大内家の野望   作:一ノ一

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その三十四

 事前に準備を整えていた事もあって、命を受けてから筑前国に向けて出兵するまで、そう時間もかからなかった。

 二〇〇〇〇人ほどが集結し、諸将に率いられて筑前国に押し入っていく。

 晴持率いる本隊が筑前国に入る前に、先鋒は立花山城の周辺に展開されるであろう。

「ところで義姉上。いくつか、質問が」

「何?」

 出立前、挨拶に出向いた時、義隆は相変わらず何かしらの書状を書いていた。

「今回の大友との同盟の件。もしも、失敗していたらどうされるおつもりだったのでしょうか?」

 義隆が事前に大友家の中に味方を作り、その人物を介して都合のいい方向に誘導したとはいえ、必ずしも成功する策ではなかったはずだ。

 もちろん、義隆の言うとおり同盟するならば、優位な条件で同盟するほうがよく、相手が自分達に助けを求めるようにするのが最も大内家の利に適うとしてもだ。

「同盟が成立しなかったからといって、失うモノってほとんどないでしょ?」

 と、義隆は平然と答えた。

「日向が孤立しているのですが?」

「今の島津にとって日向を攻めるのは、なかなか難しいと思うわよ? だって、わたし達は水運を押さえているもの。彼らが仮に北上しても、その背後に兵を送り込める。挟み撃ちしやすい地理的条件を、わたし達は満たしている」

 島津家も水軍を持っているのは確かだが、村上水軍や河野水軍、長曾我部水軍などを要する大内家の船団は、島津家を凌駕している。

 大友宗麟が日向国で晴持らの強襲を受けたのも、海上輸送による優位性がもたらした結果であり、それは島津家を相手にしても言えることだ。

「それに、伊東が壁になってるじゃない。島津が北上しようとしても、あそこで一旦食い止められるでしょ」

「状況次第では、伊東を捨石にする事もあると?」

「まあ、言いたくないけどね。日向自体は、肥後の国人と連絡を取るのに重要な拠点だけれど、あなたが言うように孤立状態だからね」

「いざとなれば手放しても惜しくはない?」

「そりゃ、惜しいわよ。あそこは、利用価値があるもの。もっとも、大友を味方に引き込んだ今では、その価値も従来ほどじゃないわ」

 大友家の領土を飛び越えて、肥後国と通行するには都合がよかった。早期に対島津戦線の構築を呼びかけるには、肥後国人の協力は重要な要素だったからである。

 義隆にとっては、日向国は出先機関程度の認識なのだろうか。一応、長曾我部家の事もあるので、晴持は個人的に、軽々しく捨てたくはないのだが、当主として、そのあたりは冷徹に考えているのかもしれない。

 相良家が思いの他あっさりと下されてしまったので、対島津戦線も引き上げねばならなくなったが、大友家を取り入れた事で、おつりが来るくらいの成果を挙げたと思える。

「同盟がダメでも、あの状態の大友くらい、武で潰せる。ただ、そうなると後々面倒な事になるからやりたくなかったのよ」

 内部まで義隆の手が届いた大友家は、大内家が攻め込めばまともに立ち向かう事もできずに陥落するであろう。船で府内を攻める事もできるし、日向国や豊前国から挟む事もできるのだ。義隆の言うとおり、潰すだけなら容易い相手だ。

 それに力による屈服は少なからず恨みを買うし、資金も浪費する。外交で取り込めるなら、それに越した事はない。

 義隆の言う面倒とは、恐らくは亡ぼした大友家の旧臣達による蜂起などであろう。武威で屈服させるにしても、恨まれるのは必定であるし、大友家の再興を目して龍造寺家と結ばれては本末転倒だ。

「それだけじゃなくて、龍造寺と正面衝突する事になるってのもあるしね。筑前国はごっそり敵に回るし、豊後に兵を出している間に筑後が龍造寺に飲まれるのは目に見えてる。あそこ、大友家と縁深い国人が多いからね」

