大内家の野望   作:一ノ一

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卒論やるぜー、のノリで一斉に非公開にしたものの、なんやかんやで戻ってきたり何なりしていたのですが、本作については戻すのを素で忘れていました……。
今までは、ほかの連載ものを集中投下したり、社会人になってうんたらする中でこちらに手が回らなかったのです。すいませんでした。


その三十五

 ――――古処山城。

 およそ三五〇年前に秋月家の祖となった原田種雄が築城し、以降秋月家の勢力拡大の拠点として輝かしい歴史を紡いできた堅牢な山城である。

 古処山はその長く険しい登山道故に、古来、霊山として名を馳せており、山中で最澄が薬師如来を彫ったという伝説もあるほどの名所でもある。

 城主は秋月種実。

 大内家を裏切った秋月文種の次男にして大友家を裏切った田原親宏の娘を正室に迎えた男である。

 大内家並びに大友家からすればまさしく裏切り者の代表格と言ってもいい存在であり、大内義隆からしても、そして大友晴英からしても亡ぼすべき対象として認識されていた。

 三十万石を上回る領地を治める大名でもある秋月家に相対するには、それなり以上の猛者でなければならない。ましてや、今の秋月家は龍造寺家の後ろ盾を得て筑前国内の国人たちを纏め上げる擬似盟主となっているために、その兵力は油断ならないものがある。結果として選ばれたのは大内家の中でも最強の実力を持つ陶隆房であった。

 短い髪を馬上で揺らす隆房は、露骨にため息をついて退屈さをアピールする。

 無理もない。

 戦、勝負、力のぶつけ合い、それらに愉しみを見出す暴れ馬の如き少女である隆房にとって頭を引っ込めて出て来ない亀を思わせる敵との戦いは腹立たしいという以前につまらなくてやる気が削がれる。

 秋月家は古処山城に篭ったきり一度も顔を出さず、篭城の構えを解く気配は欠片もない。

 三十万石もあれば、相応の戦いができるだろうにまったく情けない話である。隆房は落胆の色を隠さず、古処山の南麓を流れる小石原川の南岸に陣取る大内勢を眺める隆房はしかし、警戒心だけは決して解かず、物見を複数放って情報収集に努めている。

「こっちが大友と結んだ事で筑前の国人は恐れをなして逃げ出し、勝敗は火を見るよりも明らか。さりとて、肝心の秋月は城の堅牢さを恃みに降服の気配は欠片もなしか」

 すでに四度、降服勧告を出している。城主の切腹を条件に、家臣の助命を約束する内容であったが、未だに受け容れられてはいない。

「さて、どうするかね」

 安易な城攻めはこちらの消耗を加速させるのみ。龍造寺家が筑後国の攻略に手間取っている以上、こちらに援軍を差し向ける可能性は皆無と断言してよく、必然的に秋月家は篭城しても徒に消耗していくだけの存在に零落した。

 峻険な山に築かれた城は明日も明後日も隆房を寄せ付けまい。しかし、明日が積み重なった果てに待っているのは、絶望的な流血である。隆房には勝負を急ぐ理由がなく、当然兵力を無駄にして叱られるつもりもない。

 ――――突っ走るだけが大将ではない。

 城攻めは野戦とは異なる条件での戦いであり、用兵もそれに応じて変えなければならない。力攻めが多大な損耗を強いるのは考えるまでもない事で、大内家全体を俯瞰すれば、秋月家如きに兵力を割くのは来る決戦に向けて不利益でしかない。

 天地人。

 これを掌握して初めて戦に勝利できる。

 隆房が思うに、自分にはまだ「人」しかない。「天」の時も「地」の利も不足している。ならば、来る時に備えて、地の利を手にするのが得策であろう。

 隆房は徐に古処山を見上げ、それから尾根伝いに聳える山々を見渡した。

「――――城を、建てるか」

 ふと思い立った隆房はさっそく家臣を集めて軍議を催した。

 絵図を広げて古処山とそれに連なる山々の地形を確認すると共に物見を放って地形を調べさせる。

 それだけでも一日作業になるが、城を建てるとなると数月はかかる事を見越さなければならない。それは遅すぎる。

「城というか簡単な砦で構わないんだけど、兵が常駐できる場所があの山の尾根伝いに欲しい」

 隆房の発言に、古くからの馴染みの家臣や同僚は顔を見合わせて真意を探ろうとする。

 なぜなら、そういった戦術は隆房の本来のやり方ではなかったからだ。正面から襲い掛かり、一気呵成に攻めかかるのが、従来の隆房の戦である。

「今回はこれまでの戦以上に大きな戦が後に控えている。見栄を張って余計な消耗はすべきではないし、戦を楽に進めるのなら、これが一番だと思うんだけど……」

「お嬢様……よもやそこまで成長されるとは……」

「この老骨も涙を禁じえませぬ」

 家臣の一部が感涙して咽び泣いていた。

「ちょっと、どういう事よ!」

「以前のお嬢ならば徒に城攻めし、犠牲を強いて敵を打ち破っていたでしょう。しかしながら、今のお嬢は大局に立って兵を用いようとされております。戦いをその前段階から構築するのは優れた将の証。御父上もさぞ鼻が高い事でしょう」

