“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
──ねぇ、手、取ってよ。
差し伸べられたその手を掴み、少年は憧れを知った。
それは”魔法少女”になるということを、確かに教えてくれたのだ。
”好き”を抱き、歩む時間。楽しいまま、”いま”は過ぎていく。
だけれど、その先はどうだろう。
『空白』──進路希望調査表に、その夢は描き出されず。
どんな
◇ ◇ ◇
「軌跡踏み締め、進むは真っ直ぐ、憧れるまま優雅たれ! ”ヴィエルジュシアン”!」
変身バンクに彩られ、両手を広げてビシッと決めポーズ。拍手を浴びる紗はその笑顔をちっとも崩すことなく、きっちりと優雅たらんとしていた。
「それでは、早速浄化いたしますわ──っ!」
声を張り上げ、軽快にステージを駆け下り、ようやく使えるようになった両腕を目一杯に使って給仕をする紗の姿。
活気に満ちたその姿は、文字通り”魔法少女”然としたものだ。
だからこそ、少し前までの変身バンクを渋り、給仕ですら控えめだった数日前までの様子からの、その変わりようが遥にしてみれば不思議でならなかった。
「……もう大丈夫なのか……ですか?」
バイトが終わった後に、荷物をまとめて帰ろうとするロッカールームでの紗も今日はテキパキとしていて、やはり調子が良さそうに思えたから。
『……紗さん、もう大丈夫なんですか?』
思い切って、遥は聞いてみることにした。
「……何と言うか、わたくしも目一杯”魔法少女”をしても良いんだ──って。そんな風に、少しだけ前向きになれる出来事があって」
「……もしかして、それはお友達とのことだったり……?」
聞いてから、思わずしまったと遥は口を閉ざしかけた。
確か、この話題にはあまり触れないようにと、杏から念押しされていたはずだ。
「……あら、ご存知でしたのね。ええ、その通りですわ。上手く、行きまして」
だけれど、紗ははっきりと上手く行ったのだと口にした。にっこりと微笑んで、さも嬉しそうに。
「わたくし、気づきましたの。自分から踏み出す勇気──それが大事だったということに。ですから、精一杯踏み出し続けて──もっと全力で”魔法少女”をしようって、そう思えて!」
具体的に何があったのか、それは遥にはわからないことだったけれど。
きっと──というか、間違いなく紗はより前向きに物事を捉えられるようになっていた。
「わたくし一人でも頑張れている気がしますの!」
その言葉に偽りはない。
実際、数日前にいきなりステージに立って変身バンクを披露したかと思うと、その日から紗は、今まで止まっていた分を巻き返さんとせんばかりに、これまで以上のパフォーマンスを披露し続けていた。誰の手を借りることもなく。
ひとえにそれは、彼女が”自信”を取り戻せたから。
「それでは、お先に失礼しますわ。遥さん」
「……ええ、お疲れ様でした」
蒼井紗が”魔法少女”としての自分を取り戻せた。
だとすれば、それは喜んで良い出来事に違いなかったけれど。
「あら、遥くん、まだ残ってたの?」
「ああ、いえ。少し、紗さんと話してて」
その時、ちょうどロッカールームに入ってきたのはマキだった。
そろそろ締めるからとでも言いたげに、指には鍵をぶら下げて、相変わらずげっそりとした様子だ。
今日も今日とて『総選挙』が始まったというのも相まって客は多かった。その分、一人で厨房を切り盛りしているマキにかかる負担も凄まじいものがあるのだ。
「……紗さん、ね。最近は調子が良さそうで本当に何よりよ」
ただそんな状態とは裏腹、紗の話をするマキの表情にはどこか安心したようなものがあった。
「『総選挙』だって──こっそり教えるけれど、今の得票数は杏に次いで二位にまで上がったのよ、このたった数日でね」
紗のパフォーマンスに反応する客はここ数日で一気に増えた。
自信満々な姿の"魔法少女"には、眩しいものがある──それは経験則上、もちろん遥も知っていたことだったけれど、いざこうして
「それで……何か、入れ知恵とかしたりしたのかしら? アドバイザーさん?」
