大内家の野望   作:一ノ一

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その九十二

 愛馬に跨り、供と共に山口を出た宗運は、一路、福崎に向かった。

 真夏の日差しは相変わらず強烈だ。

 関門海峡に至る一本道を迷うことなどありえないが、高い気温が愛馬の歩みを妨げる。時に小川の畔で馬を休ませ、水を飲ませなければならなかった。

 馬を大事にするのは武士の大原則だ。水を飲み、草を食む愛馬の首下を撫で付けて、宗運は深い緑の葉に陽光を弾く稲を眺める。

 大内家の本拠地である周防国は山がちな地勢で、平野部のように稲作を大々的に行うことができない。石高の低さを補うべく、重商主義に走るのは自然な流れではあった。

 風にそよぐ稲を見ていると、そうした稲作の不利が嘘であるかのようだ。

 山口付近は盗賊も少なく、ここ十数年は戦もない。徴兵されることはあるが、田畑が敵に踏み荒らされることもなければ、村が焼かれることもない。力のある大家が、よりよい政治を民に施しているからこそ、この実りがあるのだ。

 宗運が育った九国は荒れに荒れた。

 島津家との戦い以外でも、各地で小規模な戦が頻発していた。阿蘇家にいた頃から、宗運の治める土地もそれ以外の土地も常にいつ起こるか分からない戦に脅え、外敵に備え続ける日々だった。

 ここで働く農民には、そうした不安がないようだ。いつでも大内の殿様が守ってくれるという信頼感が、彼等にはあった。

「何か長閑ですね、姉さま」

 と、妹の親房が言う。地べたに座り、さっそく握り飯を頬張っていた。

「山口に近ければ、戦もそれだけ遠のくからな」

 民に安寧をもたらすのが統治者の使命とするのなら、大内家はとてもよくやっているのだろう。戦が終わったわけではないが、少なくとも自分の手の届く範囲から、戦を遠ざけている。

「大内が版図を広げれば、こうした光景がもっと広がっていくだろう。九国にも、な」

 戦が起こるのは国境からだ。今のところ、九国でその可能性が高いのは阿蘇家の所領である。かつて宗運が治めた地は島津家に押さえられたが、そこもまたいつ何時戦乱に巻き込まれないか分からない状況である。

 大内家と島津家が二度目の激突をするか、あるいは島津家に叛旗を翻す何者かが兵を挙げるかすれば、忽ちのうちに戦火に曝されるであろう。

 同じ日ノ本にありながら、住む土地によってこうも違うものなのかと、ため息をつきたくなる。

 九国にいたころは、終ぞこうした光景を作ることができなかったのだから。

「あー、風が涼しいー」

 親房がパタパタと両手を振って風を袖の中に入れている。夏草を靡かせる風がどこからともなく吹いてきて、汗に濡れた身体を冷やしてくれる。

「風が心地よいもの、夏の旅の醍醐味だな」

 宗運はそう嘯いて、汗を拭う。

 小川沿いの木陰だからか、しっかりとした涼しさを感じる。風と和やかな川のせせらぎが、心を落ち着かせてくれるのだ。

「姉さま、これをどうぞ」

 親房が差し出してきたのは、李であった。

「どこから?」

「そこの木に成っておりました」

「目ざといな」

 幼少期から学問と武芸に勤しんできた宗運よりも、外を駆け回っていた妹のほうが野山には詳しい。宗運は人の営みを眺めていたが、親房は野山に目を凝らしていたのだ。

「まだ酸っぱいぞ」

「ちょっと、早かったかもしれませんね」

 親房は眉を潜めつつ、自分も李を齧っている。

 とはいえ、夏場の果物は水分補給にもってこいではある。強めの酸味は気付け薬にもなる。宗運は、ともすれば居眠りしてしまいそうな穏やかな風情に流されないよう、気を引き締めた。

 宗運が山口を出たのは物見遊山ではなく、晴持から書状を託されたからだ。

 福崎で代官職に励む義陽に晴持が充てた書状を、確かに届けなければならない。情報伝達は早いに越したことはなく、まかり間違って紛失したなどということになればどのような責を問われるか分からない。

