“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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再編する作業の中で、そもそも本作への執筆勘が薄れつつあったので、それを取り戻すことも兼ねて本編外の短編を投稿いたします。全三話ほどになる予定です。なお時系列的には文化祭の直後です。


サイドストーリー 『魔法少女の夏休み』
「魔法少女の夏休み-1」


『一緒に、夏を楽しみに行きませんか』

 

そこまで入力して、遥は再び表示されていた文面を全て消した。

 

──流石にこれは攻め過ぎじゃないだろうか。

 

ひとしきり足をバタつかせ、メッセージ枠は空欄のまま。

ベッドに体を横たえつつもただ時間だけが過ぎていく。

 

たった一つメッセージを送るだけ。遥がその行為を躊躇っていたのには理由があった。

送り先が──衿華だったからだ。

 

文化祭が終わってからもう二週間が経つ。

それこそ文化祭直前はライブのこともあって、一時的に話しかけてくる生徒は多かったけれど、二週間も経てば浮足立ったムードは遠くへ、すぐに別の話題で持ちきりになっていく。

一時的な興味として一連の出来事が次第に忘れられていく中で、遥の日々は平穏さを取り戻しつつあった。

 

そんな中で、何故そのようなメッセージを送ることになったか。

そのいきさつに関しては、遥にとってはくだらない、よくある出来事。

すなわち日常──その一言に尽きるものだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ねぇねぇ遥くんっ! 夏、したくない!?」

 

文化祭が終わってから一週間後。空調の効かない『ヴィエルジュ』店内を残暑が温めていた九月中旬。

久しぶりのバイトに顔を出した遥を待ち受けていたのは、杏によるそんな提案だった。

 

「どうしていきなり……。何かあったんですか?」

「そうそうっ! これ、マキさんからもらったの! 得意先がくれたんだって」

 

ふふん、とばかりに鼻を鳴らし、意気揚々と杏が取り出したのは四枚の紙片。

全体的に青い色味、中央に並ぶ字面は遥にとっても見覚えがあるもので。

 

「……プールのチケット、ですか?」

「うんっ! 室内プールだから気温は関係ないし。あたし、一度皆でプールに行くっていうのやってみたかったから」

 

もう夏が過ぎ去った以上、もってこいかどうかはわからなかったけれど。

文化祭当日、杏から聞いた彼女の過去。そこから考えるに、友人とプールに行く、なんて経験はしたことがなかっただろうし、そういったイベントに憧れがあるのだろう。

 

「それで、呼ぶとしたら誰を?」

「紗ちゃんはもう誘ってて、今は遥くん、あとあたし。今のところは三人かな」

 

『ヴィエルジュ』のメンバーで遊びに行くこと。

それこそ店内で夏合宿を開く──ぐらいのことはしたものの、外に繰り出すのは初めてだ。

夏合宿が楽しかっただけに、行ってみれば楽しいものだろう。杏の提案に頷こうとして……遥は、ふと引っかかりを覚えた。

 

「……今のところ? 確かチケットは四枚あるんですよね?」

「うん。だから、もう一枚は衿華ちゃんを誘おうと思って」

 

──衿華を誘う。

 

杏が何気なく口にしたであろう一言が、遥の脳内で反響した。

ついこの間、後夜祭で交わした()()。それを交わしたにも関わらず、こんな短期間でまた連絡したとなれば、どうにも格好つかない。

 

その上、衿華は受験期真っ只中。そんな中で彼女を誘う、というのは迷惑じゃないだろうか。

やめておいた方が良い理屈が脳裏をよぎった反面、遥自身はどうだったか。

 

──呼びたい。

 

その一言で片付いた。

あれこれ理屈立てたとしても、やはり『ヴィエルジュ』の皆で過ごした時間は楽しかったのだ。

だからこそ、他の”魔法少女”たちが来るならば、衿華も一緒がいい。

 

それに、もし衿華自身は行けなかったとしても、後に自分が誘われなかったと知ったら衿華はどう思うか。少なくとも誘うだけなら問題はないはずだ。

 

「確か、杏先輩は衿華さんの連絡先、持っていなかったですよね?」

「うん。だから、遥くんにお願いしたいなって。頼める?」

「……まあ、一応は」

 

既に遥の中で結論は出ていた。

衿華を誘う──そして、夏を楽しむのだ、と。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

やはり、杏の前でも誘うと言ってしまった以上は逃げ場がないに等しかった。

ただ押すだけでいい。それだけで楽になるのだ。

 

詳細を付け足して、グッと押し込んだ送信ボタン。

後は指を離せばいい──それだけでいいはずなのに。

 

