“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#54 「いつか、羽ばたく先を」

「お父さん、お母さん、お姉ちゃんっ……!」

 

蹲って、泣きじゃくる子供がいた。

広い、広いホールの真ん中で、まるでその存在に気づいているのが自分だけだとでも言うように、絶え間なく周りを過ぎていく人々。

関わってしまったら、面倒なことになるのはわかる。

 

それでも──子供の方に一歩踏み出して、しゃがみ込んで。

 

「……え?」

 

未だ目尻を擦り、不安げな表情でこちらを見つめてくる子供。

少年なのか少女なのか、不思議とその顔は印象には残らない。視界に入っても記憶からは抜け落ちていく。

それでも、そんなの今は関係ない。

強い意識が胸中で芽生える──するべきことは一つだけだ。

 

 

「────」

 

 

「……ん」

 

遥が目を覚ました時、真っ先に視界に映ったのは天井に向かって伸ばされた自分の手だった。

今しがた見た夢のその先、子供にどんな言葉をかけて、どんな風に接したというのだろう。

疑問の中でぎゅっと拳を握ってみて、そうして脳裏を過ぎったのは今日これから自分がするべきことだった。

 

ベッドから起き上がると、遥はハンガーに掛かった制服に袖を通していく。

普段よりもしっかりとアイロンがかかっているのは、今日が大事な日である証だ。

 

「……よし」

 

泣きじゃくる子供を前にして、自分がこれからどうするか。

そんな夢を見て起きた朝──遥にとっては生徒会選挙当日だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

『……さて。遥くんが副会長を本格的に目指してくれる、と。そう言ってくれたのは大変喜ばしいことですが……選挙公約はどうするのですか?』

 

生徒会選挙当日から数えて一週間前。

放課後の図書室でちょうど遥が演説の原稿を書いている時に衿華はそう聞いてきた。

 

『……それが、難しいんです。今、すごく悩んでて……』

『でしょうね。実際、今の遥くんはそういう風に見えますもの。”魔法少女”たるもの、気難しい顔は避けるべき──では無かったのですか?』

 

近頃は衿華もそんな風に軽口を叩いてくるようになってきた。

遥の緊張をほぐすためだとか、そういった意図もあったのだろうけど、以前よりは気さくに触れ合いやすくなったものだと思う。

 

『まあ、今回は信任選挙です。遥くん以外の副会長立候補者がいない以上、当選は確実でしょうが……』

『……でも、責任を持つべき役職である以上、ここで手を抜いてはいけない……ですよね?』

『やはり、そういうところは遥くんらしいですね。責任からは逃げようとしない──だからこそ、安心して託せるというものです』

 

一人頷きながらも、ちっとも筆が進まない遥を慮ってのことだったのだろう。

衿華はちらと遥の方に視線を向けると、一つ口にした。

 

『……そうですね。そんな遥くんに一つ質問をさせていただくとしましょう』

『質問、ですか……?』

『ええ。あなたはどんな()()でありたいですか?』

 

──どんな()()でありたいか。

 

それは、遥が幾度も幾度も悩んできたことだった。

進路希望調査表の空欄は無理やりないことを捻り出して強引に埋めた。

そのことで透羽に「変わらないね」なんて言われて、ひどく焦ってきたこともあった。

進路も職業もなりたいものも、未だ像は曖昧で……不透明。

 

──それでも。

 

衿華の手を取った時、透羽の演劇を手伝う事になった時、紗のアドバイザーをすることになった時、つい先日、美柑のフォローをした時──”誰かを支えること、助けること”──透羽に言わせれば”魔法少女”らしいことをいくつも経験してきた。

 

そしてきっと、遥はそうありたかったのだと思う。

最初に胸に灯った憧れ──それを焚べた相手は誰か。

 

『──ねぇ、手、取ってよ』

 

手を差し伸べられたあの日からずっと、変わらない憧れ。

”魔法少女”への──その”らしさ”への憧れは、今だって──。

 

『僕は──』

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「──わたし、彩芽透羽の真白遥くんに対する応援演説は以上とさせていただきます」

 

礼をして一歩下がる透羽。後ろにいた遥と共に二人は並ぶ。

生徒会選挙当日、その演説の本番。壇上からは見渡す限り、生徒がこちらを見つめている。

 

『……ですからっ、わたし──浅黄谷美柑が生徒会長になった、暁にはっ! 部活動の促進、委員会の活動拡充を目指して……生徒の皆さんがより楽しく過ごせる……()を作れるっ、そんな学校にしてみせますっ……!』

 

応援演説として衿華の力を借りつつも、学校説明会当日のように大きく台本が抜け落ちることもなく、美柑はところどころ噛みながらでも、自分の公約を宣言しきった。

そうして彼女が頑張りを見せた後で、透羽にも応援演説をしてもらって出来上がったこの場で、遥は一歩踏み出し、マイクの前に立った。

 