「大友を潰してしまえば、その時点で大友寄りの勢力が龍造寺に流れる可能性があったという事ですか」

「うん」

 義隆は頷いた。

 兵を豊後国に進めて、宗麟が簡単に降伏してくれるのなら話は早いがそうでなければ、泥沼に陥る可能性もあった。

「できるだけ、大友は力を温存した状態で取り込みたかった。そうすれば、大友には再起の目があると、周辺の国人に思わせる事ができる。戦に敗れて従属化するよりも、大友の看板に傷が少なくてすむし、当主の挿げ替えも、結局は大友の再起を印象付けさせるためだしね」

 大内家に従いたくはないが、大友家ならまだ、という勢力も中にはあるだろう。

 九国でも特に品位ある家が大友家だ。その名前が持つ影響力は、没落しつつある今でも油断ならぬモノがある。

 また、兵力が拮抗した状態ならば、ぽっと出の龍造寺家よりも縁のある名家大友家を選ぶ可能性が高い。間に立たされて揺れていた諸勢力を奪い返すには、確かに大友家の名前は有用だと思えた。

 そして、晴持がそれを筑前国にて体感する事となった。

 

 

 

 □

 

 

 

 筑前国に攻め入る大内勢は、部隊を二つに分けた。

 一方は博多方面から立花山城を救援し、そのまま南下する部隊。そして、もう一方は豊前国から北上していく部隊である。 

 それぞれが一〇〇〇〇ずつの兵を持ち、晴持と隆房が指揮する事となった。

「あなたにはお礼を申し上げるべきなのでしょうね」

 救援に駆けつけた晴持を道雪は鷹揚に城内に受け容れた。

 頑強な立花山城も、度々敵勢に攻め寄せられたと見えて、損傷が激しい。内部も、怪我をした兵がいたるところにいて、否応なくここが戦場であったのだと思い知らされる。

「四国でお会いして以来ですね。晴持殿」

 晴持と向き合った道雪は、近くで見ると尚の事美しい女性であった。

 これが、誰もが恐れる鬼道雪だというのだから、驚きだ。

「足を悪くしたと伺いました。その後、お身体の具合はどのようでしょう?」

「幸いな事に足以外は何ともありません。足が動かぬ事も、さしたる障害でもありませんし」

「そういうものですか」

 どこまでが本音なのだろうか。

 目の前に座る女性。立花道雪は艶やかに表情を綻ばす。

「それよりも、肩の傷は塞がりましたか?」

「ええ」

 と、晴持は頷く。

「もうずいぶんと昔の事です。塞がっていなければ、私は床に臥せっていなければならないでしょうね」

「そうなれば、わたしも城を枕に討ち死にしていたかもしれないわけですね。世の中、どのように運命が流れるか分からないものです」

「道雪殿であれば、敵陣を切り開いて府内まで辿り着けそうに思いますが」

「ふふ、買いかぶりすぎですよ」

 道雪の猛威を文字通り骨身に染み込ませた晴持は、そこそこ本気だったのが、彼女は意に介さない。

 会話をすればするほど、要点が掴めなくなるような錯覚に陥る。立花道雪の生来の雰囲気なのか、それとも話術なのか。雲を掴むような人物である。

「しかし、お元気そうで何よりですよ」

「実は雷に打たれる前よりも身体が軽くなったような気さえするくらいなのです。何故でしょう。こう、しっくりくるんですよね」

「そ、うなのですか。それは、また稀有なご経験をされているようで」

 雷を受けて力が上昇したとでも言うのか。

 電気エネルギーを取り込んで成長するなど、真っ当な人間ではありえない。リントの戦士か電気鼠クラスの怪物に匹敵するというのか、などと意味の分からない言葉が脳裏を行き交う。さすがは立花道雪。もはや破壊のカリスマだ。

 晴持は空咳をして雑念を追い出した。

「宗麟殿の事については……?」

 道雪に目通りした最大の理由が、これである。

 道雪が宗麟を個人的にどう思っているのかを、晴持は知らない。もしも、宗麟が当主の座を退いた事に遺恨があるというのなら、今の内に確かめておかなければならないと思った。

