“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「アンタ、それ、どういう表情?」
笑っているのか、それともげんなりとしているのか。
どちらとも取れないような中途半端な表情でいる紗。
その様子が気になってしまったのだろう、珍しく登校して席について早々、紫菜は話しかけてきた。
「笑顔よ。ずっと練習してたから」
「……笑顔の練習って……どういう状況なわけ?」
呆れたような表情で、紫菜は聞いてくる。
こういう時こそ堂々と、自分の努力を喧伝するように紗は口にした。
「バイト先で、最高の笑顔を作るため。そのために頑張ってるの」
「なにそれ、スマイル0円……みたいな?」
「似て非なるもの、かしら。秘密のお仕事って感じ?」
途端、紫菜の表情は怪訝なものになった。
「……え、アンタそれ、大丈夫なやつ……?」
「そういうのじゃないわよ。というか、心配してくれてるの?」
「なっ……ち、違う、けど……」
顔を赤くして視線を逸らす紫菜。
実際、『ヴィエルジュ』でのバイトについて説明するのは相当に難しい。
”魔法少女”コスをして、浄化と称した給仕をして──なんて、普通に考えれば”怪しいバイト”に分類されてしまいそうなものだし。
「……それで、笑顔の練習? なに、アンタ、そんなに笑うのが苦手なの?」
「苦手というか、ちょっと前まであまり笑うことが無かったから、というか……不慣れなのよ、わたし」
どことなく、話していて紗もとがった口調になってしまう。
実際、中学、高校と『ヴィエルジュ』以外ではあまり笑うことが無かったように思う。
そうやって、一緒に笑い合う相手なんてほとんどいなかったから。
「……まあ、そうね……」
紗の口調が若干落ち込み気味だったから、だろうか。
紫菜はしばらくの間黙り込んでしまって。それから、言った。
「その……コツ、ぐらいなら教えてあげられるかも」
「……あなたが?」
そういう言い方をしてしまうと多少語弊があるような気もしたけれど、紫菜が笑顔のコツを教える──というのは、紗にとって意外なことで。何せ、出会った時から紫菜は無愛想だったのだから。
「強いて言うなら、誰に笑顔を見せたいか──とか、そういうところじゃないの?」
余計、顔を顰めながらも。
「今までは──その、笑顔を見せたくない相手が多かった……とか、そういう感じでしょ?」
「……まあ、確かに……そうね」
紫菜が口にしたアドバイスは、案外、的を射たものだった。
周囲というのは、隙を見せてしまえば牙を向けてくる。中学の頃に紗がいたのは、そういう環境だ。
特に、剥き出しになった感情というのには特に敏感で。相手に付け入る隙を与えないよう、身を丸めることに当時は必死だったのだ。
「だから、笑顔を向けても良い相手、その人のことを考えてれば良いんじゃないの?」
最後は少し恥ずかしげなのか、早口気味に言い切る紫菜の姿が、どこか心強く思えた。
「……アドバイザー……」
「……は?」
「織部さん、なんか有能アドバイザーって感じ。ためになったわ……!」
紫菜が赤面した瞬間、チャイムが鳴ったのはそれと同時だった。
担任が教卓に立ち、周囲が静まり返る。
だからこそ、ぽつりと紫菜が口にした言葉。それを、紗は聞き逃さなかった。
「買いかぶり過ぎだし……天然め」
◆ ◆ ◆
「……紗さん、あなたにしては珍しいわね」
更衣室で着替える遥の下に届いた、お説教じみた声。
ロッカールームに出てみると、そこにはベンチで身を縮こませる紗と、険しい顔をしたマキがいた。
「口上を間違えたり、メニューを取り違えたり……紗さんらしくないじゃない。『総選挙予選』が近いからって、ちょっと浮足立ちすぎよ」
どうやら、今日の給仕について反省会をしているらしい。
遥から見ても、確かに今日の紗はミスが多かった。
