大内家の野望   作:一ノ一

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ミコトちゃんのスキルが数ヶ月の努力の末にスキルマになった俺王子。
スキル覚醒の精霊も取っておいたし、初期からのミコト使いとして一つの壁を越えた。
なおオーブがまったく足りていない模様。


その三十七

 筑前国内の騒乱を何とか治めきった大内・大友連合は、国境に監視のための兵をいくらか割くと、大友家の本拠地である豊後国に入った。

 何よりも重要なのは、大友晴英との顔合わせである。

 大友家の新当主となった晴英と晴持は、血の繋がりこそあるものの互いに顔を合わせたことはなく、文のやり取りもこの筑前国の騒乱を解決するための事務的なものに留まっていた。

 新たな大友の指導者との会談は、この対島津・龍造寺戦線を維持していくためにも必要不可欠である。

 その旅路には立花道雪や高橋紹運も同行した。

 彼女達は一連の大友家の内訌には関われなかった。

 府内の南蛮寺で信仰の道に生きているという前当主大友宗麟に一言声をかけておきたかったし、現当主ともきちんと向き合う必要があった。

 重要な国境警備は、主として大内家が行う。

 宛がわれたのは陶隆房と冷泉隆豊であった。

 戦に強い隆房と冷静で客観的な視点に優れた隆豊であれば、不安定な国境線を的確に守れるであろうと判断したのである。

 龍造寺家は大恩ある蒲池家に牙を剥いている真っ最中である。

 可能であれば、こちらから蒲池家に増援を派遣したかったところであるが、大友家の混乱を完全に収束させる必要もあり、迂闊に戦線を広げるわけにはいかなかった。

 蒲池家を手中に収める事ができれば、筑後国内への影響力を押し上げる事も不可能ではない。それだけに、惜しいと言わざるを得なかった。

 そして、晴持は大友家の本拠地である府内に到達した。

 各地を転戦し、山口から離れる事もかなりの日数に上る晴持ではあるが、まさか大国大友家のお膝元にまで足を運ぶ日が訪れようとは思っても見なかった。時代の流れについていけない家は、どれほど強大であっても消えていく。それが、戦国の倣いという事であろうか。

 晴持は大友家の「御屋敷」に到着すると、そのまま客間に通された。

「なかなか、大きな街でした。さすがは大友家ですね」

 晴持は、客間で久しぶりに畳に座った。

 最近になって張り替えたのであろうか。

 畳は真新しい香りを放ち、それだけで充足した気持ちにしてくれる。今、この時ばかりは戦乱から心が離れていく。そんな思いに囚われる。

 晴持の隣で、椅子に腰掛けた道雪がくすり、と笑った。

「これでも、ずいぶんと人は減りました。わたしからすれば、寂れてしまったというようにも思えます」

「そうなのですか」

 紹運が道雪の意見に賛同した。

「安定していた時期にはおよそ八〇〇〇人が居住していました。明の者や南蛮の者もいて、実に賑わっておりましたが、昨今の世情の乱れに恐れをなして離れていった者もいるようですね」

「なるほど。確かに、今の大友家は多少不安な面はありますが、それも時が解決する問題ではあります。まずは、お家の安定と外圧の排除が不可欠かと」

「仰るとおりです」

 道雪は晴持の意見に頷いた。

 大友家の衰退は宗麟の迷走と重臣や周辺国人の反乱、そして島津家との一戦による大敗北が影響している。当然、敗れた国にいては命の危険もある。それまでの強大な大友家はここ数年で姿を消しており、斜陽の王国であるという事については府内の人々は風聞で知っていた。離れられる者は、どこかに去ってしまっている。例えば、西日本でも最も安定した統治を行っている大内領には、多数の商人が流出している。

「申し訳ありません。遅参いたしました」

 そこにやって来たのは、小麦色の髪の少女であった。晴持よりも幾分か歳若く、それでいて威厳のある少女である。

 少女は自ら晴持の前までやってくると、その場に座り深々と頭を下げた。

「遠路はるばる、よくぞお越しくださいました。大友家二十一代当主大友晴英にございます。この度は、我等大友家の危難に際して格別のご支援を賜りました事、深く御礼申し上げます」

 ゆっくりと、静かに、搾り出すようにして少女は晴持に告げた。

「これはご丁寧に。大内義隆の名代として罷り越しました。大内晴持にございます。大友様に置かれましては、まったく大変な時期にお家の跡を継がれ、苦労されているかと存じます。この晴持、姉に代わり大友家の安寧に微力を尽くす所存でございますれば、必要とあらばいつでもお声掛けください」

