“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。 作:流星の民(恒南茜)
「……ふぅ」
ドアをノックしようとする手は途中で止まったまま。
生徒会室を前にして、かつてなく遥は緊張していた。
『……その、少しだけ考えさせてくれませんか?』
数日前、衿華に副会長に就かないかと勧めを受けたものの、即答することはできず。
『わかりました。ただ……答えはどうあれ、遥くんに合わせたい方がいるのです。恐らくは、判断の一助になってくれることでしょうし、いかがでしょうか?』
衿華が会わせたいという人──どうにも、その肩書きから察するに立派な人物であることには違いない。それだけに、遥はどうにも肩から力が抜けないまま、ノックをすることすら躊躇っていた。
そもそもとして、副会長になること。それに対して頷くのは未だ憚られたままだ。
今まで、数え切れないほどに人から支えられて、そうして文化祭の一件も乗り越えて、遥は今ここにいる。
そんな、自分の力でしっかりと立てているかどうかすらわからないというのに、人を支える立場になってしまって良いのだろうか──。
それに、募る不安はそれだけじゃない。ふっと、一瞬の景色が脳裏を過ぎった時だった。
「う、うわっ!?」
どんがらがっしゃんとばかりに派手な音が背後から聞こえてきて。
遥が振り向いた時にはもう手遅れなようだった。
「っつう……」
そこには、今しがた落としたであろう分厚い本が何冊も散らばる中で床にぺたりと座り込んでいる小柄な女子生徒がいた。
若干くすんでいる金髪がかった髪は後ろで編まれていて、青い瞳が痛みを訴えるかのように細められている。
はっと自分が落とした本に気づいたのか、慌てて拾い集めようとしているのか、近くの本に飛びつこうとして──また、彼女は躓いた。
「……確か、
目の前でことの顛末を見てしまった身としては放って置くわけにはいかない。
一冊、近くに落ちていた本を拾うと遥はそれを彼女に向けて差し出す。
「ありがと、ございます……って、真白くん……?」
それに、互いに面識のある相手だったから。
──”
彼女は遥と同じく生徒会書記を務めていたために、何度か会話をしたことがある。
その上、彼女は遥と同じクラスの生徒だった。
「取り敢えず、大変そうだし手伝うよ」
「ほ、ほんとにその……申し訳ないです……」
とはいえども、ここまで彼女が派手に何かをやらかしているのを見るのは初めてだった。
生徒会では同じ書記の任を務めている身として、彼女が衿華に居残りを命じられていない辺り仕事ができる役員だとはわかっていた。
しかし、それ以外はクラスでも静かにしていて、会議でもさして発言をしていない印象の方が強い。
言ってしまえば、普段の美柑はあまり目立たない生徒なのだ。
「……はい、こんな感じかな」
「あの……ほんとに、ありがとうございましたっ」
ぺこりと頭を下げると、美柑は手にしていた本を抱え直そうとした──ものの。
「……良かったら、手伝おうか?」
彼女の小柄な身体に対して、抱えている本はかなりアンバランスに思える。
ともすれば、またさっきのような事故が起きてしまうかもしれない。
「……良いんですか?」
「まあ、少し危なさそうだし。どこまで運べばいいの?」
遠慮がちな美柑から数冊預かりつつも、遥は思わずその重さによろめいた。
どれも分厚くて、装丁もしっかりとしている。表紙を見てみると、過去の議事録だとか、そういったものが中心になっているらしかった。
「……一応は、生徒会室まで、です」
「生徒会室まで? 何か書記の仕事とか?」
「……いえ。単なる私用というか、わたしに今必要なものというか……」
返ってきた答えはひどく曖昧なものだった。
ただ、取り敢えずは生徒会室まで運べば良い──それならすぐだ。
壁に本を押しつけるようにしてバランスを取りつつ、片手でドアを開ける。
生徒会室に入って真っ先に目に入ったのは、窓際に佇む人影だった。
射し込む斜陽が部屋を橙色に染め上げる中、どこか物憂げに彼女は窓の外へと視線を向けていた。
「……あら? 遥くん。随分と遅かったですね」
だけれど、物音が聞こえたからか、遥の方へ視線を向けるとすぐに衿華は向き直る。
「……すみません。少し、そこで浅黄谷さんのお手伝いをしてて。ところで……僕に会わせたい人、というのは……」
見たところ、部屋には衿華以外の人は見当たらない。
まだ、その会わせたい人というのは来ていないのだろうか、と衿華に聞いた時だった。
「ちょうど、今来たところです」
今、この部屋には遥と衿華の二人だけ。
だとすれば、あともう一人──。
「……その会わせたい人って、浅黄谷さんですか?」
「……へ?」
ちょうど今、大量の本を抱えて部屋に入ってこようとしていた美柑と目が合って。
呆気にとられたように、彼女はその青い瞳を丸くした。
「ええ。副会長になるかどうか、考えるための判断材料として、支えることになる相手とは一度会っていただくべきかと思いまして」
衿華のその言葉で大体を察したのか、気をつけの姿勢を取ると、美柑は深々と頭を下げた。
