“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#41 「魔法少女は手を借りて」

「──やあっ!」

 

跳ねる、地に叩きつけられたボールは弾み、再び手元へ戻って来る。

描いた放物線、高く放られたその一球はゴールを掠めて落ちていった。

 

「今の、惜しかったわよね」

 

ダン、ダン、と。

弾むボールの音が、振動となって紗の座り込んでた床を揺らす。

今は体育の授業、バスケットボールの試合の真っ只中で。

季節の変わり目が来ているせいか、朝から頭痛が止まずに体育館の隅で見学していた紗と、もう一人──。

 

「……何か、答えなさいよ」

 

紗が話しかけてもなお、だんまりなままの紫菜が隣にはいた。

瞳はどこか虚ろ、視線はぼーっとコートを捉えている。それが不意に、紗の方を向いた。

 

「……蒼井、今何か言った?」

「結構話しかけてたけど……もしかして、気づいてなかったの?」

 

てっきり、紫菜が無視していただけなのだと思っていたけれど。

きょとんとした表情から察するに、本当に紗が話しかけていたことに気がついていなかったようだった。

 

「ん、少し考え事……みたいな。とにかく、集中してるからっ」

 

まさか、額面通りに言葉を受け取って体育を見学しているとでも言うのだろうか。

とはいえども、紫菜に限ってそれはない──と、紗は断言できた。ここまでの彼女のイメージからすると、そんな真面目なタイプだとは思えなかったから。

 

きゅっと細まった瞳、それが映すボールが跳ねて、空を舞う。

ガシャンと音を立てて、今度はゴールへと吸い込まれていった。

 

「──っしゃあ!」

 

たった今、ゴールを決めた生徒がガッツポーズをして。途端に湧く歓声。

釣られるようにして、紗も拍手をする。だけれど、紫菜の反応は全く違ったものだった。

 

「っ」

 

視線が逸らされる。

俯きがちに、床を映した瞳がそのまま瞬かれる。

ひゅっと抜けた呼吸、僅かな息切れ音がして。その直後だった。

 

一際大きい振動が伝わってきた。

ダン! と跳躍したボールが進路を逸れて、紗たちの方へ──紫菜の下へ向かっている。

それでも、紫菜が顔を上げた時にはもう、避けられないほどに近づいていて。

向かうは顔だ。このままではぶつかってしまう──だから、こそ。

 

「──ッ!」

 

ボールから紫菜をかばうようにして、紗は手を伸ばした。

直後、左手を強い衝撃が襲う。視界の隅で、落ちたボールが一度バウンドした。

 

「ちょっ、アンタ……大丈夫!?」

 

珍しく、動揺したような声音で紫菜が聞いてくる。

 

「全然、これぐらい……っ」

 

──大丈夫よ。

 

そう答えようとした直後だった。

先程までは感覚が麻痺していたようだったけれど、ズキズキとした痛みが襲ってきて。

流石に紗は顔をしかめざるを得なかった。

 

「……大丈夫じゃ、ないかも」

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「左手首、軽く捻挫してるわね。しばらくは安静にさせておきなさい」

 

左手首に保冷剤を当てつつ、テーピングを受けて、ようやく紗は保健室から解放された。

症状自体は軽いもので、二週間程度で治るものではあると説明されたものの、しばらくは生活に支障は出るし、何よりも──バイトが心配だ。

 

近頃は人手不足を感じていたところでもあるし、そんな中でこの怪我は痛い。

どうしようかしら──と、紗が考え込んでいた時だった。

 

「その……怪我、どうだった!?」

 

保健室の外で紗が出てくるのを待っていたのだろうか。

いつになく真剣な様子で、紫菜が聞いてきた。

 

「……軽い捻挫だって。一応、二週間で治るらしいわ」

「……そう、なんだ。じゃあ、大怪我、とかじゃないよね……?」

 

大きく息を吐くように、紫菜は確認してくる。

ここで待ってくれていたことから察するに、それだけ紗を心配してくれていた──きっと、それは確かだったのだ。

それでも、なぜそこまで──と。紗の胸中に疑問が残る。

 

「その──ごめんなさい。アタシの不注意で──助けてもらっちゃって……怪我まで、させて」

 

それはきっと、負い目から来たものだった。

もしも、もっと早く気づいていれば、とか。注意できていれば、とか。

そういうことが言いたかったのだろうけれど、はっきり言って、あの状況では仕方なかったと紗は思っている。

 

「……別に、あなたが気にすることじゃないわよ。偶然、ボールが飛んできただけだし、偶然わたしが近くにいて、勝手に止めただけだから。ただの事故、でしょ?」

 

だからこそ、紗は首を横に振った。

他者に対して寛容に。以前の『総選挙』の時に、自分もそうしてもらった立場だったから。

学校だろうと、バイト先だろうと、せめてそうありたいのだ。

 

「……それでも、生活に支障とか……」

 

