大内家の野望   作:一ノ一

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その九十五

 近年まれに見る豊作だった秋が過ぎ、これまた近年まれに見る冷え込みとなった冬。山口にもくるぶしまで届く積雪があった。

 先日は強風と吹雪で一時は前が見えず、外に出れば肌が紅くなり、ひりひりとしたしもやけになってしまうほどの荒れた一日となった。

 この寒空の下で、まともな布団もないまま生活している者がいると思うと胸が痛い。晴持は立場に恵まれて、部屋の中では暖かく過ごすことができている。生き抜くだけで大変な戦国の冬は、戦以上に人命を損なう。何とか山口の民だけでも暖かく過ごさせてやりたいが、布団すらも高級品な世の中で、各家庭に行き届いた福祉政策を施すのは至難の技だ。

 戦に勝つだけで、国が富むことはない。経済活動を活発にし、農作物を多く収穫できるようにし、税率を下げて民が貯蓄できるようにする。文字にすれば一瞬でも、晴持一代でどこまで実現できるかまったく想像もできないことである。

 戦をすれば、人が死ぬ。人口が減り、土地が痩せて生産力が下がる。できる限り戦はしたくないというのが、晴持の本音だ。

 戦わずに勢力を拡大するには、大内家の財力と軍事力を盾に臣従を迫るやり方しかない。諸勢力を味方に取り込み、従わない者だけを選んで潰してく。

 至極、当たり前の戦略だ。大内家ほどの大国となれば、細かな策謀を張り巡らせるまでもなく、数で勝負できるのが強みだ。

 こうなってくると晴持の存在は大内家にとっては都合がいい。

 今の世の中は姫武将が台頭し、一家の当主が女性であるということも珍しくなくなった。そうなると、政略結婚がしにくくなるという面は否めない。人質同盟があるので、表だって問題になることはないが、それでもより強いつながりを持たせるために、婚姻政策を進めたいという勢力は多い。

 今、一つの政略結婚が執り行われた。

 大内晴持に毛利隆元が輿入れしたのである。

 毛利家の能力と重要性を高く買っていた義隆が、前々から毛利元就と話を進めていたことである。九国出兵などで、時期を逸してきたが、大内家の戦がとりあえず落ち着いてきたために、輿入れの話を一気に進めたのである。

 大内家にとっては、何代も前から当たり前のように行ってきた政略結婚の一つだが、毛利家にとってはお家の未来を左右する重大事である。

 政略結婚の花嫁は、実家と嫁ぎ先を結びつける重要な役目がある。花嫁は質だ。同盟を口約束以上に強固なものとするための人質であり、保険である。

 隆元に託されたのは毛利の未来そのものだ。

 毛利家は小勢力だ。今でこそ安芸国の盟主的立場に躍り出たものの、それは大内家との繋がりがあってこそだ。大国の当主の意思一つで消え去る程度の小さな力しか持たない毛利家にとって大内家との緊密な繋がりは生命線なのだ。

 当初は正室に、という話を持ちかけた義隆に対して、元就はこれをやんわりと断わり、正室不在のまま側室として隆元は晴持の傍に侍ることになった。

 大内家の中で毛利家の存在感を高めることは、いいことばかりではないからだ。出る杭は打たれるものだ。毛利家としては、あくまでも大内家との同盟上の繋がりを保持できればいい。側室で十分なのに、まかり間違って正室になってしまったら、それこそ内憂に悩まされることになる。

 晴持の正室はそれなり以上の身分のある姫でなければならない。大内家の権威を維持してもらうのも、先々の毛利家を守るためだ。

「晴持様……その、お茶、でも、いかがですか?」

 隆元がぎこちなく尋ねてくる。

 初めて出会ったから数年が経った。その時間は、愛らしい少女が一人の女になるには十分な時間ではあったようだ。

 こうして見ると、どこか艶めかしい雰囲気が漂っている。

 隆元とこのような関係性になるとは、出会った頃の晴持は想像もしていなかった。隆元は毛利家の跡継ぎだ。それが大内家に嫁ぐというのは、大きな賭けとなる。何せ、隆元の妹二人はすでに他家の当主となっているのだ。隆元の産む子は、大内家の跡取りとなるだけでなく、毛利家の跡取りにもなりうる存在だ。元就が隆元にかける期待は大きい。

