“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
『ねぇ、今のキラピュアだってさ』
『聞いた聞いた。あんなに大きな声で言っちゃって』
──笑っていた。
紗を指さして、けらけらと。最前列に座っていた女子生徒二人が。
何か、おかしいことを言った?
……いや、担任に自己紹介をしろと言われたから、名前と好きなものを言った──何も、間違ったことはしていなかったはずだ。
だからこそ、紗は強く声を張り上げた。
『何よ! わたし、おかしいこと言ったっ!?』
自分は何も間違っていないのだと、そう主張するために。
だって、おかしい。紗は好きなものを好きだと言ったまでだ。それを笑うなんて──笑った方が、おかしいに決まっていた。
──だと言うのに。
教室はざわめいている。
二列目で笑みを堪えている男子生徒がいた。紗が視線を向けると、目を逸らす。
まるで、掴みどころがない、ただ、紗だけを跳ね除けようとする、馴染めない空気が教室中に充満していた。
『……別に? ただ、あなたのことを話してただけじゃない』
『その言い方が気に入らないって言ってんの!』
噛みつく、叫ぶ。
その否定は嘘だと、紗は声を張り上げる。
『大体! あなた、どう考えてもわたしのこと、馬鹿に──ッ』
『……蒼井さん。少し、落ち着いてもらえるかしら』
しかし、それは遮られた。
ひどく困ったような表情で、担任が紗を静止したから。
『でも、この人が──』
『ええ。確かに内緒話は良くないわね。でも、蒼井さん──あなたはうるさすぎよ』
つい今日、編成されたばかりのクラスで、力関係のトップを握るのは担任だ。
だからこそ、彼女が紗を強く諌めれば、必然、この一件だって誰に非があるのか──その判断が、下されてしまう。
視線に、取り囲まれていた。
クラス中が、皆が紗を見つめていて。
その日、黙りこくってしまった瞬間に──決まってしまったのだ。
『──ッ』
──
少なくとも、皆が敵に見えた。
笑顔を見せていい相手なんて、その場にはいなかった。
◆ ◆ ◆
「遥くんは……ハンバーグ? さすが男の子、よく食べるね!」
紗のことを相談したいから、と。
バイト終わりに引き止めた杏に場所を変えようと言われて、遥たち二人が訪れたのは、深夜営業をしているファミレスだった。
遥が書き終えた注文紙をひょいと取ると、さっと自分が注文する料理を書き加えて、杏は店員を呼ぶ。
「ハンバーグとライス、パスタが一つずつ、セットドリンクバーが二つ。以上でよろしいでしょうか?」
「……あの、僕、ドリンクバー頼んでいないですけど……」
言葉を濁した遥に杏はウィンクを送る。
「あたしの奢り。たまには先輩にもいいカッコさせてよね」
ここで遠慮してしまえば、店員を困らせてしまうことにも繋がるし、何より、杏の好意を無碍にするのも良くないことのように思われたから、遥は頷いた。
「遥くんはオレンジにしたの?」
「まあ、好きなので。杏先輩のは……何ですか? ……それ」
店員が戻っていったあとで、ドリンクバーを取ってきて席に戻る。
というのも、そのコップは黒にほど近い色をしていて、中途半端な泡立ち方をする液体で満たされていたから。
「色々混ぜてきたの! グレープとか、メロンとか、ジンジャーエールとか」
「……なんというか、杏先輩らしいですね」
「らしくて結構! これぞドリンクバーの醍醐味ってカンジだし──」
