大内家の野望   作:一ノ一

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その五

 銀山城の落城の報は、晴持の指示もあって、瞬く間に安芸国中に知れ渡った。それは安芸武田家が事実上滅亡したに等しい一大事であり、大内家が安芸国内に楔を打ち込んだことを意味していた。

 毛利家の城を落とすこともできない尼子家に対して、安芸国の要衝を奪取した大内家。戦いの趨勢がどちらに傾いているかは、火を見るよりも明らかだった。

「大内晴持様、近日中に到着との由にございます!」

 元就の下にやってきた伝令兵が援軍の現状を伝えてくれる。

 それだけで、篭城している方としては心強いと思える。安芸武田家によって進路が阻まれていながら、一部の部隊を迂回させて早々に援軍に寄越してくれたことといい、晴持の差配には感謝するばかりだ。

「承知しました。皆、聞きましたね。大内勢が駆けつけるのも秒読みとなりました」

「さすがは大内ですな。あの銀山城を陥落させるとは」

「やはり、大内に就いたのは正解でしたな」

 元就の言葉に、評定の間の空気は大いに軽くなった。

 援軍の到来が確実となったことで、不安が小さくなったのである。常に命の危機、滅亡の淵にいる篭城方としては、援軍が来るのか、来るとしたらいつなのか、ということがとても気にかかる。その情報一つで、粘り強さが変わったりもする。

 それを考えれば、晴持のように、小まめに情報を送ってくれる。

 家臣の一人が言った、『大内に就いて正解だった』というのも、賭けにでた元就にとっては重要な言葉だった。

 毛利家も大内家と尼子家の間に立って揺さぶられてきた家だ。元就が家督を継ぐに当たって、尼子家からの干渉があり、当主候補であった元綱を謀殺せねばならなかったという苦い経験がある。 

 尼子家と大内家との間を行ったり来たりして、最終的に選んだのが大内家であった。それには、元就が尼子家に対して様々な遺恨を抱いているからでもあったが、尼子家の領地に近い吉田を領する国人が尼子家を裏切って、大内家に就くというのは、一世一代の大博打でもあった。家臣からの反発も強かっただけに、家臣の中から大内家を評価する意見が出たというのは、大きい。

「ですが、」

 と、元就は目を厳しくして家臣達を見回す。

「ここで気を抜いてはなりません。この情報は尼子にも伝わっています。彼らからすれば、我々に援軍が来る前に方をつけたいと思うでしょう」

「なるほど。では、ここしばらくは寄せての攻撃は激しくなるということですな」

「その通りです。皆も、大内様だけでなく、わたし達で城を守りきるという気概を持ってください」

 元就は深謀遠慮を感じさせる表情で、家臣に語りかけた。彼女の目には、他の者には見えない何かが見えているのだろうか。家臣達は、空恐ろしくも頼もしい主君の言葉に身体を震わせた。

「では、配下の兵に伝え、守りを固めるようにいたします」

「守る? 何を言っているのですか」

 元就の言葉に、家臣達は口を噤んだ。

「この戦は、篭城戦です」

「はあ、それはその通りですが……」

 くすり、と元就は笑う。

「篭城しているのは、尼子も同じ……」

 元就の意味深な言葉に、家臣達ははっとする。

 尼子詮久は三〇〇〇〇もの大軍で安芸国に侵攻してきた。当然、それだけの人員を養うには大量の物資が必要だ。兵糧だけでなく、矢や木材なども用意していなければならない。だが、元就の奇策によって、風越山の物資は焼き払われた。三吉に蓄えられていた予備物資も、元就が手を打って焼いてしまった。それはつまり、安芸国内で尼子勢は兵糧攻めにされているにも等しい状況なのである。

 まして、毛利家とは比べ物にならないほどの巨大な軍勢だ。兵糧の消耗も、かなりのものになるだろう。

「そう、わたし達は常に攻める側なのですよ。そう思えば、敵の寄せ手も恐るるに足りません」

 

 

 

