“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#46 「魔法少女にできること」

『その足で、何ができるわけ?』

 

()()を落とした日のことを、今でもよく覚えている。

松葉杖をつきながらやってきた体育館で紫菜は冷たく問われた。

 

『で、でもっ……治ったらっ』

『それ、いつになるの? 大会近いのわかってるでしょ』

 

コートの方に視線をやれば、ボールを巡って駆けるチームメイト達がいた。

自分のポジションを埋めるように、新しいメンツが一人そこにはいて。

切羽詰まった空気の中で、タイマーが響き渡る。その途端、悔しそうに顔を歪める少女たちが幾人か、すぐさま輪になって反省会が始まる。聞こえてくる声は真剣なものだけだ。

 

『足のことはご愁傷さまだけど……今は察して欲しいって言ってんの』

 

それだけ言い残すと、交代のためか今しがた紫菜が話していた女生徒は駆けていく。

少なくとも、目の前で話している相手が戦力にすらならない紫菜の足を気遣っている余裕すらないこと──それどころか、もう紫菜を受け入れていく余裕すら、このチームにはないこと。

 

──もう、スポーツは難しいかもしれませんね。

 

脳裏をよぎるのは、事故の後に受けた説明。

それを無理やり押し込むように、紫菜は松葉杖で地をつく。

カツン、と。鳴った音は足で地を踏みしめた時のそれよりも、ずっと弱々しかった。

 

『織部さんは、ご家族の事情で夏休み明けをもって転校するそうです』

 

朝のHRにて、担任がクラス中にそう告げた時のことを紫菜はよく覚えている。

直後に聞こえてきた囁き声はより強く。

 

『織部さんって、スポーツ推薦じゃなかった?』

『ご家族の事情って……やっぱり、足のことじゃないの?』

 

もうギプスだって取れていた。それほどまでに、回復できるところまでは回復していたのだと思う。

だけれど、ついに紫菜が再びコートを踏むことはなかったから。

中途半端な同情の念、それから、不快な興味によって掻き立てられたその声が堪らなく憎らしい。

 

『お姉ちゃん、学校変わるの?』

 

日々、手続きに追われる中で不安げに聞いてくる幼い声。

昔は堪らなく切望していた称賛はもう遠いところにあって。

黙りこくったまま、手だけを動かしていた。

 

『だから、ありがとね──()()さん』

 

跳ね除ける側だって、ジンジンと手は痛む。

手を取って、真正面からそう言ってきた相手すら拒んでしまった。

視線がかち合ってもなお、逸らしてしまった。その場から逃げ出してしまった。

 

いつもいつも、誤魔化して、向き合えなくて、逃げ出してばかりで。

そんな自分に人と向き合う資格なんか無いって──一番知っているのは、紫菜自身だ。

 

──もう、放っといてよ。

 

「──ちゃんっ」

 

ぐわんと視界が揺れる、熱を持った身体は鉛のように重かった。

 

「──お姉ちゃんっ、お客さんが──」

 

いつも揺さぶりをかけてくる声と共に強く手を引かれた瞬間、途端に意識が引き戻される。

 

「……っはぁ、アタシっ……」

 

見慣れた天井、頭に当たる氷枕の感触。

心臓は早鐘を打ち、息は荒げられている。

 

──そうだ、高熱を出して……。

 

そこでようやく紫菜は自身が高熱を出して寝込んでいたことを思い出した。

そして、誰が手を引いてくれたのかということも──。

 

「……ありがと、陽菜(はるな)。うなされてたみたい……」

 

いつも紫菜が求めてた人、唯一寄り添ってくれる人── 陽菜(はるな)。彼女は紫菜の妹だった。

そっと撫でてやったその髪は柔らかで、幾分か紫菜を落ち着かせる。

ようやく呼吸も静まり、鼓動も収まってきて、その時、陽菜は口にした。

 

「それでね、お客さんがっ……」

 

釣られて紫菜が入り口の方に視線を向けた時。

思わず、紫菜は目を見開いてしまった。一度は拒んでしまったことを──忘れられるはずもなかったから。

 

「おはよう、織部さん。その……体調はどうかしら」

 

まだ制服は着たまま、手持ち無沙汰そうに鞄をぶら下げて。

学校帰りの姿そのままで、そこに紗がいた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……ここが、織部さんの……」

 

担任に渡された住所通りに重い足を引きずってたどり着いた先はアパートの一室。

錆びついたドアの前で、紗は深く息を吸った。

 

ここには紫菜がいる。今、チャイムを鳴らせば程なく彼女が現れて、少なからず言葉を交わすことになるだろう。それが堪らなく気まずかった。

何せ、学校では言葉を交わさないまま数日が過ぎた。その上、バイト中の紫菜を目撃してしまったというのも紗にとっては罪悪感を募らせる原因だ。

 

もしも、話すとしたらどんな内容を、どんな風に伝えればいい?

