“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「 お待ちどおさま、煮込みうどん三人分よ!」
普段よりも声を張り上げて、元気さをアピールするように。
少しでも場の空気がマシになれば──と、陽菜が一人で座っている食卓に、紗は皿を並べていく。
「ありがとう、ございます。えーっと……」
「紗よ。名前で呼んでくれていいから」
「……わかり、ました。ありがとう、すずさん」
そうしてお礼を口にする陽菜の表情はやはり浮かないものだ。
「……お姉ちゃん、体調、大丈夫……?」
「大丈夫だから。陽菜はそんなに心配しないで」
それは、ふらつきながらも食卓に腰を下ろした紫菜を見ても変わらず……むしろ、慰められてもなお不安げに沈んでいく。
そんな陽菜の姿がいたたまれなかったからこそ、先程紫菜にした
「ごめんなさいね。少しだけ、食べるのを待っててもらえるかしら?」
それを実行に移すため、紗は立ち上がった。
『蒼井さんって、何が好きなの?』
高校に入って真っ先に加わったグループにて、自己紹介の代わりに問われたこと。
遠慮がちに、当たり障りのない言葉でぼかしてしまって、結局は紗の居場所というものを高校で作るものは中々叶わなかった。
中学校で思い知り、高校に入って同じ轍をもう踏まないようにと、紗は周りの空気を読むことに徹してきた。上辺だけで会話して、互いに触れ合えなくてもいい。
ただ、少なくともそうしている内は自分の”好き”がけなされることもない──傷つかなくても良かったのだから。
……本当に、それで良かっただろうか。
紫菜に拒絶されて、確かに紗は傷ついた。
失ってしまった自信は『ヴィエルジュ』でも引きずってしまうことになって、両腕が治ってもなお、真っ直ぐに”魔法少女”であることができなくなっていた。
だけれど、そんな”いま”は嫌だ。
傷ついてでも、欲しいものがあるのならば──触れたい相手がいるのならば。
自分が傷つくことを覚悟してでも、踏み込むしかないのだ。
紗自身が変わらなければ──変身しなければならないのだ。
だからこそ、そうやって進める自分になるために、今よりも強い自分でいるために。
羽ばたかせてくれる魔法の言葉を──紗は唱えた。
「メイク・ア・ピリオド!」
ここが『ヴィエルジュ』で無い以上、変身バンクがエフェクトとなって再現されるわけではない。
それでも、ノートの片隅に描き込んだ”好き”──描き出した変身バンクを確かに身体は覚えていた。
突き出した手と手を重ね、紗は次の呪文を唱える。
「”アン──抱いた弱さ”」
弱さゆえに、いつも人との触れ合い方を間違ってしまっていた。
高校では相手と距離を取りすぎてしまい、『ヴィエルジュ』では杏の気を引くために激しく自己主張をしてしまい、いつも他者との距離感はわからないままで。
「”ドゥ──落とした雫”」
そうして、幾度となく傷ついた。
時には涙を流しながらも、ようやく伝えられた感情だってあった。
弱い身なりに、いつも必死にコミュニケーションを取っていた。
そうやって、弱さを呑んで進もうとしていた。
「”トロワ──糧とし、たおやかに咲け”」
紗は真っ直ぐだ。
上辺だけで接するのが苦手で、自己主張は強すぎて。
だけれど、そんな弱さすらも──自身の糧にできたなら──強さに変えられたのなら。
今までの自分を受け入れるように、抱くように、胸の前に手を持ってきて。
──きっと、踏み出す勇気になるのだろう。
「軌跡踏み締め、進むは真っ直ぐ、憧れるまま優雅たれ! ”ヴィエルジュシアン”!」
優雅に、決めるべきところはしっかりと。
両腕を広げてポーズを決めたのち、紗は陽菜の表情を伺った。
「キラピュア、みたい……」
驚いたかのように目を見開いて、頬を紅潮させて。
初めて元気そうな姿を見せながらも、陽菜はじっと紗を見つめている。
思っていたよりもずっと、彼女の食いつきは良かった。
「紫菜さんが早く良くなるよう、皆が元気でいられるよう──わたくしが”魔法少女”として、魔法をかけて差し上げます」
だからこそ、陽菜がもっと元気を出せるように、彼女が笑っていられるように、最後の仕上げをする必要がある。
ステッキの代わりに指先で天を指すと、紗は声を張り上げた。
「──”空の青、光となりて輝き満ちよ”」
本当の魔法ではないから、おまじないには過ぎないけれど。
それでも、本当に叶ったら良い。信じて笑ってくれる人がいればいい。
だからこそ、全力で。この場全体にかけるように、紗は指先で大きく円を描く。
「”シアン・フーガ”!」
一拍置いて、それから、礼。
最後まで仕草は崩さず、優雅に決めたのちに顔を上げると、紗はバイトで染み付いた笑みを湛えた。
「これにてわたくしの魔法はかけ終わりましたわ。それでは、召し上がってくださいな」
