大内家の野望   作:一ノ一

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その七十七

 義弘の撤退戦は味方を削りながらの壮絶なものとなった。

 不幸中の幸いだったのは、島津軍全体が崩れたわけではないということである。陶隆房と対峙している新納軍は、未だに健在で、その分隆房は義弘の追撃に感ける余裕がない。

 最前線を戦う者たちの攻撃も続いている。

 敵中に孤立はしたが、大内軍にも義弘を包囲するだけの連携が取れない状況ではあったのだ。

 そこが抜け目だった。

 一人、また一人と義弘を逃がすために犠牲を申し出る家臣たちに、感謝しながら義弘はひた走る。

 陶軍の一部が義弘を追い、させじと新納軍の後備が横槍を入れる。

 そうして、島津軍は義弘の退路を決死の覚悟で切り開いていた。

「く……!」

 身体中に痛みが走る。 

 肩に刺さった矢を無視して、義弘は駆けに掛ける。馬も疲弊して、動きが鈍っている。追いつかれて取り囲まれるのも時間の問題かと思った矢先、十文字の旗を掲げた一軍が義弘の前に現れた。

 歳久の手勢が山を駆け下って、向かってきたのである。

 陣形の整わない追撃部隊では、歳久が引き連れてきた一五〇〇人からなる新手には敵わない。歳久に横槍を入れられては、追撃部隊が壊乱するのは目に見えている。

 歳久を警戒して、義弘への追撃の手を緩めざるを得なかった。

 辛うじて、義弘が自陣に戻ってきたとき、ついてきた兵は僅かに一〇〇と少しとなっていた。

「かふ……」

 馬上から義弘は崩れるようにして落ちる。

 小さな身体を出迎えた家臣が受け止めた。

「義弘様ッ! お気を確かにッ!」

「義弘様ッ!」

 支えられた義弘は、指先から身体が冷えていくのを感じていた。

「ごめん。ちょっと、疲れたかも。情けない……」

「何を仰います。情けないなどということがありましょうか。すでに敵勢の追撃もなく、我等一同、あの大内軍の真っ只中より生還してございます。後は義弘様のお怪我の治療をするのみ。どうか、それまでは気を強くお持ちください!」

 言われなくとも分かっている。

 ここで、義弘が力尽きれば、義弘のために散っていった多くの仲間がそれこそ無駄死にとなってしまう。

 義弘の気力は人一倍だ。

 ここにたどり着くまでずっと駆け続けてきた。その過程で、全身に矢傷や刀傷を負っていたのだ。 

 どれだけの血が流れてしまったのか分からないが、相当の重傷である。内臓に傷がないのが、不幸中の幸いではあったが、だからといって安心できるような状態ではなかった。

 義弘は、血で汚れた服を脱がされ、傷の手当を受ける最中に気を失った。

 

 

 義弘を逃がすことに成功した歳久であったが、これだけではまだ安心できなかった。

 義弘の撤退が、大内軍を活気付け、島津軍の士気を低下させる可能性は大きく、敵の出方を見極める必要があったからだ。

 いざとなれば、歳久が率先して殿を引き受ける覚悟であった。

 歳久がやるべきことはやり尽くした。大内晴持の首に迫ることはできたのだ。その上で、彼の首級が挙がらなかったのは、天運としか言いようがなかった。

 一歩、いや、半歩届かなかったのだ。

 それが、この戦の流れを決めた。

「歳久様……」

「陣貝を」

「は……」

 戦いの流れを逸した。

 策はなったが、及ばなかったのだ。ここで無理をすればさらなる損害が発生するだけである。

 博打に負けた以上は大人しく引き下がるしかない。

 陣貝の音が、西日に照らされる南郷谷に鳴り響いた。

 そう遠くないうちに、阿蘇五岳の影が迫ってくる。闇が深まる時刻だ。追撃はできないだろう。

 義弘は重傷を負っている。度合いの報告はないが、大内軍に深入りしていたのだから、油断はできない。

 敵を正面から相手にしていた家久も、撤退しているところを狙われては危険に陥りかねない。

 この策の提案者として、できる限り戦場に残り、殿として身体を張るつもりであった。

 しかし、歳久のそうした覚悟は肩透かしに終わった。

 結局、大内軍の追撃は想定していたものよりも遥かに緩かったのである。

 恐らくは、伊東軍が釣り出されたことをきっかけに軍が瓦解しかけたことが、大内軍の心理的な枷となっているのだろう。

 それに、義弘の突撃が与えた影響も大きかったに違いない。

 島津軍がそうであるように、大内軍も建て直しを迫られている。迂闊に攻撃には踏み切れないのだ。

 