ただプリントを届けに来たことだけを事務的に伝えて、そのまま帰ればいいのだろうか。

それとも、ここ数日間気まずく過ごしていることについて、何か伝えるべきで……?

 

「ぅぅ……」

 

考えれば考えるほど、頭がこんがらがっていく。玄関先に出てきた紫菜がどんな反応をするか、それがちっとも想像できない。

ともすれば、こうしてウンウン唸っているだけでは何も解決できなくて。

 

「……よし、やるわよ」

 

そう己を鼓舞させると、紗はチャイムに指を伸ばした。

自信があった思い切りの良さ、それは近頃欠けている気がする。あと一歩、踏み出せないまま。

『ヴィエルジュ』での変身バンク──それが披露できていないというのにも、嫌気がさしていて。

だからこそ、ここで思い切りよくやってしまわなければ──。

 

意を決して押したチャイムは手入れされていないのか、随分と押し込むのに力を要した。

ベルの音がドアの向こうでこだまする中、心臓の鼓動は高まるばかり。いつ紫菜が出てくるのか、考えているだけでも気が気でなかった──けれど。

 

一分、二分、と。しばらくしても、ドアが開く気配はなかった。

 

「……いないのかしら」

 

もしかしたら、外出しているのかもしれないし、寝ている可能性だって捨てきれない。

ただ、どちらにせよ紫菜はいないようで。途端に紗は全身から力が抜けていくのを感じていた。

 

「……悩んだだけ、損だったわね」

 

ぽつんとそう残しつつも、不在ならば、ポストにプリントを投函して帰るしか無いだろう。

気まずい思いをしなくて良かったと安心する気持ち半分、話せなかったことへの気落ち半分と、どうにも感情がないまぜになったまま、紗がプリントを押し込んだ時だった。

 

「あ、あのっ!」

 

ドアが僅かに開いたかと思うと、その隙間から丸っこい瞳がこちらを覗き込んでいた。

紫菜とは違って腰まで伸びた黒髪に、ちらちらと逸れる視線は所在なさげ、紗の半分ほどしかない背丈でじっと見つめてきている少女。それがドアを開けた犯人の正体らしかった。

 

「……どうしたの?」

 

比較的、柔らかい声音を選んだつもりだった。

それでも、紗が声を発しただけで少女はビクンと肩を震わせる。

どうにもコミュニケーションが成立しなさそうな気まずさが充満していく中で、少女の視線が紗の制服に向いた。

 

「お姉ちゃんと同じ学校の人ですかっ!?」

 

お姉ちゃん──紫菜の家から出てきたのがこの少女ということは、彼女は恐らく紫菜の妹なのだろうか。勢いに圧されるまま、頷いた紗に対して、少女は立て続けにまくし立ててくる。

 

「お姉ちゃん、熱出てて、大変でっ……! 助けてあげてくださいっ……!」

 

少女の瞳は既に潤んでいた。

もはや泣き顔一歩手前といったところで、彼女は紗に縋り付いてきていた。

 

「わ、わかった。わかったからっ……! とにかく、案内してっ!」

 

こくこくと頷く少女に促されるまま、家に上がり、駆け出す彼女に着いていく。

程なくして行き当たった突き当りの部屋。薄暗いけれど、部屋の広さから察するに居間らしいそこで、布団に紫菜は寝かされていて──その顔は赤く、乱れた呼吸──どうやら、うなされているようだった。

 

「お姉ちゃん!」

 

紫菜を起こそうとしているのか、少女は身体を揺さぶる。

 

「お姉ちゃん、お客さんが──っ」

 

そこまでして、ようやく紫菜は身体を起こした。

荒げた息を整えるように、何度か深呼吸をして、胸に手を当てて。

少女の方を向くと、その表情は僅かに緩んだものの──。

 

「……あお、い……?」

 

紗の方を見て、その表情は引きつった。

 

「……おはよう、織部さん……」

 

そんな反応をされてしまったら、紗の方も困ってしまうもので。

 

「……その……体調はどうかしら」

 

やっとのことで言葉を捻り出す。

久々に言葉を交わしたことになるというのに、互いに呆けたまま。

目と目が合ったまま、静寂に包まれた時間が幾ばくか続いた。

 

「お姉ちゃんっ! 助けてくれる人連れてきたから、もう大丈夫っ……!」

 

そんな状況下でも、二人の間に起きたことを知る由もなく、少女は一人騒ぎ立てる。

 

「……ありがとね、陽菜(はるな)。お姉ちゃんは大丈夫だから」

「ほんとっ……?」

「うん、本当」

 

たった今、陽菜と呼ばれた少女に柔らかな声音で接すると、紫菜は彼女の頭を撫でてやる。

その横顔は普段の紫菜のものよりもずっと優しげだった。

 

「……何よ」

「ううん、織部さんがそういう風にしてるの、珍しいなって」

 

