“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#40 「もしも、笑いかけるなら」

『ねぇ、今のキラピュアだってさ』

『聞いた聞いた。あんなに大きな声で言っちゃって』

 

──笑っていた。

 

紗を指さして、けらけらと。最前列に座っていた女子生徒二人が。

何か、おかしいことを言った?

……いや、担任に自己紹介をしろと言われたから、名前と好きなものを言った──何も、間違ったことはしていなかったはずだ。

 

だからこそ、紗は強く声を張り上げた。

 

『何よ! わたし、おかしいこと言ったっ!?』

 

自分は何も間違っていないのだと、そう主張するために。

だって、おかしい。紗は好きなものを好きだと言ったまでだ。それを笑うなんて──笑った方が、おかしいに決まっていた。

 

──だと言うのに。

 

教室はざわめいている。

二列目で笑みを堪えている男子生徒がいた。紗が視線を向けると、目を逸らす。

まるで、掴みどころがない、ただ、紗だけを跳ね除けようとする、馴染めない空気が教室中に充満していた。

 

『……別に? ただ、あなたのことを話してただけじゃない』

『その言い方が気に入らないって言ってんの!』

 

噛みつく、叫ぶ。

その否定は嘘だと、紗は声を張り上げる。

 

『大体! あなた、どう考えてもわたしのこと、馬鹿に──ッ』

『……蒼井さん。少し、落ち着いてもらえるかしら』

 

しかし、それは遮られた。

ひどく困ったような表情で、担任が紗を静止したから。

 

『でも、この人が──』

『ええ。確かに内緒話は良くないわね。でも、蒼井さん──あなたはうるさすぎよ』

 

つい今日、編成されたばかりのクラスで、力関係のトップを握るのは担任だ。

だからこそ、彼女が紗を強く諌めれば、必然、この一件だって誰に非があるのか──その判断が、下されてしまう。

 

視線に、取り囲まれていた。

クラス中が、皆が紗を見つめていて。

 

その日、黙りこくってしまった瞬間に──決まってしまったのだ。

 

『──ッ』

 

──()()()は、浮いている。

 

少なくとも、皆が敵に見えた。

笑顔を見せていい相手なんて、その場にはいなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「遥くんは……ハンバーグ? さすが男の子、よく食べるね!」

 

紗のことを相談したいから、と。

バイト終わりに引き止めた杏に場所を変えようと言われて、遥たち二人が訪れたのは、深夜営業をしているファミレスだった。

遥が書き終えた注文紙をひょいと取ると、さっと自分が注文する料理を書き加えて、杏は店員を呼ぶ。

 

「ハンバーグとライス、パスタが一つずつ、セットドリンクバーが二つ。以上でよろしいでしょうか?」

「……あの、僕、ドリンクバー頼んでいないですけど……」

 

言葉を濁した遥に杏はウィンクを送る。

 

「あたしの奢り。たまには先輩にもいいカッコさせてよね」

 

ここで遠慮してしまえば、店員を困らせてしまうことにも繋がるし、何より、杏の好意を無碍にするのも良くないことのように思われたから、遥は頷いた。

 

「遥くんはオレンジにしたの?」

「まあ、好きなので。杏先輩のは……何ですか? ……それ」

 

店員が戻っていったあとで、ドリンクバーを取ってきて席に戻る。

()()、と。遥が杏のドリンクを指したのには理由があった。

というのも、そのコップは黒にほど近い色をしていて、中途半端な泡立ち方をする液体で満たされていたから。

 

「色々混ぜてきたの! グレープとか、メロンとか、ジンジャーエールとか」

「……なんというか、杏先輩らしいですね」

「らしくて結構! これぞドリンクバーの醍醐味ってカンジだし──」

 

その中身を一息に飲み干すと、けぷんとゲップを一つ。

満面の笑みを浮かべて見せて、杏は言い切った。

 

「──こうするのが、最っ高に楽しいんだからっ!」

 

真っ直ぐに、自分にとっての”好き”を求めて、屈託のない笑みを浮かべて見せる少女──それが、杏だった。

ただ、先輩だからというわけでなく、そんな彼女だからこそ、遥は紗のことを相談しようと思ったのだ。

 

「……奢ってくれて、ありがとうございました」

 

遥もまた、オレンジジュースで口を潤す。

 