 

「後一歩というところでッ。口惜しッ!」

 どん、と地面を殴る音がする。

 その夜、将兵は開戦以来最も過酷な一日を終えて、一息ついていた。口に上がるのは、自らの武勇伝か、あるいは義弘の突撃と晴持に肉薄した一幕についてであった。

 今日の一戦は、島津兵の間では敗戦とは受け止められていなかった。こちらが攻めて、攻め切れなかったから引き上げたという程度の認識である。

 それは誤りというわけではない。

 確かに島津軍は今日の戦で大内軍を崩し、晴持に迫った。常の戦であれば、この時点で勝敗は決しているし、島津軍が勝利したと言える。

「やっかい……」

 と、呟くのは将兵のいきり立つ声を聞いた歳久であった。

 被害を確認するため、歳久自ら各陣営を回っているのである。

 場所によっては、丸々消えてなくなった者たちもいた。あの暗闇に包まれる南郷谷のどこかで、家臣一同と共に倒れているのかもしれない。

 歳久が星明りを受けた南郷谷を眺める。真っ暗な闇夜だ。篝火の近く以外は何も見えない。南郷谷は深い闇の中にあるが、日が昇れば忽ちに死屍累々の凄まじい光景が広がることになる。

「歳久様。義弘様の軍についてですが……」

「どうでしたか?」

「やはり、損害が極めて大きく、当面の戦闘は困難かと。現状、戻ってきた兵を数えても四〇〇ほど。これから、さらに戻ってきた者がいたとしも、五〇〇には届かないでしょう」

「そうですか」

 歳久は表情を変えずに、その報を聞いた。

 とても大きな犠牲だった。

 それに近しい数の敵の首を挙げたものの、こちらは精鋭を失ったに等しい被害を受けている。

 帳尻が合わない戦となってしまった。 

 勝つために全力を尽くしたが、結局届かなければ自家の存亡を危うくしただけだ。

「……姉の容態は?」

「今は落ち着いております。呼吸も安定しているので、疲れが取れればお目覚めになられるかと」

「そうですか。それは、朗報です」

 戦から引き上げてきた後、義弘が倒れたと聞いて血相を変えて会いに行った。

 陣幕の中で机に横たえられた義弘は死んだように眠っていた。あまりに呼吸が浅かったので、このまま息を引き取るのではないかと戦々恐々としてしまったし、実際命の保障はできない状態であった。

 刀傷十七箇所、矢傷三箇所。擦過傷や打撲痕を含めれば、傷を負っていない部位が見当たらないほどであった。

 義弘に尽き従って出陣し、帰ってこなかった者の中には将来の島津家を担うべき才覚の持ち主も多数いた。島津義虎や川上忠堅は、その最たる者であろう。彼等の抜けた穴は大きい。単純に兵力を多数損耗したということもある。

 全体を見回せば、これ以上戦を長引かせても事態が好転するとは思えない。

 落とし所を探る局面に差し掛かっているのは、誰の目から見ても明らかではあったが、末端の兵卒は、まだまだやれると息巻いている者も少なくはない。

 義弘が突撃して、晴持の首に迫ったという部分を抜き出せば、確かに後一歩で大内家に勝利できるというようには受け取れる。しかし、二度目があるわけではないのだ。

「どれだけ戦えるかは、朝になってみないと何とも言えませんが」

 今は敵の陣容が見えない。

 相手にも相当な損害を与えたし、とりわけ最初に崩した前備の国人衆は散々に打ち破っている。しばらく、使い物にはならないだろうし、国人衆の戦力が激減したとなれば、大内家としても簡単に戦を再開することはできないはずであった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 大戦と呼ぶに相応しい乱戦が終わり、各々が陣営に戻って一息ついたのは大内家も同じであった。

