大内家の野望   作:一ノ一

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その四十七

 火を用いた戦術は苛烈さに定評のある龍造寺軍の戦を象徴しているようにも思えた。

 開戦から三刻ばかりが過ぎ去って、大内家が設けた長屋と丘による防御壁は限界を迎えていた。

 生木に火がつき大量の煙が濛々と立ち上る中央の丘。その左右に造られた長屋に対して、龍造寺軍は一気呵成の攻撃を仕掛けてきたのだ。それはもう総攻撃と言うに相応しい猛攻であり、火矢を放ってくるために危険度が極めて高くなったのだ。

 天秤は龍造寺家に傾きつつあり、守備兵はどれだけ長い時間、敵を足止めするかという事よりも、いつこの長屋を放棄するのかという事に頭を使うべき時が来たという事だろう。

 太陽は中天を過ぎ、西に傾きつつある。山の影が少しずつ長くなり、戦場から太陽が顔を隠すのも時間の問題であろう。

 夜になれば、また潮目が変わるかもしれない。

 上手く夜まで持ち堪える事ができれば、鎮堯達が夜陰に紛れて兵を引くという事も叶うはずだ。

 懸命の防衛戦が続いた。

 不幸中の幸いだったのは、中央の丘は火勢が強く敵兵も登れないでいる事と反対側の長屋も奮闘を続けているという事だ。

 雨が降ってくれれば、火矢の危険性は大分減るのだが、空には雲が一つもない。後数日は雨が降る事はないだろう。

 敵の矢弾を受けて負傷する者も少しずつ増えてきている。射掛けられる火矢の火を消すのにも労力を割かねばならず、矢弾の膜は開戦当初に比べて激減した。攻め手が押し寄せにくい地形のおかげで何とか持ち堪えているが、すでに限界が見え始めている。

 自身の苛立ちからくる唸り声も、銃火の音にかき消されてしまう。

 堪えろ、手を休めるなと声を荒げるのもさすがに疲れてきた。当初は壁に囲まれている事による安心感で落ち着いた戦振りを内外に示す事ができた守備兵達も、いつ終わるとも知れない龍造寺軍の波状攻撃を前にして、厭戦気分が高まってきているようだ。

 四角い箱は逃げ場のない棺桶のようにも見える。壁はすでに圧迫感を与えるものに変わりつつあり、気持ちが落ちれば銃も弓も精度が落ちる。体力の限界を気持ちで支えていたが、鼓舞する側の疲労も隠せなくなってきた。

「何……!」

 その時、鎮堯の耳に届いたのは龍造寺軍の大歓声。丘を挟んで反対側にある長屋がついに落とされたのだと理解した。

「もはや、これまで」

「鎮堯様!」

「負傷者を連れて早急にここを脱せよ。大内殿より借り受けた諸君らも早々に撤退されるよう」

 壁板が爆ぜて、飛び込んできた銃弾が不幸にも鎮堯の右脇腹を貫通した。

「ぬうッ……ぬ!」

 生来の剛毅な性格が、倒れる事をよしとしない。その場に踏み留まった鎮堯は側近から銃を奪い取り、狭間から外に目掛けて射撃した。

 鎮堯は銃を大内家からやって来た兵の一人に投げ渡す。

「大内様には感謝しているとお伝えあれ」

「鎮堯様。晴持様は、長屋が落ちる事があれば全力で撤退するように仰いました。ここで退かれた事でお叱りがあろうはずもありません。お怪我の治療も必要です」

「構わぬ構わぬ。撤退するにも殿は必要だろう」

「しかし」

「何より、ここは河崎が所領。この一時のみ、これは河崎の戦と相成った。如何に大内といえど邪魔はさせぬよ」

 見れば鎮堯のみならず、河崎家の面々は覚悟を決めた様子であった。戦火の中で静かに自分の死に場所をここと定めた男女がそれぞれの武器を手にしている。

 大内家の者も大友家の者も、彼等の選択を無碍にはできない。

 ご武運を、ただその一言言い残して守備兵の多くが長屋を後にする。

 当初の予定通り、撤退は川に沿って行う。平野部の真ん中には、大内・大友連合軍が敵を受け止めるために陣を敷いているからだ。戦場を大きく迂回して、帰陣する事となる。反対側の長屋の兵は果たしてどれくらい逃げ延びる事ができるだろうか。

