“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#31 「魔法少女は羽ばたけない」

「──るか、遥! 聞いてた!?」

 

その言葉で、ふと我に返った。

《総選挙》が終わり、夏休みも終わり、始業式が始まる前。

早朝から遥は透羽によって準備に駆り出されていた。

 

とはいえども、朝早いからか、起きるまではまだ夏休み気分でいたいからか、他の担当はおらず。

半資材置き場と化した生徒会室に二人きり。

 

「……やっぱり。そこの色、間違えちゃってる」

「え、あ、本当だ。……ごめん、少し考え事してて」

 

色指定は赤、だというのに実際に背景に塗りたくってしまったのは青。

物思いに耽っているうちに使う絵の具を間違えてしまっていたようだった。

 

「……まあ、ちょっとだから大丈夫だけど……遥ってさ、最近結構ボーっとしてるよね」

 

その言葉に苦笑するほかなかった。

 

『遥くん。珍しいわね、あなたが皿を割るなんて……。衿華さんがいなくなって寂しいのはわかるけど。それでも、もう少ししゃんとなさい』

 

ついこの間、マキにも指摘されたことだったから。

 

ヴィエルジュノワールとして衿華を見送ってから二週間ほどが経つ。バイトという接点がなくなり、夏休みで学校もなければそうそう会うこともない。

だとしても、少し前までは常に一緒にいたから。ズレた、その違和感が胸中でわだかまる。

 

マキの指摘はあながち間違っていない。

彼女の言う通り、衿華が辞めてしまったから、どこか寂しいのだ。

 

だからといって、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 

「……本当にごめん。いい加減、ちゃんとするよ」

 

乾かした表面、塗り間違えたその箇所を正しい色で塗り替える。

そうやって、あるべきものはあるように。

 

この先どうするか。

胸に抱いたものをどうするべきか。

 

考えなければ、いつまで経っても歩み出せない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……お疲れ様。放課後、引き続きよろしくね?」

 

早い集合だったけれど作業をしていると時間が経つのは早い。

ホームルームのチャイムが鳴る。

 

カバンを肩にかけ、革靴に足を通す。

遥が部屋を出ていこうとした時だった。

 

「あのさ、遥」

 

透羽が呼び止めてきた。

 

「どうしたの?」

「ううん、何かあった……とかじゃなくて。ただ、遥さ、最近悩み事とかあるのかなって」

 

恐る恐るといった口調だった。

もしかしたら、リハーサルの前に話をしていてどこか妙な空気になったこと。

結局、それ以来まともに話していないこと。

どこか透羽の中では引っかかっていたのかもしれない。

彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。

 

「……ううん、特には。それより、透羽の方こそ進路はどうしたの?」

 

だとしても、口にはしたくない。

衿華の件はもっての外、もう一つの方だって、口にすればむしろ漠然とした不安が形になってしまう気がするから。

無理矢理にでも話を逸らした。

 

「……わたしは、延ばせるだけ提出期限を延ばしてもらうことにしたよ。何も見つからなくたって、せめて、精一杯悩んでおきたいから」

 

演劇の時も最初こそ上手くいっていなかったけれど、今となっては立派に仕切っている。

そうやって、何かを変えようともがく姿。

 

それが、眩しくて。

遥に影を落としていて。

 

「……そうなんだ。すごいや、透羽は」

 

このままでいいのかって、尚更焦燥感は増していく。

それじゃあ、と軽く挨拶をして、カバンを掛け直す。

 

コツン、と床を打つ革靴。

こびりついた"魔法少女"の歩調だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「──あれさ、コスの……」

「……ああ、あの女装してた……」

 

滑り込んだ教室。

チャイムに混ざって、ふと、そんな囁き声が鼓膜を揺らした。

教師が入ってくれば教室は一瞬で静まり返る。

だからこそ、確かめようがなかったのだ。

それが何の話なのか、ということは。

 

「なあ、真白。お前さ、コスプレしたんだろ?」

 

ホームルーム後、真っ先に遥に話しかけてきたのは、同じクラスの男子生徒だった。

クラスの二軍ぐらいに属するひょうきん者。

ただ、遥と話すことはそこまでない相手で、彼は自分のグループの生徒を引き連れてきていた。

 

