“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#52 「魔法少女が隣にいるから」

「明日の会場設営? 任せてよ。演劇の準備でノウハウはバッチリなんだから!」

 

学校説明会を前にして、放課後の体育館は普段よりもずっと騒がしかった。

大量に動員された生徒と着々と並べられていくパイプ椅子。それを主導するのは透羽だ。

 

「ごめんね、透羽。僕らの仕事なのに手伝ってもらっちゃって」

「良いんだよ、これは生徒会の仕事でもあるんだから。それに、わたしも副会長として最後に何か役に立ちたかったし」

 

透羽からは気のいい返事が返ってくる。

実際、文化祭の演劇で会場設営のノウハウを身に着けた透羽は頼りになるから、遥にとってはありがたいの一言だった。

遥も、そして美柑も、こうも大人数を動かす場面は初めてだったから。

 

「彩芽さん、すごいんですね……こんなにいっぱいの人を動かしちゃって……」

 

呆けたように多くの生徒が動き回る光景を見つめていた美柑がぽつりと溢す。

いずれはできるようにならなきゃね──なんて一言は余計にプレッシャーをかけてしまうだろうから、口をつぐんでおくとして。

それでも、美柑には伝えておかねばならないことがあった。

 

「僕らもリハーサルしとかなくちゃ。多分、一番の大仕事だからさ」

「は、はいっ、わたしたちで魅力を伝えなくちゃいけないんですものねっ」

 

そうだ、遥たちには『生徒の声』と称して、この学校の魅力を伝えるという大事な役割がある。

かなり強張った口調で美柑が反芻したことに若干の不安を覚えはするものの、やること自体はそれで正しい。

 

「それで、台本はできたの?」

「……何とか。わ、忘れないかは心配、ですけどっ……」

 

基本的に当日は台本を見ずに中学生たちの表情を見ながら話す──それができるのが、一番望ましいことだ。

 

「一応確認しとくけど……本当に忘れた時はチェックしても良いからね……?」

「わ、わかってます……それでも、わたしの話し方で中学生たちの印象が決まると思うと……怖くてっ……」

 

美柑の口にすることがわからないわけではない。

実際、学校説明会で前に立って話すというのはかなり重要な役割だ。

ただ、それだけにあまり美柑にプレッシャーをかけ過ぎてもいけない……というのも、遥にはわかっていた。

 

「まあ、とにかく本番はリラックスして……ね……?」

 

そう声はかけたものの、ケアが必要なことには変わりないだろう。

それを自身に念じつつ、遥は明日のスケジュールを再度思い返すのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「浅黄谷さんの様子はいかがでしょうか?」

 

放課後、いつものように図書室で衿華と勉強をしている途中にぽつりと彼女の口から漏れた話題。

それは珍しく衿華の方から持ち出されてきた話題で、かつ、彼女が今一番気にしているであろうことだった。

 

「……まあ、万全とは言い難いかもしれないです。今日の時点でもだいぶ緊張してるみたいですし」

「……やはり、そうですか」

 

眉間の辺りにシワを寄せつつ、やはりと言うように衿華は頷く。

 

「実際、ある程度予期していたことではありましたが……。やはり、困るものですね……」

 

衿華が頭を悩ませる理由もわかる。

今回、遥と美柑にこの仕事を振ったこと──それには、試す意味も含まれていたのだろうけど、いざ学校説明会が失敗してしまっても問題だ。

そして、今の美柑の状態から鑑みるに、何か良くない事態が起きてしまう可能性というのは十分に有り得る。

 

だとすれば、何かしら対策を取るのはもちろん本人の問題でもあったかもしれないものの、もう一人。

 

「……何か、僕にもできることってあるんでしょうか」

 

これは、その隣にいる人間──遥自身の問題でもあった。

 

「……なるほど。遥くんが、ですか」

 

その言葉を口にした途端、衿華は急に表情を綻ばせた。

先程までの悩んでいたかのような顔とは真逆に、くすり、と。微笑が湛えられる。

 

