“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#45 「魔法少女は行き場なく」

「あら、おは──」

 

「おはよう」と、言い切る前に紗は口をつぐんでしまった。

普段は合っていた目と目が逸らされて、数日前の出来事をありありと思い出せてしまうぐらい、朝から折り合いが悪かったから、もう数日は続いている状態だった。

 

「っ」

 

紫菜は挨拶の一つも無く、隣の席に腰を下ろす。

毎朝のようにしていた挨拶、そして、そこに続くちょっとしたお喋り。

それが無くなってしまうと手持ち無沙汰で、紗は眠い時にいつもそうしているように、机にうつ伏せになった。

 

そうやって視界が真っ暗になると、尚更巡るのはこの間の紫菜の姿だ。

 

『そんな……大したヤツじゃない……っ』

 

家庭科の授業で思わず手を取って、踏み込んで、その後に受けた拒絶。

 

『──本当に、申し訳ありませんでした』

 

そして、たまたま放課後目にしてしまったただ平謝りしている紫菜の姿。

もしも、どちらかだけであれば、ここまで互いに気まずくなっていなかったかもしれないけれど。

 

『織部さ……』

 

恐らく、バイト先であろうレストランで紫菜が叱られているのを目にした時、紗がその名前を呼んでしまったせいで、彼女は逃げるようにして厨房の奥に消えていってしまった。

そもそもとして、バイト先が知人にバレたらどうなるか、それも、よりによって自分がミスをしでかしている時に見られてしまったらどうか──。

 

思わず、身震いしてしまう。

遥が立ち会った文化祭での一件で、身バレの恐ろしさは嫌というほど学んだ。

そのうえで、叱られている時──もしも紗が同じ目に遭ってしまったら、あまりのバツの悪さにそのまま店から逃げ出してしまうかもしれない。

 

──絶対、触れないべきね。

 

その痛みがわかる分に尚更、これ以上踏み込むことはできなくて。

正直、昨日の出来事で尻込みしていた節もあったのだ。

会話のきっかけを手繰ろうとしたところで地雷を踏んでしまう気しかしない上に、頼みの綱と呼んでも良かった左腕はついに今日をもって固定をしなくても良くなってしまった。

 

つまるところ、紫菜と紗を結びつけていた接点。それが無くなってしまったのだ。

治ったことは十分に嬉しかったはずなのに、こんな状況になってしまった手前、あと一週間でも続いてくれれば──と思う気持ちもないでもなかった。

 

チャイムと共に、ゆっくりと顔を上げる。

なるべく、隣の紫菜と顔を合わせないように。

そして、左腕が治ったことへのお祝いだとか、会話はついに生まれることがなくて。

気づけばまた、紗は以前と同じように、そうやって息を潜めて過ごしていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「これにて退治は完了いたしました。それでは、ごきげんよう……」

 

心なしか、普段はもっとはきはきと給仕をする紗の声音が弱々しく思えて、厨房に戻ろうとしていた遥は思わず足を止めてしまった。

左腕が治ったからと、今日からは彼女一人での給仕にはなっていたけれど、それにしてはあまり元気がないように思える。

 

「……紗さん、何かあったんですか?」

「あー、ちょっとねぇ……」

 

厨房に戻って真っ先に鉢合わせした杏に聞いてみた時、彼女は視線を泳がせると顔を顰めた。

 

「……お友達と、少し失敗しちゃったんだって」

 

小声でこそっと教えられた内容、それでようやく遥は合点がいった。

遥自身、文化祭までは透羽とすれ違っていた節があったから、どうにも気落ちしてしまう気持ちがわかってしまう。

左腕が治ったというのにこの調子、ということはやはりこの間までベッタリと紗にくっついてきては左腕代わりをしてくれていたという相手だろうか。

 

「もしも何かあったらあたしにも相談して欲しいんだけど……でも、取り敢えずは触れないであげてね?」

「……確かに。触れられても困っちゃいますしね……」

 

こういう時こそ、むしろ強がっていたい。周りにはあまり迷惑をかけたくない、という気持ちは遥にもあるものだ。

だからこそ、まずは普段通りに接すること。それが紗の先輩たる杏から告げられたことならば、取り敢えず間違いはないだろう。

 

「そ、一旦は様子見だよ。まあ、それとなく遥くんにもフォローしてあげて欲しいんだけど。あたしはステージの方に行ってくるからホールの方はよろしくね?」

「わかりました。紗さんの方は僕が見ておきます。杏先輩も頑張ってきてください」

 

と、そこまで言い切った時だった。

杏はどこか表情を緩ませると、ツンと遥の頬をつついた。

 

「ちょっ! 急に何ですか!?」

「ううん、遥くんは敵のあたしも応援してくれるんだなって、ちょっと嬉しくなっただけ。それじゃ、頑張ってくるねっ!」

 

杏なりに遥が気を張っていたのをフォローしてくれていたのか、それともただからかっただけだったのか……実際のところはわからなかったけれど。

厨房を出ると軽快に駆け出し、杏はステージに上がる。手に携えているのはコンパクト、『総選挙』アピールの一環である変身バンクの披露だった。

 

