“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
『それじゃあ、次──蒼井紗さん。自己紹介、お願いしてもいいかしら?』
”好き”を、皆の前で発表しろ。
紗が中学一年生になって一番最初に待ち受けていたイベント──『自己紹介』。
意気揚々と立った黒板前、目の前にずらりと並ぶ見慣れない顔ぶれ。
「あ」から始まる名字だったことも相まって、一番初めに呼ばれたから。
額面通りにその言葉を受け取った紗は、声を張り上げて目一杯に”好き”を表現してしまった。
『わたしが好きなもの──”キラピュア”ですっ!』
妖精のあしらわれた髪飾り。ポニーテールを結わえていたそれが、紗の頭の動きに合わせて揺れる。
腕に巻いていたシュシュにもまた、同じワンポイント。
制服によって画一化された教室の中で異分子足り得るもの。
アクセサリーで、たった今口にしてしまった言葉で、教室中がしんと静まり返る。
『……そうなの、素敵ね。それじゃあ、蒼井さんに質問したいことがある人──』
誰一人として手を挙げず。
その時、最前列で紗を見ていた顔。
日に焼けた女子生徒が、小さく指さしてきて──。
「──起きなさいよ! いい加減っ!」
揺さぶられた上に耳元で聞こえてきた大声。
一気に意識を引き戻されて、紗は上半身を持ち上げた。
「……ん、織部さん……? あれ、わたし……」
「寝てた。だから、起こした。急いで、次移動教室だから」
時間を見るに、どうやら今は休み時間らしかった。
昼食を摂って──それから間もなく、紗は寝てしまっていたのだろう。
覚えはあった。昨日、『総選挙・冬の陣』へはアドバイザーとして遥についてもらいつつも、一人で出ると宣言して。そのまま家に帰っても寝れず、ずっと頭を悩ませていたから。
杏は強敵だ。それは隣にいた紗が誰よりも知っている。
正攻法で戦うにはあまりにも強大すぎる。だからこそ、前回の総選挙で言う遥たちの寸劇のような、プラスアルファが必要だったのだろうけど──。
「……だから、このままじゃ本当に遅れる! 早く支度して!」
「……あ。ごめんなさい。少し、考え事してたの」
荷物を抱える紫菜は大分ご立腹な様子。
仕方あるまい、紗を起こしたと思えば中々支度をしないのだから。
「とにかくっ! アタシはそこまでお節介じゃないんだから。置いてくよ?」
──でも、声をかけてくれてるじゃない。
その言葉を紗は飲み込んだ。
流石に何を言えば相手が怒るか、それぐらいはわかるようになってきたから。
「……ありがとね。それじゃあ行きましょ」
「変な蒼井。何考えてたの?」
歩調は早めに刻みながらも、隣を歩く紫菜は聞いてくる。
馬鹿正直にバイトのことを口にするべきだろうか、と。そこで紗は思いとどまった。
流石に自分が魔法少女コンセプトカフェで働いている──なんて。そんなことをいきなり話してしまったら引かれてしまいそうだ。
乙女には秘密の一つや二つ、あったっていい。
「そうね──自分の好きなことについて、かしら」
革靴で踏むステップは高らかに。
はぐらかすようにして、紗はそう答えた。
「……好きな、こと……」
その歩調が一歩、乱れた。
突然、一緒に歩いていた紫菜が立ち止まってしまったから。
「……どうしたの? 織部さん」
「ん、あ……ううん。なんでも、ない」
そう言う人に限ってなんでもなくないことを紗はよく知っている。
だけれど、踏み込むことなんてできるわけがなかった。人には上辺が必要だ。
それは、中学一年生のあの日──自己紹介をした時を
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「──こんな時間までお疲れ様。はい、まかない。熱いうちに食べちゃいなさいね」
「ありがとうございます、マキさん」
テーブルに置かれたオムライス。
それを二人して囲む、遥と紗は未だに頭を悩ませていた。
「それにしても、普段のパフォーマンスだけで勝負するって……」
「真白さん、食べ始めるのなら口をつぐんでくださいな。はしたないですわよ」