 丁寧な挨拶には丁寧に返すものである。それが、たとえ大内家の傘下に収まる事が確定した家であったとしてもである。まして、相手はあの大友家。以前から大内家と対立していた歴史があるだけに、大内家への感情はよいものばかりではない。対島津・龍造寺戦を前にして不穏な空気を醸し出すわけにもいかない。

「本当に、ありがたいお言葉。此度の戦に於いて晴持様は戦わずして敵を屈服せしめ、かつて伊予で矛を交えた折にはそこの道雪と一戦に及んだとか。貴殿のご勇名はつとに窺っておりまして、もしも同じ家に生まれておりましたら兄と呼び慕っていただろうにと残念に思っていましたところで、このような形でお会いする事が叶い、嬉しく本当に思っております」

「さすがに持ち上げすぎです、晴英様。褒め称えるべきは私ではなく、私を支えてくれる兵達でございます。道雪殿との戦についても、我が家臣が死力を尽くして私を守ってくれたのであって、私が何かしたというわけではございません」

「ご謙遜を」

「謙遜など。ただ事実を申し上げているだけでございます」

 本当に丁寧に言葉を選んで会話をしている。

 しかし、あまりに丁寧な挨拶は、結局のところ形式的な挨拶と変わらない。どこか空々しく、無味乾燥としたおべっかへと成り下がる。

 初対面だから表面的な会話になっているのかというそうではない。

 恐らくは、完全に心を開ききっていないからであろう。長年の宿敵であったのだ。晴持も晴英も、互いに自らが育った環境の影響を受けている。どれだけ客観的な視点を持っていようとも、敵対していた相手と即座に打ち解けるというのは難しい事である。

 冗談を言えるような余裕を持てるのであれば、それもすぐに取り除けたかもしれない。道雪のように、常に泰然自若としているような強い芯のある武将であれば。しかし、晴持も晴英もまだまだ未熟。頭は働いても、経験が少なく結果として相手を観察するような応答が重なってしまった。

「お二人ともお堅い。もう少し、柔和な会話をされては如何ですか? せっかく、手を取り合う仲になったのですから」

 やはり、こんな時に間に入ってくれる人がいるのは助かる。

 晴持と晴英の会話が途切れたところを見計らった、道雪が困り顔で言った。

「むぅ、しかしだな道雪」

 眉根を寄せて道雪に意見しようとする晴英。

 それまでの丁寧な言葉遣いとは異なる勝気な口調である。なるほど、これが本来の晴英の話し方なのかと、晴持は内心で思う。

 つり眼がちで気の強そうな見た目だったので、むしろ納得したくらいである。

「これから強敵と対峙する事になるというのに、上のお二人がそのようでは士気に関わりましょう。疑心暗鬼を生み出しては元も子もありません。この場は軍議の場にあらず。茶菓子でも頂きながら、会話に花を咲かせようではありませんか」

 おっとりとした口調で話す道雪の笑みに、晴持も晴英も返す言葉がなかった。

 言葉にならない凄みを感じる。

 歴戦の猛者が醸し出す空気が、反論を許さなかった。

「確かに道雪殿の仰る事は一理ありますが……」

「大内様にあまり砕けた口調というのも……」

 政治的には、丁寧な対応というのが望ましい。

 大友家の危うい状況は、好転したものの予断を許さぬままであるという点に変わりはない。そして、大内家としても、戦地で友軍と仲違いするのは非常にまずい。大内家の傘下に入った事を快く思わない者も一定数いるであろう。

 そこで、自然と晴持と晴英は一線を引いて対応していた訳であるが、その境界を道雪は取り払えと言ってきたのである。

 晴持と晴英は互いに視線を交わした。

「……それじゃあ、普段通りに」

「……しますか」

 晴英が折れ、そして晴持が同意した。

「とはいえ、改まって口調を変えるとなると、妙に気恥ずかしいものがあるな」

 晴英は、言葉遣いを確認するようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 気恥ずかしいというのがどの程度なのか、その表情からは察する事はできないが、彼女の言いたい事は何となく理解できる。