「どうしたんですか……? 僕、何か変なことでも……」

「いえ、そういうわけではなく……ただ、遥くんらしいと思いまして」

 

胸にそっと手を当てて、衿華の細められた瞳は何かを回想しているかのように、どこか遠いところを見つめているようで。

 

「言うなれば、今回の仕事は私からあなたに半ば押し付けたようなものです。それでも、責任を負ったうえで誰かに手を差し伸べようとしている──あなたのそういう部分は、もう少し誇っても良いと思います」

 

衿華から向けられた純粋な肯定。

それが嬉しかった──ということには違いないけれど、ただ、今の遥には少しばかりその期待が重すぎるようにも思えたから。

結局のところ、それを受け止められずに遥は話を逸らしてしまった。

 

「……あ、ありがとうございます。それで……浅黄谷さんの件について何かアドバイスを頂けますか?」

「アドバイスですか。彼女には何が必要なのか──というのは、私にわかることでもないですし……」

 

返ってきた答えは、困ったような声音で発されたものだった。

確かに衿華の言う通りだ。ことの解決には本人の問題だってあるだろう。衿華から貰ったアドバイスがピタリと彼女に合う保証はないけれど。

 

「……そういえば、浅黄谷さんは衿華先輩に憧れて生徒会長を目指し始めたらしいんです。それなら、やっぱり衿華先輩()アドバイスが、彼女には心強いのかもしれないなって……」

「そう……だったのですか……?」

 

だけれど、衿華のことを「エリ先輩」と呼んで慕う美柑なら、衿華から貰ったアドバイスというだけでもかなり勇気づけられるのではなかろうか。

そう考えると、衿華から何かを聞き出すこと──それは、大切なことに思えて。

 

ただ、思い返しても見ればこの話を衿華にするのは初めてだった。

そして、衿華はというと──。

 

「……それは、少し照れてしまいますね……」

 

顔を赤くして、そっぽを向いて。

普段から後輩に怖がられていないか気にしている衿華のことだ。

こうして遥伝手であろうとも、「憧れられている」と言われて過剰に反応してしまうのも仕方のないことだったのだろう。

 

「……そ、そうですね。それならば……浅黄谷さんには私から一つ、アドバイスを贈らせてもらうとしましょう」

 

こほんと一つ咳払いをして、取り繕うように衿華は口にする。

 

「『困ったら隣を向け』──と。自戒でもありますが、それが私にとっては一番のアドバイスです」

 

一番のアドバイスとして、そう伝えられたけれど。

それはどうにも抽象的で、どんな意味かわからなかったから聞き返してしまう。

 

「それはどういう……?」

「恐らくは、私に足りていなかったものです。大人数の前で話す──一人で、立ち向かう。それが存外、どれだけ覚悟を決めていても緊張することというのを遥くんも知っているでしょう?」

 

衿華が思い出させるようにして問いかけてきた言葉。

ふと脳裏を過ぎった記憶は文化祭ライブの日、ステージに立った時のことだった。

あの時は学校中とも言えるぐらいの視線が遥の方を向いていて、どうしようもなく息苦しくて、目眩がしたのをよく覚えている。

それでも、何とか乗り切れたのは、多分──。

 

「……確かに。隣に衿華先輩がいなかったら絶対に乗り切れてませんでした」

 

隣に衿華がいてくれたおかげだ。

一人で立っていない──支えてくれる人が隣にいるという安心感は、思いの外ずっと大きいものだった。

だからこそ、あんなに慣れない場所でも歌い切ることができたのだ。

 

「ええ。ですから、隣にいる相手に頼ること──支えてもらうことは大事です。どうにも視野が狭くなると、自分にしか頼れないと錯覚してしまうので」

 

言われてみると、衿華は割と一人で何でもこなすタイプだったように思える。

あまり副会長らと協力しているというよりかは、一人でどんな場にも立って、堂々としている孤高の生徒会長……みたいな。

それが引退も間近になって何かしら考え方が変わる出来事でもあったのだろうか。

 