鍵を指先で弄びつつ、マキの口調はどこか楽しげだった。
その響きには、どこか遥を信頼したようなものがあって。きっと遥が何かしたから、今の紗があるのだと、そう信じているようにも思えた。
「……別に、僕は何も……」
……何も、していない。
衿華の時のように何か行動に移せたわけでも、具体的にアドバイスができたわけでもなく、ただ、その場限りで誤魔化して終わらせてしまっただけだ。
その上、今回だけじゃない。杏に衿華、笑顔の作り方がわからないと紗が落ち込んでいた時も変身バンクを作った時も、ほとんどが他の誰かに手を借りた末に解決したもので。
遥自身でなければ解決できなかったこと、というのはその中にあっただろうか。
結局のところ、アドバイザーとして紗を支えると、遥はそう宣言したはずだったというのに。
『わたくし一人でも頑張れている気がしますの!』
今回に関して、紗はぶつかった問題に一人で対処することができていた。
恐らくは当たり身で、真っ直ぐに。彼女は自分の手で自信を勝ち得たのだろう。
だからこそ、というべきか。
「……紗さんがすごかっただけですよ」
マキが信頼を向けてくれる、その場がどうしようもなく居心地が悪く思えた。
確かにその通りだと思える言葉をその場に残し、急いで荷物をまとめると遥は部屋を出ていく。
「……お疲れさま、でした。マキさん」
「うん、お疲れ様。次もまたよろしく頼むわね?」
背を向けた先にあったのは無力さ。
ずっと意識すらしていなかった、何もできていないという結果だった。
◇ ◇ ◇
「えーと、今日はっと……」
バイトから帰ってきて、遥は真っ直ぐに自分の部屋へと向かった。
ドアの前に立つと、部屋の中からはくぐもった声が聞こえてくる。
親が何か物色しているのだろうか、と。特に気にすることもなく遥がドアを開け放った瞬間だった。
「ひゃっ!? ……って、なんだ。遥か」
「……なんでここにいるのさ……透羽」
そこには、棚の前でブルーレイを吟味する透羽の姿があって。
彼女は一瞬フリーズすると、何事もなかったかのように遥の方に向き直る。
「いや、少しブルーレイを返して、ついでに借りていこうと思ってね? そうしたら、遥のお母さんが家に上げてくれて……」
「……僕の部屋にいたってこと?」
「そういうことになるかな、うん」
遥がいない間に、どうやら家族が勝手に上がり込ませてしまったらしい。
その辺りは昔の距離感のままだと認識されているようだった。
「……取り敢えず、僕はお茶でも取ってくるよ。少し待ってて」
ドアを開けたらいきなりそこに透羽がいた。あまりにも心臓に悪い出来事に跳ねた鼓動を深呼吸して諌めながらも、お茶を注ぎ、部屋に戻る。
流石に二度目ともなれば心の準備はできていた。
「はい、お茶。それで、今日はどれを持ってくか決めたの?」
「うーん、まだ考え中かも……あ、いただきます」
お茶を啜りつつ、透羽は目を細める。
冷えてくる季節だ、温かいお茶は良いチョイスだったらしい。
「そういえばさ、遥は選択科目とかってどうするの?」
そうやって机を挟んだティータイムの中での、ほんの世間話のつもりだったのだろう。
だけれど、透羽が口にした言葉は幾分か遥にとっては重くのしかかっていたものだった。
「……それって、今度の三者面談で決めなきゃいけないやつだったよね?」
「そう、この間、進路希望調査があったでしょ? いざ将来に向けてどうするか──って。難しいよねぇ……」
将来、どうなりたいか。
それに向けて、今はどうするべきか。
今回はまだ選択科目を決めるだけかもしれない。それでも、三年生になったら志望する大学を決めなければならない。何になりたくて、何を学びたいか──そんな、将来を見据えた上での意思決定を。
「……透羽はどうなの?」
「わたしは、まだ考え途中だけど……とにかく、目一杯考えてみるつもり。ほら、たまに衿華先輩とかにも相談してるし」
透羽は、自分の”好き”を見つけたいから──もう一度、自分を見つめ直す時間が欲しいからと、生徒会長になることをやめた。