その中身を一息に飲み干すと、けぷんとゲップを一つ。
満面の笑みを浮かべて見せて、杏は言い切った。
「──こうするのが、最っ高に楽しいんだからっ!」
真っ直ぐに、自分にとっての”好き”を求めて、屈託のない笑みを浮かべて見せる少女──それが、杏だった。
ただ、先輩だからというわけでなく、そんな彼女だからこそ、遥は紗のことを相談しようと思ったのだ。
「……奢ってくれて、ありがとうございました」
遥もまた、オレンジジュースで口を潤す。
「それで──改めて、本題に入らせてください」
トン、と。力強く杏は胸を叩く。
それはいつも通りの彼女らしいサインだった。意味するのは、つまるところ──。
「任せてよ、
それでこそ、安心できるというものだ。
喉は既に潤っている。遥が話す準備は整っていた。
「紗さん、上手く笑えないんですって。相談を持ちかけられて……」
「それは、給仕の時? いつもはもっと自然に笑えてるよね」
「……はい。誰に笑顔を見せたいか、意識をしすぎると、むしろダメになるんだそうです」
「なるほどね。ちなみに、誰に見せたいって言ってた……?」
「杏先輩に、です」
それを聞いた杏は、顎に手を当てて少しばかり思案げだった。
時折瞬く瞳、指先がなぞる唇、横顔は真剣だ。それだけ、紗のことをじっくりと考えているように見える。
やがて、注文した料理が机に並べられた頃に、ようやく杏は口を開いた。
「良い? あたしはね、今回は紗ちゃんの敵。それは、紗ちゃん自身が決めたことでもあるから」
「……はい。でも、それ以上に杏先輩は、紗さんの
「そうなの。あんまり邪魔はできないけど……でもね、そっぽを向くこともできないんだ」
頷くと、杏はグラスに手を伸ばす。
既に空っぽになっていたから、僅かに触れたのみで、すぐに指先は離れて。
それでも、離れた指先には水滴がこびり付いていた。
「だから、あたしにできることは、ちょっと手を引くだけ、だけど──」
触れられるのはほんの少しかもしれない。
それで紗に何か良い影響を与えられるのなら、良いのだ、と。
「できることがあるのなら、あたしは手を差し出すよ」
そう言ってみせるかのように、杏は微笑んだ。
「……ありがとうございます。それで、何か
「最小限の干渉で、一番の効果がある方法──一つ、思いついたんだ」
そうして、今度は歯を見せて杏は笑う。
どこか、いたずらっぽい笑みを湛えて、彼女は言った。
「一回で、体に覚えさせればいいの」
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
──上手く、笑えない。
バイトを終えて、ロッカールームに戻る紗は項垂れていた。
今日も、給仕が上手く行かなかったから。
笑わなければ、と。笑顔で相手に接さなければ、と思えば思うほど、表情は強張る。
元々、シアンは高飛車系お嬢様で通してきたキャラだ。
だからこそ、自然体で今まで接客をしてきた。それこそ、杏みたいな笑顔とは縁遠く。
だけれど、憧れてしまったのだ。
『はつらつピンク! ピュアっと可愛いあたし──”ヴィエルジュプラム”をよろしくお願いします──っ!』
飛び跳ね、今この瞬間が楽しいとばかりに笑顔を振りまくその姿に──はつらつ可愛い、”魔法少女”の姿に。
だけれど、今の紗はそれには程遠いままで、焦燥感は募っていくままだった。
取り敢えず、何か策を講じなければ──でも、どうやって?
