悪魔と踊る   作:つがう

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アネモス聖教会

アネモス聖教会とは、天使ラファエルを信仰する組織である。その教義は、一言でいえば慈愛である。弱き者を助け、強き者を挫くというものだ。そして絶対的に変わらないものは、悪魔は絶対悪であるということ。故に教皇は日々その教えを人々に説いている。

 その聖教会に属しているオルガは、聖教会の教えを深く信じていた。己の祈りを捧げ、崇めるラファエルを信じて疑わなかった。何故なら彼女の家も天使を善とし、悪魔を絶対悪と教えているからだ。

 今日も今日とて彼女は金の十字架を胸に掛け、朝の祈りを済ませる。そんな中、彼女の耳にひそひそと話す声が聞こえてきた。

 

「聞いたか? 教皇様のお噂……」

「あぁ……悪魔と契約して魅入られたとかいうやつだろ?」

 

 その声にオルガは顔を顰める。ラファエルに祈りを捧げるこの礼拝堂で"悪魔"という言葉を聞くことが、彼女の心の中を嫌悪で満たしていく。

 しかしながら彼女も、その噂に反論できないでいた。心の底では自分も同じことを考えてしまっているからだ。オルガの教皇への疑惑は日に日に増していくばかりであった。だが証拠がない。証拠がないからといって、独り歩きしていく噂をそのままにしていいのか? 否。断じて否。許されていいはずがない。許していいはずがない。

 信心深さを表す胸元の十字に触れた彼女は、天井のラファエルを模したステンドグラスを見つめ、息を吐く。

 

「……ラファエル様を信仰し、導く立場である教皇にそんな噂が立つこと自体言語道断」

 

 そう呟いてから、意を決したような表情を浮かべる。

 

「教皇に直接聞かなければ」

 

 それが一番だと、彼女は思ったのだ。そして、行動に移すべく足早に歩き出した。

 

 

 教皇の部屋の前へとやって来たオルガは、大きく深呼吸をして扉をノックする。少ししてから中からどうぞと入室を許す教皇の声がしたので、彼女は静かに扉を開ける。部屋の中に入ると、そこには教皇がいた。いつものように柔和な笑みを浮かべながら椅子に座っている。

 

「やあ、私に何か用かな。オルガ女史」

 

 穏やかな口調で話しかけてくる教皇に対し、オルガは真実に迫らんとする正義感にあふれた眼差しで教皇を見据えていた。

 

「教皇にお訊ねしたいことがあります」

「ふむ、何だい?」

 

 優しく促す教皇に、一瞬言葉を飲み込みかけたが、彼女は意を決して問うた。

 

「現在聖教会内に流れているあの噂は事実なのでしょうか」

 

 それを聞いた瞬間、彼の目が一瞬だけ細くなったことに彼女は気付けなかった。

 彼は微笑んだまま答える。それは肯定とも否定とも取れるものだった。

 

「人の噂も七十五日、誰がそんな流したのかはわからないけれど、いずれ風化するよ」

 

 確かにそうかもしれない。だが、オルガはどうしても信じたくなかった。

 だから彼女はさらに言葉を続ける。

 

「もしあの噂が誰かが勝手に流したデマなのならば即刻対応すべきかと、アネモス聖教会の教皇ともあろう方が悪魔に魅入られているなどという話が広まれば、聖教会の信用問題にも関わってくると思います」

「オルガ女史……君は私が嫌いかい?」

 

 自身の問いや意見とは全く違う突然の言葉に、オルガは何と答えたらよいかわからず黙り込む。

 

「私は君が好きだよ。優しいし真面目だし。それに何より、その正義心だ。尊敬する。だけど……そうだねぇ……このままここにいては、きっと君の視野が狭くなってしまう」

「教皇?」

「推薦状を書いてあげよう。私の古い知人が魔術師協会の本部支部長をしていてね。君は剣術だけでなく魔術にも秀でている。きっと魔術師協会でも活躍できることだろう」

 

 その言葉を聞き、オルガの顔色が変わる。まさか自分のことを疎ましく思っていたのだろうか。自分はここで必要のない人間だったのだろうか。様々な考えが頭の中で渦巻き、彼女の思考を鈍らせる。そんな彼女に教皇は更に続ける。

 

「見聞を広めることは、きっと君のご両親も望んでいることだろう」

 

 真っ赤な封蝋が施された手紙を差し出され、オルガはそれを受け取った。

 

「君に、ラファエル様のご加護があらんことを」

「……教皇にも、ラファエル様のご加護がありますように」

 

 まだ聞きたいことなど山ほどある。だがそれを聞いたところで目の前の男は先ほどのようにはぐらかすだろう。だからこそオルガは、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、教皇の部屋を後にした。

 1人になった部屋で教皇は大きく息を吐く。そして先程までの優しげな雰囲気とは打って変わり、酷薄なものとなる。

 

「まったく、彼女の勘は鋭い。こうでもしないと、私の隅から隅まで探りかねない。大体私はまだ契約はしていない。まぁ……近いうちにするつもりではあるけどね……」

 

 教皇は机の上に置いてある分厚い本に指を滑らせ、とあるページで止める。そこには1人の悪魔の姿があった。

 

「会うだけではだめなのだ。彼の全てを知り、私の全てを捧げたいと思うほどに見聞を深めねば……それに、こんな浅い知識ではきっと彼は私なんかには興味を示してくれさえしない……」

 

 うっとりとした様子で語る教皇の目は、どこか狂気じみていた。

 その日から数日後、オルガはアネモス聖教会を去り、魔術師協会へと所属を移したのであった。

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