Sideマリ
みんなが寝静まった後、ふと目が覚めてしまったアイはマリの寝顔を横から見ていた。
男の子とは思えないくらい整った綺麗な顔をしており、寝顔でさえ少し神秘的に見える。一緒にアイドルのダブルセンターをやっているので顔がいいのは当然の話ではあるが、改めてみると見惚れる。
「うーん。もう一回は言えないなぁ」
マリの顔を見ながら、アイはそうつぶやいた。アイは一度「愛してる」と言えた。そのはずなのに、何故かもう一度言うことができなくなっていた。
あの時吐いた言葉は嘘ではなかった。マリが死ぬ直前で、どうしても引き止めたくて、その一心で「愛してる」と言った。そこに嘘は無かったし、マリのことを今もちゃんと愛していることも確かだった。
でも言えない。多分、もう一度言って嘘だと気が付くのが怖いのだろう。
「あーあ。リインのこと頑張れって言ってる場合じゃ無いなぁ」
一歩進んだのは事実なのだろう。もう一歩が重たい。どうしても、頭の中をよぎってしまう。「また捨てられたらどうしよう」という、ありえない光景を考えてしまう。
もう4年以上もマリと一緒に暮らしている。お母さんみたいに私を殴ることもないし、ご飯もちゃんと作ってくれる。……たまに健康にはいいけどおいしくない物も入っているけど、同じ調理をされたものは出てこないし、気を使ってくれているのが分かる。
「マリは……私を愛しているのかな?」
マリから「大好き」と言われたことはあっても、「愛してる」と言われたことは無かったと思う。でも私はマリから愛を感じている。
「ん……アイ?」
「あ、ごめんね。起こしちゃったかな?」
自分の整理のためにぼそぼそと呟いてしまっていたようで、マリが起きてしまった。
「大丈夫。そもそも僕は本来そんなに眠る必要もないからね」
前に聞いた人外の血が原因なのだろうか。マリは普通の人と少し違う。
「そっかー。でもちょっと寂しいかも」
それはつまり、自分達と価値観が違うということ。共に生きていくうえでは致命的な欠陥になりかねない。
「僕は割りと人間寄りの感性を持っているよ?ちょっと、ほんの少しだけズレてるだけだよ」
そのちょっとが一般的な感性と違うことになることもあるが、マリはなるべく意図してズレを無くすように努力していた。グラウンドクソ野郎と呼ばれたくないらしい。
「それより、どうしたの?思い詰めてるようだけど」
マリは気がついてしまう。でもこれをマリに聞くのはどうなんだろうか。……マリなら大丈夫か。
「あのね、マリ。マリって、愛している、って言葉を言わないのは何で?」
聞いてしまった。後戻りはできない。マリは何故いくつかの言葉を言わないのだろう。
「そう。それで悩んでいたのか。うーん。あんまり言いたくはないけど、アイが成長するためだからいいかな」
少し葛藤した後でマリが言う。
「無理しなくてもいいよ?」
「僕は大丈夫。ただ、ちょっと嫌な話になると思う」
そうマリが言うと、少しおいて
「僕達は夢魔の血が入っているから、どうしても言えない事があるんだ。例えば、アイが言ったように「愛してる」って言葉。それを僕が本気でアイに言ったとき、僕の言ったときの感情次第で、僕は君を絶対に逃がさなくなる。一生、嫌になっても僕から逃げられない。縛り付けてしまう」
「そっか」
夢魔。サキュバスと呼ばれている種族の愛はきっと重たいのだろう。遊び感覚で人間から精を搾取する種族。その本気の愛はただの人に受け止められるものではないらしい。
「だから、アイがどういう関係になりたいか、それを見つけられるまではお預けかな」
ごめんね、と言いながら、悲しそうな顔をする。
「大変な血なんだねー」
「いいところもあれば悪いところもある、ってだけださ。さ、明日から授業だから寝よう」
そう言ってマリは再度目をつぶる。私もそろそろちゃんと寝ないと。
マリになら縛られてもいいんだけどなー
そう心の中で呟く。この感情が何か、私はまだよくわからない。愛しているけど、それはマリを何と思って愛しているのだろうか。
Sideアーリア
今日は闇の魔術の防衛術の最初の授業だ。
が、アーリアが教室に入ると、なぜかマリが教壇の方まで歩いて行った。
「マリ?何してんの?」
「今日の授業、僕だから」
「は?」
闇の魔術に対する防衛術は父さんが教えるはずでは?
