リインは意味のない死が嫌いだ。この思いはマリが一度死んだときに強く芯に残ってしまった事だった。
リインはダーズリー家で過ごしているときに、死を身近に感じてきた。この風邪が治らなかったら、怪我をしすぎたら、このまま誰にも何も思われずに自分は死ぬものだと思っていた。
物心ついた頃から虐げられて、苦しんで、誰にも思い出されないようなちっぽけな存在として、何も残さずに死ぬのだと思っていた。
マリお兄さんがその環境から救ってくれた。最初は戸惑うばかりだったが、ゆっくりと幸せになった。自分が死んだら、きっとマリお兄さんとアイお姉ちゃんが悲しんでくれると、漠然と感じていた。
それが、マリお兄さんが一度死んだことで考え方が変わってしまった。
マリお兄さんが一度死んだときにアイお姉ちゃんは「愛している」と言えた。何も遺せないであろう自分と違って、その死には意味があった。
だから、私は意味もなく、自分が分霊箱を作るためだけに人を殺したであろうこの人が好きになれないと思っていた。
開心術を使ったのは、正直ただの嫌がらせの意味もあった。自分がこんなにも黒い気持ちで魔法を使う事ができることに少し驚いた。
さあ、あなたは何を思ってこの人を殺したの?
トムの思い出が流れる。
「どうして……何でここに人がいる!」
最初に感じたのは後悔。その次に自分への強烈な怒り。軽はずみに、スリザリンの怪物を解き放つべきではなかったという、自責の念。
「あなたは……」
「……いや、いい。手元にはこれしか無いが……君を殺した責任だ」
分霊箱を作る。その死に意味を持たせる。ただ無意味に、事故で死んだわけではない。
「喜べ。君は僕の偉業の最初の1ページの一部となった」
そう言ったトム・リドルは泣いていた。
場面が切り替わる。孤児院だろうか。
そこでトムはイジメを受けていた。
不思議なことが起きるから怖い。あいつは変だと、異常を取り除くように、トムに対してのいじめが起きていた。
どうして自分だけが、どうして……どうして僕は生きているのだろう。どうして僕だけがこんな目に合うのだろう。
どうして、僕は好かれないのか、愛されないのか、虐げられるのか。父親は僕を捨てた。母親は顔も分からない。どうして生きているのか……?
「私と同じ……自分の価値が分からない、価値を感じない思いと、自分への諦観……」
場面が切り替わる。
ホグワーツ城の大広間でトムが組み分けされている。
「僕は……僕は偉大な人間になれる。僕は……なんの価値もない人間じゃない……!僕も誰かに……」
歓喜、昂揚、羨望、少しの不安。いろいろな感情が織り交ざる。
「そうですか。あなたは認められたかったんですね」
この人は、マリお兄さんに会わなかった私なのかもしれない。自分の居場所がなく、ホグワーツにきて自分が愛されるために特別になりたいと思って、特別になるために努力して、そして――間違えた。
「……はぁ。はぁ。最悪だ」
「…………」
開心術を終えて、戻ってくる。
「もう……いい。日記を壊せば僕は終わる。そこのバジリスクの牙でも使ってくれ。生半可なものでは分霊箱は壊せない」
「…………」
バジリスクの牙でも災厄の枝でもどちらでも日記は壊せるだろう。そしてこの人は無念のまま死ぬのだろう。誰にも認められないまま。
――――――それでいいのだろうか。
スリザリンに愛情を求め、そのために価値のない自分じゃ愛されないと思って、偉大な人間になって特別が欲しくて、努力して、努力して、
失敗した。
私はマリお兄さんとアイお姉ちゃんに救われた。生きてていいって、私なんかにも価値があるって教えてくれた。
たくさん努力して、孤児院に戻って孤独を感じて、ホグワーツでもっと優秀にならなければと努力をする。
きっとホグワーツでも、認めてくれる人が居なかったんでしょう。そうでなければここまで拗れることは無かったでしょう。
地獄だったのだと思う。誰にも認められない日々は。
彼をここで殺していいのだろうか?分霊箱を作ったのは初めて人を殺した時。トムがヴォルデモートだとしても、ここにいるトムは事故で1人を殺してしまっただけ。トムの死に意味は……
そこまで考えて、リインは納得してしまった。
ああ。そっか。
「……おいで」
「は?」
何を言っているのか分からないと少し呆然とするトム。
「いいから」
災厄の枝で無理やり膝枕に持っていく。なんとなくできると思ったが、この杖は霊体にも触れるらしい。