「お母さん、あたしはいつになったら戦に出られるの!?」

 評定が終わった後、元就の部屋にやって来たのは次女元春であった。橙色の長い髪を後ろで結い上げてい

る。勝気そうな表情は、生来の負けん気の強さを表しており、力も強く、頭の回転も速い。

「何を言っているの。あなたにはまだ早いでしょう」

 元就は娘の主張をあっさりと退けた。

「えー、なんでー?」

「あなたはまだ十二。とても戦になんて出せません」

「もう十二だよ。世の中、これくらいで初陣する武将はたくさんいるでしょ!」

「他所は他所。うちはうちでしょう」

「ああああああ、聞き飽きたー!」

 ジタバタとする元春に、取り合わない元就。元就自身の初陣がかなり遅いほうだったので、十二歳での初陣というのは抵抗がある。それに、せっかくの娘の初陣なのだから、きちんとした華のある戦でさせてあげたい。このように攻め込まれる戦ではなく、こちらから攻め込むときなどがいい。

「それはそうと、隆元から書状が来ているわよ」

「え、ほんと!?」

 途端に顔を輝かせて元就が差し出した書状をひったくるように奪い、その場に座り込んで食い入るように読み進めた。

 その様子に、まだまだ子どもだと元就は苦笑しつつ異国の地で一人生活する娘のことを案じるのであった。

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 晴持が七千の兵を率いて郡山城の東南に位置する山田中山に到着したのは、銀山城陥落の二日後であった。その間、尼子家では、尼子誠久主導による郡山城への苛烈な攻勢があったものの、元就の巧みな用兵はこれを見事に撃退している。

 晴持は、住吉山に陣を構え、旗を掲げて陣太鼓を大いに鳴らした。尼子兵を威圧し、毛利家を鼓舞するためである。

「若様。毛利から、使者がいらしています」

 畳床机に腰を下ろし、広げた絵地図を眺めていたとき、隆豊が毛利の使者がやってきたことを告げてくれた。

「分かった。通してくれ」

「はい」

 しばらくして、天幕の中に入ってきたのは毛利家に仕える宿老であった。

「この度は遠く山口より足を運んでくださいまして、真にありがとう存じます。某は、毛利家家臣国司元武と申しまする」

「同じく、毛利家家臣粟屋元良と申しまする」

 長期に渡る篭城戦からか、疲労の色が顔にありありと浮かんでいるものの、壮年の男性らしい逞しさを感じさせる二人であった。

「毛利家は、大内家にとっても重要な家です。その危難となれば、見過ごすわけにはいきません。我々が来たからには、もう尼子に好き勝手なことはさせないと誓いましょう」

「力強いお言葉。それだけで、我が方の将兵は万の敵を相手に戦えまする」

「共に手を携えて、尼子を安芸国より駆逐しましょう」

 毛利家の使者を丁重にもてなした後、晴持は隆元らを使者として郡山城に向かわせた。

 

 その夜、陣中はひっそりと静まり返っていた。篝火の火が爆ぜる音と鈴虫の声だけが涼しい秋風に乗って耳に届く。秋冷な空気が肌に染みる中、空に浮かぶ月を肴に酒を飲む。

 アルコールは好みではないが、冷える身体を温めるには効果的だし、可愛い娘が酌をしてくれるというのなら、断る理由もない。

 隆豊が杯に注いでくれる清酒を喉に流し込むと、ジンと胃の辺りが熱くなった。

「隆豊も」

 隆豊に杯を手渡す。

「え、そんな……」

「俺だけというのは趣味じゃない」

「あ、ありがとうございます」

 有無を言わさず隆豊の杯に酒を注ぐと、観念した隆豊は杯の酒を飲み干した。

 弱い酒なので、少し飲んだ程度ではどうともならない。

「美味しいです」

「それは良かった」

 ふわりと笑う隆豊に、晴持は笑みを返す。

 穏やかな空気が、二人の間には流れている。

 晴持は、視線を元就が篭る郡山城に向け、それから尼子家が陣を敷く青山城に巡らせる。

 煌々と焚かれた篝火が、両陣営の城を明るく照らしている。光を絶やさず夜襲に備え、こちらはまだまだ戦えるとアピールしているのであろう。

「追い詰められているのは、尼子の方か……」

 兵の数があまりに多いので、物資の不足が顕著になって現れる。

 郡山城攻めの度重なる失敗と、勇猛な武将の死が物資不足と絡み合って非常に大きな精神的打撃を尼子勢に与えている。戦が始まってずいぶんと経ち、末端の兵には里心がついている頃合だろう。そこに、大内家の援軍がやってきたのだから、逃亡兵も少なからず出ている。尼子家が動かないのは、こちらに対する防備を固める必要性に迫られたからであろう。