「今日は魔法薬学に使う素材の準備で授業難しいみたいだから、代理で僕がやることになったのさ」
「初回から代行かよ……」
ああ、そういえば手伝うって言ってたか。というか、手伝うって補助とかの意味じゃなかったのか。
「揃ったみたいだね。はい。今日は守護霊の呪文を習得してもらいます」
「せんせー!それ超高難易度の呪文って聞いてます!もっとこう、ピクシーへの対処方法とかそんな感じのことを最初の授業ではするものだと思います!」
アーリアから先生と呼ばれるの気持ちいいね。とか言ってる。
「そんなのみんなもうできるでしょ?だからもう一歩先に進むよ。確かに、守護霊を出すまで行くのであれば高難易度だろうね。でも銀色の盾のような物を出すだけであれば意外とやれるはずさ。じゃあ、まずは呪文から。『エクスペクト・パトローナム』これが呪文。大したことはないでしょ?」
呪文は大したことないが、実際に出すのが難しいタイプの呪文だぞ。
「この呪文を出すコツは幸せなことを考えること。これさえできればとりあえず発動できる。だからまずは幸せなことを強く思い出してほしい」
幸せなことを思い出すね……
「大丈夫。僕が思い出させてあげる。夢のように」
目の前が白くなっていく。……眠らせてから記憶を思い出させる気だ。有効な手段なんだろうけど、こう、人の心とか努力させるとかないのか?
「はい。みんな起きて」
「うぁ……」
幸せな夢を見ていた気がする。
「じゃあ今の気持ちのままで唱えてみよう」
この幸せな気持ちを抱えたまま
「エクスペクト・パトローナム!」
全員大小あれど銀色の煙のような物を出すことに成功した。
「うんうん。よくできてる。初めてにしてはみんな上出来だよ」
そりゃ、夢で幸せな気持ちになってから呪文を唱えるという、チートしているようなものだし。
「まずはそれでいい。この後は守護霊にするまでが課題だよ。こんな感じかな「エクスペクト・パトローナム」」
マリが杖を一振りして呪文を唱えると、銀色の煙がフォウ君になった。おい。比較の獣じゃねーか。大丈夫な奴かそれ?なんとなくマリを蹴りたそうにしているけど。
「僕はマーリンの弟だから。兄さんとも姉さんとも違うから」
「フォウ~?」
「本当本当。一時期同化しかけたけど別人だよ」
小声で話していたから内容は分からないが、あいつ本当にろくでもないやつだな、という顔をしながらフォウ君は何かに納得したようだ。
「とまあ、こんな感じで守護霊に形を持たせてこの魔法は完成と言える。形を持たせるには強い魔法力がどうのこうの言っている魔法使いもいるけど、僕は純粋な心、強い自信、これ以上ない幸福、こんな要素が必要だと思っている」
守護霊の魔法は習得者が少ないことで有名な呪文だ。ほとんどの魔法使いは守護霊を形にすることができない。
「とまあ、魔法についての解説はこんなところかな。じゃあ次は実戦に行ってみよう」
実践?今やったじゃん、と誰もが思った。ただ4人、アーリアとドラコ、クラッブ、ゴイルは悟ったような顔をした。
この4人はマリに勉強を教えてもらったことがある。だから知っているのだ。スマートに見えてこの人結構スパルタであることを。半分罰ゲームだったが、速度落としたら爆撃されるマラソンが記憶に新しい。今回もろくな事が起きない、そう思った。
そしてそれは的中する。
教室の空気が寒くなった。外を見るための窓が結露し、凍り始めた。
「はい。今回守護霊の呪文を受けてくれる
アイとリインを除く全員の顔が引き攣った。なんて危険生物を連れてきているのか。
「人の子よ。我を無駄に連れてきて何を考えている?ここにいる全員を殺すぞ」
なんか不穏なことを言っている。
「そういうのいいから、分かりやすいように人型になってよ」
マリさん?なんだ煽るようなこと言ってるの?というか吸魂鬼って人型になれるんだ……
「不敬!貴様を殺してここにいる者全員を「あーもう。歳食った魔法生物はプライドが高くて扱いにくいなぁ」
守護霊が吸魂鬼を窓からホグワーツの外に追い出し、マリが杖を向けると吸魂鬼が消滅した。え?なにしたの?吸魂鬼って破壊できないって話じゃないの?破壊すると墓地に送るの違いみたいな事かなるほど。だから消滅はできる……わけないよねぇ!?