だけれど、紫菜は相当に気にしているようだった。

もう気にしなくたっていいのに、そんな風にいられると紗の方まで調子が狂ってしまう。

 

「……じゃあ、借り一つってところね。そのうち返してくれればいいわよ」

 

『総選挙』の一件で衿華がそうしたように、少し強気な言葉で強がって。

紫菜が負い目を感じずともいいように、と。そんなつもりで、紗は口にしたのだ。

 

「わかった。ただ、それはそれとして──」

 

それでも、紫菜は真っ直ぐに紗の目を見つめると、言葉を継いだ。

 

「──治るまで、アタシがアンタの左腕代わりになるから」

 

紗が思っていたよりもずっと、今日の紫菜はとことんまで真面目だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「疲れたぁ……」

 

ぐったりと、ロッカールームのベンチに身を投げ出しながら、杏が口にする。

というのも、今日のバイトは一段と忙しかったのだ。

以前の『総選挙』を衿華たちが盛り上げたこともあり、常連客が増えつつあった中で。

今日はさしてシフトを入れている”魔法少女”が少ない日だというのもあって、普段よりもホールの回転率は悪かった。そして、それに加えて紗の怪我だ。

 

「今日は手伝っていただきありがとうございました。杏先輩、真白さん」

「ううん。これぐらいは当然だよ。あたしたちは仲間なんだから。ね、遥くん」

「ええ。それに、何とか乗り切れましたし……」

 

疲れ気味ながら同じくベンチに座り込んでいた遥もそう口にする。

 

やはり危惧していた通り、左手の捻挫というのはバイトにおいてはかなり影響が大きかった。

結果として、今日の紗は給仕の補助という形で、遥と杏の手伝いに回るような形だったけれど。

この怪我が学校生活にどれだけ響いたかというと──ほとんど、支障はなかった。

 

「それにしても、紗ちゃんが庇ったって子、すごいよね。お昼ごはん食べてる時まで手伝ってくれたんでしょ?」

「……はい。流石に自分でできるって言ったんですけど……」

 

左腕宣言をした紫菜が、それはそれは甲斐甲斐しかったから。

昼食を食べるといえば、代わりに弁当箱を抑えていてくれるし、授業の度に一々教科書を取り出してくれる。

逆に申し訳なくなってしまう程に……紫菜は左腕として、紗についてくれていた。

 

「手伝ってくれるのは嬉しいけど、ベッタリだと大変だよね? だけどさ……ふふっ」

「どうしたんですの? 杏先輩」

 

意味ありげに軽く笑みを溢す杏に、きょとんとした表情のまま紗は聞き返す。

 

「ううん。困った時に助けてくれる()()()が、紗ちゃんの側にいてくれるんだって、少し嬉しくって……」

「お友達って……わたしは……」

 

学校での友達。

果たして、紗と紫菜の間に芽生えた関係性はそう呼べるものだろうか。

きっと、紗は()()については、全くの素人で。今回の件だって、紫菜が手助けをしてくれるのは負い目からであるに違いない。

 

──そう、なんでしょうか。

 

こんな時、()()なら答えを教えてくれるのかも、なんて。

紗が口を開こうとした時だった。

 

「やっと……できたぁ……」

 

ちょうどそのタイミングで、息を切らしつつも部屋に入ってきたのはマキだった。

 

「って、マキさん! お疲れ様ですっ」

「……あなた達もお疲れ様。ホールもだけれど、調理スタッフも結構足りなくてね……?」

 

そして、マキとて疲れ切った表情をしている。

実際、ホールの回転率も落ちてしまっていたものの、それ以上に深刻なのは調理場だった。

何せ元々マキ一人で回していたところで、更に忙しくなってしまったのだから、マキの苦労たるや想像に難くない。

 

「まあ、それはともかくとして──っ!」

 

それでも、と。マキは明るい声を出す。

 

「来週に控えた『総選挙・冬の陣』に向けて、更に盛り上げていく必要があるわ。そこで──」

 

マキが手招きした先、ホールに据え付けられたステージは夏の時と一見変わらなかったけれど。

その背面に取り付けられたスクリーンには、大きくロゴが映し出されていた。

 

「前回はあまり使わなかったプロジェクターだけどね、今回はこれを活かす良いアイデアができたの」

 

マキがリモコンを押すと同時にプロジェクターから投影されて大画面で流れ出したもの。

それを前にして、思わず紗は息を呑んだ。

 

「……ピュアヴィクトリアの変身シーン……」

 

優雅に、煌びやかに、エフェクトが躍り、衣装へと変わっていく様。

それは、幾度となく紗が見返してきた大好きな”魔法少女”が変身する一幕。

 

『ヴィエルジュ』内に鬱屈と、溜まった疲れを吹き飛ばそうとするかのように。

目を丸くする”魔法少女”たちの前で、力強くマキは宣言した。

 

 

「そうっ! あなた達もできるわよ──変身バンク!」

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