“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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「魔法少女の夏休み-2」

「こういう時ってね、急に怪物が出てくるの! 水からザバーンって!」

「……あら、仮に出てきたとしても、水着では戦えませんわね」

 

日の光を映してキラキラと輝く水面、見上げてみれば頭上を覆うドームが、目の前は人混みでごった返す。全天候型の屋内プール施設。到着した途端にバケーション気分が湧き上がってきたところで。

感嘆の声を上げる──よりも先に、杏は紗に妙なことを吹き込んでいた。

 

「でしょ? でもね──じゃーん!」

 

その瞬間、杏は着てきていたシャツを脱ぎ去った。

遥とて目の前で急にそんなことをされたら反応せざるを得ない。慌てて目を逸らそうとして、間に合わず。視界に入ってきたのは──水着だった。

 

「”ヴィエルジュプラム”、サマー衣装! これ、マキさんに用意してもらったんだっ!」

 

下も上もベースはピンクのワンピース型。

水着なだけあっていつもの衣装よりは大分すっきりしているけれど、それでもフリルで彩られている。

 

「……なるほど。杏先輩らしいもの、ですね?」

 

それを見た衿華がくすりと笑う。

衿華も大人数でプールに行くというのは初めてだったのか電車に乗っている間は相当に緊張している様だったものの、杏がそれを絆してしまったらしい。

 

「さてとっ! みんなも早く着替えちゃって、あたしがここで荷物を見とくから!」

 

杏の号令で一同が散っていく。

 

「なにぼーっとしてんの。行くよ、遥」

「……ああ、ごめん。透羽」

 

透羽に声を掛けられて、遥は我に返った。

杏の大胆な着替えに気を取られている場合ではない。荷物を見てくれるというのだから、さっさと着替えねば、と透羽についていこうとして──。

 

ふと、一人。まだ杏のところを離れないメンバーがいることに気がついた。

 

「紗ちゃんは着替えないの?」

 

杏の足元に置かれた荷物をガサゴソと漁りつつ、なかなかその場を離れようとしない。

怪訝な顔で杏が話しかけていた。

 

「き、杏先輩!? ……いえ。その……少し、探し物をしていますのでお気になさらず……」

「……そっか。多分、みんなもすぐに着替えちゃうと思うから紗ちゃんも急いだ方がいいと思うよ」

 

そこまで言われて、ようやく紗は渋々と立ち上がる。

 

「……わかり、ましたわ」

 

その普段割とせっかちな紗には似つかわしくない様子。

遥には、それがやたらと目についた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「さすが魔法少女。遥くんはきちんとラッシュガードを着るのですね」

「……え、ええ……日焼け対策、です……」

 

発した声は萎んでいく。

プールサイド、集合場所から少し距離のある壁際で衿華を前にして、遥はぎこちなかった。

というのも、彼女が水着に着替えてきた後だったから。

丈が長めのビキニとはいえども、普段の衿華のイメージがあるからこそ、露出が少しあるだけで彼女にしては大胆な格好に思えてしまう。

 

「ところでこれ、いかがでしょうか……。透羽さんと選んだのですが……」

 

心配そうに身を縮こませながら衿華は聞いてくる。

衿華はあまり一人でこういうタイプの水着を選ぶとは思えない。

透羽の入れ知恵……というのなら、どこか納得はいった。

 

「白基調……ノワールの衣装から、ですか?」

「……気づいてくださったのですね? 衣装を返してしまったのでその代わりに、と」

 

ちらちらと遥の方を伺いながらも、衿華は口にする。

白基調にフリルは多め。黒髪に白い衣装のコントラスト、そこにあるのは文化祭を境に見ることがなくなったノワールの面影。それだけで、()()を思い出せる。

実際、急なことで随分とドギマギしてはしまったけれど、遥から見ても似合っているように思えた。

 

「僕は好きです。それに、ノワールを思い出せますし」

「……そうですか。それなら良かったです……」

 

俯きがちになりつつ衿華は息を吐く。その顔は赤らんでいて。

もしかしたら、水着が似合うかどうか、というのは彼女なりに大分気にしていたことなのかもしれない。だからこそ、わざわざこうやって他のメンバーと距離を取るような真似をしたのだろう。

 

それこそ『ヴィエルジュ』に衿華が入ってきたばかりの時はこんなやりとりばかりだった気もするけれど、今となってはそうそうないことだから。

 

「行きましょうか、衿華さん。皆も待ってますし」

 

照れ隠しに『ヴィエルジュ』でしてたみたいにエスコートの一つでもと、遥は手を差し出した。

 

「……ええ。遥くんが似合っている、と。そう言ってくれるのなら──」

 

ぎゅっと、その手を強く握り返すと、

 

「張り切った甲斐が……ありましたっ」

 

衿華はいつもよりも幾分か無邪気な笑顔を浮かべてみせた。

足取り軽やかに踏み出しながら。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お先、行っくよーっ!」

 

跳ねる水しぶき、弾む声。集まってすぐに半ば飛び込むようにして真っ先にプールに入ったのは杏だった。

 

「ん〜っ! ほら、みんなも早くっ!」

 

手を振ってくる杏に釣られるようにして、遥も水に足を踏み入れる。

温水プールということも相まってか、足先に触れた冷たさに驚く──ことはなく、すんなりと体が浸かって。

 

──パシャン!