「俺達も、補給路のことはきっちり管理できるようにしないといけないな」

「そうですね。如何な大兵と雖も糧食がなければ餓えてしまいます。今回の戦は、そのよい教訓を示してくださいましたね」

 今回の戦に関しては、銀山城に一部の兵を残してきたので補給路を断たれる心配はない。安芸武田家の城をそっくりそのまま補給基地として利用することとしたのだ。

「近く、義姉上も山口を発たれる。可能なら、義姉上が到着するまでに決着を付けたいところだがな」

「そうなのですか?」

「そりゃ、そうだ。この戦の総大将は俺だ。義姉上が出てきたら、霞んでしまうじゃないか。俺だって手柄は欲しい」

「銀山城を落とした大功は、紛れもなく若様のものですよ」

「ありゃ、お前や隆房が頑張ってくれたからなんとかなったんだよ」

 晴持は、杯を口に運ぶ。晴持は絵図を描いたものの、あそこまで上手くいくとは思っていなかった。それが、銀山城の落城という最高の結果に結びついたのは、配下の者達が死力を尽くして活躍してくれたからに他ならない。

「そういう謙虚なところは若様の美点だとは思いますが、もっと誇ってもいいと思いますよ」

「嬉しいこと言ってくれるな」

 そこに人の気配を感じて、晴持はそちらに視線を向けた。やってきたのは、隆房であった。

「あ、若。何してんの?」

「見ての通り、軽い酒盛り」

「む、また隆豊と? ふーん、……あたしも混ざっていい?」

 隆房は畳床机を天幕の中から持ってきて、晴持の隣に座った。

「混ざるのは構わない、が生憎と酒器がないな」

 人を呼んで酒を飲むような気もなかったので、そういった準備をまったくしていなかった。気まぐれにその場にいた隆豊と飲み交わしていただけだったのだ。

「まあ、俺はもう十分に飲んだし、俺のでよければ使っていいぞ」

「え……えぇえ、若の……!」

「あ、もちろん拭くぞ」

 晴持は、懐から布を取り出して自分の杯を拭こうとする。

「ああ、待って、拭かなくていい。布、汚れるから!」

 隆房は、慌てたように晴持の杯を奪った。

「まあ、それでいいんならいいけど」

 晴持は、隆房の杯に酒を注ぐ。

「えへへぇ……いただきます」

 隆房は、へらへらとしながら酒を一気に呷った。豪快な飲みっぷりだ。隆房はかなり酒に強いので、この程度の薄酒では満足しないのではないかとも思う。

「なんか、このお酒美味しい」

「次いけるか?」

「うん!」

 見ている方が気持ちよくなれる見事な飲みっぷりを披露する隆房に、ついつい酒を連続して注いでしまう。

「あの、若様」

「ああ、すまん隆豊。そっちも空か」

 前世では酒を注ぐ立場だったことが多いので、未だにその癖が出る。だから、隆豊の杯が空になったのに気付かなかったのは申し訳なく思ってしまう。

「いえ、それはいいのですが、先ほどから陶さんに酒を注いでばかり。若様がそれではいけません。どうか、わたしの杯をお使いください」

「え、それは悪い」

「お使いください」

 隆豊が有無を言わさぬ迫力で迫ってくるので、晴持は押し切られるままに隆豊の杯を受け取り、注がれる酒を飲んだ。

 結局、その後は杯を三人で回しながら酒精を味わうというように変わり、瓶子の中の酒が尽きるまで続いた。

 

 

 

 □

 

 

 

 尼子勢を駆逐するために攻撃の時期を決める必要がある。

 この年は例年よりも寒く、雪が降り積もるのも早かった。尼子勢と小競り合いをしながらも、決定的な打撃を与えるには及ばず、薄らと大地が白く染まる時期にまでなってしまった。

「やっぱり、尼子ほどの敵を相手にすると時間がかかるか」

 戦は長引けば長引くほど金がかかる。早々に蹴りをつけたいところだが、尼子家が陣を敷く青山城もなかなか固い。そう簡単に攻め落とせるものでもなかった。

 寒さは暑さ以上に人命に関わるものだ。今のままならば、尼子勢は撤退するにも雪に阻まれてできなくなる。完全に劣勢に立たされた今、尼子詮久は判断の時を迎えている。撤退ということになれば、尼子家の威信に傷が付くことにもなるので、決断は難しいかもしれないが、そんなことに拘っていれば徐々に状況は悪くなる一方のはずだ。

