“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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「魔法少女の夏休み-3」

「もう少し、足から力を抜いて。そこまで無理に進もうとする必要はありませんから」

 

紗が練習を始めてから一時間。

彼女の手を取り、泳ぐのをサポートしながら衿華がアドバイスをする。

 

「……手、離しませんわよね?」

「決して離しません。ですから安心してください」

 

口先でこそは揉めることが多いとは言えども、実際には案外二人の仲はいい。

衿華が教えれば、紗は素直に受け止める。だからこそ、遥が危惧していたようなことも起きず、紗の練習は思いの外ハイペースで進んでいた。

 

「紗さん、意外といい調子みたい。わたしが教えることもすぐに無くなっちゃったし」

「透羽は水泳そこそこなんだっけ?」

「うん。小学校の頃少しやってたぐらい……って、夏休みは一緒に水泳クラブやってたでしょ……」

 

ジトッとした視線を遥の方に向けつつ、透羽は唇を尖らせる。

そんな彼女のリアクションに身をすくめながらも、遥が一番気にかかっていたのは杏だった。

 

先程も紗の手を取っていた。

ずっと握ったまま、紗を支えるとまで言っていたというのに、今はプールの隅で紗の様子を眺めているだけ。普段の彼女なら先輩だからとばかりに、もっと積極的に紗に干渉していただろうに、今はちっともそんな気配は見えない。

 

杏がこんな調子だとどうにも不安だ。

 

「……少し、杏先輩のところに行ってくるよ」

「了解、わたしは衿華先輩と紗さん見てるから。こっちは任せといて」

 

そんな違和感には透羽も気づいていたのか、遥はあっさりと送り出された。

 

「ああ、遥くん。どうしたの?」

 

開口一番、どうしてここに来たのかとばかりに不思議そうな顔をして杏は聞いてくる。

 

「……ずっとこちらにいるので、体調を崩してしまったのかなと心配になって」

「それで、遥くんはあたしのことを気にかけてくれたんだ。ありがとね」

 

次に杏が浮かべてみせたのは微笑。取り繕うかのように、不自然なものだった。

 

「別に、体の方は元気だよ? むしろ、昔はプールに入ることすら無理だったんだから、絶好調ってぐらい」

「……それでも、杏先輩、やっぱり表情暗いです」

 

その瞬間、杏は一歩たじろいだ。

それを指摘されたことを恐れるかのように、不安げな表情を浮かべて。

 

「……バレちゃったか。やっぱり遥くんは鋭いね。自慢の後輩だよ」

 

視線は紗たちの方へ、衿華や透羽たちと練習をする彼女の方へ向けていた。

 

「あのね、あたし……どうしようもなく胸がチクチクするんだ」

 

胸に手を当て、瞼を閉じる杏。

それはまるでそのチクチクするという痛みを堪えているようでもあった。

 

「あたしは昔からプールなんてちっとも来れなかったから、泳ぎ方なんて知らなくて。今回は紗ちゃんに何も教えてあげられないんだ──()()として、さ」

 

思い返してもみれば杏はずっと()()として皆に尽くしてきた。遥に、紗に、わからないことがあると誰かが言えば付きっきりで教え、一人じゃどうしようもない時は一緒に頭を悩ませ、手を差し伸べてくれる。それこそ文化祭の時だってそうだ。遥にも覚えがある。

 

「衿華ちゃんも、透羽ちゃんも、紗ちゃんのことを助けてくれて。じゃあ、あたしには何ができるのかなって、何もできない。だから、側にいるのも怖くてさ。それって、すごく……」

 

その時、衿華が大きく手を振ってこちらを見るようにとでも言うようにサインを送ってきた。

 

「紗さん、泳ぎます!」

 

衿華の両手はもう紗を支えてはいない。

それでも、紗は水中に体を沈めた。水を掻く、飛沫を上げて水を蹴り上げる。

ほんの数秒、すぐに紗は顔を上げた。

 

「泳げました──! 杏先輩!」

 

それでも、最初の立ち位置からおおよそ五メートルほど離れた距離に立っている。

それは紗が泳いだ距離。皆に背を押され、最後は自分で進んだことで克服したという証。

 

 

「すごく寂しいことだなって……思ったの」

 

 

ぽつりと杏はそう口にする。

皆に囲まれる紗を見て、僅かに笑みを溢して。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

九月半ば、暑さが残る時期とはいえども夕方になってしまえば冷える時期。上着のポケットに入れた手、それに触れるものがあることに杏は気がついた。

 

取り出してみると使用済みのチケットが。

これを受け取った時の高揚感は忘れもしない。

 

『良いのっ!? マキさん!』

『ええ。まあ臨時ボーナスってことで。皆で楽しんできなさいな』

 