「……え、この人なにしたの?わたし達消滅しないはずじゃ……え?」
同じ感想を吸魂鬼ちゃんも言っている。思ったより声が可愛い。
「ちょっと危ないので、吸魂鬼君には退場してもらったよ。じゃあ吸魂鬼ちゃん。協力してくれるかな?」
マリはにこやかに笑って言っているけど、目が笑ってない。
「ひぃ……!あ、その、やらせていただきます」
もはや吸魂鬼ちゃんが可愛そうに思えてくる。不憫だ。
「うん。協力ありがとうね。ちょっとそのままだとやりにくいから人型に……」
「いやどうやってやるんですか!」
表情とかは全く見えないけど、絶対に泣いている。声が泣いていた。それに対して不思議そうな顔をするマリ。
「あれ?そこそこ生きている個体だからできると思ったんだけど……」
「わたし、まだ若いです。殺さないで……あんなクソジジイみたいに消えたくない……!」
「あのお爺ちゃんと同等だと思ってたんだけどなぁ……。眼が使えないとこの辺りの感覚が鈍くて不便だ……じゃあ僕が代わりにやるとして、みんな、どんな姿の吸魂鬼がいい?」
「「白髪ロリで!」」
クラッブとゴイルが叫んだ。お前らそういうアホな部分はそのままなんだな……
スリザリンの女生徒は冷たい目でクラッブとゴイルを見つめた。ドラコは手を顔に当てて天を仰いだ。この二人の面倒を見ているせいで俺と同じ苦労人枠になりかけている。
「白髪ロリな容姿ね。うん。分かった」
「「「分かるな!」」」
クラッブとゴイル以外の全員で突っ込んだ。何で了承したの?ロリコンなの?あと隣にいるアイさんが怖いので何とかしてください。
「うちの馬鹿どものせいなら謝るので勘弁してくれませんか……」
「ドラコ……俺の胃薬あげるよ。マリ、説明してくれないか?」
胃を抑えたドラコにマリ印の胃薬を分けてあげる。そうだよな。こんな理由でロリ吸魂鬼が生まれたら辛いよね。
「いや、さすがに理由くらいあるよ」
少し困ったような顔をしてマリが言う。
「まず吸魂鬼だけどさ、そのままだと普通に怖いでしょ?」
「それはそう」
あんな幽霊みたいなやつ怖いに決まっている。寒気もするし
「で、そんな寒気がするような怪物を人型にすると、具体的なイメージがある分より怖くなってしまうんだよ。老婆にしても、美人にしても。そうすると恐怖で呪文の練習にならないから、恐怖を少し緩和できるようにほっこりする容姿にしようと思ってね。だからとれる手段はマスコット的な感じになるロリかショタだったんだよ。だから容姿って髪の毛どうするとかそういうの決めたかったんだけど……まあ適当でいいよね」
「思ったより真っ当な理由でびっくりしてるぜ……」
マリが吸魂鬼に杖を向けると、腰まで届く長い白い髪で真っ赤な眼をした幼女がいた。肌は少し青白く不健康そうに見える。吸魂鬼じゃなくて吸血鬼感が出てるけど、結構可愛い。
「これで良し。じゃあ協力してくれるかな?」
「あ、はい……え?わたし達の体ってこんな簡単に変えれたっけ?」
困惑している幼女(吸魂鬼)をおいてマリが授業を続ける。
「さて、じゃあ軽めに希望とか幸福を周りから吸い取ってもらうようにするから、その中で守護霊の呪文使ってみようか」
「……え?軽めに吸い取るって何?わたしそんなの知らな「ん?」
困惑する吸魂鬼ちゃんにマリが杖を向ける。
「もうこれ魔法生物虐待だよね!?弁護士を呼んでよ!」
「危険生物処理委員会が殺意MAXで来るだけだと思うよ」
「理不尽!」
うわぁ……色々と絵面が酷い。吸魂鬼を擬人化させてマリが虐めている。シンデレラか何かかな?マリは継母だった……?
