“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#53 「魔法少女に貰ったもの」

「ほ、本校生徒二年の……あ、浅黄谷美柑、ですっ」

 

壇上から見渡す限り、体育館は中学生たちで埋まりきっていた。

学ランやブレザー、セーラー服──この辺一帯に通う学校の生徒たちが集まって来ているのだろうか、服装も髪型もそれぞれで、だけれど、全員に共通していることがあった。

 

「今日は……こ、この学校の魅力についてお話させて、頂こうと思いますっ……」

 

その全員が一点──話し手である美柑を見つめているということだ。

中学生たちにとってすれば、志望している高校の先輩──というのは、遠い存在に映ることだろう。

だとすれば尚更、美柑にはプレッシャーがかかっているように見える。

声は震え、たびたび言葉も途切れてしまうのだ。唯一の救いは練習していた甲斐あってか、台本の内容自体は飛んでいないらしい──ということだった。

 

「え、えっと……それで、まず……一つ目として、この学校は設備がとても充実、してますっ」

 

美柑が遥の方に視線を送ってくる。

こういった細かい部分について触れていくのは遥の仕事──そういう分担だ。

 

「……具体的には図書室やプール、グラウンドといった設備など、部活動をしている生徒たちにも好評です。詳しいことはパンフレットに書いてありますので、そちらをご覧ください」

 

パラパラと、パンフレットを広げる音が体育館中にこだまする。

一旦ここで遥の出番は終わり、また美柑にバトンタッチすることとなる。

今度は皆の視線がパンフレットの方に向いていたからか、比較的スムーズに美柑は話しだした。

 

「二つ目は……充実した進路指導、ですっ。他の学校よりも、その……進路希望調査や、面談が多いので……えとっ……」

 

一瞬、美柑が言葉に詰まる。

ここは何か助け舟を出すべきか──と、遥がタイミングを見計ろうとしている中で、それでも、彼女は辛うじて言葉を継いだ。

 

「……安心して、自分の目標に向かっていく、ことができますっ」

 

ステージ脇では教師が頷きながらこちらを見つめている。

ここまではこの要素は盛り込むようにと、学校側から指示されて台本にした部分だ。

ただ、ここから先は違う。

 

「そ、そして……三つ目は……」

 

三つ目は、美柑自身が見つけ出したこの学校の魅力。

いわば、彼女の本心が滲み出る部分だ。そして、ほとんどの中学生はパンフレットからもう顔を上げていて、美柑の方へと視線を集中させていた。

 

「人が……良い、ところでっ……」

 

その時、どこか遥は違和感を覚えた。

確か台本通りに行くならば、ここらで話を一度区切っていたはずだ。

 

「こ、これは……つまり、なぜ、ならっ……」

 

だけれど、話は続いていく。

整理されないまま、立ち止まれないまま、急いたように美柑の口から言葉が放たれては、もつれて、こんがらがって、次第に行き場を無くしていく。

 

「なぜ、なら……部活動が……生徒会が……えっと……?」

 

間違いない。本番だからか、焦っているせいか、美柑の中でも整理がつかなくなってしまっている。

台本が飛んでしまっているのだ。

 

「……っ」

 

ついに言葉が途切れて、そのまま美柑は俯いてしまう。

正面から逸らされるようにして──彼女の瞳は見開かれ、視線が彷徨っていた。

 

「っ、はぁっ」

 

荒くなった息が、苦しげな息切れ音が隣りから漏れる。

この状況には、遥自身にも覚えがあった。文化祭ライブの時、衿華の隣に立って、歌わなくちゃいけなくて。それでも、集まる視線に緊張のあまり声が出なくなるどころか、心臓の鼓動が早くなって、何も聞こえなくなった。

それどころか、どうしようもなく心細くて、視界は狭くて──嫌な想像だけが頭の中でずっと巡っていく。

 

そんな状況からどうやって抜け出したか。

 

『はる、かあああああ──っ!!!!!!』

 

そうだ、透羽の声援(エール)があったから、あの時は、はっと我に返ったのだ。

そして、隣に衿華がいたから歌いきることができた。

『隣を向け』──一度それを美柑にも思い出させなければいけない。

 

──ねぇ、手、取ってよ。

 

手を差し伸べられれば、一人ぼっちではないのだから。

 

「……実際、この学校には魅力が多くて、一つに絞りきるのは中々難しいですよね」

 

少しの間でも時間を稼ぐため、そして、言葉に詰まった美柑をフォローするために遥が放った言葉。

途端に、美柑の顔がこちらを向く。はっとしたかのように、その瞳が遥を捉えた。

 

「ただ、その中でも、浅黄谷さんはある人物に憧れてこの学校に入ったんですよね?」

 

衿華から教えてもらったこと。どう支えて欲しかったかということ。

 

『隣に誰かがいてくれるのなら、フォローして欲しい──と思うことは何度かありました。例えば、様子を見て呼びかけてくれるだけでも随分と変わりますから』

 

壇上で話している以上、話すべき相手は多い。

眼下に見える人々全員に言葉を届けなければと、そう思ってしまうから。

それでも、こうして隣にいる相手に呼びかけられるだけでも大分話しやすくなるのだと衿華は言った。

 

「……そ、そう、です。わたしは……エリ先輩に憧れてっ……そうだ」

 

話す相手が隣にいる遥に絞られて、内容を整理しやすくなるから。

そして、そんな風にした美柑へのフォローはどうやら効いたらしかった。

顔を上げると、彼女は再びマイクに顔を近づける。

 

「ここには……立派な先輩や、助けてくれる仲間……()()との出会いが、あります。わたしがここに立てているのも、そ、そういう人たちがいてくれたおかげでっ……」

 