「何か、緊張してるな」

「そう、ですね。すみません……あはは」

 恥ずかしさを誤魔化すように隆元は笑った。

 とんとん拍子に話が進んだとはいえ、隆元にとってこれは初めての結婚だ。仕事ばかりで男性経験もまったくない。

「その、晴持様と本当に夫婦になるなんて、思ってなかったので、まだ夢を見ているみたいで」

「つい最近まで、仕事の話しかしてなかったからな」

「そうですね。平戸がどうしたとか、琉球がどうしたとか……ですよね」

 隆元は毛利家を離れて大内家のためにこれまで粉骨砕身の仕事ぶり発揮してくれた。龍造寺家から接収した平戸の再建にも精力的に取り組んでくれている。

 南蛮貿易ができなくなって廃れた平戸を琉球との外交窓口にする。それが、新しい外交方針だ。この先、明も動乱の時代を迎えることが予想される。そうなると貿易がどうなるかは想像ができない。歴史通りに明が倒れて清が出てくるのか、あるいは別か。その時期はいつになるか。まったく分からないのである。今は明との貿易が上手く行っていても、先々のことがあるので、対外貿易は様々な選択肢を持っていたいところである。

 隆元は、商業の感覚が秀でている。武でも智でも妹には及ばない彼女だが、経済感覚は縁の下の力持ちとして十二分に役に立つ。経済感覚の欠如した武将は意外と多い。

 重商主義の大内家でもそれは同じ。それどころか、対外関係から儒教に触れる機会の多くなった大内家上層部には、商業を見下す者もいるくらいだし、金勘定を下賎の仕事と捉える者もいる。

 そんな中で、商業が重要財源の大内家にとって彼女の才覚は必要不可欠だったし、これからも益々大切になってくるのは目に見えて明らかだった。

「隆元には、今後とも頼まなくてはならない仕事がまだまだあるからなぁ」

「お任せください。商人方との折衝は、得意とするところですから」

 と、隆元は胸を張る。

 隆元にとって大内家での仕事はやり甲斐があった。

 毛利家では経験できない大きな仕事が多々あって、そのどれもが隆元の力を必要としていた。

 隆元の才覚は毛利家の中では活かせない。籠の中の鳥でいるよりは、大内家に来て正解だったかもしれない。自分の力を正しく発揮できる場所。それが、隆元にとっての大内家であった。

 今、屋敷には多くのご祝儀が届けられている。

 その中には隆元が仕事で関わった九国商人たちからの贈り物もある。

 隆元が大内家の親族衆になったことが、商人達を刺激している証である。この時点で、九国の商人たちは隆元との繋がりが大内家と繋がる上で必須であると見ている。それは、隆元の地道な活動が結んだ成果である。

「あ、でも……」

 と、隆元は不意に不安げな表情を浮かべる。

「どうした?」

「いえ、その……」

 隆元は言い難そうに視線を彷徨わせた後で、諦めたようにはにかんだ。

「妻としての仕事をまずは覚えないとダメですよね」

 商人との折衝ならば、彼女の家臣に任せることもできるが、妻の仕事は他人任せにはできない。というよりも、奪ってでも自らの手で行うべきなのだ。

 晴持の周囲にはすでに何人もの美姫がいる。恋愛の果てに関係を結んだわけでなく、政略結婚による始まりである以上、隆元はこれから晴持からの寵愛を得なければならないのだ。