「メイク・ア・ピリオド!」

 

はつらつ可愛く響くその声は、観客の視線を一身に集めてしまう。

やはり、その魅力はピンクを張っている”魔法少女”ゆえなのだろう──と。

遥は彼女に向いてしまいそうになる視線を戻すと、給仕に専念することにした。この場は自分に任されているのだから。

 

「遥くん、これ、四卓さんにお願い!」

 

マキから料理を受け取り、遥もホールに出ていった時──ふと一人、給仕をしていない”魔法少女”が目に入ってきた。

その場で立ち止まって、表情はどこか暗く。じっと、紗はステージの方を見つめていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「変身、バンク……」

 

どこか、歯切れ悪く紗は口にする。

バイト後のロッカールーム、遥と紗、二人の『総選挙』対策ミーティングにて。

なるべく今日の紗が落ち込んでいたことには触れないように気をつけながらも──遥が提案したのは、「打倒、杏」を掲げる以上は必須だと思われるものだった。

 

『杏先輩の変身バンク、すごい人気ですし……まずは紗さんもやってみるのはどうでしょうか?』

 

両腕が使えるようになって、ようやくアピールができるようになったばかりなのだ。

だからこそ、まずはインパクト強めに変身バンクから披露するのが効果的だと、そう提案してみたつもりだったものの、紗の表情は浮かないものだった。

 

「……わたくしに、できるでしょうか」

 

次に彼女の口からぽつりと漏れたのは、ひどく自信がないような言葉。

必死に励ますようにして、遥は言葉を探す。

 

「どうして、そう思うんですか? 紗さんも人気がある”魔法少女”ですし、変身バンクぐらい……」

「けれど、やっと両腕が使えるようになったばかりですし、その……わたくしに杏先輩ほど上手くできるか……」

 

言っていることは理にかなっていた。

確かに生半可な状態でやってしまえば逆に杏を引き立ててしまうことになるから、やるならしっかりと下準備をしてからの方がいい──というのはあったけれど。

 

それにしても、やる前からこんなに弱気なのは普段の紗らしからぬ状態だ。

勝ち気で、真っ直ぐに。こと変身バンクにおいても、あんなに目を輝かせていたというのに──。

 

──やっぱり、自信を失ってるんだ。

 

とすれば、考えうるのは杏が言っていた紗とその友人との間にあったという出来事。

それが原因だったのだろう。

 

「その……少し、考えさせてください」

 

とはいえども、無理強いすることもできなければ、学校で何があったのか聞くのは尚更悪化させてしまうリスクもある。杏が言うところの様子見を。

 

「……わかりました。ただ、そういうやり方もあるんだって覚えておいてください」

 

アドバイザーとして、遥が干渉できたのは精々それぐらいだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ノートの隅の書き散らし。

話し合いを重ねて、自分の”好き”を詰め込んで、作り上げた変身バンク案。

ノートを閉じようとした時、思わずそれが目に入ってきてしまって紗はため息を吐いた。

 

『さっきから思ってたんだけど……アンタが描いてるそれ、なに?』

 

これを描いていた時──左腕を怪我していた頃はピッタリと身を寄せながらも、これに興味をもってくれる相手がいた。

だけれど、結局拒絶は拒絶されてしまってからというもの、話しかけることすらできずに、今日に至ってはそもそも紫菜は学校にすら来ていなかった。

 

恐らく、紗と折り合いが悪くなったことに直接の原因はない──と思いたかったけれど、そう思いたい感情とはいざ知らず、不安は募っていく。

挙げ句、一度自信を失ってしまったがゆえにアドバイザーである遥が提案してくれた案にも、中途半端な答えを返してしまった。

 

学校でも『ヴィエルジュ』でも、どこか上手く行かない。

鬱屈とした感情が行き場もないまま、胸の中でわだかまっていて。

だからといって、気を紛らわすために会話をする相手もいない。

 

鞄を肩にかけて、俯きがちに。

放課後、紗が教室から出ていこうとした時だった。

 

「あ、蒼井さん。まだいて良かった。ちょっと職員室まで来てもらってもいい?」

 

慌てて教室に駆け込んできた担任によって紗は呼び止められた。

特に思い当たりがなかったがゆえに困惑しながらも紗がついて行った先、職員室にて。

 

「悪いんだけど一つお願いがあって。今日配ったプリントあるでしょ?」

「確か……三者面談の日程調査、でしたか?」

「そう。それでね、あれ、提出期限が短いじゃない? 今日挟んだら連休だし、織部さんにもなるべく早めに渡しておきたいのよ」

 

担任はどこか疲れたようにこめかみを揉みながらも、散乱した机から一枚のプリントを紗に手渡す。

その端に貼り付けられた付箋には、はっきりと書いてあった──『織部さん用』と。

 

「二人とも、いつも話してたわよね? 家までプリント届けるの、蒼井さんにお願いしても良いかしら?」

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