 残った河崎兵はとにかく弓を引き、矢を射掛ける。最早死ぬまでと定めた以上は消火に労力を割く必要もない。

「こっちにも槍を寄越せ」

 鎮堯は自ら槍を振るい、長屋に取り付く敵兵を隙間から突き落とす。身体に力を込めるたびに傷口から血が吹き出すようだった。少しずつ確実に命が磨り減っているのを感じながら、鎮堯の顔には笑みがあった。

 よき夢を見た、と心の中で呟く。

 まったく歯が立たなかった龍造寺軍を相手に、ここまで戦えたのだ。これほどの大軍を相手にして、一歩も引かずに戦い抜いた。長い河崎の歴史にあって、このような武勇を誇る者がいただろうか。

 ついに長屋の壁が敵兵によって蹴破られた。

「まだぞ! 追い返せ!」

 穴から入り込もうとする敵兵に河崎の兵が踊りかかる。撓る槍に顔面を強打された敵が崩れ落ち、刀で眼球を抉られた敵が悲鳴上げて倒れ伏す。煙と火薬の匂いに満ちていた長屋の中が瞬く間に血の匂いに満たされる。

「ぬおお!」

 口内に血の味が混じる。

 遮二無二槍を突き出した。狭い長屋に万の大軍は展開できない。まだまだ時間を稼ぎ、一人でも多くの龍造寺兵をあの世に送り届ける事はできる。

 突き、薙ぎ、そしてまた突き出す。槍が折れたら刀を抜いた。荒れ狂う虎のように猛々しく暴れまわる河崎兵に、龍造寺軍の足軽達はひるまずにはいられなかった。

 どれほどの時を稼げたか。体感ではかなり長い時間戦っていたように思う。現実には、ほんの僅かな時間であっただろう。

 気付けば立っている味方は一人もいない。鎮堯自身も身体中から血を吹いて、生きているのが奇跡と言えるような状態だ。

 長屋の中は敵も味方も分からないほどに死体が折り重なっているではないか。

「一足先に、地獄に来てしまったか」

 さて、それでは終いとしよう。

 鎮堯は自分の腰くらいの大きさの壷に身体を預け、隠し持っていた火縄を取り出した。

「我等の首、龍造寺にやるには惜しいゆえ、三途の向こうまで持っていく」

 ぎょっとしたのは長屋に押し入っていた龍造寺の兵達である。鎮堯の傍にある壷の中身が火薬であると理解したからだ。

「と、止めろ!」

「いや、間に合わぬ!」

 火縄が壷の中に落ちると同時に、激しい光と熱、そして轟音が長屋を内側から吹き飛ばした。

 長屋に押し入っていた龍造寺兵十数名とそれに倍する死体を道連れにして河崎鎮堯は跡形もなく消し飛んだのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 敵に奪われた長屋が豪快に吹き飛んだ様は、戦場の全域から確認する事ができた。空高く舞い上がった瓦礫が川面で水飛沫を立て、地面に突き刺さる。

 衝撃は盆地を吹き抜けるように駆け抜けて、木々を大きくゆるがせた。

「河崎……!」

 晴持は息を呑んだ。

 中央の丘が火に包まれた時点で、あの長屋のどちらかが落ちるのは明白だった。片方が落ちれば、もう片方を維持する必要性はない。

 早急に撤退するべきではあった。

 河崎家に貸し出していた兵が持ってきた報告を聞いて晴持は唇を噛んだのだ。

「意地を張りやがって」

 鎮堯の行為は晴持の命を無視した行いだった。死地ではあったが、彼には生き永らえる選択肢が確かにあったのだ。

 それでも、鎮堯は長屋に残り最後の最後まで龍造寺家に抗い続けた。

 鎮堯が何を思い、何に殉じたのか。それは、晴持には分からない。龍造寺家に二度も所領を蹂躙されたくはないという思いだろうか。それとも、敵に背中を見せたくないという意地だろうか。

 その生き様、いや死に様は晴持には理解はできても共感はできないものではあった。

 晴持は太平の時代を生きた記憶がある。細かい記憶はほとんど薄れてしまい、夢幻のような過去の話ではあるが、彼が世の中を見る視点はどうしても平成の人間としての視点になってしまう。戦国乱世の価値観に染まりつつあり、また合わせようとはしていても命のやり取りに対する認識は、やはり本当の武士とは異なるものだ。

