大内家の野望   作:一ノ一

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その八

 大内・毛利連合軍の安芸国での勝利は、必然的に安芸国内での大内家の存在感を急浮上させ、それとは逆に尼子家の影響力を大いに削減する事となった。尼子家に同心する豪族は、瞬く間に大内家に靡き、安芸国はただの一勝を以て大内家の支配下に置かれる事となったのである。

 これが、小豪族がしのぎを削る地域の実情であり、大内家の勢力に陰りが見えれば即座に彼らは尼子家に向かう事になるだろう。そういう意味で、大内家の中枢では安芸国の国人たちへの不信感とも言える感情が漂っているのも事実であった。

 しかし、今回の一戦は安芸国内の豪族の心を大内家に向けるというもの以外にも大きな戦果があった。

 それが、銀山城を直接の支配下に置いたという事である。

 安芸武田家の本領の地である佐東郡を見下ろすこの城は、古くから安芸国の中枢として機能してきた。分郡守護家の持ち城という事もあるが、何よりも佐東川の下流域から広島湾にかけてを有する地域を治めており、地理的な事情から水軍まで備えていた。ここを、晴持が完全に攻略した事で大内家は瀬戸内にかかる良港を得て、より海への影響力を発揮できるようになったのである。

「残る抵抗勢力は、桜尾城の友田興藤だけですが。まあ、即日落ちるでしょう」

 大内家に残された仕事は、とりあえず安芸国内の反対勢力の鎮圧なのだが、前述の通りすでに大部分が大内家に靡き、頼みの綱であった尼子家は撤退するだけで精一杯という有様で援軍を出してくれるはずがない。もはや桜尾城の士気が最低で、落城必至という様相である。

 晴持は、館に戻り、義隆と語らいながら桜尾城の今後についても検討する。

「桜尾城は、安芸の国人に任せないほうがいいよね?」

 義隆に尋ねられて、晴持は頷いた。

「銀山城は城代で十分でしたが、……」

 城代は、大内家の家臣から人を選び、代理としてその地を治めさせるものである。銀山城と桜尾城はともに海に面しているので、安芸国のうち、下半分に大内家の直轄地が生まれる事になる。

「そうですね。桜尾城には城代ではなく、城主として送り込んだほうがいいかもしれません」

「それはどうして?」

「桜尾城を守る友田は厳島神主家を手中に収めています。今の当主は確か、藤原広就……友田興藤の弟です」

「ふむ。なるほど、そういえばそうだったわねぇ」

 厳島神主家は、その名の通り厳島神社の神主を勤める家柄である。推古元年、安芸国の佐伯鞍職が市杵嶋姫命の信託を受けて厳島神社を創建し、初代神主となった事に始まる。佐伯家が承久の乱で後鳥羽上皇に就いた事で鎌倉幕府に睨まれ、神主の座を降り、幕府御家人の藤原親実が新たに神主家となった。今に至る厳島神主家はこうして生まれた。

 四〇年近く前から、厳島神主家は衰退しつつあり、最近は家督争いが頻発していた。当然、安芸国内に影響力のある家の跡継ぎは、安芸武田家や大内家の干渉を受ける事になり、それが内訌を助長してしまった。友田興藤は、安芸武田家の支援を受けて当主となった人物で、厳島神主家の一族の者である。これを、義隆の父である義興が引き摺り下ろして新たな当主を擁立したのだが、今回の騒乱で再び興藤が桜尾城を占拠し、その弟が当主となった、という流れになる。

「厳島神主家は、完全に大内家で乗っ取ってしまうというわけか。うん、それがいいかもね」

「あの家も水軍を持っていますから、これを接収すれば、武田水軍も加えてそれなりのものになるでしょうね」

 水軍を強める事は、海に面し、貿易を重視する大内家にとっては重要な課題の一つであった。特に、対岸には伊予国の村上家が存在し、村上家の指図を受けない村上水軍が勢力を伸張させている。今は、内紛でごたついているが、海賊行為を行う彼らのあり方は貿易に関わる大内家にとっては目の上の瘤なのだ。

「村上を抑えるのにもつかえそうね」

「今はまだこちらに集中しなければ。もちろん、何れは四国にも手を伸ばす事になりますが」

 土佐一条家は晴持の実家である。四国に手を出すとなれば、最悪、激突する事になるかもしれない。だが、正直に言って、それでも構わないと思っていた。もはや、記憶の端に僅かに引っかかる程度の思い出しかないので、恨まれる事になっても気にする事はないのである。

