“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

50 / 75
#44 「魔法少女は踏み込んで」

弾む、駆ける、弾む。

 

「ハッ、ハッ……」

 

人、人。立ちはだかるその隙間へ押し入り、地を蹴り、開けた視界に光が射し込む。

眩しさを感じた一瞬──抜けて。されど時間は待ってくれず。

 

「取らせないっ!」

 

残された敵チームのメンバーが一人、まだ立ちはだかっていた。

周囲を見やっても、今しがた抜いた敵が周りにいるだけで。

ともすれば、残された手は一つ──ぎゅっと抱えたボールの感触。

首筋を一筋、汗が伝い──。

 

「いっけぇ、お姉ちゃん──っ!」

 

その声で、指先に力がこもった。

高々と掲げた腕、ぐっと指先で押し出し、直後に振り下ろす。

飛んでいったボールは阻む敵すら超えていき、放物線を描いて、そして──。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「織部さん、そのボール取ってもらってもいい?」

「ん、持ってって」

 

塩対応ながらも自分の下に転がってきたボールを紫菜は近づいてきた女子生徒の方へ放る。

体育の授業にて、左腕を捻挫したからと今日もバスケは見学で──紗は欠伸を一つした。

どうにも紗はじっとしているのが好きではない。だからこそ、体育の授業で見学となると、どうにも気落ちしていたのだけれど。

 

「それにしても、織部さん──今日も見学なの?」

「……別に、アンタには関係ないでしょ」

 

今日も今日とて、隣の紫菜は真剣な眼差しで試合を見つめていた。

その視線が向いている先──どうやら、同じクラスの女子生徒らしい──は、囲まれていた。

弾ませたまま、刻一刻とボールを持っていられる時間だけが減っていく。

 

「──はぁっ!」

 

その瞬間、彼女は抜け出した。

包囲から僅かにはみ出すように、一歩、足を前に踏み出して──その手から放られたボールがゴールに向けて弧を描きながら飛んでいく。

ガシャン、とゴールが大きく揺れた。ネットをくぐると、ボールは床に落ち、転がっていく。

 

見ているだけでも息が詰まるような時間で。

だけれど、たった今遠方から放たれたシュートが点数として反映された瞬間、タイマーが鳴り響いた。

 

「やったあああ──っ!!!」

 

叫ぶ、今しがた得た勝利を噛み締めるように、長く、長く。

勝利の決め手となったのは件の女子生徒が放った一球だったから、次々とチームメンバーが集まってくる。

 

「……あの子、上手いわね。バスケ部なのかしら?」

 

試合の最中で凝り固まっていた空気をほぐすように、そう紫菜に聞いたつもりだったのだけれど。

しかし、紗のそんな質問に答えが返ってくることはなかった。

思わず不満げに横目で紫菜を捉えて──思わず、紗は閉口した。

 

見開かれた瞳が、輪の中にいる女子生徒を大きく映したまま瞬く。

強く噛み締められた唇が引き結ばれる。

ただ、紫菜はただずっと、その姿を捉えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ことん、と。

取り落とした玉ねぎがまな板の上を転がっていく。

昼食を挟んでの五限目は家庭科の実習として、カレーライスを作ることになっていた──ものの。

 

『アンタ、そもそも一人じゃエプロンも着られないでしょ?』

 

左手の捻挫が仇となってしまい、結局授業開始時から紫菜の手を借りることとなってしまった。

 

「何落としてんの。それ、アタシに貸してよ」

 

まだそれだけだったら良かったのだけれど、運の悪いことに紗たちの班は一人欠席が出てしまった事により二人だけ。実質、紫菜に全ての負担を負わせる形になってしまっていた。

 

「……大丈夫なの? そんなに一人で抱え込んで。今だって、調理の途中じゃ──」

「一旦時間が空いたから大丈夫。ちゃちゃっと切っちゃうから、貸して」

 

有無を言わせぬ口ぶりでまな板に転がっていた玉ねぎを取ってしまうと、すぐさま紫菜は包丁を当てる。トントントンとリズミカルに刻んでしまうと、手早く用意された人参やじゃがいもと一緒にさっとフライパンに注ぎ、先に投入していた肉とともに炒め始める。

