“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#36 「魔法少女の先輩たち」

「どうしましたか? 遥くん」

「……いえ、ちょっと考え事をしていただけです」

 

きっと、顔に出てしまっていたせいだろう。

首をかしげてくる衿華に対して、慌てて取り繕いながらも遥は答えた。

 

遥はテスト勉強を、衿華は受験に向けて。

放課後から最終下校時刻までの三時間。ロッカールームから図書室へ。衿華はバイトこそやめてしまったけれど、一緒に過ごす時間は残っていた。

一度生まれた接点は強いもので、そう簡単に無くなるものではなかったのだろう。

 

夕暮れ、射し込む西日が暖かく包みこんでくる中で、衿華と隣合わせ。

穏やかに過ぎていくこの時間が遥は好きだったのだけれど。

ただ一つ、今日に限っては引っかかるものがあった。

 

「やはり、バイトの──『ヴィエルジュ』のことですか?」

「……まあ、はい。流石、衿華さんは勘が鋭いですね」

 

それをあっさりと衿華は見抜いてしまう。唯一、学校で『ヴィエルジュ』のことを相談できる相手で、かつ、杏を除けば数少ない遥にとっての頼れる先輩だ。

彼女になら、安心して相談できる。

 

「……少し、紗さんのことで……」

 

それは、昨日のバイト後、ロッカールームにて。

 

『ヴィエルジュブラン──いえ、真白()()

 

紗の覚悟を()()()()としたものだった。

 

『わたくしに、力を貸してくださいませんか』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『ヴィエルジュノワール——わたくしと、勝負なさいッ!』

 

五月末の宣戦布告。

『魔法少女総選挙・夏の陣』にて、今この場にはいないヴィエルジュノワール──黒咲衿華に言い放った言葉が紗の脳裏をよぎる。

結局、八月の決勝ラウンドで紗は彼女に敗れた。トラブルは色々とあったけれど、最終的には友情を結べたのだ。それで結果オーライ──と行きたいところだったけれど。

 

「──『魔法少女総選挙・冬の陣』を開催します!」

 

こうして目の前に再び勝負事が現れてしまうと、紗とて心中穏やかではいられなかった。

何せ、一度は敗れた身である。それも、惜しいところで。

 

「はいはーい! 質問っ! 今回もルールは変わらないの?」

「基本はね。予選ラウンドと決勝ラウンドの二つに分かれていることは同じ。優勝した魔法少女に強化フォームが与えられるのも同じよ。ただ、ね──」

 

マキは不敵な笑みを浮かべると、今しがた質問してきた杏を、真っ向から指した。

 

「今の『ヴィエルジュ』は魔法少女不足。そこで──今回は特別に過去優勝者の参加も認めるわ!」

 

過去優勝者。それが誰を意味しているのか、答えは明白だった。

 

「ほんとっ!? じゃあ、あたしもっ!?」

「もちろん。精一杯力を振るってきなさいな」

 

杏が出られるということ、だけれど。

彼女が喜ぶ素振りを見せたのは、ほんの束の間だった。

 

「……あ、でもさ、マキさん。今回もユニット組んで大丈夫、なんだよね?」

「ええ。その辺のルールも前回とは変わらないけど」

「じゃあ……あたしは遠慮しとこっかな」

 

誰のことを想って杏がそんなことを聞いたのか、きっとそれは言うまでもなく。

 

「紗ちゃんと出なきゃ、だし」

 

前回の総選挙と同じく、紗のことを指していた。

 

「そう? あなたにしては珍しいわね?」

「だって、あたしは()()だよ? だからね、紗ちゃん。今回もドーンと任せといて!」

 

”ヴィエルジュプラム”という”魔法少女”。

主人公格ともいえるピンク担当の彼女がどれだけすごいかということ。紗は一番間近で見てきただけに、それを知っている。

 

とにかくあざとくて、それでいて嫌味がなくて。

そのはつらつ可愛い姿を見ていると元気がもらえる。

そうやって手を引かれて紗自身ここに来たのだ。

 

ただ、それだけに──。

 

『「はつらつピンク! ピュアっと可愛いあたし──”ヴィエルジュプラム”をよろしくお願いします──っ!」』

 