 書状の内容を宗運が見たわけではないが、わざわざ宗運に持たせて届けさせるくらいだから、重大な内容なのだろう。

「もう少ししたら、行くぞ。日が暮れる前に、赤間関まで早々に行きたいところだからな」

「そんなに急いで大丈夫ですか?」

「何だ、体力に自信がないのか?」

「そんなことないですよ。もちろん、赤間関くらい走って行けます。けど、この子たちも疲れ気味ですから」

「そこまで無理を通すつもりはないよ。要所要所で休めばいい」

 馬に乗って早足で向かえば、途中で休みを取っても赤間関には夕暮れ頃には到着するであろう。

 関門海峡の本州側の港町である。古くから大いに栄えた大内本拠地の玄関口とも言うべき地だ。そこから、海を渡って九国に行く。

 赤間関で宿を取った宗運は、翌朝には渡し船に乗り込んだ。

 関門海峡を渡るには船しかない。

 関門海峡は一日に四回潮流が変わる上に岩礁もあって、渡るのに高い技術を要するが、ここで生まれ育った船乗りにとっては日常茶飯事だ。そうそう座礁することもなく、宗運は問題なく対岸に渡ることができた。

 久しぶりの九国だ。ここから福崎まで、また一日がかりの行軍となる。普通に歩いていては日が暮れる。馬に駆けさせて、何とか日暮れ前に着くかどうかといったところか。

 

 

 

「まさか、宗運が書状を持ってくるなんてね」

 と、義陽は当初、驚いた様子だった。

 晴持の祐筆として、方々に顔を出している宗運なので、山口の中では動き回っているものの、外に出ることはそう多くない。

 その数少ない例が、博多と福崎への出張だが、それにしても頻度としては低いほうだ。

「突然、ごめん」

「いいのよ。また会えて嬉しいわ」

 クスクス笑って、義陽は宗運から渡された書状に目を通した。

 それから、義陽は深刻そうな表情を浮かべる。

 蝋燭に照らされた彼女の顔は、相当に危うい何かを感じさせた。

「宗運、あなた、この書状の中身は知ってる?」

「いえ、わたしが中を見るわけにはいかないし、晴持様からも伺っていないよ」

「そう、分かったわ」

 そう言って、義陽は徐に立ち上がり、書状に蝋燭の火をつけて、使っていない火鉢に放ってしまった。

「義陽、そこまでする内容だったの?」

「ん? まあ、即火中って書いてあったし」

「そう……?」

 晴持の私信には頻繁に登場する文言である。宗運は即火中と書いてあっても、文箱に入れて保管しているし、光秀や隆豊もそうしているらしい。これは晴持も知らない家臣の間だけの秘密である。

 義陽は、指示通りに書状を火にくべた。

 ただ指示に従っただけか、あるいはその内容が本当に他所に知られては不味い重大事であったか。晴持から内容を知らされていない宗運は、確かめたい思いに駆られたが、すぐに思いとどまった。こういったものに一介の使者が首を突っ込むのはいい結果にはならないのが世の常だ。宗運が統治者であれば、そのような好奇心の塊に大切な書状を預けようとは思わない。どこで開封され、誰に情報が漏れるか分からないからだ。

 晴持が宗運に大切な秘密の書状を預けたということは、それが宗運の口の固さや真面目さを評価してのものであろう。ならば、その評価を裏切るわけにはいかない。

「さぁて、宗運」

「何?」

 急に雰囲気を明るくした義陽に若干、気圧される宗運。

「長旅で疲れているでしょうから、今日はゆっくりしていってね」

「え、ああ、うん。そうさせてもらうよ」

 何を言われるのかと身構えていたが、何のことはなくいつもの義陽の言葉だった。

「でも、残念。事前に宗運が来るのが分かっていれば、ご馳走も用意していたのだけど」

「そんなの、気にしなくていいよ」

「そういうわけにはいかないわ。本来なら、晴持様からの正式な使者なのだし、何よりわたしとあなたの仲じゃない。まだ、明るければ博多に馬を出させたのだけど、それは明日にしましょう」