「そうだな」

 晴持は苦笑した。

 隆元の扱いには、少し悩んでいた。

 妻として彼女を迎え入れたとはいえ、武将としてやって欲しい仕事は山ほどある。どちらに優先順位を置くべきかということが、課題であった。

 毛利家としては、当然ながら奥の仕事が最優先だが、大内家が求めるのは表の仕事である。しかし、それで武将としてのみ扱うのは、様々に覚悟して来てくれた隆元には辛いことでもあるだろう。

「妻の仕事と言ったけど、隆元は辛くないか?」

「辛い、とは?」

「この婚姻は多分に政治色が強いものだ。隆元の気持ちよりも、情勢が優先されている。俺もこうなった以上は、君が大内家で不自由しないよう努めるつもりだが、あまり無理をして妻として振る舞わなくともいいんだぞ」

「そ、それは……その、わたしでは不足ということですか?」

「そうじゃない。むしろ……そう、隆元の気持ちが無視されているのではないかということが気がかりなんだ」

 晴持の偽らざる気持ちである。

 乗り気でない女性と関係を持つのは、気が引ける。それが、毛利家にとって重大事であろうと、隆元にその気がなければ、互いに苦痛なだけではないか。形式上の婚姻関係となった上で武将としてのみ行動することもできなくはない。もちろん、それが毛利家の意に沿わぬものであったとしてもだ。

「わたしのことでしたら、ご心配には及びません。むしろ、わたしのほうが晴持様のお相手が勤まるか不安なくらいで……はい、晴持様のように、わたしのことを気にかけてくださる殿方に輿入れできたのは、とても幸運だと思います」

「それで、いいんだな」

「もちろんです」

 大名の当主ですら、自分の意思で相手を選べない世の中だ。輿入れする相手によって、その後の人生は大きく左右される。

 隆元にとって、晴持との縁談は毛利家の威勢を増すだけでなく、個人としても喜ばしいことだった。

 武芸でも智謀でも妹に劣る隆元は、毛利家の跡取り娘でなければ、それこそ人質や婚姻政策でしか利用価値がない。隆元自身はずっとそう思っていたし、昔からいつその時が来るのかと思っていたし、大内家に人質に出されたときには、やっぱりそうかとも感じたくらいだ。商人たちとの折衝の才があるとは思ってもいなかったので、隆元の自己評価はもともと低かった。

 大内家は隆元に活躍の場が与えてくれただけでなく、嫁ぎ先まで用意してくれたのだから、文句のつけどころがなかった。

 後は、与えられた立場に相応しくなれるように日々努力するだけだ。

「隆元の覚悟も知らず、変なことを聞いてすまなかった。今後とも、よろしく」

「はい、よろしくお願いいたします」

 会話をして、やっと緊張が解れてきたのだろう。

 隆元はいつも通りの朗らかな笑みを浮かべた。

 それは、一足早く春が訪れたかのような、暖かな笑顔であった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 京――――古くより日本の中心であり続け、そしてこれからもそうあるべき場所である。

 社会の中心は文化の中心であり、政治の中心でもある。華やかな文化が咲き乱れ、風光明媚な極楽浄土の如き場所であると、地方の者は夢想する。中心から離れた末端は、見えない京に理想を重ねるのが常であるが、内情は理想郷とは程遠い。