 大内家のほうは、大いに押し込まれ本陣まで踏み荒らされる被害を受けているので心理的には敗色が濃厚といった状態である。

 特に、前備の国人衆の被害は甚大だった。

 今は戦を終えたばかりで、各々が自分のことで精一杯だが、その内突出して敗因を作り出した伊東家への風当たりは強くなるだろうと思われたし、当然これに対応することが大内家には求められた。

 夜襲への警戒と陣の建て直しはとにかく急務だ。

 晴持はすぐに比較的被害が軽微だった立花軍と後詰の冷泉軍を中心とした新たな陣割を策定した。後の数日を持ち堪えるための簡易的な陣割で、後のことは被害の全容が知れなければ検討もできない状態であった。

 パチパチと薪が爆ぜる音がする。

 篝火が煌々と焚かれ、新たに整備した陣幕を照らしている。

「若様、ご無事で何よりでした」

 と、諸々の雑務を終えてやっと本陣に顔を出せた隆豊が、やっとの思いで口を開いた。

「何とか無事だった。それもこれも、助けてくれたみんなのおかげだよ」

「わたしも、もっと早く若様の下に駆けつけるべきところ……申し訳ありませんでした」

「位置が位置だけにやむを得ないよ。今回ばかりは相手が悪かった。だから、そんな風に泣くな」

「う……うっ」

 隆豊は目に涙を溜めて、今にも号泣してしまいそうになっている。

 泣かれてしまうのは、本当に参ってしまう。

 こういうのに、晴持は弱い。心から心配をさせてしまったことを、深く詫びなければならない。

「とにかく、今回は乗り切れた。島津が総力を挙げて挑んできた決戦だったんだ。同じようなことには、ならないさ」

「はい……」

 こくん、と隆豊は頷いた。

「あの、若様。お怪我の具合は?」

「右手を痛めただけだ。大したことはない」

「そうですか。よかった……」

 心底ほっとしたというように、隆豊は肩の力をがくりと抜いた。

「隆豊、ほら、涙拭いて。そろそろ、皆が集まる頃合だ。どれだけ集まれるか分からんけど、その顔で人前にはでられないだろう」

「ありがとうございます」

 晴持が渡した手ぬぐいで涙を拭いて、隆豊は小さく笑った。

 

 それからしばらくして、陣幕に集まった諸将は一様に疲れた様子を見せていた。

「義陽の姿が見えないが?」

 居並ぶ将の中に、相良義陽の姿が見えず、晴持は光秀に尋ねた。

「相良殿は矢傷の手当てをしております。相良隊は、今日の戦の矢面に立たれた部隊の一つでもありますので、損害が大きかった模様です」

「怪我の具合は?」

「お命に別状はないとのことですので、ご安心ください」

「そうか……」

 確かに、義陽が担当していたのは右翼の前段だ。

 完全に崩されるまではいかなかったものの、敵の猛攻を正面から受け止める立ち位置におり、さらに一部の国人たちは早々に統率が取れない狂乱状態にあった。

 むしろ、よく持ち堪えたと賞賛するべきであろう。

 大将格で怪我をしていない者のほうが少ないというのは、異常な状況だ。本来、敵と直接相対する立場にない指揮官が、前面に立たざるを得なかったということなのだから、今日の戦がどれだけ激しかったのか、それだけで分かるというものだ。

 怪我らしい怪我をしていないのは、中央で全体のバランスを取ろうと懸命に指揮をしていた道雪と、家臣が身を挺して守っていた元春くらいだろうか。紹運は額に包帯を巻いているし、隆房は腕や頬に切り傷を作っている。宗運や光秀も、擦過傷や刀傷で衣服に血が滲んでいる状況であった。

 晴持自身の腕の怪我は、いまだにジンジンと痛んでいるが動くので折れてはいないといったところだろう。もしかしたら罅は入っているかもしれないが、今ははっきりとしない。戦の昂揚感が続いているせいか、色々と感覚が鈍っている。