「その……次期生徒会長候補の浅黄谷、美柑、です。よろしくおねがいしますっ……」
はっきり言って、イメージに合わない──というのが、遥が抱いた第一印象だった。
何せ彼女は先程まで、あれほどしどろもどろとしていたのだ。
それが衿華のような生徒会長をやるというのは、あまり想像がつかない。
「今のところ、他の候補者もいません。信任選挙ともなれば、ほぼ確実に浅黄谷さんは生徒会長となるでしょう。ですが、このままほとんど無条件で──というのも私は不安です。そこで、浅黄谷さんには仕事を課しています」
淡々と要項だけを口にしていく衿華は、遥が久しく見る生徒会長としての姿だった。
「再来週に迫っている本校の学校説明会の開催において、中心となって指揮を執ってもらうこと──それが条件だと、以前伝えましたね?」
「……は、はいっ」
ガクガクと若干の震えを帯びつつも、美柑は頷く。
やはり、この状態の衿華というのはどうにも威圧感があるのだ。
「そして、遥くんにはあくまでも現職生徒会役員として、そのお手伝いをして頂ききたいのです。受けて頂けますか?」
要するに、この学校説明会は美柑と遥が会長と副会長になった際、仕事ができるかどうか──その見極めのため、だったのだろう。
そして、現職生徒会役員として仕事を振られてしまうと、副会長を受けるか否かに関わらず、遥に断ることは難しい。
「……わかりました。受けます」
遥が同意すると同時に衿華は頷くと、ようやく幾分か口調を和らげる。
「良かった。それでは、今日は解散としましょう。先に浅黄谷さんは帰っていただいて大丈夫です」
「……そ、それでは、失礼しますっ」
半ば逃げ出すように美柑が部屋を出ていった途端、ふぅと衿華はため息を零した。
それは美柑がいなくなったから──遥を相手にして、ようやく見せられる一面だった。
「……ところで、遥くんはどう思いますか? 浅黄谷さんが生徒会長に向いているか──ということについて」
砕けた口調で衿華は聞いてくる。
それは生徒会長としてというよりも、一生徒として美柑の様子を案じているようだ。
「正直、あまり合っていないとは思います。あんな様子ですし……」
言葉を濁さずに言うのなら美柑に持った印象というのは、そんなものだ。
オドオドとして、控えめで、目立たなくて──衿華とは、ほぼ真逆のタイプに思える。
「遥くんにもそう映りますか。……確かに、彼女は真面目です。日々議事録を読んでは、過去の生徒会で行ったことをインプットしている──やる気は十分でしょう。ただ……」
「……やっぱり、あの態度ですか?」
「……ええ。生徒会長とは、生徒の顔とも言える立場です。それが、あのように頼りなくては困ります。その上、彼女はなぜ自分が生徒会長を目指しているのか──それすら、教えてくれなくて……」
困ったようにこめかみを揉みつつも、衿華は再びため息を吐く。よほど美柑のことで頭を悩ませていたのだろう。
「……ですから、遥くん。一緒に仕事をしていく中でそれとなく、引き出してくれませんか? 彼女が生徒会長をしたいと言う、その
何事を決めるに当たっても、理由は必要だ。
逆に、理由が無ければ何かになりたいという目標だとか、そういったものも湧いてこない。
理由が無いからこそ、将来像すら決まらずに立ち止まっている今の遥にとっては、どこか耳の痛い話だった。
「……わかりました。それも含めて受けさせていただきます。ただ、副会長はもう少しだけ保留ということでも大丈夫ですか?」
「選挙は説明会の後ですから、それまでは待ちます。良い返事が聞けることを期待している……と言いたいところではありますが……」
だからこそ、決めかねている。
ただ勧められたというだけで副会長をするのだと決めてしまうほどに、遥は無責任にはなれなかったから。まだ副会長をする理由すら見つけられていないのだ。
「結局のところ、最後に決めるのは──遥くん、あなた自身です。ただ、
「……そう、でしたね。確かに、結構僕も
”魔法少女”になるための最初の給仕から、『総選挙』の決勝まで。
短い期間ではあったけれど、かつて無いほどに”好き”を詰め込んだ時間を一緒に過ごしてきた。
それは同時に、遥が
「ええ、それはとても。ですから、私が遥くんを頼ったように、あなたも誰かを頼ってみるのです」
鞄を持ち直し、ドアを開ける直前に衿華は口にした。
はにかみながら、遥を導くように、
「──答えを教えてくれる人は、案外身近にいますから」
◇ ◇ ◇
学校から帰ってきてすぐに、ベッドに横になって、遥は思索を巡らせていた。
副会長になるか否か──そもそもとして、誰に相談するべきか。
チャットアプリの連絡先を見返しながら、ふと思う。
杏は──今回に関しては、少しズレてしまう気がする。
であれば、衿華に? とも思ったけれど、彼女から頼まれたことなのに、本人に聞くのもそれはそれで違うように思われたその時、ふと目が留まって。
──ピンポーン、と。呼び鈴が鳴った。
慌ててインターホンのところに駆けつけると、そこには今しがたメッセージを送ろうとした相手が映り込んでいた。
『遥、いつものやつ借りに来たよ!』