「それが、晴英殿の普段の話し方か」

「晴英だ、晴持殿。歳も立場のそちらが上。敬称は不要だ。むしろ、呼び捨てにしてもらわないとむず痒くて仕方がない」

 などと、晴英は言う。

「それでいいのなら、そうさせてもらう……晴英」

「ああ、それがいい」

 どことなく、すっきりしたような顔をした晴英は、そのまま後ろに下がって晴持を向かい合う形で座布団の上に座り直した。

 大友家の血を感じさせる金色の髪が肩の上で揺れた。

 つり眼がちで、口調も相俟って若干威圧的な印象を受けるが、話をしてみると意外にも取っ付きやすい。彼女の口調は、むしろあっけらかんとしたものであり、フレンドリーと言い換えられるものではないかとも思えるようになった。

 今後の方針を細かく定めておくべき場面ではない。

 それは後日、折を見て他の家臣達もいる中で話し合うべき内容である。

 今はあくまでも挨拶の場。

「うん、まあ晴持殿がせっかく来たのだ。今夜は盛大に宴と行こう」

「この状況でですか?」

「この状況だからこそだ紹運。大内との連携を密にしつつ、余裕を持って事に当たっていると思わせるのも大切だろう。違うか?」

「そうなのですか。わたしはそういった事には疎いので何ともお答えしかねますが……」

 紹運は、視線を道雪に向ける。

「わたしはそれで構わないと思います。これから先も厳しい戦いが待っているはずですから、英気を養うのは悪くないでしょう。それに、すでに準備を始められているわけですから取りやめるわけにもいきませんしね」

「ああ、ここで止めろと言われたら、わたしの立場も危うくなってしまっていたところだ」

 にやりと笑う晴英。

 突如として当主に担ぎ上げられた彼女の地盤は脆く儚い。

 宗麟の後釜として利用できる人物が晴英しかいなかったというだけの理由で当主となったのである。発言力はまだまだ低く、家の内部がごたついて大友家という肩書きが機能しなくなった場合、真っ先に切り捨てられる可能性を背負っている。

「時勢が時勢だけに、手放しに宴を楽しむわけにもいかないが、晴持殿も今宵くらいは羽を伸ばしてもらいたい」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 武家の宴は長い時で三日三晩続くものもある。

 食事のみならず様々な芸を披露する者を呼び集めたり、和歌を競ったりと単なる飲み会に終わる事はない。

 こうした宴も外交の一環なのである。

 ただ飲み食いするだけでなく、そこから情報を得たり、相手に自分達の財力や魅力を叩き込んだりと駆け引きが行われる。

 多くの武家は、プライドもあって、こうした宴を盛大に催すために苦しい懐を更に痛めて出資するのである。

 大友家も懐事情はさほどいいとは言えないが、伝統ある名家であるから、同格以上の大内家を招いた手前手を抜く事などありえない。

 龍造寺家や島津家との対決が喫緊の課題でなければ、あるいは本当に連日連夜の大騒ぎを催したかもしれない。

 

 

 

 ■

 

 

 

