“魔法少女“のバイト事情、ワケアリにつき。   作:流星の民(恒南茜)

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#55 「魔法少女と特訓相手」

「紗さん、最近は何と言うか……大分ご機嫌ですね?」

 

近頃は遥も『ヴィエルジュ』では落ち着いて過ごすことができるようになっていた。

以前の生徒会選挙での一件から、少しは胸を張っても良いのだということを知って、また自信を取り戻せてきた、そんな日々の最中だ。

 

そうなると、周りにも自然と目が行くようになってくる。副会長になるならと、気配りを意識するようになってきたのも大きいのかもしれない。

 

そして、そんな遥にとって一番変化が大きいように見えるのは紗だった。

以前聞いた友人との和解というのが大いに影響しているのかもしれないけれど、近頃は給仕中にも笑顔は絶えない。それどころか、バイトが終わった今ですら、ベンチに腰掛けてはファンシーな手帳を開いて、何やら書き込んでは笑みを零していた。

 

「……べ、別に、そういうわけではありませんわっ」

 

だけれど、聞いたとしても彼女は何をしているのか教えてくれない。

だからこそ、紗の笑顔の秘訣というのは憶測の域で留めざるを得なかったけれど、笑顔が増えたのは何よりも良い兆候だった。

 

「……ところで、真白さんも考えてくれたんですの? ──打倒、杏先輩の……作戦を」

 

声を潜めて紗はそう話しかけてくる。

 

「……取り敢えずは、少しだけ考えてみました」

 

遥達が掲げた目標である「打倒・杏」の期限が刻一刻と迫ってきていたから。

 

「……もう一度聞きますけど、決勝だけではなく総選挙・予選でも勝ちたい……ということで良いんですよね?」

「当然ですわ。一度勝つ、立ち向かうと決めた以上は完勝を目指したい……今ならば、衿華さんの気持ちもわかるのです」

 

近頃の紗は時折自信に満ちた様子を見せる時がある。

 

『……わたくし、「総選挙・予選」でも杏先輩に勝ちたいんですの』

 

特にそう言ってきた時には多少面食らってしまった。

衿華と総選挙に向かっていた時と同じような──負けず嫌いさが、その言葉からは滲んでいたから。

とはいえども、今の紗は給仕の時に見せる振り付けだって以前より洗練されていて、その上、何よりも笑顔が良くなった。

 

きっと、笑顔を見せるべき相手──杏と向き合って、そんな風に笑顔を向けるべき相手と出会って──それこそ、彼女にとっての度重なる出会いがそのきっかけだったのだろうけど、それは立派な強みとなる部分だ。

 

マキが言うには紗の得票数は杏に次いで二位、しかも短期間で一気に上がってきたという。

それならば、『打倒・杏』という一見困難そうなことですら、彼女は成し遂げてしまうかもしれない──。

 

そう思えばこそ、遥は俄然熱の籠もった口調で紗に言う。

 

「その心意気……ですよね。わかりました、頑張りましょう」

「ええ。後輩同士の意地を……見せて差し上げましょう」

 

拳と拳を合わせ組んだ、共闘体勢にも近いもの。

『誰かを支えられる()()になりたい』と、そんな目的ができたからこそ、遥にとっても頑張りたい局面だったから。

 

……この時はまだ、そうしていられた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「──”カガヤケ! トキメケ! キラメキ☆キラピュア”──!」

 

歌い上げる声ははつらつ可愛く、飛び跳ねては笑顔を振りまくその姿はステージ上で輝く”魔法少女”──まさに”ヴィエルジュプラム”の底力だと言わんばかりだ。

給仕中の遥ですら一瞬手を止めて見入ってしまうほどのパフォーマンス。

ふと、ステージ脇に目を向けてみるとそこには次にステージに立つ予定の紗がスタンバイしている。

そんな近くでプラムのパフォーマンスを浴びてしまったら当然だと言うべきか、紗の視線はステージ上に釘付けになって、瞬き一つしないまま、ただただ見入っていた。

 

ふと、その唇がわなないたのが映る。

彼女の表情は純粋な憧れを映したものというよりも──そう、近い言葉を選ぶならば畏怖だっただろう。

 

「それじゃあ次はシアンに交代しまーすっ! あ、もちろんあたし──プラムもよろしくねっ!」

 

拍手に歓声と共にステージから降りていくその人懐っこい笑顔、ステージからプラムが離れることを惜しんでしまうような、そんな完成された”魔法少女”としての理想像があったからだ。

「プラムの出番、もう終わるのかよ」だなんて、そんな声すら聞こえてくるようだった。

 

「……ただいま紹介に預かりました”ヴィエルジュシアン”ですわ。わたくしのパフォーマンス──ぜひ、ご覧あれっ……!」

 

ステージに上がって笑顔をアピールしようとする紗──シアンの姿は、以前よりもずっと愛嬌があるものだ。それでも、言葉を吐ききった瞬間にスピーカー越しにノイズが散ったりと、どうにも集中しきれていない様子が見られる。

観客よりもずっと、プラムに一番影響を受けるのは誰か。

 

「”トキメキ、トゥインクル胸に──いまカガヤケ!”」

 

同じステージに立つことになる”魔法少女”だ。

恐らく今のシアンは、先程までステージに立っていたプラムの影響を引きずっていた。

 