どこか呆気に取られたように紫菜は紗を見つめていたけれど、すぐにその視線は隣の陽菜へと移った。
「すずさん、すごい……カッコいい……!」
なぜなら、キラキラとした瞳を紗に向けて、陽菜が満面の笑みを浮かべていたから。
そんな笑顔が見られたから、だから、それで良いとでも言うように、紫菜はふっと表情を緩め、パチパチと拍手をする。
それに釣られて、慌てたように陽菜も拍手をした。
二人分の拍手を浴びつつも、雰囲気が随分と和んだものになったこと。
そして、陽菜がようやく元気そうな表情を見せてくれたことに安堵しつつも、あともう一つ。
伝えなければならないことがあるのだと、紗は視線を紫菜へと向けた。
◇ ◇ ◇
「……蒼井、今日はありがと。冷たいこと言ったのに、結局助けられちゃった」
食事も終え、紗が食器を片付けている間に寝る支度を終えて床についた紫菜の枕元。
そこに座る紗に向けて話す紫菜の声音は幾分か弱々しかった。
「陽菜ちゃんも元気になったみたいだし良いのよ。それで……一つ、話しておきたいことがあって」
この話を誰かにすること。それ自体が初めてで。膝の上でぎゅっと握った拳が僅かに震える。
「……この間、紫菜さんのバイトを見ちゃったでしょ? だから、わたしのバイトの話もしておかないとフェアじゃないと思って」
「……別に、あのことは見られたアタシの失敗だし、気にしなくたって……」
「ううん、いつかは話しておきたいって思ってから」
自分の居場所があるか、わからない場所。
”好き”をぶつけた先で届くかどうかもわからない相手。
それでも、先程陽菜の前で変身バンクを披露した時、紫菜は拍手で返してくれた。
左腕として義理堅く過ごしてくれたことだけじゃなくて、話し相手としても。ようやく誰かに近づけた、と。紫菜は紗にとってはそういう相手だったのだ。
「わたし──”魔法少女”コンセプトカフェで働いてるの」
どんな反応をされるかわからなかったから、俯いたまま口にした。
一瞬、互いに言葉が途切れて、静寂が訪れて。だけれど、次に紫菜が口にした言葉。
「……そう。正直、少し変わってるなとは思うけど、良いんじゃない? 実際、こういう場では人助けもできるわけだし」
言葉を区切る紫菜の方へ、紗が顔を向けた時。
その顔が僅かに綻んでいたことに気がついた。
「アンタはそれが”好き”で──楽しいんでしょ?」
その言葉に、確かに紗は頷く。
紫菜は理解を示してくれた。紗が予想していたよりも、ずっと。
だからこそ、この後に続けるべき言葉は以前せき止められてしまったもの。
今もまだ、諦めきれないものだ。
「……うん。少し、変わったバイトをしてるけど、もしあなたがそれを受け入れてくれるのなら──左腕とか、申し訳なさから来る関係とか……そういうのじゃなくって……」
言葉は切れ切れと、踏み込もうとすればするほどに、回り道をするかのように、意図からはとおざかってしまう。けれど、伝えたいことはたった一つだけ。
衿華の時と違って、紫菜は互いに”好き”を分かち合える相手ではないけれど、紗にとっては自然体でいられる相手だったのだ。
そうでなければ、手を取るわけがない。
「ただ──あなたと友達になりたかったから、手を取った。それじゃダメ……?」
幾度か、目の前で紫菜の瞳が瞬く。
重すぎる言葉を選んでしまったかと、困惑させてしまったかとも思った。
それだけ、ぽっかりと空白ができて、紫菜は考えあぐねているようだったから。
正直、気が気でなかったけれど、瞳を彷徨わせ、それでも最後は紗を見つめ返して。
「……わかった、いいよ。友達、なってあげる」
紫菜は確かに頷いた。
「ありがと……ありがとっ! 織部さん──ううん。
彼女に思わず近寄って、いっそのことそのまま抱きつきたくなってしまう。
それほどまでに、紗にとってその答えは嬉しいものだった。
「……ちょっと、アタシ、風邪引いてるんだから、あまり近づかない方が……」
「でもでもっ、わたしたち、友達にって……!」
「あーもう、引っ付かないで。アタシ、そろそろ寝ようとしてたところなんだから!」
そこまで言われて、ようやく紗は引き下がった。
確かに今の紫菜は病人だ。あまり、過剰に体力を使わせてしまうのもよくない。
気を遣うなら、こういうところから一歩ずつだ。
「……ごめんなさい。嬉しくって、つい……」
こほんと、咳払いをする紫菜の横顔が赤かったのは風邪ゆえか、わからなかったけれど。
彼女は横になると、ぽつりと零した。
「……じゃあ、お返しじゃないけど。眠くなるまで……ちょっとだけ、昔話に付き合って」
もちろんよ、と意気込む紗に苦笑しつつも、紫菜は口を開く。
「アタシ、変な時期に転校して来たでしょ? あれ、前の学校で居場所が無くなったからなんだ」
転校してきたばかりの頃、紫菜はやたらと刺々しくて、周りと馴染もうとする気すらほとんど無いように映った。どこか投げやりだったのだ。