 晴持の価値観はどちらかと言えば武士よりも貴族に近いのかもしれない。そう考えれば、大内家の中は居心地がいい。殺伐とした明日には滅亡しているかもしれないという不安を抱える小領主ではないのは、あらゆる意味で恵まれていた。

「ご注進!」

 伝令兵が晴持の前に息を切らせて駆け込んだ。

「龍造寺軍、両長屋を突破し、丘の麓に陣を敷きましてございます」

「ああ。龍造寺は全軍、こちら側に入ってきたか?」

「は、間違いなく」

「そうか、分かった。報告ご苦労」

 伝令兵は手早く報告を済ませたら、持ち場に戻っていった。

「晴持様……」

「大丈夫だ、光秀」

 晴持の前には長い木机。上に広がる絵地図に、主戦場となる盆地が描かれている。四方を囲む山と二本の川。戦は川の間に広がるこの広い盆地が舞台となる。

 ややひし形に似た地形は中央が膨らんでいて大軍を展開するに都合がいい。龍造寺家は長屋を抜いた勢いのままに攻めたかったのかもしれないが、鎮堯の自爆に伴う大音響が敵方の馬を惑乱させたと見えて多少の混乱が見られた。そのおかげで、長屋を脱した兵が追撃を受ける事なく戻ってこれたのだから、それだけでも鎮堯には十二分に功があると言える。彼は無事に、殿の務めを果たしたのだ。

「よし、これからだ」

 大内・大友連合の策はとにかく「待ち」である。龍造寺軍が攻めかかってきたところを、徹底して反撃する。とにかく野戦に強い龍造寺家を相手に同じ土俵で戦っても、負けるとは言わないまでも大きなリスクを背負う事になるだろう。それよりは、陣城を設けて押し寄せる龍造寺軍を受け止めたほうが確実性が高い。

「光秀。隆信は食いつくと思うか?」

 晴持は尋ねた。

 隆信が攻勢をかけてこなければ、晴持の戦略は大きく狂う事になる。その不安は今でも確かに胸の内に燻っている。

「ここまで来れば、龍造寺殿も攻めかかるほかないかと思います」

「そうか」

「はい。何より、彼女は長屋攻めに際して火を放ちました。逸早く決戦に持ち込みたいという思いからの命であると推測します」

 怜悧な視線が絵地図に注がれる。

 彼女にはどのような景色が見えているのだろうか。武将としては自分よりも有能な光秀の頭脳は晴持の頼みとするところである。

 遠くから遠雷の如く喊声が上がった。ついに来たかと晴持は大きく息を吸い込んだ。龍造寺隆信が、一〇〇〇〇人と号する大軍によって大内・大友連合軍を討ち滅ぼさんと攻めかかってきたのである。

 

 

 

 ■

 

 

 

 長屋を攻略した勢いで盆地の中に侵入しようとした龍造寺軍は、河崎鎮堯の自爆による混乱を収拾するのに手間取り、速攻の機を逸してしまった。

 しかし、隆信としては長屋を抜いた事という事実が大きく爆発についてもさほど気にしてはいなかった。

 むしろ、

「わたし達の勝利を派手に祝ってくれているようなものよ」

 と、前向きに捉えていた。

 火薬に火がつけば、当然爆発する。敵は長屋の中で鉄砲を使っていたのだから、火薬を壷か何かに入れているのは当たり前だ。火の使用を命じた時点で、長屋が爆発する可能性を隆信は予見していたのだ。

「たく、不甲斐ない連中め」

 そのため、隆信にとっての想定外は馬と前線の足軽達が浮き足立った事であった。鉄砲を軍備に取り込んだと言っても、まだまだ普及しているとは言い難いのが龍造寺軍の内情である。足軽の中には火薬の存在を知らない者も少なくなく、馬は火薬の炸裂音に慣れているとは言い難い。

 まして、あれほど大きな爆発だ。恐らく一生に一度の体験だっただろう。

 蟻の子を散らすように前線の敵は逃げ帰っていったが、こちらはこちらで意味もなく足を止めてしまった。

 せっかく長屋を攻略したというのに、勢いが削がれてしまった。

「御屋形様! 整いましてございます!」

「ご苦労!」

 馬上の高みから全軍を見渡し、さらに半里ほど先にある敵陣を眺める。

 こちらは混乱から立ち直り、整然とした陣立てで並んでいる。あちらも同じか――――、

「……柵なんて作ってんじゃないっての、腹立つわねッ」

 長屋までならまあいいとしよう。だが、野戦を見越して突入したというのに、敵は土塁を築き、先端を鋭く削った杭を地に埋めて柵を設けているのだ。

 隆信が集めた情報では、特に大内軍は鉄砲を大量導入しているとの話である。伝来してからさほど時間が経ったわけではなく、威力の割りに命中精度や連射性の低さから武器として扱えるのか疑問視されていた新兵器を逸早く取り入れ、自国の領内で大量生産に当たらせていると聞いている。