「それで──改めて、本題に入らせてください」

 

トン、と。力強く杏は胸を叩く。

それはいつも通りの彼女らしいサインだった。意味するのは、つまるところ──。

 

「任せてよ、()()に」

 

それでこそ、安心できるというものだ。

喉は既に潤っている。遥が話す準備は整っていた。

 

「紗さん、上手く笑えないんですって。相談を持ちかけられて……」

「それは、給仕の時? いつもはもっと自然に笑えてるよね」

「……はい。誰に笑顔を見せたいか、意識をしすぎると、むしろダメになるんだそうです」

「なるほどね。ちなみに、誰に見せたいって言ってた……?」

「杏先輩に、です」

 

それを聞いた杏は、顎に手を当てて少しばかり思案げだった。

時折瞬く瞳、指先がなぞる唇、横顔は真剣だ。それだけ、紗のことをじっくりと考えているように見える。

やがて、注文した料理が机に並べられた頃に、ようやく杏は口を開いた。

 

「良い? あたしはね、今回は紗ちゃんの敵。それは、紗ちゃん自身が決めたことでもあるから」

「……はい。でも、それ以上に杏先輩は、紗さんの()()、でしょう?」

「そうなの。あんまり邪魔はできないけど……でもね、そっぽを向くこともできないんだ」

 

頷くと、杏はグラスに手を伸ばす。

既に空っぽになっていたから、僅かに触れたのみで、すぐに指先は離れて。

それでも、離れた指先には水滴がこびり付いていた。

 

「だから、あたしにできることは、ちょっと手を引くだけ、だけど──」

 

触れられるのはほんの少しかもしれない。

それで紗に何か良い影響を与えられるのなら、良いのだ、と。

 

「できることがあるのなら、あたしは手を差し出すよ」

 

そう言ってみせるかのように、杏は微笑んだ。

 

「……ありがとうございます。それで、何か()()()とかって……」

「最小限の干渉で、一番の効果がある方法──一つ、思いついたんだ」

 

そうして、今度は歯を見せて杏は笑う。

どこか、いたずらっぽい笑みを湛えて、彼女は言った。

 

「一回で、体に覚えさせればいいの」

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

──上手く、笑えない。

 

バイトを終えて、ロッカールームに戻る紗は項垂れていた。

今日も、給仕が上手く行かなかったから。

笑わなければ、と。笑顔で相手に接さなければ、と思えば思うほど、表情は強張る。

 

元々、シアンは高飛車系お嬢様で通してきたキャラだ。

だからこそ、自然体で今まで接客をしてきた。それこそ、杏みたいな笑顔とは縁遠く。

だけれど、憧れてしまったのだ。

 

『はつらつピンク! ピュアっと可愛いあたし──”ヴィエルジュプラム”をよろしくお願いします──っ!』

 

飛び跳ね、今この瞬間が楽しいとばかりに笑顔を振りまくその姿に──はつらつ可愛い、”魔法少女”の姿に。

だけれど、今の紗はそれには程遠いままで、焦燥感は募っていくままだった。

 

取り敢えず、何か策を講じなければ──でも、どうやって?

 

笑い方が、上手くわからない。

それはきっと、策を講じるだとかそれ以前に、紗の在り方に起因してて。

もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない──。

 

「紗さん、少し良いですか?」

 

ロッカールームのテーブル。

顔を上げると、そこには遥と──そして、もう一人。

いや、もう一人と表現して良かったのか。

 

「ここを通りたくば──あたしを──”モモセイダー”を浄化してからだよ!」

 

首から下はジャージのまま、声は杏のものだ。

だけれど、頭には段ボールを被っていた。精一杯、怖く描こうとしたのだろう。

ギザギザの歯に、ツンととがった目。『ヴィエルジュ』で出るオムライス──頭だけ、それに近い格好をした杏が──いや、本人の名乗りに則るなら、”モモセイダー”がそこにいた。

 

「杏、先輩……? それは……?」

「違うの! あたしは”モモセイダー”! ほらほら、早くしないと暴れちゃうよ!?」

 

急いで準備をするように促してくる杏もとい、モモセイダー。

紗の手にはまだ先程の給仕で使ったステッキが握られており、衣装もシアンのもの。準備自体はできていたのだ。

 