 電灯のような照明器具のない時代だ。

 日が没せば、一日は終わる。

 蝋燭や篝火の灯りを頼りにして続いた宴会は、大内家と大友家の顔合わせという最低限の役割を終えると同時に乱痴気騒ぎへと突入する。

 互いの家を代表して力自慢が相撲を取ったり、歌を競ったり、共に能楽を楽しんだりと思っていたよりも両家の仲は悪くないらしい。

 昨日の敵は今日の友という事であろうか。

 昔から敵視してきた仲ながら、ここ数年の内には大きな戦いがなかった事も影響しているのかもしれない。

 自分がここにいる意味はなくなった。

 そう判断した晴持は、こっそりと宴会場を抜け出した。

 頭が重いのは、酒と夜更かしのダブルパンチの所為であろう。欲を言えば、今すぐにでも眠りたかったところである。

「晴持様、お加減が優れないのですか?」

 そんな晴持に声をかけてきたのは光秀であった。

 晴持が雇い入れた直臣という立場の彼女は、隆房や隆豊とは立ち位置が異なる。

「少し飲みすぎただけ」

 未来の世界に比べれば、酒の濃度など高が知れている。

 しかし、元々この身体がさほどアルコールに強いわけではないことや疲労などもあって悪い酔い方をしそうになっている。

 粗相をする前に、一時身体を休めなくてはならない。

「光秀は、あまり顔色が変わったように見えないな」

「そんな事はありませんよ。月明かりしかないから、そのように見えるだけではありませんか?」

「そうか。足取りもしっかりしているし、さてはそもそも飲んでいないんじゃないのか?」

 晴持が言うと、光秀は頬を綻ばせた。

「そうですね。いざという時に動けないのは困りますから、遠慮できるところでは遠慮させていただいておりました」

「やっぱり飲んでないじゃないか。まあ、飲みすぎるのもよくないから、きちんと飲酒量を考えているのはいいことだけど」

「ありがとうございます」

 光秀がそう言った時であった。

 背後に床板の軋む音を聞いた。

「おや、宴の席を抜け出して逢引か。さすがだな、晴持殿」

 月光を弾く金色の髪が、廊下の曲がり角からひょっこりと顔を出した。

「そういった点も晴持殿の強みなのでしょう。噂に違わぬ色男っぷりですこと」

 にやにやとした笑みを浮かべる道雪がその後に続く。

「な、……何を仰いますかお二方。わたしは、別に逢引などしていた訳ではなく、ただ、晴持様のお身体に大事無いか心配になっただけです」

 白い肌を僅かに赤らめて光秀が反論した。

 光秀の反論を受けて、晴英と道雪は共にクスクスと笑う。

「な、何が可笑しいのですか?」

「いえ、申し訳ありません、明智殿」

「何ともからかい甲斐のある娘だと思ったまでだ。気にするな」

 二人揃って人食ったような性格である。

 融通の利かない光秀だと、どうしても手玉に取られてしまう。

 相性の悪さは明白であった。

「それで、晴英と道雪は何故ここに?」

 晴持は二人に尋ねた。

 ちなみに道雪を呼び捨てにしたのは晴英を呼び捨てにするのに、その家臣に敬称を用いるのは相応しくないと当人に説得されたからである。

「夜風に当たりにな。男衆が馬鹿な遊びを始めた辺りで退散したんだよ。まったく、もう少し品のある宴はできんもんだろうかね」

「無礼講なんて宣言したからだろう。酒が入れば調子にも乗るさ」

「酒か。諸悪の根源は」

「いや、酒が総て悪いって訳でもないけどな」

「そうだな。わたしも酒が嫌いという訳ではないぞ。酒の勢いで普段出来ない事ができる事もあるしな」

「気分が悪くなる事がなければ尚いいけどな」

 晴持はやや不快そうな表情を浮かべる。

「あら、晴持殿は酒に飲まれてしまったようですね。看病して差し上げましょうか?」

「晴持様のお身体については、ご心配には及びません。大友家の方の手を煩わせる事はございませんので、どうかご安心を」

 光秀が道雪に即答する。

「クク、やけに道雪に食って掛かるな明智殿。主人が口説いた相手がそれほど気にかかるか?」

「あのような経験はなかったものですから、年甲斐もなく照れてしまいました」

 道雪は頬に手を添えて楚々とした雰囲気を醸し出す。

 それだけを見れば、どこぞの国の姫であると言っても信じられるであろう。

「こちらはその直後に串刺しにされかけたんだが」

 晴持がぼやく。

 口説いた、というのも戦場での軽口であって色恋とは異なるものである。

 何よりも道雪には本当に殺されかけているのだから、その当時を持ち出して晴持を責めるのはどうかと思うのである。が、戦場で殺されかけたという事よりも、戦場で相手武将を口説いたという事の方が話題性に秀でているのもまた事実である。人の口に戸は立てられぬ。面白いように、「道雪を口説いた」というネタが広まっているのであった。

「さて、晴持殿が艶福家なのはこの際置いておく」

「置いておくな。人聞きが悪い」

「置いておくぞっと。わたしは以前から大内の重臣格かあるいは山口の伯母上に尋ねたい事があってな、せっかくの機会だから聞いてみようと思うのだ」

「ん?」

「姉さんの事だ」

「ねえ……宗麟殿か」

「より正確には、姉さんの周囲にいた宣教師共だな」

「はあ……」

 晴持は意図が掴めないといった様子で首を傾げた。

 大友宗麟の周囲には宣教師がいて、この府内での布教活動に非常に熱心であったというのは今更語るべくもない事であり、当主の立場を辞して府内の教会で静かに清貧の生活に身を投じたという事もすでに周知の事実である。