杏の眩しさは、一人で独占して良いものではないこと。

それもまた、紗が知っていることではあった。

思えば、ここに入ってきてから半年ほど。その間ずっと杏に頼ってきたのだ。

 

どう給仕をすればいいかという基本的なところから、『総選挙』では一緒にユニットを組んでもらったうえ、周囲と馴染めるよう精一杯頭を悩ませてくれた。

 

杏が手を差し伸べてくれて。それを取るのは簡単だ。

だけれど、紗は躊躇った。

 

きっと、そろそろ紗だって一人で歩き始めなければいけない時が来ているのだ。

ユニットを組んだところか独り立ちまで、遥と衿華、その二人を見てきたからこそ焦燥感は強まる。

 

だからこそ、紗はその手を取らなかった。

 

「……杏、先輩。今回はわたし一人でやらせてください」

「紗、ちゃん……?」

 

杏は困惑しているようだった。

それもそうだ、ずっと彼女について回ってたのだから。

だとしても、杏の()()だからこそ、証明したかった。

 

()()()が、立派に()()をしていたということを──独り立ちを持って。

 

「挑戦したいのです──"ヴィエルジュプラム"に」

 

果たして、杏は頷いた。

 

「……そっか。なら、受けて立つよ──"ヴィエルジュシアン"!」

 

はつらつと紡がれた宣戦布告。

突き出された拳。

それを互いにぶつけ合い、共闘体制(ユニット)から好敵手(ライバル)へと。

 

かくして、関係は移り変わっていく。

杏が突き出した拳の震えは、誰一人として知る吉もないままに。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

今日の掃除当番として、遥が帰り支度をしたのは誰もいないロッカールームでのことだった。

思いを馳せるのはつい先程できたライバル関係。

紗と杏はずっと一緒にいるものだとばかり思っていたから少し意外性を感じると共に、それでも腑に落ちるものではあった。

 

「……僕も、巣立ちされたもんな」

 

衿華が『ヴィエルジュ』から巣立っていったのはつい二ヶ月前だ。約束もあれば、今だってしょっちゅう顔を合わせてはいるけれど、寂しさはある。それでも、仕方がないことなのだ。

先輩後輩の関係性というのはいつか終わるものなのだから。

 

──と、そんな風に物思いに耽っていたからこそ。

全くの予想外だった。

 

「──待っていましたわ。ヴィエルジュブラン」

 

紗がホールで待っていたことが。

それも、一人で。

 

「……どうしたんですか」

「まず、以前の総選挙での一件を謝罪させてください」

 

ぺこりと頭を下げ、そして、紗は遥に向き直る。

 

「そして、今回の総選挙のことで一つお話が──わたくしに協力して頂けませんか。確か、あなたは今回の『総選挙』、参加しないのでしたよね?」

 

参加はしない、と。

それは先程の意思表明で確かに遥が口にしたことだった。

 

「……つまるところ、ユニットを組みたいということですか?」

「いえ、ステージに立つのはわたくしのみ。あなたにはアドバイザーという形で協力して頂きたいのです」

 

──アドバイザー。

杏風に言い換えるなら一緒に頭を悩ます相手と言うことだろう。

ただし、衿華の時みたいに一緒にユニットを組むわけではないのだから一歩引いた立場にはなるのだろうけど──。

 

「どうして、僕なんですか? 杏先輩にでも頼めば、アドバイザーぐらいは……」

 

その一点が気になった。

何せ、紗には杏という最強の先輩がいる。

ユニットを組まないにしろアドバイザーという形でも受けてくれそうなものだ。

 

「わたくしは、杏先輩を──"ヴィエルジュプラム"を倒したいのです」

 

しかし、紗は横に首を振り、真っ向から遥を捉えた。

その瞳に宿る光がちりりと揺れる。強い意志を秘めていた。

 

「そうして、あなたの後輩は立派に育ったと、あなたは素晴らしい()()だったと証明したい。いつまでもわたくしだけが杏先輩に縋っているわけにはいかないのです──」

 

つまるところ、巣立ち、そして杏を肯定するため。

杏のため、という部分が大きかったのだろうけど。

 

「しかし、彼女は一筋縄で行く相手ではありません。だからこそ、もう一度聞きます。前々回優勝者のあなたに」

 

