“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#51 「魔法少女とおもてなし」

「はい、遥くんっ! あなたの学生証っ!」

 

『どうして来たんですか』という問いに答える代わりに、意気揚々と杏が突きつけてきたのは学生証だった。それも──遥のもので違いない。

 

「……どうしたんですか? それ」

「『ヴィエルジュ』のロッカールームに置き忘れてたみたいだったから。遥くん、今日はシフト無いでしょ? 困ると良くないし、バイト行きがてら返しておこうかなって」

 

言われてみれば、今日はスマホケースの裏に入れていたはずの学生証を一度も見なかった気がする。

恐らくは杏の言う通り、ロッカールームで落としてしまっていたのだろう。

急に来たものだから少し冷たく当たってしまったけれど、そういうことならば全面的に遥が悪い。

 

「……ありがとうございます、杏先輩」

「ふふん、いいのいいの! 先輩としては当然のことをしたまでだからっ!」

 

とはいえども、一度褒めただけで杏は既にむんとばかりに張っていた胸をどんどんと反らしていく。

褒めれば褒めるほどつけ上がってしまう先輩──というのも考えものだけれど、それが杏の正常運転だと考えれば、妙な安心感があった。

 

「あの人、誰……?」

「わかんないけど……同じ高校生……なのかな?」

 

ただ、それ以前に、あまりにも杏は視線を集めやすい。

そのはつらつとした話し方に加えて、髪を含めて尖った容姿をしている分、次第に周囲がざわめき出す。

 

「……取り敢えず、教室から離れましょうか」

 

であれば、妙な噂が立つのも好ましくなかったから。

 

「あと、浅黄谷さんも一緒に来てもらってもいい?」

「ふぇ? は、はいっ!」

 

美柑を連れつつ、困惑気味でいる杏の手を取って駆け出す。

どこか落ち着ける場所は無いかと、視線を巡らせて──そうしている内に、遥はふと気がついた。

 

キョロキョロと、遥についてきながらも、杏はずっと周りに視線を巡らせている。

それも、相当に興味深そうに。

 

「何か気になるものでもあったんですか?」

「ああ、ちょっとね。学校に来るの自体、久々だったからさ。何と言うか興味津々、みたいな……?」

 

なるほど、杏は学校に行っていなからこそ、物珍しく見える部分もあるのだろう。

とすれば──遥の脳裏を、ふと一つのアイデアが過ぎった。

 

「……そうだ、杏先輩!」

「どうしたの? 遥くん」

 

こだまする革靴の音、それに負けじと声を張り上げ、遥は口にする。

 

「学校巡り、してみませんか?」

 

初めて校内を巡る杏の目線は、初めて高校を訪れる中学生のものと近しい。

だからこそ、彼女の目線でなら学校の魅力的なスポットを見つける手助けになってくれるのかもしれないという考えの元だ。

 

ただ、それに加えて杏がここにいるというイレギュラー。

文化祭の日に家を訪れた杏が遥に連れ添ってくれていたことを思い出すようで、彼女がいると妙に安心する。

「高校が気になる」と口にした杏へのささやかなお礼も兼ねたつもりの提案は果たして、返事となって返ってきた。

 

「りょーかいっ! エスコート、よろしくね?」

 

ぱたぱたと少し後ろをついてくる美柑、そして、一緒に駆けてくれている杏はにっこりと微笑んでみせると、いつも通りの元気さでそう口にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「……え、えとっ」

 

それから、どのくらい走っていただろうか。

息も大分切れてきた頃合い、人が随分と減った図書室前で立ち止まった遥たちに追いついてきた美柑は、切れ切れながらも声を上げた。

 

「お二人はどういうご関係なんですか……?」

 

美柑は事情も知らずにここまでついてきてくれていたわけだ。考えても見れば、そう言うに決まっていた。

とは言えども、一概に関係と聞かれてしまってもそれは遥にとっては答えづらいものだった。

『ヴィエルジュ』のことには触れぬよう、慎重にならなければいけなかったから──と、遥が思索を巡らせていた矢先、杏が真っ先に答えてしまう。

 

「バイト先での先輩後輩の関係。あたし──桃瀬杏が、遥くんの先輩をやらせてもらってますってカンジなんだっ! あなたは遥くんとはどういう関係なの?」

「えっと……浅黄谷美柑、ですっ。真白さんとは、その……」

 

案の定というべきか杏に詰められて、美柑はたじたじとし始めた。

 

「……仕事仲間みたいなものです。僕たち、同じ生徒会メンバーですので」

「なるほどね。よろしく、美柑ちゃんっ!」

 