「それと……もう一つ。これは()()としてのお節介ですが、遥くんにも一つ、教えて差し上げます」

 

遥の方に向き直り表情を引き締めた衿華が真正面から視界に入る。

いかんせん、名指しでのアドバイスだと肩に力が入るものだけれど、だからこそ、しっかりと聞かねば。

そんな遥の緊張を尊重するように、どこか重々しい口調で衿華は言葉を続ける。

 

「私自身がどう支えて欲しかったか、ということです──」

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「……本校では、そのような配点で点数を出しております。ですから、必要な科目としては──」

 

胸をぎゅっと抑えて、その肩が跳ねるたびに呼吸音まで聞こえてくるようだった。

遥たちの出番の一つ前、ステージでは教師が受験要項について話す中で、それも次第に終わりに近づいていく。

そうしたら、『生徒の声』──美柑と遥の出番はすぐにでも来るのだ。

 

遥たちが今いるステージ脇からは中学生たちが腰掛けているであろう席の様子は伺えなかったけれど、朝の入場整理の際にどれぐらい来たかは確認している。

おおよそ、体育館を埋めるには十分だったと言えるだろう。

 

だからこそ、と言うべきか。

遥から一歩半分ほど距離を取って出番を待つ美柑の姿は、あまりにも緊張している様子で──見ているだけでもどうにも痛々しかった。

 

「──以上で、受験要項についての話は終わらせていただきます。続いて、『生徒の声』を聞いてみましょう。二年生の浅黄谷美柑さんと真白遥さん──」

 

名前を呼ばれた瞬間に、ビクリと美柑の肩が跳ねる。

手は口元に、瞳はどこか虚ろ──彼女が限りなく緊張しているのは明らかだった。

 

遥の役目はあくまでも補助に近い。メインで話すのは美柑──そういう段取りになっている。

だからこそ、凄まじいプレッシャーが掛かっているに違いないのだ。

大丈夫かと、声をかけたい。少しでも台本を代わるべきか、聞くべきかも知れない。

 

「──それでは、お二人とも壇上までよろしくお願いします」

「……行き、ますっ」

 

それでも、美柑はきっとステージの方を向いた。

遥の方を振り向くことなく、歩き出そうとしている。

杏と学校巡りをした日、彼女の口から直接生徒会長になりたいという想いは聞いた。

 

衿華にずっと憧れてて、みちしるべで、彼女みたいになりたいのだ、と。

それならば、遥のするべきことは美柑を止めることではない。

 

「ねぇ、浅黄谷さん」

「は、はいっ、何でしょうか……」

「もしも、ステージの上で困ることがあったら、僕の方を向いて。『困ったら隣を向け』──それが、衿華先輩が大事にしてることらしいから」

「エリ先輩が……ですかっ?」

「うん。だから、僕たち二人で壇上に立つってことを忘れないでいて」

 

俯きがちに美柑は自身の足元を見る。

その空いた歩幅を埋めるように、遥が脚を踏み出して互いに並んだ。

 

「……わかり、ました」

 

震えた声音ながらも美柑が答え、頷きあって。

歩き始めた途中で遥の脳裏を過ぎったのは、透羽から聞いた言葉だった。

 

『誰かを支え、助けること──それって、すごい”魔法少女”()()()ことだと思う』

 

ここが『ヴィエルジュ』じゃなくとも、今の遥が”魔法少女”でなくとも、支えるべき相手がいるのならば。

 

『それでも、責任を負ったうえで誰かに手を差し伸べようとしている──あなたのそういう部分は、もう少し誇っても良いと思います』

 

そうするのが真白遥だとするのならば、美柑の隣に立つうえで心得なければならないことがある。

衿華が口にした、「どう支えて欲しかったか」ということ。

 

それを胸に刻みつつ、遥はステージに向かって歩んでいく──。

 




杏「歌って踊ってファンサして! それが大事なこと……うんうん、わかるなぁ……」
冬コミも年末のゴタゴタも静まり、投稿を再開できます。
今年もよろしくお願いいたします。
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