「ちょ、調子狂うなぁー……」

 褒め称えられて悪い気はしないのだが、逆に失敗した時に落胆させるのではないかという不安も出てくる。

 何を馬鹿な。

 失敗しなければいいだけの話ではないか。

「まずは城、いいや砦の建造。場所は……」

「場所については物見に調べさせた情報がございますが、尾根伝いであればやはり屏山に築くのがよろしいかと」

「やっぱり、そこか。でも、山頂に都合よく砦を作れる場所があるかどうかだけど」

「その辺りは何とでもなりましょう。秋月が妨害しなければ、数日中には形にはなるはずです。もちろん、それ相応の人員を割く必要はありますが……」

「それなら大丈夫。人手は余ってるくらいだから」

 秋月家に数倍する人員で城を囲んでいるのであるから、砦造りに人を割いても問題はない。

 山頂に砦を築くとなると、材木の搬入出のための道の整備などに時間を要するが、これと見定めた箇所に複数人からなる組を置き、競わせるようにしてある程度の広さを確保しつつ、同時に材料を麓で組み上げておく事で時間を短縮する。青写真だけはこれでできる。後は実行するだけだ。都合よく砦が完成すれば儲けモノ。妨害に敵が出てくれれば御の字といったところか。だが、こちらが何かしらの行動を起こしているという事が相手の精神に負担を強いる事になるのは明々白々である。

 突き崩すのならまず心から。

 刃が届かないのなら視覚と聴覚に訴えて不安を煽る。

 幸い、古処山と尾根で繋がる屏山は古処山よりも高く、敵城を山頂から見下ろす位置にある。仮に屏山から古処山へ兵を進めれば、その進路の大半が下り道となり、古処山の麓から攻めかかるよりも負担が少なくて済む。そして、当然麓から攻めるよりも突破しなければならない関門も少ない。そして、麓の兵と挟み撃ちにもできるという利点もある。

 屏山は古処山城を陥れる上で実に都合のいい場所にあったのである。

 砦を造るのに必要な木材は大量にある。道は木々を切り倒して作ればいい。二〇〇〇人ほども動員すれば、山頂への登山道を拓く事は可能だろう。

 こちらの兵力は一〇〇〇〇人に達する。二〇〇〇人を割いたところで問題にならないのである。

 隆房は早急に屏山に人足を送り込んだ。

 

 

 

 屏山の山道を切り開き、その頂上付近に兵を留め置けるだけの砦らしきものが生まれたのは、それから七日後の事であった。

 高所に位置する山間の地という制約上、如何にも城というようなものは造れない。必要だったのは、兵を常駐させられるだけの防御力を持った施設であり、極端な話それは壁で囲まれていればいい。

 敵の本陣である古処山城からは大内家の兵が屏山で何かしている事は分かっても、そこが古処山よりも標高の高い位置にあるため目視で確認する事ができず、また、確認できたとしても対処する事など不可能だ。砦の完成を座して待つ事しかできず、不安な日々を送らざるを得ないはず。

 対して、隆房率いる大内・大友連合は高所と低所の双方から古処山城を監視できる体制を整えた事で大いに士気を盛り上げている。

「軍道はどうなってる?」

 隆房は陣に戻ってきた家臣に尋ねた。

「全行程の三分の一程度といったところでしょうか。難所は越えましたが、これ以上となると敵との交戦が考えられます」

「そう」

 畳床机に腰掛けた隆房は家臣を下がらせ、一人、眉根を寄せて悩む。

 隆房が作らせている軍道は、ある程度形を整えた屏山砦から尾根伝いに古処山城へ向かう道である。報告では全行程の三分の一にまで達しているというが、それはつまり屏山から古処山に入る辺りまでは軍が問題なく通れる道が完成したという事であり、ここまでくれば、敵の物見によってこちらの行動が筒抜けになっている事は間違いない。