「……っ」

 

一気に集まる生徒たちの視線に思わず怯んでしまう。思えばこの光景を真っ直ぐ前にしたのは文化祭ライブの日が最後だった。

確かあの時はどうしようもなく動悸がして、呼吸が荒くて、立っていることすらも難しかったんだったか。それに比べれば、心臓の鼓動は早まって、マイクに触れる手には汗が滲んで、確かな緊張がそこにはあったけれど、今、確かに遥はその場に立てていた。

 

「生徒会副会長候補の……真白遥です」

 

どんな眼差しで皆は遥を見つめていたのだろう。

文化祭でコスプレをしていた男子生徒だとか、あまり良い印象を持っていない、もしくは笑いものにしていた生徒だっていたかもしれない。

 

『胸を張っていられる真白さんに、わたしは……貰ったんです』

 

それでも、美柑は言ってくれた。遥に背を押されたのだと、勇気を貰えたのだと。

そんな美柑の言葉に遥も勇気を貰った、ここに立つ意味を得た。

だからこそ、これから話す言葉は──そんな相手に向けたものだ。

 

「僕が生徒会副会長になった暁には、この学校に──目安箱を設置したいと考えています」

 

以前公約について悩んでいると衿華に言った日、彼女から貰ったアドバイス。

遥の掲げた理想を叶えるために彼女に手を借りながらも作り上げていった公約が凛と体育館に響き渡る。

 

「学校という環境では集団生活を強いられる。それゆえに──縮こまって震えている、言い出せないでいる……そんな悩み事を持つ人を、僕は無碍にしたくありません」

 

なぜなら、遥自身がそうだったから。

抱えていた“好き“を言い出せないでいた、バレた挙げ句引きこもることになった。

あの時手を差し伸べられていなければ、副会長に立候補するどころか今も遥は家で引きこもっていたことだろう。

 

それに、美柑にだって中々言い出せなかった想いがあった。

衿華だって、透羽だって、理想を叶えられない自分との間で悩んでいた時期があった。

大なり小なり、誰の、どんな悩み事だろうと関係ない。

踏みにじられて良いものなど一つもない、無理やり飲み込んで押し殺して、そうして無かったことにしてしまって良いものなど何一つとしてない。

 

それが叶う場所で──『ヴィエルジュ』で“魔法少女“として活動してきた()()、遥ならばそんな場所を広げられるかもしれない──そんなささやかな願望を。

 

「なぜなら、僕がなりたいのは──」

 

まだ幼かった頃、縮こまって震えていた。

ショッピングモールの人混みの中に呑み込まれ、声すらかき消され、誰も見向きもしなかった中でたった一人に手を差し伸べられた。

 

 

「震える誰かに手を差し伸べられる、背を押せる──そんな、()()だからっ……!」

 

 

どんな()()でありたいか──その答えを。

マイクに乗せて、自分自身にも言い聞かせるように、今縮こまっている()()に届けるように。

 

体育館中に──目一杯に響き渡らせる。

 

「……僕の公約は以上とさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました」

 

思いの丈をぶつけるために、熱っぽい言葉を選んでしまったかもしれない。

それでも、ステージ脇に戻る途中、ぐっと透羽は親指を立ててくれた。ジェスチャーで「良かったよ」と言わんばかりに。

だから、今はやりきったのだと、遥はそう思っていようとする。

 

当選するかどうか──それも大事だけれど。

どんな()()になりたいか、それを宣言できたというだけでも、今の遥にとっては価値があることだったのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

いよいよ生徒会選挙結果発表を迎えた日、遥と美柑は生徒会室にいた。

 

「それにしても、本当に当選おめでとうございます。浅黄谷会長。それから、遥副会長」

 

衿華から引き継ぎを受けるために──二人とも、当選したのだ。

 

「あ、あのっ、ありがとうございましたっ! エリ先輩のお力があったから、わたしっ……!」

「エリ先輩……? ……こほん。まあ、それはともかくとして……実際のところ浅黄谷さんが勇気を出したからこその結果だと私は思っていますから。期待しています」

「は、はいっ。わたし、頑張りますっ」

 

そして、一連の引き継ぎを終えてそろそろ解散しようとしていた頃合いになっても、まだ美柑は緊張している様子。

荷物をまとめるのに苦戦し、ドアの建て付けが悪いことを忘れたのかうめき声を上げる。そんな風に、まだ抜けているところはある。

 

「ほんとに……エリ先輩にも負けないぐらい、会長として立派になりたい、のでっ……」

 

そこで負けず嫌いな衿華が口元を若干釣り上げたのはともかくとして──抜けているところはあれど、美柑にはそんな欠点をも埋めてしまうほどの強い熱がある。

憧れている衿華の前でもそう宣言できるほどに、芯の部分での強さがあるのだ。

 