「明日? いや、でも義陽、申し訳ないけど、明日にはわたしはここを発とうと思っているんだけど」

「あら? それはダメよ」

「え?」

「宗運には、せっかくここまで足を運んでもらったのだから、それ相応の饗応をしないと。さっきも言ったケド、あなたは晴持様の正式な使者なの。受け取る側にも、きちんとした姿勢が必要でしょう」

 と、如何にもな理由をつける義陽。

 もちろん、相手が格上で政治的な事情が入り組んでいる場合には、盛大に持て成して相手の歓心を買うことに腐心する場合もあるが、義陽からそこまでの接待をしてもらう必要性を宗運は感じない。義陽の心根を知っているから、今更、そのような工作を仕掛けられても困るだけだ。

「わたしにも外面はあるの」

「むぅ、ぅ」

「それに、大丈夫よ。ちょっと、宗運にはこっちでやってもらわなくちゃいけないこともあるんだし」

「どういうこと?」

「晴持様から、福崎の現状を報告するよう命じられたの。明日から宗運には、福崎を回ってもらうことにするから」

「それを報告しなければならないってこと?」

「そう」

 それが、書状の中身だというのなら、予め宗運にも話をしてくれてもよかっただろう。何か裏があるのかもしれないが、今の宗運には判断できる材料がない。

「ともかく、宗運にはちょっとの間ここに逗留してもらうことになるので、いいわね?」

「う、うん」

 有無を言わせぬ義陽の言葉に、ただ頷くばかりの宗運。強引さでは義陽には敵わない。淑やかな見た目で実際に華奢な女性ではあるのだが、これでも、相良家を背負って島津家の北進を防ぎ続けてきた女傑なのだ。いざとなれば、義陽はかなり強く押してくる。ただ唯々諾々と他者の都合のいいように生きる深窓の令嬢などではないのだ。

 

 

 

 日の出と共に人々の仕事は始まる。

 農民は農作業に出る。稲葉に虫がついていればこれを取り除き、雑草が生えていれば、これを刈り取る。農業に休みはなく、油断をすればすぐに一年の収入が水の泡になってしまう。

 商人もその日の商売の準備を始める。仕入れから、つり銭の確認までやることは多い。そう考えると、武士の一日は比較的緩やかなほうと言えるだろう。

 戦で命を賭して戦うというのが武士の仕事だが、毎日戦場に出るわけではないのだ。することは武芸の鍛錬と学問が主である。ここに何かしらの役職を与えられている者は、その雑務に追われるのである。

 朝食を軽く済ませた宗運と義陽はさっそく領内の視察に出ることになった。

「官兵衛ちゃん、後は任せていい?」

「うん、こっちは大丈夫」

「それじゃあ、よろしくね」

 にこやかに義陽と会話を交わすのが、先ごろ噂になっていた黒田官兵衛だ。ずいぶんと義陽とも打ち解けているようで、仲良く会話をしている。

 一見して子どものようにも見える華奢な少女だ。宗運よりも、若干年下だと聞いている。歳相応というべきか、悪戯好きそうな、好奇心旺盛そうな明るい表情が印象的だ。

 宗運と官兵衛の視線をふと絡み合う。官兵衛は小さく頭を下げて、パタパタと足を音を立てて去っていった。義陽から与えられた仕事をこなすためである。

「黒田官兵衛殿か」

「ええ、そう。晴持様から、福崎に送られた即戦力。実際、とてもよく働いてくれるの」

「彼女の働きは、そんなに目覚しいものなの?」

「それはもう。晴持様には人を見る目があるのね。あの娘のおかげでわたしの仕事、ますます減ったわ」

 優秀な人材はどこも喉から手が出るほど欲しがっている。そうした状況下で、官兵衛を引き抜いてこれたというのは、天運が味方をしたとしか思えない。

「いずれは晴持様のところに帰っていくんだけど、それまでにはこっちも人手の問題を解消したいわね。農地のほうは、手が回ってないとこもあるし」

 ここは相良家が治める土地ではない。あくまでも晴持の直轄地で、そこを義陽が管理しているという状況だ。相良家には別に土地が与えられていて、相良家の旧臣たちの多くはそこにいる。その上で、義陽が自らこの地に入って運営することになったのは、偏に晴持への従属を印象付けるための生き残りをかけた措置であった。そこまでしなくても、というところまで突き詰めなければ戦国の世を渡っていけない。