「それと、これから先、尼子家とどのように向き合うかも考えておく必要がありますね」

「ガーッと攻められないかな。鉄砲とか、あるでしょ」

「あれは、そんなに便利な代物じゃないですよ」

 晴持は苦笑する。今回の戦で火縄銃が活躍できたのは、相手がその存在を知らなかったからであり、また、山城が構造上、火縄銃に対しての備えがないという事でもあった。だが、もちろん弱点も多く、使えば勝てるというものでもない。

 陶隆房に冷泉隆豊、相良武任、弘中隆包らがそこにやってきた。

「やっと来たわね。遅いわよ、あんた達」

「申し訳ありません」

 心底申し訳なさそうに謝ったのは隆豊である。他の面々も謝罪こそすれ、どこか真剣さに欠ける。平時で気が緩んでいるのであろう。あくまでも私的な呼び出しなので、これで構わないと義隆は笑う。

「若、今何の話をしてたの?」

 彼女達が来て話が途絶えたので、晴持は、どうしたものかと思っていたが、隆房が興味津々といった様子で尋ねてきたので、話の続きをする事にした。

「今後の尼子家への対応について、だ」

「何、攻めるの!?」

 飛びつくように目を輝かせた隆房であったが、武任がその襟を掴んで引っ張る。

「バカ陶。尼子家にいきなり攻めかかっても手痛い反撃を受けるだけだろう」

「な、む……」

 イラッとしたかのように隆房は武任を睨む。が、言い返す事はなかった。

 隆房は軍事に明るい。武任に言われるまでもなく、尼子家の有する力の強大さを理解していた。

「まあまあ、今日あんた達を呼んだのも、その話をしておこうと思ったからなのよ」

 義隆は茶菓子を頬張りながらそう言った。つまりは、晴持が言葉にするまでもなく、義隆もまた尼子家との関係を憂慮していたという事であった。

「今回の戦で尼子は撤退したよ。勢いはこっちにある。敵に組していた国人達も引き抜ける好機じゃないかな?」

 隆房は尼子家の力を認めつつも、大内家にも勝機があるという見方を示した。隆包もまた、頷いて隆房の言葉を継いだ。

「はいー、尼子さん達は、冬季の敗走で多くの将兵が命を落としたと聞いていますー。厭戦気分が高まっている今、攻め込めば内応なども引き出せそうですよー」

「ボクは反対だね。撤退で失った兵なんて、尼子の力があればすぐに取り戻せる程度でしかない。こちらから出雲に攻めるとなれば、道中の危険がどうしても付きまとう事になる」

 武任の意見に、隆房が眉根を寄せて不快感を露にする。

「そんな事言ってたら、何も始まんないじゃん」

「地形が悪いんだよ。出雲に攻めれば、敵は必然的に兵糧の道を断ちやすくなる。道中の豪族達がボク達に心から従ってくれるはずもないんだから」

 武任が言うとおり、山形な地形の出雲国に攻め込めば、補給路は細く長くなる。背後の豪族が裏切れば、大内勢は一転して窮地に立たされる事になるのだ。

 晴持もまた武任の意見に賛成だった。

「安芸のみならず、あの周辺の豪族達は世渡りが上手い。形勢有利となればこちらに靡こうが、僅かでも城攻めに手間取ればそこで手の平を返すかもしれない。そうなれば俺達は、今回の尼子と同じ目に合う」

 地均しが足りていないのだ。尼子家から完全に離反する者がいるのは結構だが、それに背後を任せるわけにはいかない。

「尼子家はいずれにしても中央とは敵対するでしょうし、今すぐに討伐する必要性もありません」

 晴持としては、将軍家、あるいは管領家と繋がりを強め、その上で尼子家の東進を阻む。業を煮やした尼子家は、無理にでも兵を進めるであろうが、そこまでいけば大内家が幕府を味方につけてその背後を襲える。

「まずは、地盤を固めるのが重要。安芸国内の掃除をして、大内家の力で安芸を押さえるのです。その上で、石見を安定させます」

 石見国には銀山がある。大森銀山は、世界の三分の一の銀を産出するとまで言われる名産地であり、大内家の軍資金としてこの上ないものであった。そして、大内家と尼子家は、以前からこの大森銀山を奪い合ってきた。今は、大内家の支配下にあるが、石見国のすべてが大内家に従っているわけではなく、虎視眈々と隙を窺っている者もいる。