 

「手際、良すぎ……」

 

フライパンの上で躍る食材は彩り豊かに、鼻腔をくすぐる香りは香ばしい。

一つ、手順を終わらせていたかと思えば、すぐさま次のステップへ。

あまりにも紫菜は手際が良かった。

 

「……こっちも、伊達にやってないから。カレールウ、取ってもらえる?」

「あ、ごめんなさい。任せてばかりで。はい、これ」

 

その姿にすっかり見とれてしまっていて。

声をかけられるまで、紗は自分の役割を忘れてしまっていた。

いくら左手が使えないといえども、調理補助ぐらいはできる身だ。慌てて紗はルウを手渡す。

 

「後は仕上げ──っと」

 

食材たちと溶けたルウが絡み合い、立ち込めたカレーの香りには紗も食欲を掻き立てられた。

特に焦げ付くこともなく、水が多すぎるということもなく、絶妙なバランスで混ざりあったルウを、何ともないような表情で炒め終えると、紫菜は火を止めた。

 

「さっさと盛り付けちゃうから、お皿を──って……」

 

紗に指示を飛ばそうとしたのか、向けられた顔は一瞬にして怪訝なものに変わった。

 

「……アンタ、その顔……」

 

というのも、紗がじっと紫菜の方を見つめていたから。

それも、頬を紅潮させて、熱視線気味に。

 

「すっごい……カッコいい……」

 

紫菜が硬直した、その僅かな間。

彼女の視線が揺れたのも、僅かに指先にきゅっと力が込められたのもお構いなしに。

紗はそう発してから間髪をいれずして、紫菜の手を取った。

 

「……べ、別に、これぐらいは……」

 

逸らされた瞳も、どこか辿々しくなった動作も。

ただ照れているだけというには不自然なほどに、紫菜はその言葉に反応を示す。

だけれど、紗にしてみればお構いなしだったのだ。

 

「ううん、料理だけじゃなくて左腕のことも、よ」

 

中学から高校に上がって、上辺だけの会話にどこか違和感を抱えたまま、息苦しさを感じたまま、紗は日々を送っていた。

 

「約束を守り通して、色々手伝ってくれて。授業前だっていっつも起こしてくれるし──そういう義理堅いところとかも、カッコいいと思う」

 

だからこそ、だったのだ。不器用なぐらい、妙に義理堅くて。それでいて、すぐに照れたりそっぽを向いてしまうぐらい、処世術は下手くそ。どこか、紗自身と重なる部分がある紫菜と一緒に過ごすこと。

 

 

「だから、ありがとね──()()()()

 

 

それを望んだからこそ、名前を呼んだ。

『ヴィエルジュ』の外であろうとも、もっと近しい存在になりたいと、そう思える相手に出会えた。

紫菜の見開かれた瞳に映し出される紗の表情、それだって強張っていた。

何せ初めてだったのだ。こうして自分から手を取ってまで、誰かに近づこうとしたのは。

 

「アタシはそんな……」

 

だと、いうのに──。

 

「そんな……大したヤツじゃない……っ」

 

パチン、と。

跳ね除けられた右手が視界の端で揺れた。

 

「──え」

 

不味いとでも言うような表情を直後に紫菜は浮かべたけれど。

それでも、拒絶されてしまったことだけははっきりと伝わった。

 

「ちが……っ、何もアンタのことが嫌いだとか、そういうわけじゃなくて」

 

慌てたかのように、彼女は言葉を捲し立てる。

それでも、一度拒絶された後となってしまった今では焼け石に水だった。

 

「……ごめんね。ちょっと、調子に乗りすぎちゃった」

 

務めて明るい口調で、取り繕うために紗は口にした。

放っておくと強張ってしまいそうになる顔に、無理やり作った笑みを湛えながら。

 

「……と、取り敢えず、カレー食べる? その……冷めちゃうから」

「……そうね。()()()()のカレー、楽しみ」

 

提案してくる紫菜に頷きながらも、紗は米の上にカレーをよそう。

全体でいただきますをした後、口に運んでみると野菜も丁度良く火が通っていて、切り分け方がいいのか歯ごたえも程よい。紗の知る料理の上手な人と言えば真っ先に浮かぶのはマキだったけれど、彼女がまかないで出してくれるものと遜色ないほどに美味しかった。