「吸魂鬼ちゃん……面倒だからディーちゃんでいい?」
「名付けに愛が感じられない!」
「は?」
「アイお姉ちゃん!アイドルが出していい声じゃないです!」
「あんなのをマリが愛するわけないよね?もし愛情たっぷりの名前になるくらいならどうしてくれよう?リイン、どうやって苦しめるのがいいと思う?」
「わたしはディーです!」
吸魂鬼ちゃん、全力で名前を肯定した。うん。あのアイさんに睨まれるのは勘弁。だいぶカオスになってきたなぁ、と遠い目になるアーリア。もう吸魂鬼が教室にいることは気にならなくなってきた。
「段階的に出せるように呪いで縛っ……魔法かけたし、人型のオンオフも慣れればできるよ」
「今呪いって言った!わたしを呪っ……あ、なんでもないです。授業に協力します。だからその杖の向き先をちょーっと私の方からずらしていただけないでしょうか」
「あれはイチャイチャしてるってことでいいかな?」
「アイお姉ちゃん!?絶対違います!」
「じゃあ実戦してみようか。ディーちゃんお願い」
マリさん。吸魂鬼ちゃんに杖を向けたままだけど……
「わたしはできる子。わたしはできる子。わたしはできる子。……えい!」
程よく絶望感が襲ってくる。簡易版とは言えこれはなかなか辛い……森でさまよっていたことがフラッシュバックする。
「はい。呪文を唱えて」
「「「エクスペクト・パトローナム!」」」
実際に銀色の煙が出せたのは半数もいなかった。俺も失敗して出せなかった。
「ねえ!このカナリアが執拗にわたしを虐めてくるんだけど!ちょ、助けて!守護霊の呪文は無理だって知ってるでしょ!ちょ、やめ……ヤメロォーー!!」
吸魂鬼ちゃんはカナリアにめちゃくちゃつつかれていた。ちょっとほっこりした。
この後、段階を踏んで守護霊の呪文を実戦した。意外だったのはドラコは最後まで煙を出せた事だった。一人で吸魂鬼と出会っても生き残れるレベルということ。地味にすごくない?
「はい。じゃあ少しだけ早いけど今日の授業はここまで。次回までに思い出す幸せな記憶と、それによって守護霊の呪文がどうなったかをまとめておくこと。形にできれば今後就職でも有利になるから色々やってみてね」
ありがとうございましたーと全員荷物をまとめて教室から出ていく。
「……あの、擬人化解除できないんですけど……わたしどうやってアズカバンまで帰るの……?徒歩で?海渡らないと帰れないんだよ……?」
慣れるまではできないって言ってたな……さすがに、というか、もうあまりにも可愛そうだったので、俺からマリに頼んで送ってあげた。ちょっと吸魂鬼に懐かれた。
ディー「ホグワーツにヤベー奴いるわ」
一般吸魂鬼「え、同胞殺せるの?絶対行きたくないわー」
ディー「でも1人だけ優しい人がいてねー」
一般吸魂鬼「へー。まあ出向する事はないだろうけど、名前覚えておこ」
マリにとって、魔法生物は全部同じに見えているので、ドラゴンだろうがピクシーだろうがフクロウだろうが同じ扱いになってます。言うことを効かないペットをしつけている感覚です。
次回は少し時間かかりそうです。