「小笠原、ね。確かに、最近小うるさいわ」

 辟易したように、義隆が言い捨てた。

 石見小笠原家は尼子家に属し、度々大森銀山に手を伸ばしてきた。義隆が家督を継いだ頃に一度、彼らにのっとられた事もあるくらいである。

「小笠原家の者が最近になって尼子と連絡を取っているという話もあります」

 隆豊が義隆にそう言うと、義隆がため息をついた。これまでに幾度も彼らには引っ掻き回されてきたのだ。しかも、大森銀山を占拠されるなど、その被害はかなり大きい。

「いつまでも、あんなのと小競り合いしているわけにもいかないしねぇ……」

「義隆様。ボク達はすでに尼子退治を幕府から取り付けています。これを楯に、尼子と交渉すれば石見から撤退させる事も不可能ではないかと」

「尼子は京に昇りたくてうずうずしてるんだもんね。いつまでも幕府の敵ではいたくないか」

 義隆は頷いて、隆房と隆包に向かって言った。

「じゃあ、尼子とはわたし達が有利な協調路線で行くわ。二人もそれでいい?」

 隆房はやや不満げではあったが、納得したのか頷いた。もともと、尼子家の力を認めていたので、この流れには文句はなかった。ただ、武任が気に入らなかっただけである。

 尼子家に対しては、こちらから積極的な戦は仕掛けないという事で決した。その上で石見国の国人である小笠原家を完全に攻略してしまう事にした。

 そして、ほどなくして桜尾城は義隆の命を受けた軍勢に囲まれて落城した。友田興藤は城内で腹を切り、当主であった藤原広就も敗報を聞いて自害した。

 これによって、鎌倉時代から続いた厳島神主家は完全に滅亡する事となったのであった。

 

 

 

 □

 

 

 

 新たに大内家に臣従した安芸国の国人達は、機を見て義隆の下に挨拶にやってきた。

 その内の一人に吉川興経がいた。

 吉川家は、安芸国の北部から石見国の南部までに勢力を持つ有力な国人であり、毛利家とも縁が深い。尼子家の毛利攻めでは、尼子勢の一員として毛利家と激しい戦いを演じた人物であった。

 はじめは抗戦を主張した興経であったが、元就の説得に応じて降伏、大内家に臣従する事となったのである。

 義隆に挨拶にやってきた興経は、義隆に対して、

「尼子は此度の合戦に失敗し、多大なる被害を被り、また人心も離れております。是非、出雲討ち入りをご検討くださいませ。この吉川興経、義隆様の露払いとなり、月山富田城に押し入ってご覧に入れましょう!」

 と言い出したのである。

 これには、義隆も苦笑せざるを得ない。つい先日、有力な重臣を集めて尼子家との協調路線を決定したばかりなだけに、彼の言葉は聊か滑稽に映った。

「あなたの言葉は一理ある。けれど、安易にそれを認めるわけにはいかないの」

「な……」

 興経は、驚いたように口を開けて呆然とした。どういうわけか、義隆が二の句なく尼子討伐に動くと踏んでいたらしいのだ。

「興経。あなたの所領は尼子家との境にある。毛利の吉田ともども重要な土地。そこをきっちり守るのがあなたの役目よ」

「な、こ、この好機に尼子を攻めないと仰るのですか?」

「ええ、そうよ」

『バカな』

 義隆の言葉に、興経はそう叫びたい気持ちで一杯だった。

 義隆の言うとおり、彼の領地は尼子家に隣接しているため、尼子家が動けば真っ先に激突する事になる。今回も、そのために大内家と尼子家を天秤に掛けて尼子家を選んだ。

 大内家が尼子家を亡ぼせば、少なくとも尼子家からの侵攻はなくなる。興経自身、今回の戦で毛利家の手勢を相手に日没まで戦い続けるなどの活躍をしており武勇に秀でいているのを存分に示していたので、まさか断られるとは思っていなかったのである。

 が、しかし、その後何を言おうとも興経の言葉は義隆には届かなかった。

 吉川興経は確かに武勇に秀でている。だが、その反面、政治的な視野に乏しく信用の置けない相手でもある。

 そしてそれ以上に義隆にとって、興経は安芸国の一国人でしかなく、その価値もはじめから大内家に従っていた毛利家などよりも一段下という位置付けでしかない。本人がどれだけ自分の武勇に自信を持っていても、彼は尼子家からの新参者なのである。