「バスケのスポーツ推薦で前の学校には入ってたんだけど、足、怪我しちゃって……復帰できなくて。チームでの居場所が無くなったら、案外すぐだった。大会前でたくさん迷惑もかけちゃったし……あの子にも、陽菜にも散々気を遣わせちゃった」
気を遣わせまいとしているのか、淡々と紫菜は口にする。
だけれど、それが何を意味するのか──考えれば考えるほど、言葉の持つ意味は重い。
バスケで推薦を取れるほどに打ち込んでいたのだろう──今でも、好きなのだろう。
だからこそ、紫菜はずっと体育の授業中にもコートの方を見つめていたのだ。
「アタシは、”好き”を無くしたんだ」
そんな、紫菜に向けるべき言葉。
”好き”を抱いて、今でも向き合っている紗とは真逆の、一度”好き”を落としてしまった相手。
「……そう」
紗にとって、”魔法少女”とは──”好き”とは何だったか。
中学時代、そして、高校時代。一人でいてもなお、その辛さを埋めてくれたもの。誰かと結びつけてくれたもの。
もしそれが無かったら、ぽっかりと穴が空いてしまったかのように、紗がこうして立ち上がる気力すら起きなかったに違いないもの。
それならば、”好き”を失った紫菜はもう立ち上がることができないのか。
……そうは、思いたくなかった。
そんな人生、考えられなかった。
だから、これから紗が口にするのはただのエゴになってしまうかもしれない。
”好き”を抱いている自分だから、人にもそういて欲しいなんて、押し付けがましいかもしれない。
だとしても、いじめから耐えかねて中学校から逃げ出した時、堪らなく感じた孤独感。
それと同じものを紫菜もまた抱えていたのかもしれないなら、少しでも役に立ちたかった。
あの時の自分に手を差し伸べるように──憧れた、”ヴィエルジュプラム”のように。
「そう、なら……わたしと一緒に、”好き”を探さない? 毎日が楽しくなって、胸を張って生きていられるようなの」
それを聞いた紫菜ははっと目を見開いた。
逡巡していた時間──それは、もしかしたら先程、友達宣言をした時よりも、ずっと長かったように思えて。
「アンタは──眩しいね」
そう言って、紫菜ははにかんでみせた。
どこか羨むような響きを孕みながらでも、それでも。
「じゃあ、迷惑かけるかもしれないけど……手伝ってよ、蒼井」
「
紫菜はそれに頷いてみせた。
皮肉なしの真っ直ぐな言葉を、紗に向けた。
「それじゃあ、わたしはそろそろお暇するわね。お大事に」
「うん。今日はありがと……治ったら、よろしくね」
そうやって、
よろしくね、と返されたこと。それが堪らなく嬉しくて。
「すずさん、お姉ちゃんの様子はどうですか?」
「もう大丈夫そうね。もう少し、安静にさせてあげて」
「……それなら、良かったです」
家を出る途中で鉢合わせした陽菜に紫菜の様子を聞かれたものの、あの様子ならもう大丈夫そうだと、紗は見たままの感覚で伝えた。
途端、ほっとしたように表情を緩ませて──陽菜は再び紗の方を向いた。
「初めてなんです。怪我してから、うちにお姉ちゃんの友達が来たの。だから、とても嬉しくて」
「そう。良かったら、また来るわよ」
「ほんとですかっ……!?」
目を輝せて陽菜は返してくる。
その表情を見て、ふと先程の紫菜の言葉を思い出せた。
怪我をした時に、陽菜にも散々気を遣わせてしまった、と。
「ねぇ、陽菜ちゃん。お姉ちゃんのことはどう思う?」
「……すごく、カッコいい人です」
ほとんど即答だった。やはり、それほどまでに紫菜は好かれているのだと確認できて、思わず紗も微笑んでしまう。互いに想い合っているのなら、この姉妹は大丈夫なのだろう。
晴れ晴れとした陽菜の表情は、紗がここに来た時の元気が無いものとはもう違う。
それなら、勇気を出して踏み出した甲斐があった、と。
「じゃあ、お姉ちゃんのこと、後はよろしくね──陽菜ちゃん」
もう寝てしまったであろう紫菜がそうしていたように、紗もまた陽菜の頭を撫でる。
”魔法少女”冥利に尽きる結果に、紗は表情を綻ばせた。
◆ ◆ ◆
きっと、彼女は全てをさらけ出そうとしていた。
上辺だけは嫌だからと、フェアじゃないからと、今まではぐらかしていたバイトのことまで口にして、隠し事なんかないように一身に”好き”を伝えようとしていて。
「……でも、アタシは……」
布団の中で、身を丸める。
そんな彼女の想いに、まだ応えきれていない自分が情けなくて、なおさらちっぽけに思えた。
関係性がクラスメイトから友達に変わってもなお、まだ言えないこと。
それを隠し通しているままでは真っ直ぐに向き合えないけれど。
だとしても──言えるはずがなかった。
結局、跳ね除けてしまった手を再び取ることはできていないまま。
本当の意味では、まだ結ばれていなかった。