本当に自分は楽しみきれただろうか。

前方でぐっと伸びをする衿華を尻目に杏はそんな事を考える。

 

ずっと行ってみたかったプール。

ぷかぷかと体が浮かんで、一時的に重力から引き剥がしてくれる場所。

退院してから真っ先に杏が入ったのは学校のものだったけれど。

楽しみにしていた割には、ちっとも楽しみきれなかった。

というのも、一緒に楽しむ相手がいなかったから。誰とも分かち合えなかったから。

 

だから、今回はきっと楽しくなると思っていたのに。

 

「杏先輩! もうすぐ電車が来てしまいます! 急いでくださいな!」

「ん、ああ、りょーかい! 紗ちゃん!」

 

紗に呼ばれ、杏はふと気がついた。

駅まで続く一本道。歩きながら駄弁る遥と衿華、『ヴィエルジュ』で見慣れた光景に時折挟まる透羽、皆が待っていたようで、杏は慌てて駆け出す。

 

「それにしても、紗さんは案外飲み込みが早いのですね。今回ばかりはさすが、と。認めて差し上げましょう」

「……随分と上から目線ですわね。衿華さん、あなたのおかげで泳ぎ方を覚えられたというのは否定いたしませんし、感謝していますわ」

 

紗と衿華、二人は口先だけはこうも互いに争っているようで。

それでも、今日ばかりは近い距離感だった。衿華が相当に紗の指導に骨を折ったこと、遠目で見ている杏にだってそれはわかる。紗は他者に歩み寄ろうとした。

 

『ようこそ──ヴィエルジュピリオドへっ!』

 

手を引いて、『ヴィエルジュ』に引き入れたのは杏だ。

当時は後輩だった遥の教育係からちょうど外れた時期で、物寂しさを感じていた頃。

だけれど、紗は意外と手のかかる”魔法少女”で。言ってしまえば可愛げがある時だって稀だった。

だからこそ、『総選挙』での一件もあり、必死に頭を悩ませながらも一緒にやってきたのだ。

 

それほどまでに、紗に必要とされているのだ、と。そんな実感が杏にはあったから。

どこか紗が遠ざかってしまったように思えて、纏っていた()()が僅かに引っ込んで。

胸中、不安が芽生えた。

 

──あたし、いけないな。

 

紗の成長を、本来は祝福すべき立場にあるはずなのに。

先程、紗が少しでも泳いでみせた時、笑いかけてあげられなかった。

拍手しようとして伸ばした手は震えたまま宙ぶらりんになった。

 

杏は()()として正しくあれただろうか──。

 

脳裏を過った疑問が、余計に胸をチクチクと刺した時、

 

「それでも──わたしが一番お世話になったのは杏先輩ですわ」

 

振り向いた紗が、その瞳が杏を捉えた。

 

「……あたし? ご指名ありがとうだけど、泳ぎはさっぱりで何も……」

「何をおっしゃいますか。そもそもあなたが手を引いて、()()()()をくださったこと。それがなければ、わたしは水に入ることすらできませんでした」

 

触れた紗の手。こちらに、とでも言うように軽く杏の手を引く。

途端、一歩前に出た足。気づけば、皆に追いついた。

 

「それだけではありません。こうして皆さんと仲良くなれたのだって、杏先輩がわたしに歩み寄ってくれたおかげです。今日も誘ってくださって──ありがとうございました、杏先輩」

 

笑いかけ、そうやって紗は口にする。

もしかしたら、杏の様子を案じてくれていたのかもしれない。

だとしたら、良くできた後輩だ。

 

「……そっか」

 

遥がそうだったように、きっといつか紗も()()()()する時が来るだろう。

それでも、一緒に過ごしてきた時間が残していったものは確かにある。

 

「それなら、先輩冥利に尽きる、かな」

 

今だって胸中に広がっていった気持ち。

紗と過ごしていると胸がポカポカする、温かい。

せめて紗が巣立つまではそっと胸の中で抱きしめていたい感情。

 

紗が良くできた後輩だとするのならば、彼女を育てたのは杏自身だ。

 

「ありがとね、紗ちゃん」

 

それなら、もう少しぐらい()()を持ったって良かったのかもしれない。

 

「それじゃ、行こっ! みんなっ!」

 

走り出した杏を見て、遥が歩調を早めれば、衿華もそれに合わせて早足気味。

透羽はワンテンポ遅れ気味で、紗は手を握っているからすぐ後ろにいる。

 

射した夕日が作り出した一本の道筋。

 

駆け出す皆を先導していたのは杏だった。




三話ほどの短編ですがお付き合い頂きありがとうございました。
二章の構想もある程度できあがってきましたので、その時は是非よろしくお願いします。

P.S.編集作業が佳境です。
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