遥の出した助け舟にひたすらコクコクと頷く美柑、何とか両者の自己紹介は終わった。

ともすれば、次に説明するべきは杏がここまでついてきた経緯だ。

 

「それで……杏先輩にここまでついてきてもらった経緯としては、学校の魅力を杏先輩なら見つけられるんじゃないかなって思ったからなんだ。ほら、初めて来校する杏先輩の目線と中学生の目線ってほとんど一緒でしょ?」

「……そ、そういうことだったんですねっ。何とか理解しました」

 

相変わらず硬直気味ではありつつ、それにも美柑は納得してくれたようだった。

 

「つ、つまりはおもてなし……ですねっ」

 

そして、むんとばかりに胸の前で小さく拳を握ると表情を引き締める。

 

「ふふっ、美柑ちゃんって結構真面目なんだねっ!」

 

そんな美柑の様子にぷっと杏が吹き出し、美柑が顔を真っ赤にして。

それでも、互いに初対面同士である割に雰囲気は和やかだ。

 

「それじゃあ、取り敢えず行きましょうか」

 

少しばかりほっとしながらも、遥は二人を連れ立って歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……へぇ、すっごい……」

 

図書室に足を踏み入れて開口一番に杏が漏らしたのは、感嘆の声だった。

立ち並ぶ本棚にぎっしりと詰められた本の背表紙を見て、随分と珍しいものでも見たかのような口ぶりだ。

 

「うちの司書が結構力を入れてて。蔵書はこの辺でも充実してる方らしいんです」

「図書室なんて随分久しぶりだなぁって……キラピュアの設定集まである──っ!?」

 

と、その瞬間に唐突に杏が大きな声を出した。

周囲から集まってくる視線に頬が紅潮してくるのを感じつつも、遥は彼女を静止する。

 

「……き、杏先輩、ここでは静かに……お願いします」

「あっ、そうだった……ごめんね? つい、テンションが上っちゃって……なんか、学校で好きなものを見つけると嬉しくなっちゃうっていうか……」

 

慌てて杏は口をつぐむ。

それでも、視線だけはキョロキョロと周囲に向けて、興味深げなことには違いなかった。

その中で一点、彼女の視線が止まる。そちらを見やると自習スペースがあった。

 

「あそこら辺、おしゃれだね。遥くんも使ってるの?」

「はい、衿華先輩と勉強する時に、とか……」

 

その瞬間、ブンと言わんばかりに振り向くと、杏は目を丸くした。

 

「衿華ちゃんと……!? そっかぁ……」

 

それから、どこかワケ知り顔で少しばかり微笑んでみせる。

先程、杏が叫んで視線が集まってきた時とは比にならないぐらいの恥ずかしさだった。

途端、頬が熱くなって──慌てて、遥は口にした。

 

「と、とにかくっ、次に行きましょうっ……!」

 

先程注意したばかりの大声を出してしまうぐらいに、遥は焦っていたのだ。杏の注意を逸らしてしまうために。

再び彼女の腕をむんずと掴み、半ば引っ張るように──慌てて美柑がついてくる中で──遥たちは図書室から出ると、再び学校巡りを再開させることにした。

 

「プールだ! この間のも楽しかったけど……学校のも入ってみたかったんだよね」

「食堂広いっ!? 『ヴィエルジュ』にもこれだけテーブルがあったら大変だろうなぁ……」

「体育館……遥くんも、あの時は本当に頑張ったよね」

 

行く先々で注目を浴びつつも、杏は学校を巡っていく中で目を輝かせては声を上げ、兎にも角にも久々に訪れた学校巡りを満喫しているようだった。

結局のところ、学校巡りをストップさせたのは、一時間ほど歩き通した中での遥の休憩の提案だった。

三人でベンチに座り込み、息を吐く。

各々座り込んでしまえば話題は無くなるもので、しばらくの沈黙が辺りを包む中、ぽつりと、杏は口にした。

 

「……ふぅ、やっぱり学校って広くて、色々あって、飽きないね」

 

それだったら、通いたかったんですか、なんて。

今日の杏の様子を見ていると、ただひたすらに楽しそうで、目新しい景色にひたすら飛びついていく彼女の姿は、いつも『ヴィエルジュ』で見る彼女の姿と変わらずはつらつとしていて。

やはり、少しばかり浮いていることはあれど彼女なら上手くやれたのかもしれないと、遥は思ってしまったのだ。

 

だけれど、その選択をしたのは杏自身だ。

たらればの話をしても仕方ないと言いつつ、後悔に塗れつつも、それでも、彼女は”魔法少女”一筋に今は生きている。

 

だからこそ、ただ頷くだけ。杏にだって思うところはあるのだろうから。

それ以上は言葉を重ねないように遥がそっとしておいた時だった。

 