「姉さんが当主の座を辞した件についての大内家の干渉を今になってとやかく言うつもりはない。ただ、気になっているのは姉さんが当主を辞した後に向かった南蛮寺の反応だ」

「南蛮寺が宗麟殿を受け入れたと聞いているが?」

「ああ」

 と、晴英が頷く。

「拍子抜けするほどあっさりと受け入れたよ。府内で活動するには、姉さんを後ろ盾にしているのが一番いいと分かっているだろうにな」

「そういう事か」

 晴持は得心がいった。

 晴英の疑問は、宗麟が大友家の頂点から降りることを南蛮寺で布教活動を行う宣教師達があっさりと許した事であるらしい。

 確かに、大友家の家中にも南蛮神教に反対する面々がいるなかでの当主交代は、府内での布教活動に少なからぬ影響を与えるものであると断言できる。

 では、何故彼らは宗麟の決断を支持したのか。

 家を捨て、立場を捨てて神に仕えるという判断は、なるほど聖人そのものであろう。奢侈を改め、清貧の中で民と交わる宗麟の姿は当主の頃に比べてもそん色ないくらいに輝いて見えるとも聞く。神の教えを説く事を第一義とする宣教師達にとって、宗麟の判断を非難する事はできない。むしろ、宗麟を旗頭に大名の立場を捨ててでも神に総てを捧げる尊い思想を広めていくという事もありえる。

 しかし、それをするにしても府内での宣教師の活動に目立った変化はないのだ。

 だとすれば、宗麟を利用して新たな布教をしようというわけではないのだろう。

「大内家が宣教師達に何かしらの支援をしたと考えているわけだ」

「そう考えれば辻褄があう。現に、南蛮寺に詰めていた宣教師の数人が府内から姿を消している」

「国に帰ったのでは?」

「西の港は龍造寺に押さえられている上に南からは南蛮神教が大嫌いな島津が押し寄せている。おまけに東は大内が封鎖しているではないか。それに、彼らの向かった先が門司だという事も分かっているぞ」

「ああ、なるほど」

 門司は豊前国の北端にあり、対岸には大内家が古くから治める長門国がある。

 となれば、宣教師達が向かったのは長門――――その先の山口かあるいはさらに東という事になるだろう。

「大友家は斜陽の王国だったからな。彼らにとっての異教徒である龍造寺や島津に滅ぼされつつある国を見限って、東を目指そうというのは自然だろう。そちらと宣教師との間に密約があったように見えるのだが、実際のところはどうなのだろうか」

「ほとんど確信しているのに、わざわざ聞くのもどうかと思うけどね」

「では、やはり連中と繋がっていたのかな?」

「だとしたら、晴英はどうする?」

「どうもしないさ。だが、まあ、庇を貸して母屋を取られる事になっては元も子もないからな、彼らには目を多めに付ける事になるだろう」

 クックと喉を鳴らして笑う晴英。一体何が楽しいのか分からない。しかし、大友家は南蛮神教の呪縛から解放されている状態にあると見える。もっとも、府内の住民の多くが南蛮神教に入信している事を考えれば、大友家の足元は決して磐石とは言えない。当主交代が、表立って南蛮神教を排斥する動きに繋がらないのがその証拠であろう。

「それで、大内家としてはどうだったんだ?」

「さあ、それについては分からんとしか言えないな」

「それは本当の事か?」

「本当も本当。何せ俺は対大友外交には参加してないからな。姉上に外されていたよ。島津に集中しろとね」

「そうか。では、明智殿に聞いてもダメかな」

「大友家との外交を担ったのは、内藤家が主だよ。俺は関わっていないし、光秀も同じだ。戦場に出てる面々に外交はできんよ。忙しくてな」

「それもそうか。まあ、特段大事な問題でもないから、いいんだ。以前の大友ならいざ知らず、今の我々は大内の傘の下にいるわけだからな」

 晴英はそれ以上その件について聞いてくる事はなかった。

 宣教師の問題は大友家にとって頭の痛い話であるが、かといって喫緊に迫る危険は龍造寺家と島津家である。そして、この宿敵は南蛮神教側にとっても無視できない危険であるから、大友家に害を為す事は現状ではありえない。

 晴英は、大内家に対して思うところがあるわけでもなく、むしろ大内家の戦略によってどこまで最近までの大友家が危機的状況にあったのかを再認識させられた点では感謝すらしていた。