「あれさ、意外と似合ってたぜ」

 

お前、そういう趣味だったのかよ、とか。

流石に引く、とか。

互いに互いを削り合う会話をしながら、遥の前で彼らは小突き合う。

だけれど、そんなのは後で勝手にやっていればいい。

今はどうでもいいことだ。

 

「……何の話なのか、わからないんだけど」

「ん、わかんない? ほら、ひらひらした黒いワンピース来てさ、真白が食べ物運んでるの」

 

ほれ、と。彼がスマホに映った写真を見せてくる。

そこには、黒のロリータ服を着込んでパフォーマンスをする──遥の姿が確かに映っていた。

画面越しに撮ったものなのか画質こそ悪いけれど、顔は十分に捉えられる。

 

だからこそ、反射的に聞き返してしまった。

覚えがあったから。

 

きっと、それが運の尽きだったのだろう。

 

「これ、どこで……?」

「図星かー? 最近出回ってんだよ、その写真。俺も後輩から聞いたんだけど。ってかさー、これって何のコス? 詳しく」

 

半ば認めてしまったようなもので。

執拗に続く問いを待たずに、立ち上がる。

ガタン、と持ち上がった椅子が後ろに倒れた。

 

その瞬間に、集まった視線。

クラス中だ。皆が一点、遥を見つめている。

 

「っ」

 

針のむしろのごとく突き刺さる視線、あまりにもそれは痛い。

僅かに混ざる囁き声だって、捉えきれない表情だって。

ぐわんと揺れる視界の中でも、大方何を指してるのか想像がついてしまった。

 

──遥は、変わらないね。

 

否定、される。

抱いたもの、価値が揺らぐ。

 

その場から離れるために蹴った地面、不揃いなステップにつまづき、よろめきながらも出口を目指す。

 

そのまま、教室を飛び出て──どこに行くべきだったかもわからない。

それでも、ここにいる限りはどうしようもないって、そうわかっていたから。

 

一刻も早く座り込みたかった。

ないまぜになった思考を整理したかった。

 

歩き慣れた廊下、その奥に視線を向ける。

この先には三年の教室がある。そこまで行けばあるいは──と。

そんな考えを振り払うように遥は(かぶり)を振る。

 

ここで衿華に会ったとしてどうするというんだ。

もう彼女は"魔法少女"ではない。

さようなら、してしまった。

見送ってしまった。

 

なら──巻き込みたくはなかった。

 

「……ちょっ、真白!?」

 

随分と遅れて、後ろから男子生徒の声が聞こえてきた。

遥を逃すまいとしている、この場所から。

 

「いやだっ」

 

強張った足を、無理矢理に持ち上げる。

乱れた歩調で階段を駆け下り、昇降口。

そのまま、外へと飛び出す。

 

始業式だからか、既にホームルームが終わっているからか、校庭には一切の人影がなかった。

あっさりと、校門を踏み切って。

聳える校舎を前にして、ようやく遥は気が付いた。

 

たった今起きた、事の重大さに。

自身が、そこから逃げ出してしまったことに。

 

"好き"を──肯定できなかったことに。

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「……真白なら、さっき早退したよ。理由も言わずにな」

「……そう、ですか。失礼しました」

 

遥の教室に寄ってから生徒会室に向かう道すがら。一人ぼっち。

透羽の頭には拭い去れない疑念がこびりついていた。

 

遥なら、確かに朝来ていたけれど。

様子を見るに体調不良だとか、そんな素振りはちっとも伺えなかった。

それに理由も告げずに帰ったというのがどうにも気になる。

 

生徒会室は、既に演劇に協力している生徒たちで埋まっていた。

役員が数人、それから他の部活から駆けつけてくれた助っ人、名乗り出てくれた一般生徒。

出演者も含めて総勢三十名ほどだ。

 

部屋に入った途端、一斉に視線が透羽の方へ注がれる。

 

「──皆さん。今日も集まってくれてありがとうございます。ラストスパート、頑張っていきましょ……っ」

 