「しかし、まあ、ここにいる皆が無事に顔を合わせられたことをまずは感謝したい。各々が粉骨砕身してくれたおかげで、今日を乗り越えられた」

 間違いなく過去最大級の危機的状況であった。それを乗り越えることができたのは、それぞれが自分たちの仕事を最大限にこなしてくれたからである。

 島津軍に散々に打ちのめされても、彼女たちが最後まで戦場に踏みとどまってくれたからこそ、晴持は生きているし、結果的に島津軍を撤退させることができたのである。

 まずは、それを労わなければならなかった。

「とはいえ、島津は退いたわけではなく、未だに南郷谷を見下ろす場所に布陣している。形としては振り出しに戻ったことになるが、この状況をどう見るか……」

 今日の戦は磨り潰し合戦となった。

 大内家も島津家も多大な犠牲を払い、そして決定的な致命傷は互いに負わなかった。強いて上げれば、こちらは国人衆が大幅な打撃を受け、島津家は分かっているところでは、島津義虎と川上忠堅の首級が確認されているくらいだった。

「大規模な戦の割りには、兜首は少ないといった印象があります。ただ、島津方の被害は不明ですが、こちらは日向、筑後の国人衆の被害が甚大です」

 と紹運が所感を述べた。

「伊東家は、結局どうなった?」

「幸いと言うべきか、あの状況下で祐兵殿は生還されたようです。傷は深いとのことで、今後どうなるか分かりませんが」

「真っ先に島津家に飲まれたのに、戻ってこれたのか。悪運の強いことだ……」

 きっと、彼に仕える忠臣たちが命懸けで守ったのだろう。島津軍の目的が大内軍への総攻撃で、伊東家の首級をさほど重視しなかったことも助かった要因かもしれない。

「全体の被害はどれくらいか、分かっては……」

「未だ、はっきりとはしていません」

 光秀が首を振って答えた。

「攻撃を受けた部隊が広範囲に渡っています。全滅してしまった部隊もありますし、被害状況の把握には今しばらくの時間が必要かと」

「現状、それぞれが自分たちの被害状況の確認に追われている状況です。申し訳ありませんが、正直に言ってわたしの部隊も死傷者数が分かっていません。他の方々も同じような状況かと思います」

 と、紹運が光秀の言葉に続けた。

 紹運の部隊は、前線で島津軍と相対していたために被害が大きい。同様に隆房も、直接攻め込んできた新納軍とぶつかったために、少なくない死傷者を出したようだ。

「若、あたしたちは、まだ戦えるのは確かだよ」

 隆房は強気な姿勢を崩してはいなかった。

「今日は島津にしてやられた。鬼島津の相手をするつもりが、釣り出されちゃったし、それで若に危険が及んだのなら、あたしにも責任がある」

「あそこは隆房が抑えなければ、どうにもならない場面だった。相手が島津義弘だろうが、別の誰かだろうが、突っ込んでくるのなら、対応するのが当然だ。気にするな」

「……うん」

 隆房は納得はしていないという気持ちを抱えながらも頷いた。

 もともと、義弘を警戒しての配置だっただけに裏を掻かれたことになる。それが悔しいのと、晴持が危険に陥っている状況で、敵に釘付けにされてしまったことも悔しい。

「元春は、大丈夫か?」

「うん。あたしは、何とか」

 義弘の突撃を最初に受けた吉川隊の被害も大きかった。特に吉川隊は前門の虎、後門の狼といった具合で島津軍に挟まれており、元就から預けられた児玉就秋が戦死するなど、名のある将にも死者が出ている。

「結局、こっちの被害の全容は掴めず、相手がどれだけ被害を受けたのかもはっきりしないか。となれば、守りを固めて、夜襲に備えるしか、今は動きの取りようがないな」

「そのように思います。兼ねてからの予定通り、わたしと冷泉殿で動ける者を纏めます」

 道雪がそのように言ってくれるので、安心して後のことは任せられる。

「島津軍の今日の攻撃は、多分、あちらの全力だったんだろうな」

「間違いなく、持ち得る手のすべてを費やしたものと思います。だからこそ、今日を乗り切れたのは大きな意義があります。島津軍の全力を凌ぎきったのです。彼女たちに残された手は少ないと見ることもできます。もちろん、油断は禁物ですが」

「もともと、島津軍が短期決戦を図ることは予想できていたしな。想定外の暴れっぷりにしてやられたが」

 島津軍は言ってみれば、大砲の弾のような存在だ。

 一発の威力は極めて大きいが、継続能力に欠ける。それは、彼女たちの経済事情によるところが大きい。常勝であれば、兵糧の心配もいらないが大軍を長期間維持しつつ、膠着した戦いをするとなると、経済的な負担が大きくなっていく。

