リイン・ポッターはダーズリー家の中で最も不幸だと思っている。
なぜか同じポッターなのに愛される姉、ドリム・ポッター。その姉に目をかけてもらっているがダーズリー家からはまともな扱いを受けていない私にとっての兄、ハリーポッター。
そして、どちらからもまともな扱いを受けていない末っ子の自分、リイン・ポッター。
声を出すとうるさいと殴られる。声を出さなくても返事をしろと殴られる。ご飯も一番少ない。唯一安らげるのは、本を読んでいる時間と、みんなが寝静まった夜に寝ること。
たまにダドリーが騒ぐ時以外が唯一安心できる時間。
「まだいたのかい、この薄ノロ。さっさと出ていきな。あんたを見ると、思い出すんだよ……」
挙句の果てには、9歳になった誕生日の夜に家から追い出されてしまった。ドアに鍵もかけられ、もう顔も見たくない、と言われて道路に投げ捨てられた。
アスファルトと膝がすれて、擦り傷のような、切り傷のような怪我を負う。すごく痛い。
「……この先、どうやって生きてけばいいんだろ」
むしろ生きている意味があるのだろうか。なんで、私だけが。
世界にはもっとひどい境遇の子はいるだろう。それでも、今の私の境遇を不幸だと嘆きたい。あまり食べれていないせいで、ガリガリで小さい体。6歳くらいの子供と同じくらいの身長。そこにある無数のあざ。
いつの日か姉が言っていた。「私と弟にある傷は、お母さんからの愛情の印なんだよ」と。じゃあその傷がない私は、母親から愛されていなかったのだろうか。
ダーズリー家曰く、私の母親は事故で吹っ飛んだらしい。もう分かるはずもない。
「……待っていれば家に入れてくれるかな」
些細なことでペチュニアおばさんを怒らせてしまった故に家から追い出された。少し時間を置けば、きっと許してくれるかもしれない。
ジュクジュクと痛む膝。そんな希望がなければ、泣きわめいていたと思う。
でも、泣いたところで、うるさいと蹴られるだけだろう。周囲の人間にも、助けられたことはない。
「…………」
ここで蹲っていても、何も変わらない。とりあえず、擦りむいた膝を洗わないと、ばい菌で熱が出てしまう。熱が出たら、誰にも看病されずに、死にかける。それでもいいかも知れない。私のことを気にかける人がいないのであれば、生きている意味もないのかも知れない
「……家の水道は使えないよね」
痛む膝を我慢しながら、公園を目指す。
「……結構、深い……痛いよ……」
公園で膝を洗って、傷を見ると、思ったより深い。7歳の時に蹴り飛ばされた時と同じくらいだ。あの時は病原菌も入って、翌日以降高熱を出していた。
そう考えていると、
「いやー、すまないすまない。ちょっとアイのせいで来るのが遅れてしまった」
大きな杖を持った、真っ白い、同い年くらいの子が私に向けてそう微笑みながら言った。顔立ちは整っており、パッと見で女か男か分からない、きれいな子。
「おっと、怪しまないでくれ。私は魔法使いでね。……それはそれで怪しいか。とりあえず、証明のためにその怪我を直してしまおう」
それっと白い子が杖を一振りすると、膝の痛みが消えた。
「……え!」
膝を見ると、傷がなくなっていた。きれいな膝が見えるだけになっている。これが魔法?
「どうだい?魔法使いって信じてくれたかな?私はマリ・アヴァロン。ハッピーエンドが好きな魔法使いの男の子さ」
そう名乗った少年は見透かすような、それでいて優しい目で私を見ていた。
「……えっと……」
理解が追い付かない。魔法使いって何?どうやってけがを治した?どうして私なんかに謝っている?どうして私なんかに優しい顔をしてくれている?
「その……ありがとう。治してくれて」
それでも、よくわからないけど、治してくれたお礼が最初に出てきた。
「うん。お礼をいえることはいいことだね。優しい子だ」
ほめられた。
「えへへ……」
「さて、君には選んでもらうことがあるんだ」
「……選ばせてくれるの?」
何かを選ばせてくれることはなかった。姉が気に入らなかった方が渡されるか、両方とも渡されないかのどちらかだった
「うーん。その一言だけでなんというか、すごく悲しくなってくるんだけど。さて、君に選んでもらいたいのは、このまま家に帰るか、私と一緒に来るかだ」
「……?家には帰れないよ?マリさんについていくってどういうこと?」
締め出された後だから、少なくとも夜が明けるまでは帰れないだろう。凍えないように、早めに新聞紙を探したい。怪我も治ったし。
「マリでいいよ。気軽に話かけてほしいからね。家に帰える方法は簡単さ。私は魔法使いだよ。鍵を開けるなんでちょいちょいっとできるものさ」
魔法使いはなんでもできるらしい。
「私と一緒に来るのであれば、君は……うーん。駄々甘やかされるかな」
甘やかされるらしい。
「こう見えて、結構お金も持ってるし、君は見た目からして妹っぽいし、甘やかすやつが私以外にもう1人思い当たるしで、幸せにはなると思う。ただ」
一拍置いて、マリは続ける
「本来の旅路からは外れてしまうからね。予定調和の物語が変わってしまう。君のお姉さんとお兄さんの物語がね。もっと言えば、ほぼハッピーエンドで終わるこの世界のストーリーが根幹から変わってしまう可能性が高い」
まあ私たちは最悪アヴァロンに逃げればいいけど、と言いながらマリは説明する。
正直、リインにとっては、特に姉も兄も気にしていない。だからついていくことに決めて問題ないと思っているが、どうしてこんなに優しくしてくれるだろうか。
「……どうして、私なんかに……?」
「なんかなんて言わないで欲しいかな。さて、理由を話すけど少し長くなるよ」
「……大丈夫。お願い」
どうせ夜は長い。
「私も君も、あと君の姉もか。本来この世界には居ないはずだったんだ」
ガツンと頭を殴られたような気がした。本来居ない?