「何を……!?」
されるがままに頭を膝に乗っけるトム。霊体だから乗っているというか触れているという感じだ。
「頑張った子へのご褒美だよ」
「何を言って……」
マリお兄さんがアイお姉ちゃんにやっているように頭を撫でてみる。面白いようにトムは固まった。
「いっぱい頑張ったんだよね。認められたくて、愛されたくて」
「あ……」
霊体のトムは、眼を閉じた。
「居場所がなくて、辛かったよね。殺したのも故意じゃなかったんだね」
「……全部見られたのか……」
見られたくないとばかりに腕で目の辺りを隠すトム。
「あなたは学生の時から何も変わってないのですね。だったら、許されるべきだし、救われていいと思います」
分霊になったトムは一人しか殺してない。罪を犯したのは一度だけ。分霊にならなかった方は殺しすぎたし、罪を犯しすぎたから裁かれるべきだと思う。
でも、それをこの人に押し付けるのは違うだろう。
そもそも最初からホグワーツで人を殺す気が無かったのだ。だからバジリスクに何かを通して視線を通したし、そこの少女だけから魔力をとらず、マリお兄さんからも魔力を奪っていた。一人の負担にならないように、足りなくなった場合のアイお姉ちゃんという予備も用意して。
「最初から疑問だったんです。バジリスクがあれだけ被害者を出しているのに、一人も殺せないという奇跡なんて起こるわけがないと」
「……ああ、そうだね。……肉体が欲しかっただけだ。殺したい訳じゃ無かった。肉体を作るのにしばらくかかるだろうから、最低限ダンブルドア校長はホグワーツから離れてほしかった。だから被害者を出して、責任を追及させようとした」
観念したように、トムが自白する。
「辛かったよ。これは僕のわがままみたいなものだからね。わがままで人を傷つけて、それでも上手く進まなくて、結局適当な人を拐かして」
声が震えていた。
「ああ、どうして僕はこう上手くできないんだろうね」
偉大になれば変われると信じて、愛されると信じて、進んだ道だった。1つ達成するごとに賞賛や憧れ、嫉妬、色々な感情をもらった。普通の人であれば、家族がいて笑い合うようなありふれた人であればそれで満足できたのだろう。
でもその道は、トムにとっては何も得ることのできなかった道だった
「どうやっても手に入らなくて、頑張っても何も変わらなくて、孤児院に戻れば待っているのは拒絶の感情だけで」
愛が欲しい、ここにいていいと認められたい。それだけだった。
「どうすれば良かったんだろうね」
そうしてトムは歪んでいってしまった。
「私は、マリお兄さんとアイお姉ちゃんに既に救われているから、気持ちがわかる何て言えません。ですが、1つだけ」
「きっと貴方に足りなかったのは運だけです。誰かとかかわるにも、誰かの特別になるにも、下地は必要ですが、結局はかかわれるだけの運があったかなのだと思います」
結局、私もマリお兄さんが迎えに来てくれ無ければ、今の幸せは手に入れていません。
「それは……どうしようもないな」
結局どれだけの力を持っていても、魅力を、知識を、勇気を、持っていたとしても、本当に欲しいものが手に入るかどうかは運に左右される。
「ええ。どうしようもないです。だから、あなたは私が愛してあげます」
きっとあなたも救われていいはずだから。
「居場所になってあげます。褒めてあげます」
境遇に同情したとか、そういう面もあるのだろう。自分を重ね合わせてしまった事もあるのだろう。
「君が気に病む必要なんて……」
これは私が選んだ選択。間違いを
「いいえ、これは私のわがままです。マリお兄さんみたいに、私もーーー誰かを救える人になりたいんです」
「そうか。……そうか」
トムの頬に涙が流れているのが見えた。
救われるべき人が救われる、優しい物語。
パキッ
そんな音が聞こえた。
バキッ
石が砕ける音と共に、マリお兄さんの石像が砕けたように見えた。
「トム!?」
「いや待って!何もしてない。というか、僕はこの人を石化させてないし、襲ってもいない!運んだだけ!」
「ええ!?」
じゃあ誰が……
「あー。まさかあれで石化させられると思わなかったよ。やってくれたな……」
そんなことを言いながらマリお兄さんが復活した。
心理描写やっぱり難しいよ……
トムはもう少し環境が違っていれば違う道を歩めたと思うんですよね。
次回 蛇足 2,3日後の予定。多分次で2巻は終了