 こうした輩が出る前に、全体の方向性を定めていた大内家中は、勢いに流される事がなかった。

 自分の意見が容れられなかった興経は、苦虫を噛み潰したような表情でその場を後にした。

 

 

 そんな事があって、その晩、どういうわけか晴持は義隆を膝枕する事になってしまった。

 今までにも何度も、こうした事があったので今更ではあるが、いい歳の乙女が無防備に男に触れるべきではない。

「まあ、いいじゃないの。親子なんだし」

 そう言って、義隆はまったくに気にも止めない。義理の親子とはいえ、姉弟程度にしか歳が離れていないのだ。

「興経の言ってる事、やっぱり一理あると思うのよね」

「俺もそう思いますが。しかし、やはり運の要素があまりにも大きすぎます。勢いと一口に言っても、目で見えない要素に頼りすぎれば自ずと敗北を重ねる羽目になるでしょう」

「ま、晴持がそう言うならいっか」

「俺だけでなく、重臣の方々と話し合って決めた事ですからね」

「分かってるって」

 これからやる事がたくさんあるのだ。

 尼子家と決戦するための地均し。そのために、安芸国と石見国を安定させる必要がある。

「遠交近攻。山名と結んで尼子を挟む手もありますが」

「山名は弱いわ。大した戦力にならない」

 尼子家の進路上にある山名家はかつては名門であったが、戦国時代に突入して大いに衰えた。赤松家などもそうだ。尼子家の圧力に単独で抗しきるほどの力のある勢力は、中国には大内家だけしかない。

 尼子家の侵攻速度が遅れているのも、大内家が背後にいるからであり、大内家が力を増せばそれだけ尼子家は背後を気にしなければならなくなる。かといって、背後に気を取られていてはいつまで立っても上洛は果たせない。

 尼子家に石見国撤退を飲ませるには、尼子家の背後の安全の確保を約してやるなどで攻めていくべきであろう。

「まずは、安芸ね」

「はい。興経の領内に間者を放っています。彼に背かれると、いろいろと面倒ですので」

 吉川家の領有する地は、尼子家と大内家の境。つまり、そこが尼子家に就けば、安芸国内に侵攻する際の取っ掛かりになってしまうのである。

「守護の件は?」

「すでに幕府に奏上済みです。これまでの経緯から判断しても、近くにも義姉上は安芸守護に任じられるでしょう」

 安芸武田家が壊滅した今、安芸国内には大義名分のある統治者がいなくなった。そこで、義隆はすばやく安芸守護に自分を任じるように幕府に働きかけたのである。これは、逃亡した武田信実への牽制でもある。義隆が安芸守護になれば、信実は存在価値を失う。守護という大義名分を失い、城を捨てて逃げた情けない男として名が刻まれるだけになるのだ。

 そして、それは安芸国の国人達に戦を仕掛けても咎める者がいなくなるという事でもあった。

「よしよし、順調ね」

 ごろり、と義隆は寝返りを打つ。

 義隆の言うとおり、安芸国の支配は順調に進んでいる。

 大内家の影響力の下にあるだけではあるが、後々には大内家の領土として正式に組み込まれる事だろう。すでに、銀山城と桜尾城に大内家の手の者が入り、厳島神主家を乗っ取って信仰の土台に食い込んだ。そして、その二つの家が持っていた水軍を手中に収めて大内家はより強大な水軍力を手に入れるのである。

 

 

 

 □

 

 

 

 晴持をはじめとする大内家中の者が注視しているのは、安芸国の国人、吉川興経の動向である。

 興経が主張した出雲討ち入りに関しては、義隆と晴持の両名がともに反対の意を示した事で立ち消えになった。しかし、諸将の前で恥をかかされた形になる興経が、どのような対応をするのかという点は、常に気がかりであった。

 そういうわけで晴持を中心に、興経の動向を調べていると、吉川家の家中がしっくりしていない事が分かった。

「吉川の件。あれからどうだ?」

 晴持が尋ねるのは、毛利隆元である。

 吉川家と縁が深い毛利家は吉川家の内情を調べるのに非常に都合が良かったのである。

「はい、経世さんによると、最近は興経さんと仲が上手くいっていないようで、森脇さんと一緒に隠居しようかなんて話をしているみたいです」

 吉川経世は、吉川家の重臣で、興経の叔父に当たる。また、森脇祐有もまた重臣である。この二人がそろって興経とギクシャクしているというのは非常に大きな情報であった。

 興経が大内家に帰参した時、その仲立ちをしたのは毛利元就だ。その際、元就に仲介を頼んだのが経世や祐有ら老臣達だった。これによって興経は許されて大内家の傘下に入ったのだが、我が強く、我侭な性格の興経はそれが自分の力によるものだと信じて疑わない。大内家に屈するのは仕方がないとしても、毛利家の行動を恩着せがましいと受け取り、礼の一つもしない。そのため、元就もこの行動に腹を立てていて、かなり深いところまで探りを入れているのである。