「あ、あのっ……」

「……どうしたの? 美柑ちゃん」

 

突然、それまでは静かにしていた美柑が立ち上がった。

ふるふると握りしめた拳は震え、顔はどこか赤い。それでも、振り絞るようにして、彼女は口にする。

 

「お、おもてなしするなら……わたしにも……させてくださいっ」

 

しんと、また静まり返る。

遥自身、彼女が急にこんな大胆なことを口にするとは思っていなかったからこそ、呆気にとられていた節があって。

先に立ち上がったのは杏の方だった。

 

「りょーかい。ぜひ連れてってよ。美柑ちゃんのおもてなし、あたしも受けてみたいしさ」

 

相変わらず杏は距離感を詰めるのが早い。

そんな風に、どこか馴れ馴れしくも見えるような距離感に辟易としていたのだろうか。

 

「こ……こっち、ですっ」

 

たじたじとしつつも、何とか美柑は案内しようとしているようで。

 

「遥くんも、行こ?」

 

美柑についていく形で歩き出した杏に釣られて、遥もまた立ち上がった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ひたすら階段を上り続けて、意外と足の速い美柑に追いつこうとしたからか、息を切らしながらも遥が辿り着いた場所。

 

「ようこそっ……ここがわたしの”好き”、です」

 

先導するように前にいた美柑がドアを開けた瞬間、視界いっぱいを染め上げる橙色の光。

それまでの薄暗さも相まって、くっきりと描かれた境界線の向こう側へ足を踏み出した時、遥の耳を突いたのは、幾度も重なった声だった。

 

学校中を一望できる場所、眼下に広がる人の営み。

 

「なるほどね、確かにすっごいいい景色だよ……!」

 

我先にと駆け出した杏が手すりにしがみつき、感嘆の声を上げる。

未だもじもじとしている美柑が連れてきたのは、屋上だった。

放課後の校庭には部活動に精を出す生徒が溢れ、絶え間なく響く声は賑やかそのもので、刹那刹那が吹き抜ける風と共に過ぎていく。

 

「ねぇ、美柑ちゃんはどうしてここが好きなの?」

 

そう問いつつも、杏が視線を逸らすことはない。

ただずっと、遠くにあるその景色を瞳に映したまま、ぽつりと漏らす。

 

「……誰かが息をして、声を上げて、駆け回って──()が、そこにあるから。誰かの存在を強く感じられるから……なんです」

 

美柑もまた、杏と同じく外に視線を向けたままそう口にする。

少し遠巻きに、触れることはできなくても、それでも、一番その存在を感じられる場所。

()がそこにあること、誰かの存在を感じられること──その大切さは、遥にだってわかった。

ずっと一人で家に閉じこもっていた時に、希薄に思えていた他者の存在を思い起こさせてくれたのは、『ヴィエルジュ』で紡いできた()だったから。

それのおかげで、遥自身も救われてきたのだから。

 

「もしかして……それが浅黄谷さんにとってのここが好きな理由(ワケ)なんじゃないかな。()が好き、みたいなさ」

 

遥がそう口にした瞬間に、はっとしたかのように美柑の青い瞳が見開かれた。

射し込んだ夕日がその光彩を鮮やかに色付ける中で、彼女は遥の言葉を反芻する。

 

()が、好き……あながち、間違ってないかもしれないです……」

 

時折途切れ途切れになりながらも、何とかなぞっていくように美柑は言葉を継ぐ。

 

「……わたしがここに来たの、エリ先輩に憧れたから、なんですっ」

「エリ、先輩……?」

「あっ、えとっ……黒咲先輩のことです。流石に失礼、でしたよね……」

 

一瞬、遥の脳裏に過ぎったのは普段の定例会での衿華の姿だった。

普段から堂々としていても、彼女は何だかんだ自分が後輩たちに一歩距離を置かれているのを気にしている節があった。だからこそ、むしろ「エリ先輩」だなんて呼ばれたら、彼女は頬を緩ませそうな気がしたけれど。

 

遥が『ヴィエルジュ』に通い出したのは、杏との会話を求めたから。

衿華が『ヴィエルジュ』で働き始めたのはブランに憧れたから。

 

「ううん、失礼じゃないとは思うけど……ただ、それってその場所にいることを選ぶ理由としては十分だなって思って」

 

それならば──遥たちが悩んでいたことの答えは、既に出ていたような気がした。

 

「この学校を選んだ理由──良い先輩がいるから、だとか。そういうのでも良いんじゃないかな」

 

少しばかり美柑は考え込んでいるようでもあった。

ずっと目の前を捉えていたその顔が、遥の方を向く。

 

「……そう、ですか……」

 