 

入って早々、遥は水しぶきを喰らった。

犯人が誰か、というのは考えずともわかる。杏だ。

仕返しをするつもりで、遥は水を蹴り上げた。

 

「うわっ!? 遥、今のかかったよ!」

 

しかし、狙いは逸れたようだった。悲鳴のち、再度の水しぶき。

そこにあったは透羽の姿。

 

「……なるほど。集まった時のプールというのは、こうやって遊ぶのですね」

 

そして衿華はというと、おずおずと水を掬い上げていた。

周りを見回しているところを見るに誰かにかけようとして、それでも、タイミングが掴めずにいるらしい。

少しだけちょっかいをかけるか、と。遥が彼女に狙いを定めた時だった。

 

「……あれ?」

 

ふと、違和感。一人だけ足りない気がして──。

 

「命中、です」

 

パシャリ、と。顔に命中した水しぶき。

遥の目の前で、悪戯っぽく笑う衿華。それはさておいて、遥は違和感の正体に思い当たった。

プールサイドで未だ立ち尽くしている紗だ。

 

「紗ちゃん、まだ〜?」

「いえ、その……わたし、は……」

 

杏が声をかけるも、返事は歯切れが悪いもの。

 

「ほらほら、早くっ!」

 

プールサイドに上がった杏が、紗の手を取る。

その時、紗はその手を跳ね除けた。

 

「わた、しは……泳げないのですっ!」

 

やけくそ気味に紗は叫ぶ。

その剣幕に、呆気にとられたかのように周囲が凍りつく。

 

どう反応すればいいのか、遥とてわからず。

だけれど、杏だけは違った。

 

「……そっか。ごめんね、苦手なこと、無理やり聞くような感じになっちゃって」

「……いえ。わたしの方こそ、急に杏先輩の手を跳ね除けてしまって……その、ごめんなさい」

 

二人とも素だ。

"魔法少女”をしている時とはまた違う、普段のキャラとは少し外れた落ち着いた口調。

 

「紗ちゃんはどうしたい? どうしても泳ぎたくないって言うのなら、あたしも付き合うよ。あっちの方、ゲーセンもあったし」

「……いえ、でも……わたしなんかが言って、迷惑かも、しれないですけど……っ」

「聞くよ。そういう約束だったでしょ?」

 

きっと、以前の『総選挙』での一件があったから。

 

「……わたしも、皆さんと一緒に遊びたい、です……プールで。でも、怖くて……」

「それなら、ね」

 

か細い声で発された紗の願望。

それを掬い上げようとせんばかりに、杏は彼女の手を取った。

 

「あたしがずっと、手を握っててあげる。一緒なら怖くないでしょ?」

 

手を取ったまま、二人してプールに浸かる。

紗は最初、苦手意識ゆえか強く手を握っていたけれど、入ってしばらく経つ頃には幾分か笑みを浮かべる余裕もできたようだった。

 

「……あの、杏先輩。それから、皆さん。もしよろしければ、なんですけど」

 

きっと杏の手助けもあって、ある程度緊張がほぐれてきたからだろう。

 

「……わたしに、泳ぎ方を教えてくださいませんか」

 

そう口にして頭を下げる。

負けず嫌いで常につんけんとした態度を取っていた頃と比べれば、かなり殊勝な態度だ。

それほどまでに、紗にしてみれば泳げるようになること、というのは大事なことなのかもしれない。

 

「これでも水泳は得意な方ですから、付き合って差し上げます」

 

最初にそう口にしたのは衿華だった。

 

「わたしで良ければ、少しは手伝えるよ」

 

透羽が頷けば、遥も釣られるようにそうして。

その中で少し遅れて杏は反応した。

 

「……そうだね。みんなで頭、悩ませようっ! 紗ちゃんが泳げるようにっ!」

 

努めて元気に。いつもの杏らしい仕草だったけれど。

突き上げた握り拳が、その指先が。僅かに震えていること。

 

杏の様子がどこかいつもと違うことに、遥は気がついてしまった。

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