 

一人でもこれだけのことが、紫菜にはできて。

それだけに尚更というべきか、彼女が眩しく思えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「紗ちゃん、少し元気ないね……?」

「……だって、フラレたんですもの」

 

注がれた紅茶におずおずと口を付けながら、紗は答えた。

『今日は外で食べてきて』と、親から送られてきたメッセージに従って、バイト後に杏も誘いつつ、以前、衿華たちと会議をした店へ夕飯を食べに行ったところまでは良かった──のだけれど。

 

「その仲良くしたかったって子、紗ちゃんが怪我した後、ずっとベッタリだったんでしょ? あたしは十分脈アリだったと思うんだけど……」

 

杏が首を傾げた通り、紗自身にだって何故あそこまで強く紫菜に拒絶されたのかわかっていなかったのだ。

考えれば考えるほど、表情が曇っていっていたせいだろうか。

そんな紗を気遣うようにして、杏は話を逸らした。

 

「そういえば紗ちゃん、左手、良くなってきたんだって?」

「ええ。あと二、三日ほどで固定する必要もなくなるそうです」

 

今は膝の上に置かれていて、痛みの引いてきた左手を見やる。

もうすぐ自立できる、両手が使えるようになって、そうしたら元通りだ。『ヴィエルジュ』で迷惑をかけずに済む。

 

「っ」

 

もちろん、学校でも。

 

「……少し、飲み物を取ってきます。失礼いたしますわ」

「ん、りょーかい」

 

飲んでも飲んでも口は乾いたまま。

気遣いだって、どこか気まずい。空っぽになったカップを取ってドリンクバーのところに向かう。

 

「……仲良くなれるって、そう思ってたんだけど」

 

誰に聞かせるともなく、一人でに言葉が漏れた。

紫菜は上辺を取り繕わない人。不器用で、義理堅くて、それこそ左手代わりとして隣にいてくれて、心強かったのだ。だからこそ、たまたま席が隣になって話すようになって、罪悪感から近づいた関係性であろうとも、繋ぎ止めておきたかった。

 

「……全く、何回言ったらわかるのよ。トレンチは片手で持って、あと、これを出す時は小皿とトングも付けてって」

 

そんなことを考えながら歩いていた、道すがらだった。

 

「──本当に、申し訳ありませんでした」

 

聞き覚えのある声が、紗の鼓膜を突いた。

厨房の出口間際、ホールにほど近い場所だ。今しがた声の聞こえた場所へ視線を向けた時だった。

不意に、視線がかち合ってしまった。

 

「以後、気をつけま……っ」

 

見慣れた紫色の髪は垂れ下がっている。

そこには、頭を下げる紫菜の姿があった。

 

「今回で最後にして。そう何回も注意させないでよね」

 

この店の制服を着ているところから察するに、紫菜はここでバイトをしていて。

前後の会話からすると、彼女は怒られていて──。

 

「織部さ……」

 

呼ぶ前に視線が逸らされて、その姿は厨房の奥へと消えていく。

彼女が紗との会話を拒んでいるのは明らかで。

それならば尚更、紗は足早にその場を立ち去るほかなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「お姉ちゃん──カッコいいよ!」

 

心臓の拍動、そして乱れた呼吸。

緊張感が抜けたあまり倒れ込んでしまったのか、背中に触れる床の感触は固く。

視界は照明でいっぱいに塗りつぶされてしまっていたけれど。

 

「……でしょ? お姉ちゃん、頑張った……よ」

 

声の主が誰かはすぐにわかった。

それは興奮に湧くチームメイト達よりも先に、真っ先に自分の活躍を伝えたかった相手だ。

 

「……アンタの言う通り、カッコよく決めた」

 

視界に入り込んでくるその小さなシルエットに向かって微笑みかけると。

()()は、拳を突き出した。

 

──今となっては、もう無縁な過去だ。




P.S.多忙な時期が過ぎたと思えば、相当に人生がかかってるレベルの機会が舞い込んできまして、そちらに奔走しておりました。次は投稿ペース早めます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。