 大内晴持が、その舵取りを担っていたとされ、大内家の軍事的成功は彼の存在に支えられていたと断言できる。

 直茂によれば、晴持は武将としては中の上程度。優秀ではあるが、突出した特徴はなく組み討ちに持ち込めば四天王は疎か雑兵であっても討ち取れる可能性があるという。彼の真価は戦の前段階――――戦略面であり、開戦した時にはすでに勝敗が決している状態に導く事にあるという。

 ならば、この状況はどうか。龍造寺家の猛攻を支えられず、大内の用意した長屋は崩壊した。守備兵は散り散りになり、守りの壁は大爆発で消え去った。たとえ、ここまでが晴持の絵図であったとしても、戦は生き物だ。予定通りになどいくものか。

「大内の鉄砲恐れるに足らず! 正攻法にて攻め崩す!」

 隆信は怒声を上げる。

 敵が鉄砲を何挺所持していようが、その威力だけで戦の趨勢をひっくり返せるものではない。

 鉄砲に対する正攻法は、一気呵成に攻め立てて、装填の隙を与えずに攻略する事である。しばらく雨は降りそうになく、島津家の押し上げを気にかけるのならば、長屋を攻略したという勝勢に乗った士気の高い今を於いて攻撃の機はない。

「貝を吹け! この一戦で筑前を制圧する!」

 

 

 隆信の命により、ほら貝が吹き鳴らされた。

 決戦の開始を意味する音に、信常エリの心臓は高鳴った。

 槍を片手に馬の手綱を引き、敵陣をきっと見つめる。

「気味が悪いですね、信常殿」

「円城寺殿、臆されましたか?」

「いいえ。ですが、こちらは野戦に持ち込むべく盆地に乗り込んだのに、城攻めのようになってしまうのはどうかと思いまして」

「確かに」

 エリが頷くのは、敵があくまでも受身であるという事に危険な臭いを嗅ぎ取ったからだ。

 これが野戦であるのは間違いない。しかし、敵とこちらの間には柵と土塁が横たわっている。

 土塁は高さが人間の腰に届かない程度で、柵は土塁のすぐ目の前に作られている。こちらが攻め寄せるのを防ぐのが目的なのは言うまでもなく、それはつまり大内・大友連合は、龍造寺軍が攻めてくるのを待っているという事である。

「罠か。まあ、そうなんだろうね」

 エリは乾く唇を舐めた。

「大内もここまで意気地がないと呆れるね」

「そういう事では」

「分かってる。でもこれはあっちがあたし達の突撃をそれだけ警戒してるって事でしょ。結局、どっちがどっちの得意分野に相手を引き込めるかって事にかかってるんだよ、これ」

 大内家は受身の戦術が得意らしい。事前に敵を倒す準備を徹底して、相手を迎え撃つ戦い方だ。対する龍造寺家は電光石火の如き攻撃。高い士気と突撃で敵を踏み砕く。まさしく鋒と盾の戦いとなったわけだ。

 ならば、後はどちらが強いかという単純な勝負になってしまうだろう。もはや戦略を語る段は通り過ぎ、戦術によって結果を呼び込むよりほかにない。

「進め! 声を上げよ! 柵を越え、土塁を壊し、大内の弱卒に龍造寺の強さを刻み込め!」

 右翼を任されたエリの一声に感化され、黒い大軍が前へ前へと押し進む。左翼の百武賢兼もほぼ同時に前進の命を下した。

 先陣を切る筑前国の国人衆に続き、龍造寺家の維持を見せようとエリと信胤も馬を走らせる。

 前線から銃火の音が聞こえた。

 激しい轟音である。突撃する軍の足が鈍ったのを見て取った。

「怯むなッ。鉄砲は連射できないッ。この隙を逃すな!」

 誰かが叫ぶ。

 大内軍の一斉射によって、前列がバタバタと倒れた。その屍を踏み越えて、龍造寺軍は柵に向かう。

 再度、銃声が聞こえた。龍造寺家の銃声も多分に混じっているが、大内軍からの銃声がそれ以上に響いてきた事がエリを驚愕させる。

「鉄砲隊を入れ替えて……!」

 なるほど確かに鉄砲は連射ができない。先込め式の火縄銃は、銃を一発撃てば火薬から再装填しなければならないのだ。騎兵であれば、その間に距離を詰める事は決して不可能な事ではない。