 社会の中心はすなわち、騒乱の中心である。

 この戦国の世すら、京から各地に伝播した戦いの中で醸成されたものである。応仁の乱から百年。世代を越えて、血みどろの戦いは広がっている。

 京は魑魅魍魎の住まう地だ。

 流血のない戦が日夜行われている暗闘の世界である。理想は現実の前に無力であると、誰もが思い知らされる。

 そして、京に今まさに、新たな戦いの火種が生まれようとしていた。

 喊声が夜の京に響き渡る。

 酔っ払いの喧嘩などではない。

 まるで鬼のように暗闇に現れたのは武者である。それが、数え切れないほどの人数が集まっている。長柄の槍を持ち、鉄砲を掲げ、弓を背負っている。

 月光に照らされた鎧兜が、怪しく光を反射する。

 薄暗い京にあっては、一人一人の顔は影になって見えない。だからこそ、一層不気味なのだ。およそ京では見ることのない戦装束である。

「……さて、と。いよいよかしらぁ」

 ほう、と姫武将が息を吐く。

 白い息がキラキラと輝いて、消えていく。

 冷えた京の空気が肺を侵し、身体の芯から凍っていくようだ。

 だが、それでいい。

 これから為すのは非道である。身も心も凍てついて、氷のようになっているくらいがちょうどいいのだ。

「これも時代の流れってヤツかしら。ま、仕方ないわよね」

 小さく呟くのは三好政康である。

 いつしか三好三人衆などと呼ばれるようになった、三好家の重臣格三人組の一人だ。

 思い描くのは主君長慶の顔。

 ここ数年、ずっと息苦しそうにしていた。

 正直、政康は長慶には敬意を抱いている。智謀と武略に優れた彼女には、ひっくり返っても勝てないだろう。

 そう、政康は何度も長慶に挑んでは返り討ちに遭ってきた。

 政康の父は江口で長慶と戦い、敗れて屍を曝した。政康は父の救援に間に合わず、逃亡し、以後は長慶と敵対する道を選び、戦って戦って戦い抜いた。そして、その結果、これは勝てないと理解した。剣を振り回すことしかできない自分では、長慶の武略に太刀打ちできないのだ。一対一ならばいざ知らず、軍を以て戦うとなると長慶は無類の強さを発揮する。

 降服した政康を長慶は受け入れて、重用した。長慶にとっては父の仇の子であり、三好家の惣領を争う相手だというのに、そこに譜代との区別はなかった。

 ついていってもいいかな、くらいには思ったものだ。何事もなければ。どうせ、長慶には勝てないのだし――――と。

「もったいないな」

 心底、そう思う。

 長慶の天下というのも、見てみたい気がした。

 だが、それでも――――政康には、どうしても抑えられない衝動が生きていた。

「あなたが、父上を父君の仇として討ったなら、あたしもそうしなくちゃいけないわよねぇ」

 このまま、長慶の天下が続けばよかった。

 三好家が安泰で、将軍との折衝も上手くいって実休も一存も健在ならば、こんな夢は見なかっただろう。三好家の惣領を父から受け継ぐなどという夢物語を見る余地がなければ、自分は長慶の一家臣として一生を終えたに違いない。

 だが、そうはならなかったのだ。

 長慶の権威は失墜した。一存も実休もいなくなった。将軍との不仲は、三好家の内外に亀裂をもたらした。政康が付け入る隙ができるくらいにだ。

 南の畠山家は未だに河内国内で蠢動していて、これをすぐに取り除くことができないでいる。それも当然だ。何せここに集まった軍は畠山家と戦うために動員した者たちだ。それを、長慶に閲兵すると偽って連れてきた。

 後は一蓮托生だ。

 自分だけでなく、彼等も後には退けないように囲い込む。

 勢いに任せて事を成す。

 長慶のことは好きだった。人間的にも武将としても、尊敬に値する主君だった。だが、血で血を洗う戦国の世で、互いに世代を越えた骨肉の争いを背負ってしまった。隙を見せたのならば、これに食らい突かなければならないと思うくらいに。

「後は松永ね」

 京に兵を入れたので、政康はもう逃げられない。

 いまいち信頼できない久秀も、別の場所で彼女の戦いに向かっている。

 後は、長慶の寝所を襲うため、号令を発するだけだ。

 緊張して、喉がからからになっている。

 かつて、命を賭して求めたモノがすぐそこにある。やっと長慶に勝てると思うと、それだけで全身が熱くなってしまう。

 大きく深呼吸をして、政康は軍配を手に持った。

 やはり、しっくり来ない。

 総大将なんてやるものではないなと思った。もっと気軽に生きたかった。

 政康と長慶。

 かつては敵対関係だった。だから、これは謀反ではあっても、本来の関係に戻るだけのこと。ただ、それだけだというのに、軍配がやけに重かった。

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