“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「……ふぅ、温かい……ほんと、ごめんね? こんな時間に」
「別に、ちょうどバイト明けだったから。気にしなくて良いよ」
出されたコーンポタージュを一口啜って、透羽は一息吐いた。
もう十月だ。夏空は遠く、夜ともなれば随分肌寒い。そんな中、訪ねてきた透羽は遥が貸していた『キラピュア』のブルーレイを返しに来たのだと言う。
「それにしてもさ、別に今日返しに来なくたって良かったのに」
「ううん、早く返さなきゃって言うより、続きが気になっちゃってさ」
既に透羽の視線は棚の方へ向いている。
透羽にブルーレイを貸したのはつい数日前、段々と消化速度が速くなっていっているところを見るに、本当にのめりこんでいるらしい。
「今は『キラメキ☆キラピュア』を見てるんだっけ?」
「そうそう、『ラブっと』の次のやつ。それでね、段々わたしにも、わかるようになってきて」
「……何が?」
ぐっとカップの中身を飲み干すと、ふふんとばかりに鼻を鳴らす。
自慢げに透羽は言い切った。
「──お約束! ”魔法少女”の在り方、みたいなの」
キラピュアに限らず、そもそも”魔法少女”に限らず、長期で続いているシリーズものにお約束というのは付き物だ。ただ、それはあまりにも見慣れてしまっているからこそ、普段は遥があまり意識していないことでもあった。
「……例えば?」
「何かを守るために”魔法少女”は変身するんだ──って。遥もそうだったんでしょ?」
覗き込んでくる透羽の表情──それは至って真面目なものだ。
「自分の”好き”を守りたい。だから、変身した。それが文化祭だったんだね」
改めて言葉にされてみると、若干の気恥ずかしさはあったけれど。
それでも、あの瞬間の遥は確かに胸を張っていた。ただ、"好き"を守り抜くために。
「……まあ、そう、だけど……というか、あの時は必死だったし」
「必死なの──真っ直ぐなの。そういうのって、応援したくなる。”魔法少女”と同じだよ」
きっと、透羽は思い出しているのだろう。
遥に向けて叫んだ、その瞬間を。あの時、目眩がして。立っていられないぐらいに緊張して。
それでも、最後に遥を進ませたのは透羽の
「……そっか。改めて、ありがとうね。透羽」
「そもそも、わたしが原因で……って、この話はしない約束だったね。結局さ、何が言いたかったのかって──」
空っぽのコップを、ぎゅっと透羽は握りしめる。
温めた本題を、そっと吐き出すように、口にした。
「"魔法少女のお約束"──その真っ直ぐさが眩しいなって。そう思ったの」
立ち上がると、透羽は棚の前に立つ。
そして、今は堂々と陳列されている『キラピュア』ブルーレイをいくつか抜き取った。
「つまり、大きくなってわかってくることもあるってこと。『キラメキ☆』の続き、借りてくね?」
「了解。別に、ゆっくり見てくれていいから」
「それはどうだろ。案外、深夜に続きを取りに来たりして……なんて」
透羽の視聴ペースから考えると、あまり洒落にならない言葉と共に、彼女は部屋を出ていく。
ただ、何かを”好き”だと思うこと、打ち込めるのは良いことだ。それが、遥と”分かち合える”ものだったからこそ、尚更そう思えたのだろう。
透羽が辿っていく先に何があるのか、遥は知らない。
何せ、まだ探している最中なのだから。そして、別に手助けぐらいならしてもいい。
「ちょっと待ってて。送ってくよ」
一枚羽織り、遥も部屋を飛び出していく。
まずは一つ、帰路につく手助けをするために。
『真っ直ぐさは眩しい』──透羽の残していった言葉を反芻しながら。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……うぅ……見つかりませんわ……」
「どうしたんですか? 紗さん」
バイト明け、ロッカールームに入って早々遥を出迎えた声。
それは、困っていることを全面に主張したものだった。
「杏先輩に勝つ算段が──見つかりませんの……」
「……あー」
そもそもとしてそれは、遥の頭を悩ませていたことだ。
そして、やはりと言うべきか遥が辿り着いていなければ紗も、その答えはわかっていなかった。