早まる鼓動、震える指先。その一動作が重い。

そんな、葛藤の中で。

 

──ピンポーン。

 

不意に鳴ったチャイムに跳ねる肩、その弾みで思わず遥は送信ボタンから指を離してしまった。

効果音とともに画面上に表示される文字列、すぐさま既読が付く。衿華は几帳面なのだ。

 

『是非ご一緒させて下さい。ちょうど息抜きが欲しかったところですから』

 

そして、直後に送られてきたメッセージを前にして、ようやく肩の力が抜けた。

ともあれ、結果的には大したことがなかった。

 

後は当日を待つだけだ──と、そこでもう一度チャイムが鳴る。

完全に忘れてしまっていたから、遥はすぐさま下階へ急いだ。

 

「こんにちは、遥。これ、この間借りたDVD、返そうと思って」

 

ドアの向こう側にいたのは、紙袋を提げた透羽だった。

 

「ああ、『ラブっと』だったっけ。面白かった?」

「うん! 昔はあまり考えてなかったけど、”フリューゲル”がすごいなって、この歳になるとしみじみ、ね?」

 

文化祭の一件の後から、透羽とは割と頻繁に会う機会が増えた。

というのも、彼女が魔法少女に──キラピュアに興味を示したから。

休日に家で鑑賞会をした後に、DVDを貸し出す、ということをこの二週間で二回はしている。

 

「それで、今日はどれにする?」

「うーん、どうしようかなぁ」

 

今現在、遥の部屋には杏から借りたDVDが大量に並べられている。

杏は誰かを沼に沈めるためならば余念がないのである。

 

「ところでさ、遥。さっきからずっと気になったんだけど」

「……なに?」

「外に出てきた時、すごい顔赤かったよね。何してたの?」

 

無遠慮な質問が遥にのしかかる。

こんな風に、過去遊んでいた時の距離感──それに近しいものに戻ったのも文化祭後からだ。

長らく歩調が合わなかった。幼馴染とようやくどこか足並みが揃った瞬間、というのは確かに嬉しいものだったけれど。

 

それはそれとして、今回に関しては口をつぐまざるを得なかった。

 

「わかった。衿華さん関係でしょ」

「……どうして、それを……」

 

しかし、口をつぐんでもなお、一発で透羽は的中させてきた。

 

「うーん、勘かな。それはさておきさ、どういう会話してたの?」

 

もう取り繕うのは難しいだろう。

ともすれば、正直に話すほかなかった。

 

「……プール、行くことになって、それで誘ってた」

「へー、衿華さんと……あとは、杏さんたちとか?」

「まあ、そんなところだけど……」

 

指先を唇に当て、何やら思案げに。

そんな仕草のまま、透羽はDVDの物色を続ける。

 

「あ、じゃあ、今日はこれとこれにしようかな」

「……了解。返すのは見終わった時でいいから」

「ん、ありがとね」

 

その割には至って普段通り、DVDを選ぶと透羽はそれを紙袋に詰め、帰り支度をする。

そんな彼女の様子が、どこか普段と違って見えた。

本当に見極めるのが難しいほどの違和感──それに気づけたのは、二人が幼馴染だったからだろう。

 

果たして、そんな予感は彼女がドア前に立ち、いざ帰ろうとした瞬間に的中した。

 

「あ、あとさ。プール、わたしもついて行っていい?」

 

透羽と『ヴィエルジュ』の面々との関係はそこまで悪くはない。

杏とは遥を通してDVDを借りている仲だ。杏曰く、過去作を見た初心者の感想。それはこの上ない栄養分らしい。

 

文化祭での件、そのきっかけを作ってしまったのが自分であったことを告白した上で、受け入れてもらえたというわけだ。

実際、周囲もある程度は事故だという風に捉えてくれた。紗に関しては最初は意固地な態度を見せていたけれど、杏経由で会話をするようになってからはそこまで気にならなくなったらしい。

 

「……チケット、もうなくて……」

「それぐらい、自分で買うから」

 

来るメンバーとの相性を考えても、そこまで問題はなかった。

 

「……じゃあ、わかった」

 

断る理由こそなかったものの、ただ、気恥ずかしさは残る。

何せ、最後に透羽と出かけたのなんて随分と前だ。

それが久しぶりの外出で、しかもプールとなると、思うところはある。

 

かくして、予想外の伏兵を交えながらも。

入道雲はどこへやら、うろこ雲の下。九月中旬、その週末。

 

”魔法少女”たちの夏休みは始まった。

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