ここまでの大所帯を相手にするのは今回が初めてだからか、慣れないままだ。

思わず舌を噛んでしまい、顔が熱くなるのを感じる。

 

メンバー集めの時から、こういう風に失敗した時まで。

ずっとフォローしてくれていた遥は今この場にはいない。やはり、どうにも調子が狂う。

 

「と、とにかく……っ、残り僅かな期間ですが、よろしくお願いしますっ」

 

やっとのことで言葉を締めくくり、各々が作業に戻る。

分担は事前に通告してあった通りだが、思えばそれも遥の協力の元作ったものだった。

書記をやっているだけあって彼はそういった情報の処理に長けていたから。

 

考えれば考えるほど、気は散った。

何せ遥が早退した原因は不明だ。

背景に引いてしまった粗い線、はみ出してしまったその一本がやたらと目についた。

 

「……そういえば、彩芽先輩、聞きました?」

「……何を?」

 

そんな風に、ため息を吐いてしまったからか、案ずるような口調で。ともすれば、ゴシップでも騒ぎ立てるように。

向かいで作業をしていた女子生徒が透羽に話しかけてきた。

 

「真白先輩のことです」

 

まさしく図星だった。ちょうど今の透羽にとって悩みのタネとなっていたものだ。

そういった噂を人に伝聞するのが好物なのか、女子生徒はくすくすと笑う。

確か、一般生徒枠で協力してくれていたのだったか。接点が無い割には、馴れ馴れしい態度だった。

 

「……遥が? それって、何のこと……?」

「ご存じないんですか? お二人の仲睦まじさは周知のことですのに」

 

そんな風に、人と人との垣根に足を踏み入れるように。

ごくあっさりと、彼女は口にした──してしまった。

 

 

「──真白先輩が、女装してるってことですよ」

 

 

理解するよりも先に、その姿がはっきりと像を結んだ。

間違いがない、実際に透羽はその目ではっきりと見ているのだから。

 

「……なに、それ」

 

真っ先に脳裏をよぎったその言葉は、”魔法少女”としての遥が広まってしまっているという、あまりにも異様なこの状況に向けられたものだった。

 

「私も詳しいことは知らないんですけど……あ、あった。見ます?」

 

ちっとも理解が追いつかない透羽の状況なんて我関せずといった調子で、何やらスマホを操作すると、女子生徒は一枚の写真を見せてきた。

 

「え」

 

それは、透羽にとって見覚えがあるものだった。

なぜなら、撮ってしまったのは自分なのだから。

 

”魔法少女”としての遥の姿。

その活き活きとした笑顔が、今の透羽にとって毒だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……どう、して……っ」

 

どうして、撮ってしまったのか。

どうして、それを外で眺めてしまったのか。

 

多分、それがあまりにも遥()()()()()姿だったから。

 

──すごいや、透羽は。

 

思えば、ただのくっつき虫でしかなかった自分が遥を追い抜いた日に、いつまでもそうあってくれればいいのに、なんて。

そう願ってしまったのだと思う。

 

遡ると小学生の時、学級委員長として学芸会での寸劇を主導していた透羽は、自分の台詞を忘れてしまった遥に耳打ちした。そして、彼はぱっと表情を輝かせて口にしたのだった。

 

すごいよ、と。

 

()()()()はそんな些細なことで。

だけれど、変わったことへの見返りとしては十分だった。

 

何せ、遥は最初に手を引いてくれた相手だったのだ。

隣にいても、透羽にとっての遥はずっと眩しい存在だったのだ。

 

だからこそ、彼に逆に手を差し伸べた時、ふと思ってしまったのだ。

やっと、わたしだけでもやっていけるのではないか、と。

彼に手を引かれなくても、進んでいけるのだと知った。

 

そうやって、幼馴染に──変わる前の自分と変わった自分、両方を知る相手に見せつけてやりたかったのかもしれない。

わたしは変わったんだ、と。

それがきっと、足がすくんで進めなかった自分との決別なのだと思ったから。

 

だけれど、そんなことはなかった。

遥もまた透羽とは違う方向へ、ただ確かに変わっていた。

 