 それに、最近は一から開墾するというのが楽しくなってきたところである。

「最近、やっと形になってきたところ」

 と、義陽が案内したのは水田だった。しかし、まだ水を張っておらず、稲も植えられていない。

「新田か。結構な規模なんだ」

「うん、みんなが頑張ってくれたから、来年はここから米が取れるわ」

 福崎はあまり人の手が入っていない荒野であった。

 そこに義陽主導で人を導き、固い土を掘り返して田を作った。

 戦国時代は人手不足の時代だ。

 戦場で傷つき、路頭に迷った人が奴隷商人に捕らえられ売り買いされるのは、それだけ人手の需要があるからである。

 税は少ないに越したことはなく、実りは多いに越したことはない。荒れ果てた土地を捨てて新天地を模索する人々もいるし、戦で焼け出された人もいる。

 そうした人々の中から体力のある者を選んで、福崎に移住させ開墾に従事させている。

 開墾に必要な道具も生活費も、すべて大内家が負担するという大盤振る舞いだ。それだけしなければ、開墾という重労働に従事する者は出てこない。もともと生活ができなかったのに、少なくとも一年は見入りのない開墾作業をさせるのならば、その生活を保障する必要があるという判断だったが、これは一応形になりつつあった。

 開墾事業の形ができてくると、そこに一定の需要が発生する。それには、実際に農地を耕す農民だけでなく、その農民の生活を支える商人や職人たちも含まれる。そうした技術者にも移住してもらい、福崎を街として発展させる。今はそうした需要に応えているのは博多の商人たちだが、福崎の中である程度循環させなければ、持続的な街づくりとは言えない。

 人が増えれば、内需が拡大し、近場の博多と経済圏が形成されるだろう。それで、より大きな銭の動きが生まれる。福崎は博多を巻き込んで、さらに発展できるし、将来的には一つの街となるかもしれない。

 どのような大名の街づくりにも言えることではあるが、まずは人を呼ばなければ街は生まれない。そのために、税制や商売での優遇や特権をエサにしたり、生活保障を謳ったりするのだ。