 あの柵と土塁は、鉄砲を放つ時間を稼ぐためのものでもあるというのは分かりきったものではあったが、柵に取り掛かる前に二発目が「一斉射」という形で襲ってくるとは思わなかった。

 鉄砲は連射ができない、という正論を頭から真に受けていたために度肝を抜かれる事となった。

 そもそも、鉄砲を戦に大量動員するという事自体が、まだ珍しい時期である。弾幕というものを龍造寺軍はここで初めて経験したのだ。

 柵と土塁の向こうにいる敵は、多くが身を低くして土塁と柵の影に隠れている。そのため、こちらが鉄砲や矢を撃ち掛けても、大きな戦果にはならない。その上、走っているこちらとは異なり、向こうは静止している。命中精度も龍造寺軍以上ではあった。

 それでも、鉄砲が一斉射撃を永遠と続けられるはずもない。一斉射撃の轟音は三度目まで響いたが、その後は散発的な銃声に留まった。交代要員を使いきったのだ。敵は鉄砲を一斉射撃するのではなく、弾を込め終わった者からそれぞれの判断で銃撃する方向に舵を切った。

 これで、弾幕を注意する必要もなくなった。

「進めッ! 弾幕は薄らいだ! 今が好奇だッ!」

 龍造寺軍は俄然勢いを盛り返した。もとより自身の身を省みずに突撃し、敵を血祭りに上げる戦い方でここまで膨れ上がった強兵達である。勢いに乗ってしまえば、痛みも恐怖も感じず我武者羅に戦場を駆け抜けるだけだ。

 そして、遂に降り注ぐ矢弾を突破して土塁まで残り十メートルばかりとなった時、不意に土塁の上に黒い筒が増えた。中央だけで、ざっと三〇ばかりはあろうかという鉄砲である。土塁の向こう側に潜んでいた鉄砲兵が、近付きすぎた龍造寺軍に銃口を向けたのだ。前衛は当然足踏みし、後ろから来る兵とぶつかり合いになる。そこに、再び一斉射撃を加えられた。土塁に現れた新たな鉄砲兵だけでなく、もともと姿を曝していた鉄砲兵からの銃撃も終わっていない。

「うおおおおおおッ、一番乗り……がッ」

 土塁自体はそれほど大きな物ではないので、踏み越えるのは容易である。柵をよじ登り、或いは壊していけば敵陣に飛び込む事ができるのだ。

 だが、それは大きな隙となる。鉄砲といわず、矢といわず、あらゆる刃が侵入者に向けられた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 血風吹き荒ぶ戦場を、紹運は馬上から眺めていた。

 大内家の鉄砲戦術もさすがながら、龍造寺家の鬼気迫る戦いもまたさすがである。攻め手を緩めない龍造寺軍は、大内家の第一陣を多大な犠牲を出しながらも突破した。柵を壊し、土塁を乗り越えて、一兵、また一兵と大内軍に斬りかかる。無論、大内軍も第一陣が突破されたからといって慌てふためく事もない。主力となりうる鉄砲隊は早々に第二陣以降まで撤退させ、弾込めを行わせているし、紹運のように敵部隊との直接交戦に優れた武将もいるのだ。

 戦い方が違うというだけで、敵に勢いがあるかと言えばそうではないと紹運は考える。

 むしろ、上手い具合にこちらの陣中に敵を引き込んだともいえるのだ。

 土塁と柵で戦場は分断されている。こちら側の反撃で撤退しようにも、障害物があって撤退が困難になるとの考え方もあるのだ。

 紹運の視線は戦場から、自分の部隊に戻る。

 彼女の持ち場は左翼の第二陣である。前方からは第一陣を乗り越えんと暴れまわる信常エリや円城寺信胤を大将とする軍勢が迫りきて、敗走する味方の収容に当たりつつ、敵の追撃を防がなければならないという忙しい局面である。