 大内家は畿内と繋がっており、経済力もあるのである程度の長期戦に耐えられる蓄えがあるが島津軍は、そもそも蓄えがないからこそ、勢力を広げなければならなかったという事情を抱えている。

 今回の被害を補填し、戦いを続けるだけの能力が彼女たちにあるのかどうか。あったとして、今日のような攻撃を再度、行うことができるのかどうか。

 それを考えると、大変厳しいものと思われる。

「命を賭した突撃は、そう何度もできるものじゃありません。戦の熱狂が消えれば、いくら島津の兵であっても今日のような戦い方はできないでしょう」

 と、宗運が意見を述べた。

 島津軍が決死の戦いを繰り広げることができたのは、鋼の結束があってこそだ。それは、恐らくこの先も変わらないだろう。しかし、下々にまでそれを強いるのは困難極まりない。如何に衆中制度とはいっても人形ではない以上、士気を永遠に保ち続けることはできない。

 それは、大内家にしても同じことではある。強大な敵に、ここまで食いつかれてしまった。負けるかもしれないという思いが生まれれば、その時点で戦力は大幅に低下し、厭戦気分が高まってしまう。ただでさえ、晴持たちは九国に入ってから山口に帰ることなく、長期に渡って遠征を行っている。兵の入れ替えをしてはいるが、駆り出されつづけている者もいるわけで、命の危機が明確に迫ってくれば、戦えなくなる者が出るのは否めない。

「これから先は睨み合いになるか、あるいは……」

「和睦というのも、選択肢に入れるべきでしょう。少なくとも、この戦での島津との戦いに何らかの形で決着を付ける必要はあります」

 道雪がそう提言した。

「和睦か……」

 武力による決定的な勝利ではないが、余計な戦力の消耗を避けるのであれば、そのほうがいい。

 大内家にとっても、島津家と戦ううま味はさほど大きくないのだ。薩摩国も大隅国も痩せた土地で生産性がない。それにも関わらずに兵は精強で、反骨精神に溢れている。無理に戦えば、無為に血を流すだけである。

「かといって、こちらから和睦を提案するわけにもいかないだろう。負けたわけじゃあないんだ」

「確かに、今のまま和睦を提示すれば、島津方優位に話が進みかねません。此度は攻め込まれたのは我々ですし、あちらも、次の手がなくとも、今回は勝利したと喧伝するのは目に見えていますから」

 実際の勝敗は置いておいて、自軍が勝利したと言いふらすのは昔からよくある話だ。それも日本に限ったことではない。戦の勝敗は政治的な駆け引きに作用するし、統治にも影響する。大名の株にも関わってくる。これは沽券や誇りといった内面的なものではなく、土倉や酒屋などの金融業者から金を借りるときの信用に関わる重大事なのだ。

 戦に弱い領主は、借金の返済能力がないと判断され、借書は二束三文で投げ売られる。戦に強いということは、国を富ます力があるということなので、金回りがよくなる。だから、おいそれと負けたとは言えないのだ。今回のように、痛みわけで終わるような戦の場合は、両者が勝利をアピールすることは珍しくない。

「島津はここで叩いておかなければならない勢力ではあるが……」

 やりたいことと、できることは異なっている。

 今回の戦では島津家にも少なくない被害が出ているはずだ。あのような目茶苦茶な戦い方で、損害が軽微だなどという冗談は、さすがにないだろう。

 島津家に話が通じるのならば、恐らくはこの戦の落とし所を探っているはずである。

 しかし、大内家も島津家も振り上げた拳はそう簡単には降ろせない。

「また誰かに間に入ってもらうのが堅実かな」

 和睦するにしても、まずは話し合いが必要だ。直接の対話は難しいので、権威ある誰かに取り持ってもらうのが一般的であった。

 もちろん、これはあくまでも選択肢の一つだ。

 もうじき水が温む季節を迎え、農繁期に入る。それを理由に互いに兵を退くということも考えられる。

 ともあれ、手札が大いに越したことはない。

 大内軍は守りを固めつつ、山口への戦況の報告をすると共に島津家との和睦について義隆の意見を仰いだのであった。

 




応援してるよと言ってくれた親友が想い人と関係を持っているところに出くわした宗運からの肥後ヒロインどろどろ背徳エンドという妄想。

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