台本を思い出せたからか、美柑の言葉は朗々と続いていく。

まだ多少声は震えていたけれど、体育館の隅々まで届いていく。

 

「だからっ……わたしは、この学校に入って良かったと思っていますっ……!」

 

そして最後、張り上げられた声と共に彼女の言葉は締めくくられた。

頭を下げて礼をして、その後の美柑は中々顔を上げなかったけれど。

 

パチパチ、と。

体育館中を拍手が包みこんだ。それに驚いたかのように、はっと彼女は顔を上げて。それでも、その直後に。

 

ふっとその表情を綻ばせた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「お疲れ様、浅黄谷さん。飲み物、これで大丈夫だった?」

 

『生徒の声』が終わったその後もつつがなく学校説明会は進んでいき、片付けも終わり、中学生も協力してくれていた生徒たちもほとんどが帰った後で、閑散とした校庭のベンチに腰掛けていた美柑のところに遥はいた。

 

「は、はい。甘いもの、好きなのでっ」

 

渡されたおしるこの缶を開けると美柑は一息に飲もうとして、すぐさま「熱っ」と、口を離した。

 

「……大丈夫? 火傷してない……?」

「い、いえ……それは大丈夫なんですけど……まだわたし、緊張が抜けきってなくて。つい、慌ててしまって……」

 

顔を赤くしつつも、美柑の表情は強張っていた会の最中よりはずっと緩んだものになっていた。

終わったばかりで気が抜けきっていた、というのもあるのだろう。

 

「でも、良かったよね。成功で終わって──衿華先輩も褒めてくれたし」

「……ええ。ほんと、です。すっごい安心しました……」

 

縮こまったままでも、美柑は安堵の息を吐く。

それだけでも、どれだけ彼女が緊張していて、ようやくそれがほぐれたかということは伝わってくる。

そうしてしばらくの間、互いにちびちびとおしるこを飲んでいて、不意に美柑が口を開いた。

 

「……あのっ、真白さん。その……ありがとう、ございましたっ」

 

彼女の口から放たれたお礼の言葉に、遥は気恥ずかしさを感じつつも軽く首を振った。

 

「ううん。僕には浅黄谷さんをフォローする責任があったから。それよりも、最後に解決したのは浅黄谷さん自身だったし……」

 

実際、確かに遥はフォローしたもののそれが十分なものだったかという確証は得られていない。

最後に乗り切ったのは美柑自身だ。だとすれば、そこに本当に遥は必要だったのか……それは、彼女の力だったのではないか。

そう考えてしまうと、感謝の言葉であろうとも、どうにも真っ直ぐに受け止めることができなかった。

 

少し前に『ヴィエルジュ』で紗に対して感じた、あまりアドバイザーとして役に立てなかったという無力感が再び遥を襲う。

そうだ、遥は当たり前のことをしただけで。いつも、少しフォローしたところで、それで本当に相手の力になれているのかはわからない。

 

そんな自分に、誰かを支えることなんてできるのか──最初に感じた不安は、今でも払拭しきれていない。

 

「そのことだけじゃ、ないですっ……」

「だけじゃ、ない……?」

「はいっ、真白さんに助けてもらったこと、他にもあって……」

 

だけれど、美柑は首を振る。

一度贈った「ありがとう」という言葉を突き返されたとしても、構わず押し付けようとしてきた。

彼女を助けたこと──そんな経験が思い当たらなくて、遥の中では疑問が広がっていく。

 

「文化祭ライブ……見てました。エリ先輩と立って、二人で歌って。周りには女装した真白さんを馬鹿にする人もいました、けどっ……」

 

予想していなかった言葉を美柑は紡ぐ。

あの時、ステージから見下ろしていた大勢の顔──その一つ一つが遥を苛んでいるように思えた。

今思い返しても見れば自分の被害妄想だった部分もあったのだろうけど、その中に美柑もいたのだ。

 

「『魔法少女が大好きだ』──好きだから退かなかった、最後は堂々としてた……ちょっぴり、変わった”好き”かもしれないけど、胸を張っていられる真白さんに、わたしは……貰ったんです」

 

実際に女装した遥の姿を笑う生徒もいたという。

それでも、美柑は違った。遥の叫びを真正面から受け止めてくれていたのだ。

 

「勇気を、背を押されたんです。……他とは変わった部分があっても、もっと胸を張ってていいんだって……だから、わたしは生徒会長になりたいって、エリ先輩に伝えられましたっ……」

 

ほとんど、最後の叫びはエゴに近しかった。

認めてくれと、自分の”好き”を自分でも否定したくないからと、遥自身のためにしたことだった。

 

「そうやって、背を押してくれたこと。それが、わたしの”ありがとう”……ですっ……」

 

だからこそ、考えもしなかった。

そうやって、自分のためにしたことが──再起のためにしたことが、結果的に誰かの背中を押すことに繋がっていたということに。

 

「……そっか」

 

意図せずとも、誰かに手を差し伸べられた。

今目の前にいる少女は、遥の姿があったからこそ勇気を出せたと、そう言ってくれたのだ。

 

──僕は、誰かの背を押せていたんだ。

 

『誰かを支え、助けること──それって、すごい”魔法少女”()()()ことだと思う』

 

それならば、そんな風に少しは胸を張っても良かったのかもしれない。

もう少しだけ自信を持って、踏み出すことが許されるのかもしれない。

 

「……ねぇ、浅黄谷さん」

「なん、でしょうか……?」

 

これは聞き返してくる美柑に対しての宣言でもあり、今までブレていた自分に対する答えだ。

深く息を吸って。それから、遥ははっきりと口にする。

 

「僕もさ、副会長──目指すことにするよ」

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