”魔法少女”として、”好き”なものは変わらずに。

それでも、演劇を手伝ってくれた時の遥は、昔と同じぐらい頼れる相手になっていた。

 

遥もまた、変わっていたのだ。

 

それを知っていたはずなのに。

 

──遥は変わらないね。

 

そうやって、いつまでも強がっていた。

 

強がっていたかったから、芽を出した虚栄心がシャッターボタンを押させたのだ。

結果として、こんな結果を招いてしまうとも知らずに。

 

「……ぁぁ」

 

幼い日に焦がれた遥の姿。

それに何とか追いつこうとして、気づけば追い越していた。

追い越したまま、いつまでもその歩幅を保っていたかった。

 

()()が無いから、"変化"で塗り固めていたくて。

肩書で、態度で、表情で、声音で──”変わった自分”でありたかった。

 

その時、ガタン、と建て付け悪く戸が開いた音がして。

ふと、振り返った。

 

背中を丸めたまま、がらんとした生徒会室で縮まったまま。

建て付けが悪いドアをこじ開け、部屋に入ってきたのが誰なのかって。

 

「──衿華、先輩……?」

 

衿華だった。

いつもみたいに、少し不機嫌そうな顔で。

だけれど、伏せられたその瞳は足元しか捉えていないようだった。

 

だからこそ、なのだろう。

顔を上げた時、透羽とかち合った目が僅かに揺れたのは。

相変わらず、その表情からは何を考えているのか読み取れなかったけれど。

 

「……透羽さん。遥くんのことについて、何か知っていますか?」

 

ただ一つ、遥のことを考えていたという点では、少なくとも同じようだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……まほう、しょうじょ」

 

口にしたその響きは掠れていた。

腫れた目元、ジンジンと痛む喉奥、それ以上吐き出せなかった言葉が喉につかえて、こみ上げてきそうなものに蓋をした。

遥にとっては、辛うじてだ。

 

麻痺していると言い換えても良かったかもしれない。

何せ、受け止め切るにはちっとも時間が足りなかったのだから。

その僅かな隙間を縫って、逃げ出してきたのだ。自分の中でこうあるべきだ、と。決める以前の行動だった。

 

隅が破れたポスター、蓋が外れたステーショナリーセット、電池を散乱させ変身アイテムは転がっている。

 

全部、全部──"魔法少女"だ。

子供の時から少しずつ、引き出しの奥に、棚に、目の付かないところに溜め込んできたものだ。

 

最後に引っ掴んだライトは小振りで、少し力を込めただけでも手の中で僅かに軋んだ。

その脆さに思わず手を離してしまった時、取り落したライトは抗議するかのように、床に落ちてコツンと音を立てた。

 

そうやって一緒にいてくれたものが、ふと自分を苛んだ瞬間。

 

焼き付いた視線、変わらないね、と囁き声。

 

"魔法少女"を前に、一つ一つがありありと思い出せてしまった。

 

息を吸う、まだ足りない。

鼓動が跳ねる、細かく刻まれる、ちっとも止まない。

 

「……はぁ……はぁ」

 

短い息切れ音が幾度も繰り返される。

肺の辺りが攣ったように、痛みが走った。

視界が陰る、痺れたような頭ではどうすればいいのかわからない。

 

だけれど、"魔法少女"は助けてくれやしない。

 

今の遥は、一人でしかないのだから。

 

逃げ出した自分は──立ち向かえなかった自分では"魔法少女"になることもできない。

 

突き刺さる視線が、噂する声が──大人びた、眼差しが。

 

──あ、面白かったね。映画。

 

もう、冷めてしまった表情が。

"好き"があしらわれた瞬間が。

 

それから、一回も外では口にできなかった"好き"が。

 

全部が全部、息苦しい。

 

ベッドに体を投げ出す。

ちらと、視界の端に入った時計は16時を指していた。

 

【体調不良 バイト休みます】

 

手短に文章を打ってスマホを放る。

コチコチと音を立てる秒針。一拍一拍が長い。

 

眠りに落ちることすらできない中、ただただ何もすることがなかった。

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