自分の持つ武器を──遥らを含めた人脈を使い、全力でもって杏に立ち向かうのだ、と。

 

「ヴィエルジュブラン──いえ、真白()()

 

杏と出会い、ここで得た全てをぶつけ、相手をするのだ、そして勝つのだ──と。

 

「わたくしに、力を貸してくださいませんか」

 

それは紗自身の決意でもあった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……なるほど。それで、どうするつもりなのですか? 真白()()?」

「まだ迷ってるんです。僕だけっていうのがちょっと不安で……。あと、その呼び方恥ずかしいのでやめてください……」

 

話を聞き終えた衿華は頬を膨らませながら聞き返してきた。

今の話にどこかしら、不服なところでもあったのだろうか。

 

「まず、先に一つ。紗さんに忠告しておいてください。遥くんを()()呼びして良いのは私だけだ、と」

「……は、はい。まあ、全然慣れないですし」

 

その拘りについてはよくわからなかったけれど、遥自身、先輩と呼ばれるのは慣れていない。

言われるまでもなくそうするつもりだった。

 

「……とにかく、呼び方については徹底していただくとして。『総選挙』の件については、私も相談ぐらいには乗れるかと思います。これでも──前回の優勝者、ですので」

 

微笑むと、衿華はそう言う。

 

「私たち二人なら、心配いらないでしょう?」

 

実際、その通りだ。相談とは言え、衿華が力を貸してくれるというのなら、それ以上心強いことはない。

 

「……ええ。ほんとに心強いです」

 

だからこそ、あと引っかかることが一つだけ。

バイト後に残されたものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「遥くん、悩ましげだね。杏先輩が話を聞いてあげちゃおっか?」

 

ベンチに腰掛ける遥へ、ロッカールームに入ってきた杏は開口一番にそう聞いてくる。

先ほどまで悩んでいた事自体、もう答えは出かかっていたけれど。

ただ、一点。杏には相談したかったのだ。

 

「……杏先輩は、巣立ちってどう思いますか?」

「ん、ああ。紗ちゃんのこと? もう本人から聞いたよ。先輩に隠し事はできないんだから」

 

おどけたような口調で話しかけてくる杏は、どこか普段と変わらないようだったけれど。

 

「ねぇ、紗ちゃんのこと、だけどさ」

「……はい」

「あの子は強気に見えるけど、とても繊細なんだ。言葉を尽くして、いっぱい話して、それでも、足りないぐらいかもしれないんだけど、とにかく話しかけてあげて。一緒に頭を悩ませて」

 

胸の前でぎゅっと握られた拳。それは震えていた。

間違いなく、杏は誰よりも紗のことを想っている。

 

「……きっと、あたしも不安なんだ。こうやって、自分の後輩を誰かのところに送り出すのなんて初めてだから。もちろん、見守るけどさ。それでも、前よりは見てあげられなくなっちゃう」

 

紗を気遣うように、いくつも杏は言葉を紡ぐ。

送り出した先でも大丈夫なように、と。きっと、彼女が一人でやっていけるのか不安だから。

 

「……杏先輩の気持ち、伝わりました。それだけ紗さんが大事なんだって」

「……ごめんね? 辛気臭くなっちゃって。とにかくっ! 困ったことがあったら、あたしに相談すること。二人の()()なんだからっ!」

 

弾みを付けて杏が立ち上がったタイミング。

それと同時に紗が部屋に入ってくる。

 

「あとはお二人に任せるよ。ただ、あたしもそう簡単に負ける気はないから」

 

宣戦布告、というよりも。

紗の背を押すため。去り際に杏が口にした言葉はそのためにあったもののように思えた。

 

「ねぇ、紗さん」

 

入れ替わりでベンチに腰掛けた紗に話しかける。

杏から譲り受けた責任、それを反芻するように、遥もまた決意を。

 

「……勝ちましょう。杏先輩に意地を見せてやりましょう」

 

昨日の紗の勧誘に対する答えはそれで十分に伝わったようだった。

意思表明と共に遥が差し伸べた手。それを、紗は取った。

 

「ええ、無論ですわ。わたくしたち二人──杏先輩の()()として」

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