 だからこそ、第二陣の左翼を紹運が任されたと言ってもいいだろう。難しい仕事をやり遂げるには、それだけの胆力と経験と才覚が求められる。勇猛なだけではなく、将として頭が使えなければならないのだ。

 紹運の命を受けた一〇〇〇人が、前に押し出て龍造寺軍に当たる。その背後にいる紹運は、自軍の最も左端に配置した黄金色の筒――――フランキ砲の使用を許可した。

 それは、彼女のかつての主である大友宗麟が南蛮人から購入したこの国で初めての大砲である。

 青銅製の後装砲は先込め式に比べれば威力に劣り、事故率も高いという欠点はある。それでも、野戦で使う分には威力は十分。射程も鉄砲の三倍はある上弾は鉄製かつ球形のため、着弾した後に地面を跳ねる。

 とりあえず、敵が密集しているところに撃ち込めば、相応の被害を与える事が期待できた。

 使い勝手のいい武器ではないが、死蔵しているのももったいない。使えるだけ使って、使い潰してしまえばいいと、この道雪と紹運で一門ずつこの戦場に持ち込んでいた。

 土を盛って造った土台に設置したフランキ砲が、敵が密集している場所を目掛けて火を吹いた。

 目に見えないほどの速さで撃ち出された鉄球が、龍造寺軍を斜めに斬り裂く。土煙が上がり、直撃した敵兵の身体が無残な姿となって地に落ちた。

 右翼を預かる道雪の部隊からも、フランキ砲が放たれて、左右から大砲の挟撃にあった龍造寺軍の中央が俄に及び腰になった。

「なるほど、これが国崩しか。ああ、すごい威力だな」

 これが多量に導入されれば、さすがに今までの戦は通じなくなるかもしれない。

 もちろん、欠点も多いために改良は必要だし、戦況をひっくり返すほどの力はないという事も今の一射で分かった。

 あくまでも戦術を支えるための、一つの選択肢でしかない。

 威力の割りに、巻き込めた兵は存外少ない。費用対効果で見れば、新兵器だと持ち上げるまでもないだろう。

「フランキ砲、さらに撃て!」

 この砲の特徴はカートリッジ式という点にある。

 鉄砲のように弾と火薬を一々押し固める必要はなく、カートリッジを取り替える事で次弾を放てる。

 砲撃音が戦場に響く。

 何発か撃てば、砲身が熱を持ち、砲撃できなくなってしまう。これは鉄砲と同じ弱所であった。紹運は三発だけフランキ砲を撃たせた後、槍持ちから槍を受け取った。

「よし、ちょっとばかり打って出てみるか」

「ハッ!」

 敵の前衛は第一陣と第二陣の間で足止めを食っている上に、第一陣もすべて瓦解したというわけではないので、乱戦状態である。

 紹運は陣を守るに足りるだけの人員を残した上で、五〇〇人を率いて、第二陣を離脱。柵を乗り越えて、第一陣を越えてきた敵と戦う味方を助ける事にした。

 新たな増援に左翼の大内・大友連合兵は活気付き、敵兵は高橋紹運の名を恐れた。

「高橋紹運が通るぞッ。死にたくなければ、早々に立ち去るがいい! そこを退け、龍造寺!」

 紹運が馬上より槍を振るえば敵の喉が掻き切られ、真紅の血潮が噴き出した。

 後に続く兵卒も、よく鍛えられた武士の子達だ。農民出身者が多数の龍造寺軍前衛では気合も気概も及ばない。

「高橋殿、助かりました」

「兵を集めて、落ち着けよ。第二陣まで下がるぞ。わたしについて来い」

 知己の将兵にそう語りかけ、同様の事を声を上げて叫ぶ。自身の手勢を敵にぶつけて撤退の道を切り開く。

「真っ直ぐに第二陣まで下がろうとするな! 味方の鉄砲の餌食になりたいかッ!」

 紹運は馬を駆り、味方を助けて戦場で檄を飛ばす。

 彼女の叫ぶ通り、第二陣は鉄砲兵を再編成して柵から銃口を向けている。味方を撃たせないように、そして味方の射撃の邪魔にならないように、紹運は来た道を引き返し、第二陣の正面を空けた。当然、射線が開けるという事は敵兵の進路が開けるという事である。先走った龍造寺軍の兵が瞬く間に蜂の巣にされ、負けじと前に押し進む龍造寺兵は死者を積み上げながらも第二陣に迫った。

 

 

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