「老臣二人が早々に隠居、ね。そうなったら吉川の家政は誰が取り仕切るんだ? まさか、興経自らではないだろう?」

「はい。えと、確かそれは大塩右衛門尉という方が行われると思います。今でも経世さんを遠ざけて、この人に家政を任せているようですので」

「聞いたことないな」

「何年か前に取り立てられた、新参の将です。ただ、才はあるようで興経さんの寵愛を受けているのだとか」

「へえ、そうか……」

 老臣を遠ざけて、新参者を可愛がる。その新参者が立場を弁えるのであればいいが、そうでなければそれは堰に空いた鼠穴のように一挙に家を破壊する弱所となり得る。

 吉川家の御家騒動が大きくなって、尼子家が介入してくるようになれば大問題だ。そうなる前に、安芸守護家として大内家が動く、などという事も考慮に入れておかねばなるまい。

 

 

 事態が急を告げたのは、それから二月ほどが経って、暖かい空気が流れてくる頃であった。

 この間に、大内家は尼子家に対して脅しとも取れる和解案を提示して、飲ませた。ちょうど、尼子家を引っ張ってきた尼子経久が病死した時期と重なって、家中がごたついたところだったためか、割りとあっさりと尼子家は石見国を斬り捨てた。

 これで、本腰を入れて石見国内の敵対勢力を駆逐できるという時に、吉川家に漂っていた不安要素が表面化した。

「吉川経世殿と森脇祐有殿が大塩右衛門尉殿をお手打ちにされたらしい」

 という情報は、毛利家を通じて瞬く間に晴持の下に伝えられた。

 それは即座に、義隆の耳にも入る。

「吉川が騒いでいるみたいね」

「はい。義姉上」

 呼び出された晴持は、毛利家からもたらされた情報を義隆に伝える。

 大塩右衛門尉がついには家政を牛耳り、人望のあった老臣達を遠ざけるまでになった事で蓄積された不満が、とある一件で爆発したというところであろう。

「吉川興経。……密かに尼子と繋がろうとしたらしいです」

「まあ、半ば予定調和なところはあるわね」

「もともと、興経は毛利嫌いの大内嫌い。諸将の面前で面目を潰されたとあっては、ますます大内に従いたくないとへそを曲げられたのでしょうが、まったく堪え性のない方です」

 晴持は呆れたように呟いた。

 どっちつかずが最も信用できない。晴持が吉川家を注意していたのは、尼子勢に加担した事に加えてその領地が安芸国の北にあり、当主が人間的に信用に値しないと判断していたからである。それらが重ならなければ、ここまで丹念に情報を集めたりはしない。はっきり言えば、彼は安芸国内における懸念材料の最右翼なのだ。

「これで、安芸国内の潜在的反大内勢力の代表格を切り崩す事ができますね」

「晴持、あんた、最初からそのつもりだったわね」

「そこまでは。ですが、我々に勢いがあったのは事実ですから」

 敢えて、晴持は勢いという言葉を使った。

 安芸国を確実に押さえつけるだけの影響力という意味である。興経が尼子家と繋がりを持とうにも、大内家が安芸守護となったからにはそう易々と攻め込めない。これまで以上に、大内家が安芸国内に兵を進めやすくなっているからである。

「で、これからどうする?」

「義姉上の力で吉川を取り潰す事もできますが、それは安芸の国人がいい顔をしないでしょう。毛利殿に出ていただくのがよろしいかと」

「あたしが元就に命を下せばいいのね」

「はい」

 安芸守護からの命という事であれば、元就も吉川家を攻めるのに十分な大義名分であろう。

 そしてそれはつまり、毛利家が大内家の指示に従って安芸国内の国人を攻めるという事になり、毛利家の大内家への従属性がさらに強調される事になるのだ。

 こうして、大内家が描いた絵図の通りに、安芸国内の掃除が始まるのであった。


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