笑い方が、上手くわからない。
それはきっと、策を講じるだとかそれ以前に、紗の在り方に起因してて。
もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない──。
「紗さん、少し良いですか?」
ロッカールームのテーブル。
顔を上げると、そこには遥と──そして、もう一人。
いや、もう一人と表現して良かったのか。
「ここを通りたくば──あたしを──”モモセイダー”を浄化してからだよ!」
首から下はジャージのまま、声は杏のものだ。
だけれど、頭には段ボールを被っていた。精一杯、怖く描こうとしたのだろう。
ギザギザの歯に、ツンととがった目。『ヴィエルジュ』で出るオムライス──頭だけ、それに近い格好をした杏が──いや、本人の名乗りに則るなら、”モモセイダー”がそこにいた。
「杏、先輩……? それは……?」
「違うの! あたしは”モモセイダー”! ほらほら、早くしないと暴れちゃうよ!?」
急いで準備をするように促してくる杏もとい、モモセイダー。
紗の手にはまだ先程の給仕で使ったステッキが握られており、衣装もシアンのもの。準備自体はできていたのだ。
それでも、気持ちはそうそう切り替えられなくて。
普段はあんなに”魔法少女”を愛している杏が、怪物の格好をしている。しかも、バイト後にこんな形で付き合ってくれている──それは、彼女なりにライバル宣言をした紗に気を遣わせないために、体を張ってくれた結果なのだろう。
むしろ、杏にここまでさせてしまったことが申し訳なく思えたけれど──。
「肩の力を抜いて、紗ちゃん。いつも、あた──
そんな
「──ええ」
そうだ。申し訳ないのなら、むしろやるべきだ。
杏が──憧れの先輩が、ここまでしてくれているのだから、それに応えるべきなのだ。
「”ヴィエルジュシアン”──参りますわ」
顔より高く、持ち上げたステッキ。
ここは素早く、メリハリついた動作で、シアンのキャラクターを見せていく。
「──”空の青、光となりて輝き満ちよ”」
振りかざし、光を背にして。そして──向けるのだ。
『ようこそ──ヴィエルジュピリオドへっ!』
また、笑えるようになった。
あの日、耐えかねて学校から逃げ出した日に、
強く、手を引いてもらった。
ヴィエルジュシアン、と。”魔法少女”としての名前を貰えた紗は、確かに上手くやれなかった時期もあった。
杏に構ってほしいから、と間違った接し方をしてしまった時だってあった。
『一人ぼっちはやだって感情、肯定する』
それでも、杏は抱きしめてくれた。
抱きしめた上で、紗のことを肯定してくれた。
そう、認めてくれたのだ。
『一緒に頭、悩まそっか』
一緒に頭を悩ませてくれたおかげで、友人だってできた。
『総選挙』に『強化合宿』、今までは考えられなかったような、楽しい時間を過ごすことができた。
そうやって、導いてくれた憧れに、
「"シアン・フーガ”──っ!」
とびっきり、今の自分が”魔法少女”としてあること。
そうして、過ごしてきた時間を肯定するための──笑顔だった。
決めポーズ、杖が向いていた先──モモセイダーは、被ったダンボールの目の辺りに空いた穴から、じっと紗を見つめて。やがて、被り物を脱いだ。
「えへへっ、ありがとね、紗ちゃん。助かったよ」
その下から現れたのは、笑顔を浮かべる杏だった。
「どう……でしたか? 杏先輩、わたし……上手く、できてましたか?」
声音が震える。その確認行為が、少しばかり怖かった。
憧れの先輩に、ここまで手間をかけさせて。それでも失敗していたらと思うと、ステッキを握る指先に力がこもる。
「もちろん。最っ高だったよ! だって、紗ちゃんは──ううん、シアンはたった今、モモセイダーを浄化できたんだもん」
熱のこもった口調で、杏は今しがたの紗の給仕を褒めてくれる。
それは、ヴィエルジュプラムに初めて、手を引かれてここに来た紗にとって、この上なく嬉しいことだった。
「よかった、です……っ。杏先輩っ!」
思わず、表情が緩んでしまう。
ふにゃり、と綻んだだろうそれを指さして、また杏は笑ってみせた。
「うん、それそれ! いい笑顔だよ──紗ちゃんっ!」
そうやって、またその
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「──ほら、起きるっ! 授業始まるから」
揺さぶられ、その言葉で紗は飛び起きた。
目の前には少し怒っているのか、唇をとがらせた紫菜がいる。
何だかんだ言いつつも放ってはおかないのだから、彼女は律儀だ。
「いつもありがとうね、危ないところだったわ」
「……別に。昨日もバイトだったの?」
「うん。そう、だけど……ふふっ」
そこで、不意に思い出した出来事。
杏が自信満々にしていた名乗りを思い出して、思わず紗の口から笑みがこぼれた。
「アンタ、少し上手くなったんじゃない?」
「何が?」
聞き返す紗を指さすと、紫菜は口にした。
「──その、笑顔がね」