 問われた道雪は、一瞬悲しそうな表情を見せ、目を瞑った。

「宗麟様が出家され、新たに晴英様が当主になられたと聞いた時には、さすがに堪えました」

「道雪殿は宗麟殿とは」

「幼い頃から共に文武を磨いた仲です。とは言いましても、宗麟様は専ら学問を重んじられておりましたが」

 所謂幼馴染というものであろう。 

 道雪の語る宗麟は、巷で聞くような愚図で無能な印象とは異なる才気に溢れた人物なようだ。

「どこで、道を違えたのか、わたしには分かりません。ですが、あの方を傍でお支えできなかったわたしにも、責任の一端があるのでしょう」

 道雪を政治の中央から遠ざけたのは、さすがに失態だったと断言できる。

 いくら、国境の守りを固める必要があるからと言っても、彼女ほど文武に明るい武将は他にいない。道雪が傍にいれば、重臣クラスの武将の反乱は未然に防げたかもしれない。

「……その責任、どのようにお取りになるおつもりでしょうか」

「乙女が打ちひしがれているのに、その言い草。酷いお方ですね、あなたは」

「赤の他人に慰められても、あなたの気分は晴れないでしょう」

「仰るとおりです。が、それはそれ。時には慰められたという事実が、欲しい事もあるのですよ」

 拗ねたように道雪は言う。

 正直に言って、非常にやりにくい。

 思えば、このような捉えどころのない女性を相手にしたのは初めてだ。

 真面目に相手をしていては、手玉に取られる。

 道雪は、そういう女性だ。あまりに危険。色っぽいのがさらに輪をかけて危機感を煽る。道雪の背後に蜘蛛の巣を幻視するほどであった。

「私には、なかなか難しい注文ですね」

「数多の姫武将と爛れた生活を送っていらっしゃる割りに、乙女心には疎いのですね」

「ハハハ、清く正しいお付き合いです」

 平坦な口調で、晴持は言い返す。

 それから、強引に話題を変えた。

「この近辺の敵は、大方撤退した模様ですし、準備が整い次第、南下して岩屋城まで進みたいのですが、道雪殿は如何様に?」

 岩屋城は紹運が立て篭もり頑強な抵抗を続けている。

 立花山城から南に下ったところにあり、そう離れているわけではない。徒歩でも一日とかからない、山城である。

「もちろんお供します、と言いたいところですが、長陣によってこちらの手勢はほとんどが疲弊しきっております。休息を取らなければ、足手纏いになりましょう。申し訳ありませんが、兵を割く事が難しい状況です」