進路希望調査の時には、散々悩んでいたのも知っているし、透羽もまた、遥と同じく将来どうしたいか、明確に定まっていないことには変わりない。ただ一点を除いては。
彼女は相談して、目一杯に動いて──何かしら、見つけようとしている。
不安だからと視界に入れず、大好きなバイトの場ですら近頃は行動できていない遥とは、似たような立場であっても正反対に思えた。
「……そっか。すごいね、透羽は」
「だって自分のことだもの。とびっきり良い未来を掴みたいなって──何度も言うけど、こう思えたのも遥のおかげなんだよ? もっと自信、持ってよね?」
そう返されてもなお、遥には苦笑することしかできなかった。
”好き”を守るために、ステージに立って叫んだあの瞬間──あれはきっと、追い詰められていたからこそ、できたことでもあった。
しかし、こうして弛緩してみればまた、浮き彫りになるのは何もできていない自分だ。
自信を持てと言われても、どこかそれが他人事のように思えた。
「……決めた。今日はこれを借りてくね」
──『ルミエール♡キラピュア』。
キラピュアシリーズの10作目にして、紗が好きだと言っている”ピュアヴィクトリア”が登場したシリーズだ。そのパッケージを遥の前で振ってみせながら、透羽は借りていくことをアピールする。
「……ん、あ、ごめん。少し、考え事してて……」
不意に、遥はその反応が遅れてしまった。
直前までどれにするか悩んでいたとしても、いざ一つに決めるとなれば透羽は早い。
即断即決とまではいかないにせよ、彼女は自分で物事を決められるひとだ。
だからこそ、再び感じてしまったのだろう。
「それじゃあ、ごちそうさま。またよろしくねっ!」
空いているかのような距離感を。遠くに透羽がいるかのように覚えて。
──家まで送ってくよ。
ついにその言葉は絞り出せないまま、遥は透羽の背中を見送るのみだった。
◇ ◇ ◇
「そういえば、最近思うのです」
図書室で隣り合わせになって勉強をしていた放課後。
ペン先で唇をつつくと、不意に衿華はそう呟いた。
「存外、あと一年、生徒会長ができていたら良かった──などと、思う時がありまして」
「それは一体、どういう意味ですか……?」
遥が聞き返すと、衿華はほんの少し顔を背けて言葉を継いだ。
「……いえ。もうすぐ生徒会選挙でしょう? そこで体制が再編されるわけですが……私が生徒会長、そして、側では信頼している相手が支えてくれる──そんな未来も素敵だと思いまして」
ちっとも衿華の言うことは要領を得ない。
普段は理知的に言葉を紡ぐ彼女が、そうして回り道をする時、それは大体意図を相手に伝えづらい時だ。衿華なりの誤魔化し方だということを、遥は知っていた。
「……なるほど。でも、それだと衿華さんが一年留年してないですか……?」
「そういう意味ではなくて……とにかくっ、私の学業成績については今のところ問題ありません。結局、何が言いたいかと言うと……」
頬を赤らめ、ゆっくりと言葉選びをするかのように。
ほんの少しの間を置いて、衿華は口を開く。
「こと、生徒会長としては卒業した後のこの学校の体制にも気を遣いたいですし、それを担う相手は私が信頼した相手が良いとそう思ったのです。それこそ、私があと一年一緒に仕事をしたいとそう思えるぐらいの相手を……」
ようやく衿華の意図は汲み取れた。
つまるところ、生徒会長としての衿華が一緒に仕事をしたいぐらいには信頼できる相手を生徒会役員に据えたい、と。彼女はそう言っている。
だけれど、それを遥に話したとしてどうするというのだろう。もしかして、声をかけるのを手伝って欲しいとか……なんて。どこか他人事のように考えていた時だった。
衿華は居住まいを正すと、真正面から遥に向き合って、こほんと咳払いを一つ。
表情を引き締めると、宣言した。
「つまりは遥くん──あなたを生徒会副会長に推薦したい、ということです」
冬コミの準備が佳境に入りますので、しばらく更新頻度が不定期になります。ご了承ください。
P.S.二章のサブタイがようやく決まりました。みな前進中ということです。