「さっさと決断すればいいものを」

 俺なら、早々に引き上げるのに、と晴持は詮久に対して憎憎しげな呟きをする。

「このまま、雪が積もるのを待ってもいいかもね」

「隆房。なんでそう思う?」

 軍議をしていると、隆房がそんなことを言ったので、尋ねてみた。

「このままなら敵は孤立したまま雪の中に埋もれることになるから、こっちとしては尼子家に大きな打撃を与えやすくなると思うよ」

「兵は餓えて凍え、まともに戦えなくなるか」

「うん」

「より確実に勝利するなら、それがいいか」

 もちろん、雪が邪魔でこちらから攻められなくなる可能性もあるが、そうなった場合、尼子家は完全に孤立するということでもある。文字通り、兵糧攻めだ。攻めてきたはずの尼子家が、雪と大内家の兵に囲まれて兵糧攻めにあうのだから、どちらが攻め込んだのか分からない。

「元就殿と話し合い、攻め時を決めよう」

 晴持は、あくまでも毛利家の後詰としてこの地にやってきた。だから、極力元就の意見を尋ね、彼女の策に合わせる形で兵を動かそうとも思っていたのだ。

「隆元、すまんがまた使いとして行ってくれるか?」

「はい、もちろんです」

 毛利家からの人質である隆元は、本来であれば戦場にいるはずのない人物だ。まして、その実家である元就の下に向かわせるなどありえない。が、晴持はあえて隆元を使いにした。それは、人質というものに対して、未来人ならではの同情があったこともあるが、それ以上に毛利家に対する信頼を見せようというのがある。この状況下で毛利家が裏切るなどありえないが、今後のことも考えて毛利家の心を掴んでおくに越したことはないのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 元就にとっても、自分の娘が大内家からの使者として現れるとは思っても見なかったので、それは度肝を抜かれる展開だった。

 人質をこのように自由にしていたら、人質としての価値がないも同然だが、その裏に、大内家からの信頼を感じて元就はしてやられたと思った。

 ここまでされては、毛利家はそうそう裏切れない。

 心情面だけでなく、世間体が悪すぎる。この状態の大内家を裏切れば、毛利家と同盟を組もうという勢力は現れないかもしれない。ただでさえ尼子家という大家を裏切ったのだ。やはり、大内家の傘の下で勢力を拡大していくというのが毛利家の採るべき未来なのであろう。

 幾度か使者としてやってきた隆元は、常に大内家の使者として振舞った。それは、優柔不断なところのあった隆元が大内家の中で成長している証でもあって、嬉しいやら寂しいやら複雑な感情を元就に抱かせた。

「毛利家としては、降雪の度合いにもよりますが、年明け頃に宮崎長尾の尼子勢に攻撃を仕掛ける予定です」

「年明け、ですか?」

「ええ」

 元就は毛利家当主として振舞い、隆元は大内家の使者として応じる。

「その際、晴持様には尼子家の牽制をお願いしたいのです」

「牽制……それだけで?」

「わたし達が打って出れば、城が手薄になります。そこを突かれてしまえばこれまでの苦労が水の泡です」

「なるほど。承知しました。晴持様にそのように申し伝えます」

「ああ、それと、その戦では元春も初陣を飾ります」

「え、ええッ!?」

 それを聞いて、隆元はついに素っ頓狂な声を上げた。それから、ハッとして顔を赤らめた。

「まだまだですね」

「お恥ずかしい限りで……」

 居並ぶ諸将も、クスクスと笑みを浮かべる。立派になって帰ってきた主家の娘が、やっと自分達の知る素の表情を見せたのが、微笑ましかったのだ。

「隆元殿。この後、少し時間が取れますか?」

「大丈夫です」

「それでは、わたしの部屋に来てください」

「はい、分かりました」

 そう言って、隆元は平伏するのだった。

 

 