 道雪の配下はついに四桁を割っていた。

 怪我人も多数出ていて、いくら彼女が最高峰の猛者であっても、戦に出て行くのは不可能であろう。立て直すのに、それなりの時が必要であった。

「分かりました。それでは、この城でゆるりとお休みください」

「紹運の事。よろしくお願いします」

「お任せください。道雪殿は、大船に乗ったつもりで吉報をお待ちください」

 晴持は手勢の一部を立花山城の守りに割いた上で、岩屋城を目掛けて進軍。不意打ちを警戒して進軍速度を緩めながらも、大内勢の侵攻を大いに喧伝した。

 相手が大内家と正面から戦えると思っていなければ、それだけで示威効果になるからだ。

「晴持様ぁ。今回の相手は龍造寺じゃないんですよね?」

 途中で進軍と一時止め、陣を張ったところで、やってきた明るい髪の少女が尋ねてきた。

「おう、元春。相手が龍造寺じゃなくて不満か?」

 少女の名は吉川元春。

 毛利元就の次女で、吉川家に養子入りした新進気鋭の姫武将であった。

「んー、不満てわけじゃないんですけど、でも相手、みんな退いてるじゃないですか。正直、ガツーンって戦いたいんですよね」

 元春の性格は隆房によく似ている。

 実直な武将で、剛勇を誉れとする。戦うにしても、力と力をぶつけ合った戦を好む性質だ。

 以前会った時よりも、いくらか身長が伸び、落ち着きが出たとはいえ、生来の気質は変わらないようだ。

「今回、どうなるか分からんからな。筑前の国人は多くが戦意を喪失しているようだし、戦わずして終わるかもしれん」

 古処山城の秋月家は別として、その他の国人達には、攻め亡ぼすほどの恨みも価値もない。降伏してくれば、そのまま受け入れる事も視野に入れている。

「秋月さんとこは、隆房が行ってるんでしょ。じゃあ、もう陥落しててもおかしくないか」

 どういうわけか、元春は隆房と互いに呼び捨てにしあう仲なのだ。

 立場の違いがあるので、公式の場では尊称をつけるが、そうでない場面では古くからの友であるかのように名前を呼ぶ。

「どうかな。秋月はしぶとくて、厄介な相手だからな」

「そんなに?」

「もともと、大内家に従っていたのは知ってるか?」

「まあ、聞いた覚えがある、くらいです」

「義姉上に反発してな、そのまま大友に就いた。まあ、大友とも確執があるみたいで、今度は龍造寺を背景に蜂起したらしいが……」

「なんですぐに討伐しなかったんですか?」

「秋月の古処山城は位置が悪い。当時の大友と大内の境目にあってな、秋月がどちらに就くかで、筑前の勢力図が一変するくらいに価値があった。おかげで、大友が筑前の半ばまで影響力を持つようになっちまった」

 秋月家を討伐すれば、大友家が出てくる。当時の大友家は九国最強の兵力を誇っていたし、尼子家との問題も抱えていた大内家は大友家と激突する道を避けるしかなかった。

「そもそも、どうして秋月は離反したんですか?」

「まあ、面子の問題があったんだ。御供衆って知ってるな」

「うん。そりゃあね」

 御供衆は、幕府の役職の一つであり、将軍の出行に奉仕する役職という点で将軍に最も近い職といえる。戦国期には、御供衆を含めて多くの役職が半ば有名無実と化したが、それでも名誉ある役職として多くの大名が幕府の役職を欲した。

 その考え方は、義隆のそれと同じである。

 義隆が敵対者よりも高い官位を欲するように、諸大名もまた自己に利する形で幕府や朝廷から高い官位や名誉ある職を手に入れたいと熱望している。それが、幕府や朝廷が現在有する権威であり、戦国時代に入っても尚将軍が一定の権威を持ち続けている要因であった。

「あの時は、まだ先代だったから、秋月文種だったかな。彼は、義姉上に御供衆への推挙を願い出ていたんだ」

 大内家では、従属する国人が幕府や朝廷の官位や役職を求める場合は、義隆の許可を仰がなければならないという規則がある。これは、国人が当主を差し置いて幕府や朝廷と繋がりを持つのを防ぐための措置であるが、文種は義隆から幕府への推挙を受ける事ができず御供衆になれなかったのである。

 さらに、同じ筑前国の国人である麻生隆守が御供衆に推挙された事を受けて、文種のプライドは大きく傷つけられたという事だ。

 結果、秋月家は大内家から後に離反し、大友家に従属する事となった。

「秋月は名家ではあるが、御供衆に推挙できるような家格ではないし、忠誠心もなかった。麻生家はもともと幕府の直臣の家系で、そういう意味では大内と同格だ。どちらを推挙するかなんて分かりきっている」

 義隆も文種に何も与えなかったわけではない。

 御供衆にはできないが、五ヶ番衆になら推挙できると言っていたのである。しかし、やはり筑前国の麻生家が御供衆に推挙されたのに、秋月家がその一つ下の位というのは納得できなかったらしい。

「なんだ、ただの身の程知らずか」

「まあ、そういう受け取り方もできるな」

 秋月家は結局、大友家から切り捨てられてしまった。

 戦国の倣いとはいえ、哀れとは思う。

 もっとも、義隆も秋月家は信用ならんとしているし、彼らについては降伏も認めず叩き潰せとの仰せだった。

「晴持様。物見が、帰ってきたみたいですよ」

 元春がつま先立ちになって遠くを見る。

 戻ってきた物見によれば、岩屋城の囲みは解けているようだ。高橋元種も、さすがに一〇〇〇〇の大軍を野戦で迎え撃とうなどとは思わなかったらしい。

 それどころか、元種に従っていた筑前国の国人がこちらに靡き始めているという。

「龍造寺がこちらに出てくるまでに、筑前は押さえられそうだな」

 龍造寺家は、筑後国の蒲池家を相手に戦を始めたという。

 一方、龍造寺家の支援が乏しい今の状況では、筑前国の国人達の士気は下がっている。亡ぼしていては、時間がかかるし、降伏勧告を出しながら、兵を進めていくのがいいだろう。

 




天極姫で終わったのかと思っていたら、6とかマジか。
いつの間にか戦極姫も七年目に突入するか。
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