「まかない、今日はコーヒー付けられるけど……って、どうしたのよ。そんなゲッソリとして」
部屋に入ってきたマキを驚かせてしまうぐらいには、二人共疲れ切った表情をしていたらしい。
「……まあ、取り敢えず、”魔法少女”のケアは私の仕事だから。そういう時は相談しなさいな」
遥達の隣に腰を下ろすと、マキはそう口にする。
一応は頼れる大人、なのだから。任せなさいと言わんばかりに、彼女は胸をトンと叩いた。
「紗さんの『総選挙』……杏先輩に勝つ算段をずっと探してて……」
「杏に、ね……遥くんがアドバイザーで、紗ちゃんは給仕とライブだけで勝負するんだったわよね?」
以前、申告したことの反復に頷く。
「……確かに難しいわね。ただ、強いてアドバイスするのなら……」
多少考え込むような仕草を見せた後、ピッとマキが指した相手は遥だった。
「アドバイザー──ヴィエルジュブランは『総選挙』を勝った”魔法少女”でしょ? 杏は出てなかったけど、寸劇とかも無くして、ね」
マキが言う通り、遥は以前の『総選挙・冬の陣』で勝っている。
そして、その時は確かにプラスアルファに頼らず戦った。というよりも、衿華との時がイレギュラーではあったのだけれど。
「解決策は案外、経験の中にあるものよ。この年になるとしみじみと……感じられちゃうのよね……」
マキは最後だけ顔を顰めた。それで目尻にシワが寄ったのはさておいて。
確かに、解決策を考えるばかりでそれが見つからないのなら、過去、経験に答えを求めてみること、近しいようで、その発想は出てこなかった。
「それじゃあ、私はまかないを作ってくるから。その間、若い衆は目一杯頭を悩ませてなさいな」
マキが部屋を出ていったのと同時に、紗がぽつりと零した。
「……教えてくださりませんか。あなたの『総選挙』を」
真剣な表情で見上げてくる紗。そうともなれば、遥も真剣に答えなければいけなかったのだけれど。
「……別に、僕も特別なことをしたわけじゃないんです。ただ、強いて言うのなら──」
『真っ直ぐさは眩しい』──”魔法少女”の胸には純粋な感情があると言う。
迷子だった自分が手を差し伸べられた時に灯ったもの。
画面の向こうに
「──”憧れ”。ただ、好きな”魔法少女”の真似をしてました」
フリューゲルのように優雅に、名も無い魔法少女のように笑顔で。
眩しかった”憧れ”に手を伸ばそうと奮闘していた記憶はある。
「憧れてる──好きな、”魔法少女”……」
考え込むような仕草すら、紗は見せることはなかった。
ただ、すぐに遥を見つめ返して。そうして、口にした。
「──”ヴィエルジュプラム”。彼女が、わたくしの憧れ、ですわ」
”魔法少女”としての、杏の名前を。
「……じゃあ、プラムのどういうところが好きなんですか?」
「それは、考えるまでもありませんわ」
間髪入れることなく、紗は言葉を継ぐ。
「──笑顔です。ここに来た時、心細かったわたくしに初めて向けられたその表情が、ずっと忘れられませんの」
確かに、今回に限って言えば杏は敵かもしれない。
それでも、紗にとってはかけがえのない先輩なのだろう。
ここに、”好きを分かち合う”場所に、手を掴んで、引き込んでくれた相手だから。
遥だって、杏には感謝している。彼女がいなければ、
それなら、紗が杏に憧れる理由もわかる。迷子の遥に手を差し伸べた”魔法少女”が、紗にとっての杏──ヴィエルジュプラムなのだ。
「……それ、でも……」
紗は俯いた。
まだ何か、後ろめたいことがあるとでも言うように。
「わたくしは──わたしは、そこまで笑顔が上手くなくて。人とも、杏先輩ほど上手く、できなくて……」
紗は真っ直ぐな”魔法少女”だ。
自分の気持ちに正直で、自分の思い描く”魔法少女”像に向けて、真っ直ぐと進もうとして。
それでも、上手く行かない。その姿は、以前の『総選挙』での歌が苦手だと言った衿華と重なる部分があった。それならきっと、解決策だって同じようなものだ。
「……それなら、練習すれば良いんです。誰も笑いはしません。人より上手くできなくて、晒せないでいる弱さも。だって、
自分の”憧れ”に向けて真っ直ぐな”魔法少女”。
その姿を笑う者は、
「──そういうのだって、『ヴィエルジュ』は"分かち合える場所"、ですから」
P.S.編集作業終わりました。ギリ規定に収まって良かった……。