「移住した人の最低限の衣食住を晴持様が保障してくださっているから、彼等はここで働けるのよ。それがなければ、ここの開墾にはもっと時間がかかっていたでしょうね」

 と、義陽は言う。

「商業地としての博多と農地としての福崎を渾然一体のものとして、生活圏を拡大することで、福崎と博多の双方がより実りある街になる。それが、最終的な目標」

「うん、理想的だね。早く実現するといいんだけど」

「龍造寺のこともあるし、島津のこともあるからね。そのための準備を今からしてるんだけど」

「準備?」

「そう、これから案内するわ」

 義陽が宗運を案内したのは、福崎にある丘陵地だ。博多を見下ろす絶好の位置にあり、雄大な日本海を見渡すことができる。涼やかな潮風が髪を撫でる。

「ここに、城を築く」

「え?」

「いつかね。晴持様の所領として、過不足なく機能するには、相応の姿が必要でしょ? それを考えれば、博多を守る好位置にあるここは、城を作るには最適じゃない?」

「うん、それはもちろん」

 宗運も、義陽の意見には賛成だった。

 この丘陵地なら城を建てるのに適している。立花山城のような堅牢な山城は難しくても、上方にあるような堅牢な石垣を組み上げた城を設けることができるだろう。

 義陽の目には、すでにそのときの姿が映し出されているのかもしれない。

「後は、あれ」

「あれ?」

 義陽が指差すのは丘陵の下、すこし人家から離れたところにある建物だった。見た範囲で四人の武士が武器を持って警護している。

「晴持様肝いりの、硝石丘。聞いたこと、ある?」

「ああ、もちろん。晴持様が、山口にいくつかそういう場所を運営しているから」

「びっくりよね、硝石が人工的に作れるなんて知らなかったもの」

「わたしも、初めて聞いたときには驚かされたよ。そして、実感もした。大内家は、こういった点でも、わたしたちの遥かに先を行っていたんだってね」

 ここ数年のうちに鉄砲が戦場で幅を利かせるようになってきたが、その運用に先鞭をつけたのは大内家だった。大内家は晴持主導の下で積極的に鉄砲を導入し、大量生産を図ってきた。そうなると、大量の鉄砲を運用するために、大量の火薬が必要になる。その原料となる硝石は、日本では自然に産出しないので、自ずと外国からの輸入に頼ることになるはずだが、大内家ではそれすらも一部は自家生成しているのだ。

 いくつかの手法を同時並行で試しているという。晴持の所領となったこの福崎では、時間のかかる硝石丘を設けて硝石を作り始めたのである。物になるには、四から五年はかかる見通しだが、同時にヨモギと尿を使って硝石を生成しており、これによって鉄砲の大量運用を可能としていた。

 農民たちにとっても、硝石は貴重な資金源となるので、一石二鳥であった。

 これまで、晴持が考案し、広めてきた技術の多くは農業従事者の負担を軽減するものであった。

 より効率の良い農具を作り、提供し、広めるとともに、農閑期に絹を作らせるなど殖産に努めていた。重商主義に留まらない経世済民の考え方が晴持の政策にはあった。

「晴持様は、やっぱり領民にはお優しい。そう思わない?」

 宗運は頷いた。

 慈悲深い、と殊更に持ち上げる者も少なくない。晴持は善政を敷こうとしているし、事実、彼が行動したことで、民の暮らしがよくなった面はある。

 だが、晴持の中には優しい面とそれが行き過ぎて甘いと断ずるべき面もある。それが、彼に危機をもたらしたことも確かにあったという。

 宗運が加入するよりも前、戦場に孤立する家臣の退路を、自ら殿となって守ったことがあったという。その時の相手は、よりにもよって立花道雪であった。

 結果的にいい方向に転がったので、今では美談だが、あそこで命を落としていれば天性の愚者と成り果てただろう。

 晴持はそういう危ない橋を、甘さによって渡ってしまうことがある。一概に優しいからいいというわけではない、というのは、厳しい環境で戦ってきた宗運にはよく分かっている。

 だからこそ、口惜しいし、胸が苦しい。

 甘さを抱えながら版図を広げた晴持と厳しさのために身内からも恨みを買い、阿蘇家を追われた宗運。もともとの地力の差もあって、それは仕方がないと割り切れるが、それでも心のどこかで、何故という思いは残ってしまう。

 自分は間違ったことはしてこなかったはずなのに、と。もちろん、宗運は晴持のそうした甘さによって救われ、禄を食む身となったのもまた事実だった。

 宗運が思い悩んだのは数瞬のことではあったが、義陽はそんな宗運を心配そうに見つめていた。

「宗運」

「ん?」

「そろそろ帰りましょうか」

 義陽はそう言って、さっと馬に跨った。

「今日は、もういいの?」

「ええ、後は簡単な裁断だけね。大まかなものは、官兵衛ちゃんに丸投げしてるの」

 それで大丈夫なのだろうかと、宗運は内心で思う。官兵衛は何れは山口に行くことが決まっているのだ。そんな官兵衛に丸投げしていては、いなくなった後が大変だろうに。

「その時は長智さんが来てくれることになってるから、大丈夫」 

 城代として義陽の所領を守る深水長智は、智謀の人である。領国経営に於いて、義陽のよき相談役となってきた。これからも、その役割を果たすことになるのだろう。


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