「うーん。ちょっと私もまだ把握しきれていないのだけども、どうもこの世界、歪に作られているようなんだよね。それこそ、いろいろな要素をごちゃごちゃに混ぜたような世界になってしまっているんだ。何かしら共通点があれば無理つないだような、そんな歪な世界になっている」
劣化した千里眼では確認しきれないほどに、歪になっているんだ。
そう言ったマリの顔は少し暗かった。
「本来のハリー・ポッターという物語には登場しない人間が何人かいて、存在しないはずの要素も複数確認できている。その存在しない要素、人物が私たちだ。つまり、正しい歴史からかけ離れてしまった世界。そこに私たちはいる」
分からない。存在しなかった人間?つまりそれは、
「私たちは……生きていてはいけない?」
「ああ勘違いしないでほしい。君が不要な人間というわけではないよ。この世界には必要な存在さ。いわゆるIFの世界といえばいいのかな。例えばシンデレラ。あれ、起源に近いとされるギリシャのロードピスの物語があると思うけど、グリム童話のシンデレラと全然話が違うだろう?そう言ったIFの世界がここと思ってくれればいい。当然、IFの世界なのだから登場人物も増えたり減ったり、別人になったりするわけだ。つまり、ハリー・ポッターという世界をアレンジした世界、と考えてくれ」
「……並行世界のようなもの?」
「おおよそその認識で合っているよ」
難しい言葉を知っていて偉いね、と頭を撫でてくれる。……胸の奥がほんのりとあったかくなる気がした。……ちゃんとした家族が居たらこんな感じなのだろうか。
「さて、君に声をかけた理由がまだだったね。私はバットエンドが嫌いでね。できる限りハッピーエンドを迎えるようにしたいんだ。状況からして、君は闇落ちするとかどっかで死ぬとか、そういう役回りになりそうだったから声をかけさせてもらったよ」
「……そう」
撫でられた時の胸の温かさが、強くなった気がした。
「……じゃあ、ついてく。マリお兄さん」
言葉に出すと、すっとした。あったかい。
「ありがとう。それじゃあ……お兄さん?」
「うん……お兄さんっぽいから?」
「なるほど。親密感があっていい呼び方だ。じゃあ行こうか。初めては気持ち悪くなっちゃうから、少し吐き気に耐えてね」
パチン、という音と共に視界が切り替わる。
「う……っ!」
強烈な吐き気。体の中をぐちゃぐちゃにされたような
「ほいっと」
マリお兄さんの掛け声で吐き気が収まる。どこかのエントランスにいるようだ。とっても広い。ここがマリお兄さんの家だろうか?
「あ、マリおかえりー!」
紫がかかった黒髪の、顔のいい少女がマリお兄さんに飛びついていた。一体誰?
「ただいま、アイ。紹介するね。この子がリイン。ポッター家の末っ子だよ」
「わー!かわいいっ!妹みたい、ね、ね、アイお姉ちゃんって呼んでみて!」
「……アイ……お姉ちゃん?」
「キャー!!かわいいー!」
アイお姉ちゃん?がマリお兄さんを離して私に抱きつき、頭をぐりぐりと撫でられる。あたまがぐわんぐわんする。
「アイ、ストップ。リインが困ってる。いろいろありすぎて混乱しちゃってるから」
マリお兄さんに静止され、抱きつかれた状態で止まった。
「さて、1つ1つ紹介していこう。まず、ここは私の家だ。これでもお金を持っていてね。後で案内するから、空いている好きな部屋を使っていい」
この広い家はマリお兄さんの家らしい。エントランスだけでダーズリー家の家が入ってしまいそうなくらい広い。
「で、リインに抱きついている子は星野アイ。まあ、私たちと同類と思ってもらえればいいかな」
私と同じく、本来の世界には居なかったということだろう。
抱きつかれていると、胸がぽかぽかする。
「まあ、始まるまで後2年あるからね、分からないところは気になった時に聞いてくれ。まずはゆっくり休もう。今日は色々とあったから」
マリお兄さんはそういって頭を撫でてくれた。
胸が……ぽかぽかする。
「……うっ」
なんでだろう。悲しくないのに、痛くないのに、涙が出てくる。
「え?マリ、痛くした?」
「いやいや、そんなことしてないよ。ちょっと思うことがあったんだと思うよ」
ほぼネグレクトの状態で、ずっと家族に虐げられて、あったかい気持ちに触れたことがない少女が
「じゃあ記念に今日はみんな一緒に寝よっか。マリの部屋ね!」
「ほぼ毎日私の部屋に入り浸っているのに、記念……?まあいいや、アイ、リイン、おいで」
その日は、マリお兄さんとアイお姉ちゃんと一緒に眠った。ふかふかで、あったかくて、あんしんできて、ふわふわして……
初めてぐっすり、幸せな気持ちで眠ることができた。
次はホグワーツ到着か組みわけまで?の予定