「では、もう一つ。――――どちらかと言えばこちらの方が大切だったりするのだが」

「なんだ、改まって」

「うむ、単刀直入に言えば、晴持殿にはわたしと個人的に親密な関係になって欲しいのだ」

「は?」

 あっけらかんと言った晴英の言葉に晴持は疑問符を浮かべた。

「晴持様。またですか」

「またって何だよ、光秀。またって」

 ジト目で睨みつけてくる光秀に反論した晴持は、再び頭一つ分は低い晴英の顔を見つめる。

「親密ってのは何だ、どういう意味で言ってるんだ? 言っとくけど、外交にも影響する事は義姉上に話を通さないとまずいからな」

「別に河野のように晴持殿の妾にしてくれと言っているわけではないぞ。もちろん、その必要があれば応じる構えではある。生憎と外に出た事すら希だったわたしには、そういった事への知識に疎いという欠点もあるが、まあ、教えてもらいながらであれば何とかできる器用さはあるつもりだ」

「晴英殿。お、乙女がそのような事を言うのは、慎みに欠けるかと思いますよ、さすがに」

 光秀が頬を染めて晴英に言った。

 しかし、晴英は特に気にする様子もない。

「晴持殿。晴英様は何も冗談で口にしているわけではありませんよ。妾云々は別にしても、晴英様には個人的に大内家の庇護が必要なのです」

「大内の庇護? ああ、なるほど。そういう事か」

 道雪の言葉に晴持はやっと納得がいった。

「父はすでに亡く、姉はあの通りだ。わたし自身、今の時点では名目上の当主でしかない。自前の兵もないし、身を守る術もない。――――身内というのも、中々信用ならぬものだ」

 寂しげに微笑む晴英の口調には、自嘲すら篭っているようであった。

 それも無理からぬ話である。

 そもそも、晴英が当主となった経緯が、重臣が宗麟を見限った事で生じた騒動なのである。そして、宗麟が当主となった際にも、同様に家中を二分する争いがあった。

「大内家の勢力拡大の背景に、血縁が深く関わっているのは分かっている。土佐然り、日向然り、親戚筋の危難を理由に兵を出している。わたしもまた大内の血を引く者だ。何かあれば、大内が動くと思わせられるのは、身の安全を確保する上では有効だ」

 確かに、その通りである。

 晴英を当主につけるよう働きかけたのは義隆である。その理由がまさに、大内家の血縁であるからであった。義隆から見れば姪であり、晴持からすれば従妹である。共に義隆の姉の腹から生まれてきた子どもである。生まれた家こそ違うが、義隆の姪、甥という点で同格と言えよう。

 血縁を大義名分にした領土拡大は、ここ数年大内家の膨張に寄与した最大の武器でもあった。大友家に対してもそれを振るう事ができるというのは、脅しとしては中々現実味のあるものであろう。

「わざわざ明言する必要もない。それとなく、匂わせれば十分だ」

「それで、具体的には」

「以後、わたしは晴持殿の事を兄上と呼ばせてもらおうと思うのだが、どうだろうか?」

「兄、上、だと……」

 うっかり、ドキッとしてしまった。

 兄上など呼ばれた事がないわけで、未来の世界ではまず呼ばれる事のない呼ばれ方である。晴持自身、義隆を義姉上と呼んでいるからありえない事ではないが、実際に呼ばれると気恥ずかしさに身悶えしそうである。

「あらあら、晴持殿はお気に召したようですね。兄上が」

「道雪殿、あなたは人をからかわないと生きられない呪いでもかかっているのですか?」

「いえいえ、お二人の反応が可笑しくてつい……」

 にこにこと反省の色を見せない道雪に何を言っても暖簾に腕押しであろう。

「それで、認めてもらえるだろうか?」

「そんな事で身の安全が保たれるのなら、好きに呼べばいい」

「それでは、これからよろしく頼む、兄上」

 やっぱり違和感が凄い。

 呼ばれ方もそうだが、この気が強そうな少女に兄上などと呼ばれるのは、こそばゆい。

 とはいえ、大友家との結びつきが呼び方一つで強まるのであれば、望むところである。妾云々ならばともかく、血の繋がった従妹に兄と呼ばれる程度、義隆も悪いようには思うまい。

 何かあれば、義隆の事も晴持と同じように義姉上と呼べばいい。

 その時は、間違っても伯母上などと呼ばないようにしなければと思う晴持であった。

 

 

 




戦極姫6がまったく進んでいない件。
上杉と伊達くらいですわ。
大内家とか陶家の動向も気になるから、次は毛利辺りで挑戦する所存。
弘中隆包とか個人的に好みのキャラデザだから、後々こっちに影響するかもしれぬ。ちょこっとしか出てきてないし、修正はあるかも。

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