「……は、はい。わかりました……」
というのも、紗が思っていた通り強情で、かつ、拘りが強い相手だったから。
「スプーンの持ち方が少し違いますわね。わたくしが直接教えて差し上げますわ」
まかないを食べる。それだけのことでも多くに口出ししながら、今だって直接手を取って、スプーンの持ち方を教えてくる。
「……あの、紗さん」
「どうしましたの?」
「距離感……その……近いです」
言われてやっと気づいたのか、はっとしたように紗は手で口を覆う。
「す、すみません……。つい、同性の方を相手にしているような調子で、わたくし……」
こういう仕草一つ取っても自分のキャラ付けをしっかり守っているのは素晴らしいことだけれど、行き過ぎてしまうと多少の息苦しさを伴ってしまう。
そして、一番の論点となっていたことはまさしく、それに起因していて。
やっとのことでオムライスを食べ終えると、遥は改めて話題を戻した。
「それで──普段の浄化とライブパフォーマンスのみ。寸劇とか、そういう他のことはやらない、と……?」
「……ええ。わたくしは真っ向から、杏先輩と戦いたいのです」
きっかけとしては、紗が寸劇をはじめとする変化球的なパフォーマンスはできればやりたくない、と言い出したこと。
つまるところ、彼女が宣言した通り、真っ向から戦いたいのだと言う。
思い返しても見れば、以前の総選挙での紗と衿華の対立も、寸劇が気に入らないという紗の言葉が発端になっておきた事件だった。
和解したとはいえど、やはり自分のことになってしまえば思うこともあるのだろう。
「……それ、すごく難しくないですか? だって、相手はあの杏先輩ですよ?」
杏はあまりにも一人の魔法少女として魅力に溢れている。その仕草、声、あざとくても嫌味がない──はつらつ可愛さ。それを前にしてもなお真っ向から立ち向かうのは至難の業だ。
「……それでも、だからこそ、やる価値があるとは思いませんか?」
だけれど、その強情さは、突き抜けようとする信念は、歪められそうにないものだった。
首を横に振り、毅然と紗は言い放つ。
「……まあ、確かに……」
確かに、杏に勝つこと。それがどれだけ難しいことか
「杏先輩と戦える──この機を逃したくない。後悔の無いようにしたいのです」
一度勝者になってしまえば、総選挙には出られない。
だからこそ、特例が出て久々に杏と戦えると言うのならば、紗の言う通り、機会を逸したくないという気持ちはわかった。
そして、何よりも。後悔という言葉。それには、遥自身も思うところがあって。
「つまり、プラスアルファ無しで杏先輩に立ち向かう……本当に、それで良いんですね?」
「──ええ。はじめからその覚悟ですわ」
強情で、誰よりも真っ直ぐな紗がここから首を横に振る──そんな展開はちっとも予想できなかったから。だからこそ、それでいい。
杏と真っ向から戦うこと──そのために頭を悩ませるのはきっと──困難なだけに、面白いに違いない。
以前はプラスアルファで戦うことを提案してきた杏だ。真っ向から勝負するのだと宣言したらどんな顔をするのだろうか。もしかしたら、驚くのかもしれない。ならば、それも悪くはないだろう。
「なら、やってやりましょうか──真っ向から」
◇ ◇ ◇
──とは、言ったものの。
変化球は投げられない、真正面からどストレートに、如何様にして杏を倒すか。
それならば、どのような方針でアドバイスをしていくかは案外煮詰まるもので。
バイトが終わって、マンションに戻ってからも遥の頭の中はそのことでいっぱいだった。
だからこそ、と言うべきか。
「っと、すみません」
廊下で鉢合わせた人影に気づかず、ぶつかりそうになってしまって。慌てて謝罪をした時だった。
「──あ、遥。ちょうど良かったよ」
頭上から降ってきたのは、聞き覚えのある声。
「……透羽? どうしたの?」
ちょうど遥の部屋へ向かうところだったのか、紙袋を胸に抱いた透羽がそこにいた。
「少し、”魔法少女”のことで、ね?」
P.S.私事ですが、飲食でアルバイト初めました。ホールスタッフ、ハードだ……。