動砲発射体制へ移行(機関長指示)
「細かい仕様設計がまだだが、波動エンジン自体は航海モードと波動砲発射モードの2つの形態を持つと予想される。ここでそれを切り替えてもらう」
なるほど、次だ。
・安全装置解除(艦長指示、艦橋確認)
「これは波動砲発射回路の発射可否とは別ですか?」
疑問に思ったら、すぐ質問だ。
「そうなるな。回路が発射可否を判断してくれるとはいえ、こちらで何もしないわけにはいかない。物理的な安全装置が必要だ」
納得、次だ。
・照準装置を起動(戦術長確認)
「システムと連動で照準じゃないんですか?」
操艦を握っているとはいえ、手で照準を合わせるのは前時代的に感じる。
「先ほどは説明を省いたが、シューティングタイプのゲームでも発射可否の実験を行っている。ここで、いわゆるオートエイムでは否決になってしまった。ただエイムアシストはセーフだったので、重要なのは複数の目標があった場合にどれに指向しているか明確にすることだと考えられる」
戦術長が明確に目標を指示するための照準装置らしい。なら納得、次だ。
・タキオン粒子を薬室内に過充填(波動砲管轄科指示、確認)
「指揮系統については現状で波動砲を管轄する科が未定だからだ」
それはいいとして内容がわからない、素直に聞く。
「波動エンジンが作り出すドジッター空間、反ドジッター空間では空間の曲率の違いによって、通常空間の光速よりも速い粒子が励起される。これがタキオン粒子だ」
真田は途切れず続ける。
「AdS/CFT対応によってこの粒子は通常空間では前進する。まぁ、波動砲が生み出す空間の歪みの元だと考えたらいい。これまでの説明通り、この歪みが結び目を弱める。もう少し身近なスケールでは、空間にマイクロブラックホールを生成して、それが瞬時に蒸発した際に起きるホーキング輻射によって膨大なエネルギーを発生させる」
いきなり専門的な話になる。難解な用語は会の前半で十分だった。ただ身近なスケールに近づけてもマイクロブラックホールというのは凄まじい。
「ダンボールで空気砲を作ったことがあると思うが、タキオン粒子はその中の煙だ。過充填は段ボールが少し膨らむ程度に煙を注入することだと考えてもらえばいい」
蓋があるタイプの空気法で想像してほしい。真田も細かく理解しなくていい場合は結構、ざっくりした例えを使ってくれる。
・照準確認(戦術長)
「そういえば射程ってどのくらいになるんですか?」
大事なことを聞き忘れていた。武器を扱う上でもっとも重要と言っても良い。
「わからない、最短で1万キロ、長いと恒星系以上かもしれない。とりあえず現状では10万キロ以下だ」
スケールがすごい。追加で質問したいが時間が押しているので、次にいく。
・総員、耐ショック・耐閃光防御(艦橋指示)
「これは窓に相当する部分にフィルターをつけるが、それとは別に念の為、全員にゴーグルを配る」
個人携行具は管理が面倒だろうな、と明後日の感想を抱いた。次、これで終わりだ。
・最終トリガーを引く(艦長指示、戦術長実施)
「ここまで総括して“イスカンダルのトリガー”となる」
ずいぶん長くなったが、ようやく結論に至った。
「これって、最後の最後に、危ない兵器だからダメですって否決されないですか?」
身もふたもない感想を述べる。
「その可能性は十分にある。むしろその方が可能性としては高いと言えるだろう」
未だ沈黙を守るイスカンダルに目線が写る。ここまで準備して考えさせるのが彼女らの教育だとしたら、ずいぶんと大掛かりだ。
「それにしても戦術長は責任重大ですね」
本当の最後に、なんとなくの感想を口にした。
「何を言ってるんだ。戦術長は君だぞ」
時間だな、と二人が波動コアを片付けて退室し始めた。唖然とした古代だけが会議室に残される。
退室間際、新見女史が手を叩いた。
後半部分は会議が押している体進行を早めましたが、どちらかというと文字数の都合で省略しました。
本作の波動砲の設定だと同じ空間何度も波動砲を発射できない縛りができます。なので6連波動砲とかが成立しません。
やっぱり取りこぼしなく設定を作るのは難しいよね。
・今回のポイント
波動砲発射に厳格な条件を設定、波動砲無制限使用チャートを封印
波動砲発射シーケンスを説明