 もとより隠す気などなかった。

 攻め落とすために砦を使うわけではなく、示威効果を期待してのものだったからである。要するに、知られて初めて本来の効果を発揮する類の兵器、という認識だったので、知られたからといって焦る必要はない。

 隆房は、ふと陣幕の外に目を遣った。

 そこに、家臣の一人がやってきた。

「お嬢様、明智殿がいらっしゃいました」

「いいよ、通して」

「御意」

 家臣が頭を下げてその場を辞す。数秒の後に陣幕の中に入ってきたのは、見知った姫武将――――明智光秀であった。

 白い装束の上から漆黒の羽織を羽織っている姿が、彼女の落ち着いた容貌を異様なまでに際立たせている。

「お久しぶりです、陶殿」

「やっぱり、光秀じゃないかと思った」

「やっぱりとは?」

「誰か来たなって思った時に、光秀らしい匂いがしたからね」

「わ、わたし、臭ってますか?」

 光秀は慌てて自分の衣服を確認する。

 その様子を目元を緩めて眺めた隆房は、「悪い臭いじゃないよ」と言った。

「ただね、硝煙の匂いを引き連れてるから分かるよ」

「わたしからですか」

「光秀はいつも硝煙の匂いに囲まれてるから、慣れちゃったのかもね。まあ、座って」

 隆房は光秀は席に誘導し、向き合って座る。

「烏の筆頭が来たって事は、若の方は片付いたった事だよね」

「はい」

 光秀は晴持の手勢として付き従う武将である。特異な役目を帯びている存在で、晴持の祐筆のような扱いでもある。

 そんな立場の光秀が、持ち場を離れてやって来た。それも、敵勢によって道が閉ざされているはずの、この地にだ。来た道を逆戻りし、大友家の領内からやって来るのでなければ、敵の封鎖が解かれたと考える以外にない。そして、よほどの問題が発生したのでもない限り、わざわざ光秀を前者の方法で隆房の下に送り込む理由がない。

「晴持様は、岩屋城にて高橋紹運殿と面会された後、すぐさま撤退した敵の追撃に入る準備を始められましたから、もしかしたら、すでに動いていらっしゃるかもしれません。晴持様は、陶殿を非常に気にかけておいででしたよ」

「まだ城を落とせてないの、怒ってるかな?」

「いいえ」

 光秀は首を振る。

「むしろ、血気に逸って陶殿が無茶をされていないか気を揉んでおられました。秋月家は強かでしぶとく、油断ならぬ相手だから苦戦は仕方がないとも仰っておりました」

「苦戦というほども苦戦していないけどね……」

 戦いが始まってからこの方、こちら側に死者は一名もいない。小競り合いでの負傷者が僅かに出ただけで、兵力の損耗は皆無であり、戦そのものが古処山城を監視しているだけという地味なものになっているのだから、犠牲者が出る可能性もない。

「しかし、安心しました。陶殿は妙手を思いつかれたご様子。わたしも晴持様に朗報をお伝えできそうです」

「それなら、すぐに帰るって事はないよね。わたしは近く古処山を制す。それを見届けてからじゃないと、朗報にはならないでしょ」

「それもそうですが、陶殿がどのようにされているのかをこの目で確認するのがわたしのお役目ですし、近くと言いましても数日が限度ですよ」

「二日あれば十分。それ以上、この戦を伸ばすつもりはないから安心して」

 得意げに隆房は言い切った。

 屏山砦の建造、軍道の整備。どちらも、古処山城の城兵への威圧としては十二分に機能しているはずである。そして、そこに光秀から齎された確たる情報もある。ならば、城兵に対して最後の一押しをくれてやるまで。

 

 

 

 ■

 

 

 ――――古処山城内軍議の間。

 上座に座るのは歳若い青年武将である。名を秋月種実。古処山城主にして秋月家を預かる大名であった。城を囲まれて相応の日数が経ちながらも辛うじて士気を維持できていたのは、有能な家臣達の存在もあるが、秋月家という歴史ある名家に生まれた青年の意地もあっての事であろう。

「岩屋城が、解放されただって……!?」

 種実の下に齎された報告は決して朗報とは言い難いものであった。

 大友家に叛旗を翻した当初とは、状況があまりにも変わりすぎていた。

 秋月家にとっては、誰からも指図を受ける事のない大名としての自立が先代以前から受け継がれた夢であり、そのために大友家の失墜は実に好都合であった。妻の父――――田原親宏が表立って大友宗麟に敵対した事で、田原家との同盟は一層強化され、秋月家が独立大名となる大きな好機が舞い込んだのである。大友家が潰れるのは時間の問題であって、種実が不安を覚える要素はなかったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。