ぱちくりと一度、驚いたかのように瞬きをして。

 

「……確かに。意外と、近くにあったんですね」

 

それから、美柑は頷いてみせた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「衿華ちゃんもいい後輩を持ってるんだね。もちろん、遥くんも含めてさ」

 

そろそろ最終下校時刻が近いからと人もまばらになった校門前、ひらひらと手を振ってみせると、杏は駅の方へ向かって歩き始めた。

 

「じゃあ、あたしはバイトがあるからこれで。ありがとね、二人とも。楽しかったよっ!」

 

しばらくその背中を見送って、いざ先程出た案をまとめてみようと遥が美柑の方を向いた瞬間。

 

「……大丈夫? 浅黄谷さん……」

 

瞳は虚ろ、口は半開き、彼女の表情は随分と疲れ切ったものになっていた。

 

「……わたし、結構頑張ったんですよぅ……ああいうタイプの人って、あんまり見なかったけど、おもてなししなきゃって……」

 

疲れからか、美柑はどこか饒舌だ。聞かれていないことまで次々に口にする。

だけれど、実際に彼女が今日頑張っていたというのは遥にも十分伝わってきていた。

なにせ、普段はほとんど口を開くことのない彼女がここまで”おもてなし”と称して、初対面の相手に必死に話しかけていたのだ。

 

「本当にお疲れ様。……ところでさ、浅黄谷さんはどうしてそんなに頑張ってたの?」

 

衿華は「美柑が生徒会長を目指す理由がわからない」と言った。

慣れないことをする美柑の姿は、遥にとってもどこか不思議に映る。

 

「……えっと……先程、エリ先輩がわたしの憧れだって言いましたよね?」

 

つい先程、屋上で口にした言葉。

衿華とあまり会話している印象のない美柑からその言葉が出てくるのは、やはり少し意外に思えた。

 

「……わたし、ハーフなんです。母がイギリス人でした。皆とは結構見た目が違くて、浮くことも多くて……中々、()にも、混ざれなくて……」

 

金髪に青い瞳、彼女がどこか浮いている理由の一つだった、その日本人離れした姿。

伸びない背に、高いままだった声、遥にだって周りと違うからこそコンプレックスになってしまった特徴がある。そして、それは胸につかえたまま中々取れるものじゃない。

 

「心機一転、頑張ろうと思って入った高校は、誰一人として見知った顔がいなくて……それでもっ……」

 

だけれど、遥にとっての『ヴィエルジュ』はそれを肯定してくれた場所だった。

巡り合わせが、コンプレックスを完全に取り除いてくれたとまでは言わないけれど、そんな自分を少しだけ好きになれる時間をくれたのだ。

 

「……入学式で見た、エリ先輩の堂々とした姿が……ずっと、わたしのみちしるべで。ああいう風になれたら、うじうじこんなことで悩まなくても済むんだろうなって、()にだって入れるんだろうなって、背中を追いかけ続けてて……」

 

だからこそ、遥にもどこか合点がいった。

きっと、彼女が頑張ろうとしている理由は向かうべき場所があったからこそなのだ。

 

「エリ先輩みたいにって……憧れて、今でもずっと……ずっと、そうなんです」

 

美柑が生徒会長を目指す理由。

それはきっと、衿華に憧れたから。彼女の口からは直接聞いていなくとも、はっきりとその気持ちは伝わってくる。

 

「……だから、今回のエリ先輩からのお仕事も、絶対に成功させますっ……」

 

頬をパチンと叩くと、美柑はピンと背を伸ばし、再び表情を引き締めた。

疲れ切っていてもなお”憧れ”に手を伸ばすためだと、だからこそ彼女はまだ頑張ろうとしているのだろう。

 

──ねぇ、手、取ってよ。

 

我が身を振り返ってみれば、遥にだって差し伸べられた手があった。

衿華がブランに抱いたように、美柑が今しがた口にしたように、追いかけ続けられている姿があった。

 

「……そっか」

 

遥にとっての”憧れ”は、今でも胸に灯り続けていた。

それならば、みちしるべだって──案外身近にあるのかもしれない。

 

「……それなら、僕も頑張らなきゃだね」

 

憧れを追う美柑の姿に、どこか自分の姿を見出そうとして。

遥もまた、気を引き締めようとぎゅっと拳を握りしめた。




コミケ準備などなど、年末のゴタゴタがあり、更新が遅れてしまいました……。
恐らくはこれが年内最後の更新となると思います。今年も一年間ありがとうございました。
今年から本格的に連載を初めた本作ですが、一度区切りを付けられたり、今でも執筆できているのは読者の皆様のおかげです。来年もよろしくお願いいたします。

P.S.
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