 そして、隆元は元就の部屋にやって来た。

 城内に設けられた元就の私室は、平時では使われないため、懐かしいというわけではないのだが、それでも母の部屋というだけで込み上げるものがある。

 興味深そうに室内を眺めていると、元就から声がかけられた。

「どうしたの。早く座りなさい」

「あ、うん」

 隆元は、いそいそと座布団の上に座る。

「忙しかった?」

「ううん。それほどでも。それに晴持様が、母娘で語らう時間を作ってもいいと仰ってくれたから」

 すると、元就はまた目を丸くした。

「晴持様がそう仰ったの?」

「うん」

 隆元は頷いた。

 元就は、眉根を寄せて考え込む。

「お母さん?」

「いえ、信じられないことが続くと、どうでもよくなってしまうわ。あなた、一応人質なのよね」

「え、うん。実の母親から人質って言われると、それはそれで傷つくけど、そう」

「人質をその実家に出入りさせた挙句に、母親と自由に話していいなんて。常識はずれだわ」

「変わった人だよね、晴持様」

 隆元はその重大事に気付いているのかいないのか暢気に茶を啜っている。

 大内晴持。いったい、どういうつもりなのか。彼が考えなしに行っているというわけではあるまい。何かしらの策かもしれない。何せ、うつけに見せかけて武田勢に野戦を仕掛けさせた上で難攻不落の銀山城を奪った男だ。隆元がこれだから、元就が十分に気をつけねばならない。

「あ、そうだ。お母さん。さっきの、元春の話」

「え、ああ。初陣ね」

「そう。早くない? まだ、十二でしょ?」

「あら、でもあの娘はあなたより強いわよ」

「うぅ……」

 隆元は密かなコンプレックスをあっさりと指摘されて、消沈する。

 隆元は武芸の才がない。元春のように、槍や刀を振り回して大の大人を圧倒するような天才的な武芸を見せ付けられては、自信をなくしてしまうのも仕方がない。そして、実は策を練る才は三女が秀でている。事戦に関して、隆元は妹達に劣ってばかりなのだ。

「あ、でもわたし商人の方達と交渉するのは結構得意だよ。今回の戦の兵糧とか武具とか、わたしが用意したのも多いもん」

「ほう、そうなの?」

「うん」

 それを聞いて、隆元は微笑んだ。

 どうやら、隆元は着実に成長を重ねているらしい。少し見ない間に、ずいぶんと立派になったものだと内心で安堵する。

 それから、半刻ほど話をした後で、元隆は大内家の陣に戻っていった。

 

 

 娘を見送った元就はほう、と息を吐いた。

「どうかしましたかな。元就様」

「あら、広爺。寒いのに大丈夫?」

 元就の隣にやってきたのは、一人の老人だった。足腰はしっかりしている。顔に刻まれた皺が、月光を浴びて陰影を作る。

 志道広良。

 毛利家に仕える譜代の老臣であり、元就が当主になる前から元就の才を見抜き、ずっと支えてきてくれた人物である。元就と元就の夫を大切に思いながらも厳しく躾けたのは彼であるし、元就がここまでやってこれたのも彼のおかげだ。

「年寄り扱いしないでもらいたいものですな」

「もう九十に近いのですから、十分年寄りでしょう」

「何を、まだまだ」

 にやりと、広良は笑う。皺が深くなって、また一層威厳が増したように思える。

「隆元様は、ずいぶんと立派になられましたな」

「それこそまだまだ、毛利を背負って立つのだからもっと精進してくれないと」

「大将でありながら、戦中おろおろと落ち着きなく動き回るよりは幾分かましかと思いますがな」

 それを聞いて、元就はムッとした表情を作った。

「若い頃の話はいいんですよ。これからが大切なの」

 家を継いだばかりの元就は、生い立ちの影響もあって気が弱く、広良や幼馴染で後に夫になる軍師を頼ってばかりだった。

 隆元には、そうした幼い頃の元就の気質が遺伝してしまったような気がするのだ。

「まあ、隆元様は隆元様できちんと成長されているようですし、この広良。嬉しく思います」

「そうね。幸い、あの娘には元春と隆景がいるから。三姉妹が手を携えて共に歩めば、毛利は安泰と言ってもいいかもしれないわ」

 三姉妹は、面白いようにそれぞれがそれぞれに天才というべき才を持っている。隆元はどうやら財政面の感覚が秀でているようだし、元春は武芸、隆景は智謀が光る。これらは、そのまま戦と家の発展に必要な要素である。逆に誰か一人が欠けても、毛利家は手痛い打撃を被ることになる。

 子どもの未来と家の将来を思えばこそ、三姉妹には末永く仲良くやっていってもらいたいのだ。

 

 


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