 大友家の主力である立花道雪と高橋紹運を揃って追い詰め、龍造寺家の侵攻が始まった事で勝利は確定したかに思えた。

 まさか、大内家と大友家が争う事なく結び付くなどとは考えられなかった。その上、龍造寺家が蒲池家を相手に梃子摺っている事や、同盟相手だった高橋鑑種が思いのほか呆気なく敗れたとの情報が入るに至って状況が絶望的なのだと実感させられる。

 軍議の間に苦い沈黙が広がっていく。

「陶隆房は、屏山の頂上に築いた砦に兵を集結させている模様……」

「この流れでいくと、明日にでも攻めかかってくるかもしれませんな」

「交渉の余地を探してみるのも一つの手ではありませぬか?」

「臆されたか、軟弱な!」

「お家を潰す事になってもよいと申すか!」

「大内に頭を下げ、大友に降る――――それでもよいのか!?」

 侃侃諤諤とした議論が続くものの、打開策が生まれるわけでもなく、状況が状況だけに建設的な話し合いにはどうしてもならない。

 敗北は確定的。

 これ以上争っても仕方がない。

 皆、理性では分かっている。ただ、感情がついていかないのである。

 秋月家の領内に生まれて、秋月家に仕えてきた。当主と同じ夢を見て、当主と同じく秋月家を盛り立てていくために力を尽くした面々なのであるから、敗北を素直に受け入れる事はできなかった。

 大内側に秋月家を見逃すという選択肢がない以上は、種実が降服を宣言する事はありえない。

 そのような中で隆房から送られてきた書状がさらなる波紋を軍議の間に広げる事となった。

「殿、書状には何と?」

 書状を見た種実が顔を蒼くして震えたのを見て取った近くの家臣――――恵利暢堯(えりのぶたか)が尋ねる。

 種実はその書状を乱暴に暢堯に渡した。

「これは……」

 そして、暢堯もまた息を呑む。

「恵利殿。何事ですか?」

「うむ……これは、城攻めの日時を宣言する、書状だ」

 生唾を飲んで、暢堯は言う。

「明朝より本格的に攻城を行う故、それまでに殿に腹を召されるか刃を交えるか決めるようにと、催促しておる……」

「なんと……!」

「どこまで侮るつもりか、陶めが!」

 奇襲するでもなく、降服を促すわけでもない。これから、お前達のところに攻め込むから、死ぬ覚悟をしておくようにという殺害予告でしかない。そんなものを受け取って、憤慨しないはずもない。

「殿」

「ああ……」

 種実は唇を噛み締めて、拳を握る。

「どの道、僕らには戦う以外の選択肢はない。向こうが来てくれるのなら、最期まで相手になるだけだ」

 その一言で、問答は終わった。

 主が戦うと決めた以上は、家臣達は最期を共にするまで。

 奇妙な一体感が、場を包み込んでいた。

 

 ――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ

 

 外から、雄叫びが聞こえてくる。

 太鼓を打ち鳴らす音が響き、地響きの如き音色を奏でる。

 どうやら、敵の言葉に嘘はないらしい。威圧するように、山麓から響く鬨の声は定期的に繰り返された。




好みのキャラのデザインが大幅変更されてショックだじぇ。
兼続光秀は二大巨頭だったのだがなあ……。
島津も変わってしもうたし。
絵師は変われどデザインに変更がないのは、道雪と南部さん方くらいだろうか。

兼続
初代……忠義の塊魂
2……同上(麻雀のヤツではちょっとデレる)
3……百合
4……同上?
5……比較的真っ当?
6……少年に←NEW

 最初の頃の悪友めいた付き合いがよかった。

光秀
初代……大天使。主人公にでれでれ。NTR有。丹羽長秀のスタンド使い。
2……主人公を暗殺せんと欲す。
3……百合
4……戦国物の織田家から光秀が消えるという衝撃。
5……幼馴染昇格
6……Who?←NEW

 言わずもがなの大天使初代。4だか5だかにもバッドエンドがあったような気がしないでもないが、やはり問題なのは3だろうか。忠義と愛欲を履き違えたらいかんよ。
 まあ、3が悪いわけじゃないよ。政宗とかいうロリ巨乳いるし、隆豊もいるし、島津のデザインも好きだしね。ただ、百合はねえ……。イベントの中に愛がないのよ愛が。
 ともあれ兼続を戻してくださいお願いします何でもしますから

 島津家で個別ルート作ったPSP版も評価したい。

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