マキが言う通り、口上を間違えたり、別の卓番に料理を運んだり、と。何と言うか、集中力が欠けていたような気がしたのだ。
「まあ、とにかく気をつけること。以上よ」
部屋を出ていくマキと入れ替わるようにして、遥は紗の隣に腰を下ろす。
「……今日は、何かあったんですか?」
軽く視線が逸らされる。ミスをしたということで、後ろめたさがあったのだろう。
「……少し、笑顔のことで……」
それは、以前から紗が不安がっていたことだった。
自分の憧れは──杏は、笑顔が素敵な”魔法少女”だから。ああいう風に笑えるようになりたい、と。
「……どうしても、意識しすぎてしまうのですわ。もっと笑わなければ、と……」
「……でも、難しいんですね?」
「ええ。高校の──クラスメイトからもアドバイスを受けたのですが、どうにも意識すれば意識するほど、表情が強張ってしまって……」
「……それは、どのようなアドバイスを?」
俯きがちになりながらも、紗は言った。
「誰に笑顔を見せたいか──それを意識すればいい、と」
「……なるほど」
確かに、それは一見効果的なアドバイスには思えた。
「その笑顔を、誰に見せたかったんですか?」
「そんなの、杏先輩に決まってますわ」
即答。笑顔を見せたい相手は決まっている。
それなら、話は簡単なように思われたけれど、実際には上手く行かなかったのだ。
何せ、紗が実際に相手をしていたのは杏ではないのだから。
これが笑顔に慣れている”魔法少女”ならいざ知らず、そうでもない身で杏に向けるような笑顔をお客様に見せようと肩ひじ張っていたら、集中するのも難しいに決まっている。
「……わたくし、駄目なんでしょうか……」
それならば、と。他の解決法を提示しようにも肝心の紗は落ち込んでしまっているのだ。
これ以上、何かを言ったところで、むしろ逆効果になってしまうかもしれない。
衿華の教育係をしていた時からそうだったけれど、あと一歩、踏み出す勇気がいつも足りない。
杏に言わせてみれば、こういう態度が先輩としての
「……アドバイザーとして、僕も何とかできないか、考えてみます」
口にできたのは、そんな当たり障りのない言葉。
だけれど、解決法は一つしかないように思われた。
つまるところ、紗の感情がどこを向いているのか。
遥一人では、まだ解決できないことだったけれど。
◇ ◇ ◇
「あ、遥くん。お疲れ様」
一旦紗を帰らせた後、遥も荷物をまとめて、ホールに出た時、ちょうど杏と鉢合わせた。
「お疲れ様です、杏先輩。突然なんですけど、この後って時間空いてますか?」
「この後、かあ。ホールの清掃が終わったらいくらでも大丈夫だよ」
杏はちっとも紗のことについて聞いてこない。
恐らくは、もう彼女に何があったか知っているのだ。
普段の杏はもっと手際がいい。もう掃除を終わらせて帰っていてもおかしくない時間のはず。
その上、杏が立っていたのはロッカールームにほど近い場所。きっと、先程までの会話をずっと聞いていたのだろうか。
「……それで、どういう用事? ここはもう締めに入っちゃうんだ。多分、長くなるでしょ? だったら、場所を変えなきゃ」
口ぶりからして、杏にはお見通しのようだった。
「少し、紗さんのことで。杏先輩に相談と……それから、お願いしたいことがあって」
「そっか。すぐに清掃終わらせちゃうから、ちょっとだけ待っててね」
背を向けると、杏はすぐに清掃に戻る。
手際はいい。早く本題に入るためか、急いでくれているのだろう。
どうにも、一人じゃ解決できないこと。
いくら紗のアドバイザーをしているのが遥だとしても、今回に限って言えばそういう問題だ。
まずは遥と杏との間で、話し合いをして。それから、紗の意思は確認する。
いくら敵とはいえども、それほどまでに杏の存在は必要不可欠だった。
「ごめん、結構待たせちゃったね。遥くん、立ちっぱなしで疲れたでしょ?」
「いえ、僕は大丈夫です。それじゃあ、行きましょうか」
何せ、杏は──それだけ後輩思いな