「だからっ……よろしくお願いしますっ! 真白副会長っ」

 

そう最後に宣言すると、ピシャンとドアを閉めて美柑は部屋を出ていく。

そんな風にお願いされたのなら尚更だ。遥自身も頑張らなければと、俄然、そんな気持ちになる。

 

「……やはり、一年遅く生まれていれば……なんて、そんなことはさておいて、ですね」

 

どこか自分を納得させようとするかのように、誰に聞かせるでもなくそう呟きつつも。

部屋に残った遥に、衿華は向き直る。

 

「遥くん、改めて演説の際には良い()()を聞かせてもらいました」

「……衿華さんが誘導してくれたおかげです。多分、僕一人じゃ整理できてませんでしたし」

 

実際のところ、どんな()()になりたいか衿華が聞いてくれたからこそ、そこから逆算して遥は公約を作り上げることができた。

彼女にヒントを貰った回数は数しれず、やはり今でも頼ってばかりだとは思う。

 

「けれど、最終的には見つけられた──それは素晴らしいことだと思います。それに、縮こまっている人にだって手を差し伸べられるようになりたい──やはり、遥くん”らしい”ですね」

「……”らしい”、ですか?」

「ええ。遥くんにはひどく繊細なところがあります。それでも、人に手を差し伸べようとする優しさも、強さもあなたの中にはある──それを、私は何度も教えられてきました」

 

衿華がどこか遠い目をする時、それは『ヴィエルジュ』での出来事を辿っている時なのだと、最近になって遥にもわかってきた。

自分のしたことを俯瞰して見るのは難しい。それでも、今は衿華が口にする言葉に身を委ねていたかった。

 

「だからこそ、手を差し伸べるべき相手を見つけられる──それは、明確にあなただからこそできること、なのでしょうね。そして、そんなあなた達にならばこの学校を安心して託せます」

 

衿華の言葉にはどこか寂しげな響きが含まれていた。

過ぎ去っていく”いま”を惜しむような口調、歩き出すことへの不安を孕んでいて。

 

「私がいなくなった後も……よろしくお願いします」

 

それでも、「よろしく」と。遥たちに対する──今後への希望も、衿華は抱いてくれていたのだと思う。

 

「……僕も、()を守っていきたいですから。任せてください」

 

だからこそ、美柑の言葉も交えてそう返答した時、満足気に衿華は頷いた。

それ以降は互いに示し合わせたわけでもなく帰り支度を始める。

途中まで帰路は一緒だから、タイミングを合わせようと衿華を待っていて。

だけれど、帰り支度をする彼女はどこか手際が悪かった。

 

「そ、その……帰る前に一つだけ、伝えなければならないことがあってっ……」

 

そして、どこか普段と様子が違う──そんなズレたような感覚は言葉となって現れた。

引き止められて、思わず遥は立ち止まってしまう。

何も思い当たる節がない中で、妙な気まずさだけがその場を支配していて。

それでも、長い長い間を置いて、衿華はきちんと言葉を継いだ。

 

「……12月24日……空いていますかっ!?」

 

初めは日時ごと指定してくるなんて珍しいと思って。

そのまま「はい」と返そうとした直後に、遥はフリーズしてしまった。

 

「……クリスマスイブ……ですか?」

「……い、いえ。何もイブだからだとか、そういうわけではなく……こほん。単に受験も近い時期ですし、そんな時に遥くんがご一緒してくれれば、良い気分転換になると……そう考えたからでっ……」

 

言い訳がましく言葉を積んでいく衿華は尚更墓穴を掘っていっているように思える。

それでも、なぜわざわざイブを指定してきたのか──その意味について考えようとすると、遥まで正気ではいられないような気がしたから、ここは衿華の言い訳に乗ることにした。

頬は熱くなったまま、だったけれど。

 

「……気分転換……ですよね。空いてますから、ぜひご一緒させてください」

 

返事をした途端に、衿華は大きく息を吐いた。

それから、頬を赤らめながらもぱっと表情を綻ばせる。

 

「……そ、そうですか。ありがとうございます。では……約束、ですからっ……」

 

「約束」と、そう強調して。

 

「……はい。約束、ですね」

 

”魔法少女”が約束を守るもの、というのは衿華が言った言葉だ。

だからこそ、この約束もきっちりと果たされるのだろう。

そんな先のことを考えるとどこか余計に頬が熱くなる。そんな風に、どこか調子の狂う出来事が最後に一つあったけれど。

 

あの日差し伸べられた手を、次は差し伸べられる()()になりたい。

胸に灯った憧れがやがて芽生えさせた理想像。

まだぼやけたままでも、ようやく薄っすらと輪郭が見えてきた。

ゆくゆく、どんな風に像を為すのかはわからずとも、今はただ育てていこう。

 

「……よし」

 

約束をしたクリスマスイブ──そんな少し先にでも。

 

もう少し、胸を張っていられるように。

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