とある田舎の橋の上で、リプレイは繰り返される。

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深夜2時45分。

 

誰もいない橋の真ん中に私はいる。

 

本当に何も無い田舎の僻地にある。そんな橋。

 

ふぅと吐いた息は白く、その煙はまっすぐに進んだ後に空へ消えていく。

 

 

 

年末の帰省のために来た故郷。

 

今年も私は見に来た。

 

ここに来ると私の前で「リプレイ」が毎日再生されている。

 

腕時計を見る。

 

もうすぐだ。

 

2時47分58秒を腕の時計が指した瞬間。その”リプレイ”は始まった。

 

 

 

目の前に彼女が現れる。

 

学校の制服。長い黒髪は1つの線のように見えるほど美しかった。

 

彼女は焦点の合っていない目で虚空を眺めながら、誰に語りかけるワケでもなく言葉をぽつぽつとつぶやく。

 

 

「今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。」

 

ただただ延々と同じフレーズをリフレインしている。

 

そして橋の手すりに足を乗せていく。

 

それから右手に持った包丁を両手で握りしめ、しばらく上を見つめた。

 

涙を1つこぼして「今行くね」と口にした瞬間、彼女は自らの身体に刃を貫かせた。

 

 

 

「かはっ・・・」

 

 

かすかに漏れる声。制服の白い繊維が、徐々に赤く染まっていく。

 

 

制服の布が血を吸いきれなくなると、今度は腹からダラダラと赤黒い血が流れていく。

 

 

そして安堵の顔を浮かべて、最後には彼女の体は橋の下へと沈んでいく。

 

 

 

そして沈んで3秒ほどした後、突然フッと姿が消える。

 

 

またその場所には何も存在しなくなった。

 

 

-これが、1分27秒間の出来事-

 

 

 

それから30秒程すると、また同じ場所に彼女がいる。

 

「今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。今すぐ会いたいの。」

 

同じフレーズ。

 

そして彼女はまた包丁を手に持ち、手すりの上で自分の体を貫く。

 

 

 

 

-彼女は延々とこの1分27秒間を繰り返している-

 

 

彼女は自殺をこの場所で図った亡霊だ。

 

 

-絶望の中で自殺をした死者は、その絶望の最も深い時間をただリフレインし続ける-

 

 

-夜明けの5時2分まで、このリプレイは永遠に続く-

 

 

変わらない。

 

 

今年も同じだった。

 

 

 

諦めの感情の中で、リプレイの中で同じ動きをする彼女を前に立ち去ろうとする。

 

 

その時。

 

 

「どうして死ねないの」

 

 

と、彼女の声が背中から聴こえてきた。

 

 

その声に私は振り向いたが、また同じ”リプレイ”を彼女は繰り返す。

 

 

-私に向けての言葉では無かった-

 

 

-彼女は自分の世界にしか生きていない-

 

 

-だから、私の存在は認知できない-

 

 

その時、自分の中の抑えていた感情がドロドロと湧き上がっていく。

 

 

「・・・だからだよ」

 

 

握りしめた手の爪が、手のひらに食い込んでいく。

 

 

そしてその感情はマグマが噴火したように爆発した。

 

 

「恭子が自分で死んじゃったからだよ!」

 

 

亡霊に向かって私は叫んだ。

 

 

 

 

 

岩倉恭子。

 

 

17歳。学生。

 

 

彼女はある同級生の男を愛していた。

 

 

それはとても素敵な男性で、絵に描いたようにその恋愛は美しいモノだった。

 

 

ある日の放課後。部活からの帰りに、私は教室の窓際で机に座りながら野球部の練習を見ている恭子と”彼”を見た。

 

 

「ミサンガ作ったの」

 

 

「マジ?メッチャ嬉しい」

 

 

キーンという金属バットの音とミットがボールをキャッチするポンという音は突き抜ける空によってこだまを産んでいた。

 

上からは吹奏楽のチューニングの音が聴こえる。

 

 

ゆらゆらと揺れるカーテン。夕焼けの逆光。誰もいない教室の窓際で笑う2人。

 

 

その全てが、美しかった。

 

 

 

 

卒業式の1ヶ月前、事件は起こった。

 

 

新聞にも載ったあの無差別殺人事件で”彼”は殺された。

 

 

学校の帰り道に突然ナイフで刺されて亡くなった。

 

 

殺した男は取り調べの中で、笑いながら「誰でも良かった」と言った。

 

 

 

そして卒業式の翌日。

 

 

恭子は”彼の元”へ行こうとした。

 

 

 

 

 

あれから6年になる。

 

 

彼女はまだ”リプレイ”を毎日繰り返していた。

 

 

ただ感情の爆発の中で、私の頭が処理限界を迎える中で全ての言葉が意識せずに口から弾け飛ぶ。

 

 

「一緒に夏祭りに行こうって言ったじゃん!」

 

「下北のライブハウスに好きなバンドがいるって言ってたじゃん!」

 

「死ぬしか無いって思ったなら、相談ぐらい私にしてよ!」

 

私の声は橋の上で響いた。

 

彼女に言葉は届かない。

 

今もまた、彼女はリプレイを繰り返している。

 

 

でも、そんな事すら関係無かった。

 

 

高校時代あんなに元気だった恭子との思い出。

 

意味も無く殺された”彼”への無念。

 

眼の前に恭子はいるのに、もう恭子と「一緒に」生きる事ができない事。

 

恭子の止まった時間を動かせなかった自分への後悔。

 

彼女の心の地獄に気づけなかった自分の鈍感さへの怒り。

 

あの時、もっと恭子の心に寄り添っていれば。

 

卒業する日に作り笑いで「大丈夫」と言った恭子に「大丈夫じゃないよ」と返していれば。

 

もっとちゃんと、本当の思いをお互いに話せたら、死なずに済んだかもしれないのに。

 

 

 

様々な感情の境界線が消えていき、自分のこころの中でグチャグチャのミキサーになって叫びと涙が身体中からただ漏れていく。

 

 

 

そして夜が明けた。

 

 

恭子の姿はそこには無い。

 

 

-また、明日になったら、同じリプレイが始まる-

 

 

-私は日常へと戻る-

 

 

橋と道路の境界線上まで歩いた後、私はふっと振り返る。

 

 

誰もいない、朝日が照らされた橋に向けて

 

 

「さようなら」

 

 

とそっと呟いて、私はそこを去った。

 

 

橋の足元には、仲良く笑う2人の写真が添えられていた。

 

 

その写真はふわりと風に乗せられると橋の下へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

恭子。

 

 

貴方が死んだ時、私は下を向いたまま生きようと思った。

 

 

悲しんで。後悔して。暗い顔をして生きるのが貴方のためになると思ったから。

 

 

でも、そうじゃないんだよね。

 

 

貴方が体験できなかった事を、私が代わりに全部するべきなんだよね。

 

 

恋をして。美味しいものを食べて。色んな世界を見て。

 

 

恭子の代わりこの世界を味わい尽くす。

 

 

それが、遺された私のやるべき事。

 

 

私は幸せになるから。

 

 

だから、いつか。

 

 

いつか、その場所から抜け出して。

 

 

私が死んだら、あの世に来てね。

 

 

 

 

待ってるから。


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