あまりにもまじまじと見つめていたせいか、紫菜が睨み返してくる。

だけれど、それほどまでに紫菜が誰かに優しくしている様子というのは珍しかったから。紗にしてみれば、微笑ましい光景ですらあった。

 

「……こほん。それで、アンタは結局何しに来たわけ?」

「少し、先生にプリントを届けるように言われて」

「そ、ありがと。じゃあ、アタシはそろそろ夕飯の支度をしなきゃいけないから……」

 

どこかドライとも取れる反応を返しつつ、紫菜が立ち上がった瞬間だった。

 

「っ!」

 

立ち上がると同時に身体がよろめく。

 

「……危ないわよ」

 

それをすんでのところで支えたのは紗だった。

ちょうど、治ったばかりの左腕が使えたおかげだ。

触れた身体は少し震えていて、やはり弱っているのが伝わってくる。

 

「放っておくの、気になるから。夕飯作るの、わたしも手伝う」

「でもっ……」

 

紫菜の目線からは色々と読み取れることがあった。

頼むのは悪いだとか、そもそもとして互いに気まずい状況にある、だとか。

 

一度は拒絶された。手も跳ね除けられた。

自信だって十分にあるわけじゃない。

考えれば考えるほど、自分が不利な状況にあるのは違いなかったけれど。

それでも、困っている人を前にして自分の事情を優先して引くようではきっと──"魔法少女"失格だから。

 

「遠慮とかいらないから。手伝わせて?」

 

結局のところ、紗が引かなかったこと。

そして、何よりも紫菜を動かしたのはきっと、二人を見上げる陽菜の不安げな瞳だったのだろう。

 

「……わかった。じゃあ、お願いするわ」

 

ため息を一つ吐くと、折れたように紫菜は頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「それで、わたしは何をすればいい?」

「……別に、アンタは大したことしなくたって……野菜でも洗っていれば……」

 

連れてこられた台所にて、素っ気なく答えると、紫菜は包丁を手に取ろうとする。先ほどの彼女の様子から察するにその手つきは危なっかしく思えて。

 

「……病人なんだから、あなたは危なくないことをやるべきよ。包丁貸して、わたしがやるから」

 

有無を言わせず紗は包丁を取り上げる。

特に紫菜が抵抗する様子もなくて、気づけば紫菜が野菜を洗い、紗が切るという役割分担ができていた。

 

「ところで、何を作るつもりなの?」

「……煮込みうどん。寒くなって、きたから」

 

そして、互いに作業をしていればいつしか会話も生まれてくるもので、感じていた気まずさは少しずつ解けていく。

 

「……そういえば、陽菜ちゃん、どうしてるのかしら」

 

ふと空気が弛緩していく中、ちっとも反応のない陽菜の様子が気にかかって、紫菜は居間の方を覗いてみることにした。

すると、たちまち目が合う。何をするでもなく、ちらちらと、陽菜もまた台所の方へ視線を向けてきていた。

 

「……最近元気ないのよ、あの子。アタシがこんなに不甲斐ないから」

 

言われてみれば、紗がここに来た時からずっと陽菜は紫菜のことばかり口にしている。

ちっとも自分のことを顧みずに、今だってこちらを気にしているのだ。

きっと、紫菜が体調を崩しているのに釣られて、自分まで元気を無くしているに違いない。

 

「あなたって、すごい好かれてるのね」

「……そうなら良いんだけどね」

 

そうぽつりと呟く紫菜の声音は、やはり優しげだった。

姉妹で互いに想いあっていること。それは確かに伝わってきていて。だからこそ、なのだろう。

 

「陽菜は……っと」

 

時折陽菜の様子を見る紫菜の表情が、ちっとも浮かなかったこと。

その上で、ぽつんと居間に取り残された陽菜が堪らなく心細そうに思えたこと。

 

このままじゃ、夕飯ができてもきっと真の意味で互いに元気づくことは難しいに違いない。

ただでさえ紫菜の体調は悪いというのに、陽菜も落ち込みっぱなしで──この状況を放って帰ること。それが、どうにも憚られた。

 

『すずちゃん、たのしんで!』

 

蒼井紗は女子高生だ。

だけれど、"魔法少女"としての一面も持っていて。

その"魔法少女"に元気づけられて、紗は一歩踏み出せた。

 

目の前に元気を無くしている少女がいて。

隣には、体調を崩してしまった姉がいて。

 

「ねぇ、陽菜ちゃんってキラピュアとか見てたりする?」

「見てる……けど」

 

そして、自分が誰かを元気づけられる立場にあるのならば。

手を差し伸べることができるのならば──。

 

「わたしに、できることがあるかもしれない」

 

一度は自信を失ったかもしれない。

まだ、怯えている自分がいるかもしれない。

それでも、今の自分にできることをしたい。

憧れた"魔法少女"が、今までそうしてきたのだから。

 

「任せて、織部さん」

 

意を決してそう口にする。

紗は、踏み出すことにした。

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