それでも、気持ちはそうそう切り替えられなくて。

普段はあんなに”魔法少女”を愛している杏が、怪物の格好をしている。しかも、バイト後にこんな形で付き合ってくれている──それは、彼女なりにライバル宣言をした紗に気を遣わせないために、体を張ってくれた結果なのだろう。

むしろ、杏にここまでさせてしまったことが申し訳なく思えたけれど──。

 

「肩の力を抜いて、紗ちゃん。いつも、あた──()()()を見る時みたいに、やればいいの」

 

そんな応援(エール)が、不意に杏の背中をとん、と叩いた。

 

「──ええ」

 

そうだ。申し訳ないのなら、むしろやるべきだ。

杏が──憧れの先輩が、ここまでしてくれているのだから、それに応えるべきなのだ。

 

「”ヴィエルジュシアン”──参りますわ」

 

顔より高く、持ち上げたステッキ。

ここは素早く、メリハリついた動作で、シアンのキャラクターを見せていく。

 

「──”空の青、光となりて輝き満ちよ”」

 

振りかざし、光を背にして。そして──向けるのだ。

 

『ようこそ──ヴィエルジュピリオドへっ!』

 

また、笑えるようになった。

あの日、耐えかねて学校から逃げ出した日に、()()と──杏と出会えたから。

強く、手を引いてもらった。

 

ヴィエルジュシアン、と。”魔法少女”としての名前を貰えた紗は、確かに上手くやれなかった時期もあった。

杏に構ってほしいから、と間違った接し方をしてしまった時だってあった。

 

『一人ぼっちはやだって感情、肯定する』

 

それでも、杏は抱きしめてくれた。

抱きしめた上で、紗のことを肯定してくれた。()()にいてもいいのだ、と。

そう、認めてくれたのだ。

 

『一緒に頭、悩まそっか』

 

一緒に頭を悩ませてくれたおかげで、友人だってできた。

『総選挙』に『強化合宿』、今までは考えられなかったような、楽しい時間を過ごすことができた。

 

そうやって、導いてくれた憧れに、()()()に向けるべくは──。

 

「"シアン・フーガ”──っ!」

 

とびっきり、今の自分が”魔法少女”としてあること。

そうして、過ごしてきた時間を肯定するための──笑顔だった。

 

決めポーズ、杖が向いていた先──モモセイダーは、被ったダンボールの目の辺りに空いた穴から、じっと紗を見つめて。やがて、被り物を脱いだ。

 

「えへへっ、ありがとね、紗ちゃん。助かったよ」

 

その下から現れたのは、笑顔を浮かべる杏だった。

 

「どう……でしたか? 杏先輩、わたし……上手く、できてましたか?」

 

声音が震える。その確認行為が、少しばかり怖かった。

憧れの先輩に、ここまで手間をかけさせて。それでも失敗していたらと思うと、ステッキを握る指先に力がこもる。

 

「もちろん。最っ高だったよ! だって、紗ちゃんは──ううん、シアンはたった今、モモセイダーを浄化できたんだもん」

 

熱のこもった口調で、杏は今しがたの紗の給仕を褒めてくれる。

それは、ヴィエルジュプラムに初めて、手を引かれてここに来た紗にとって、この上なく嬉しいことだった。

 

「よかった、です……っ。杏先輩っ!」

 

思わず、表情が緩んでしまう。

ふにゃり、と綻んだだろうそれを指さして、また杏は笑ってみせた。

 

「うん、それそれ! いい笑顔だよ──紗ちゃんっ!」

 

そうやって、またその表情(かお)を、褒めてみせた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「──ほら、起きるっ! 授業始まるから」

 

揺さぶられ、その言葉で紗は飛び起きた。

目の前には少し怒っているのか、唇をとがらせた紫菜がいる。

何だかんだ言いつつも放ってはおかないのだから、彼女は律儀だ。

 

「いつもありがとうね、危ないところだったわ」

「……別に。昨日もバイトだったの?」

「うん。そう、だけど……ふふっ」

 

そこで、不意に思い出した出来事。

杏が自信満々にしていた名乗りを思い出して、思わず紗の口から笑みがこぼれた。

 

「アンタ、少し上手くなったんじゃない?」

「何が?」

 

聞き返す紗を指さすと、紫菜は口にした。

 

 

「──その、笑顔がね」

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