「──”キラメキ☆キラピュア!”」

 

その瞬間にあくまでも一人の観客としてその場にいた遥が感じたもの──それは、物足りなさ。

 

紗が人一倍劣っているわけではない。むしろ、彼女だって”魔法少女”の中では十分に優れている方だ。

それでも、表情管理に振り付け──同じ笑顔を振りまくでも視線は散り散りになり、振りはプラムのものと比べるとあと一歩キレが悪い。

……ただ一つ、一位争いをしている相手──ヴィエルジュプラムがいるせい、比較対象があまりにも強力すぎるのだ。

 

「皆様、ありがとうございました。ぜひ、わたくし──ヴィエルジュシアンを応援くださいませ!」

 

拍手は湧く、歓声だって無いわけではない。

だとしても……プラムに、杏と比べてしまうと、やはり劣ってしまう。

 

「なぁ、誰に票入れる?」

「んー、シアンも悪くないけど……やっぱりプラムだよな。安心感があるっつーか……」

 

この『ヴィエルジュピリオド』という世界(コンセプト)において、杏が積み重ねてきたもの。

それは、少し表情が良くなっただとか──そんな小さな変化ではまだ食いつけないほどに大きな距離が、そこには立ち塞がっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……結果から言うと、紗さんがこのまま勝利するのは……難しいと思います」

 

その日のバイト終わりにロッカールームに集まって、まかないのお茶を囲いながらもぽつりと遥が口にした言葉。

それは、先程のライブでの手応えが悪かったからというのも原因としてはあったけれど、一番の要因は──。

 

『《魔法少女総選挙・冬の陣》予選の──中間発表をさせてもらうわね』

 

つい先程、ロッカールームにマキが貼り出した一枚の模造紙が原因だった。

 

「……でしょうね。わたくしが二位だったのはまだしも、杏先輩と二倍近く差がついてしまっていては……」

 

──勝てないだろう。

 

恐らく、紗が言外に滲ませていたのはそんな言葉だった。

数字から見ても、残りの期間を鑑みてもだ。短期間で順位を上げてきたとはいえ、それは外の”魔法少女”との間にそこまで得点差がなかったからできていたこと。

ただ……どうにも、今の杏との差を埋めきるのは難しいように思える。

 

「もちろん、真っ向から勝負するという紗さんの意志は尊重するべきですけど……ただ……このままのペースだと、多分期間が足りなくて。+αでテコ入れとまでは行かなくても……紗さんだけのパフォーマンスだとか……武器を、探さないと」

 

僕たちの武器を、と。以前の総選挙でも衿華の前で口にした言葉だ。

その結果生まれたのが寸劇だったわけだけれど、紗はそれを当初毛嫌いしていた。

そして、今回でも真っ向から勝負すると最初から主張していたのだ。

 

「……そう、なってしまいますのね……」

 

紗の表情に陰りが見える。今まで貫いてきていたスタンスを変更するか、勝利を諦めるか。そんな二択を突きつけてしまった以上、そう簡単に答えが出るわけもなかった。

 

「……取り敢えず、次のバイトまでにどうするか決めましょう。まだ少し考える期間はあるはずですから」

「……ええ。わかりましたわ」

 

返事が上の空になってしまっている紗を前にして、どうにも歯がゆさを覚えてしまう。

ついこの間掲げた『誰かを支えたい』という目標があるにも関わらず、今の遥は頼られるに値することをできていただろうか。

 

悩みは絶えない、絶えていいわけがない。

誰かの目標を共有している現状、それが叶わないとなれば、何とかしなければならない。

ただ、今までと違う部分が一つあったとすれば。

 

「……考えなきゃ」

 

それは、自身の力不足を呪うだとか、そんなことを隅に追いやって、ひたすらに思考する──そんな風に考えられるようになったことだ。

考えて、足取りだけはしっかりと保って、向かう先で迷ってしまっても足だけは止めたくない。

 

紗が帰っていった後の『ヴィエルジュ』。ロッカールームは静かで、どうにも考え事をするには最適なように思えた。

広げたノートに文字を綴っていく。

ただ、ただ、ただ──ひたすらに。遥はその手を止めなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「──”シアン・フーガ”! ……どうかしら?」

 

次の日の学校帰り、立ち寄った場所で紗は早速お伺いを立てていた。

”魔法少女”ならと、的確にアドバイスをくれそうな相手に一人心当たりがあったのだ。

 

「すっごいですっ!  やっぱりすずさん、キラピュアみたいですっ!」

「ありがとね、陽菜ちゃん。でも、何かこう……わたしに足りないものとかって、わかったりする?」

 

”魔法少女”に現役で触れているであろう陽菜。

彼女ならばもしかして──と、アルバイトで帰りが遅くなるという紫菜にOKを貰いつつ、先に紗は彼女の家を訪れていたのだけど。

 

「足りないものですか……? えーっと、えとっ……」

 

どうにも真面目に質問を吹っかけてしまったせいで、逆に陽菜を困らせてしまっていたようだった。

 

「……ただいまー」

 

どことなく気まずい状況下で、その時、ドアが開いた。

帰ってきた紫菜は紗と陽菜、それぞれの顔を一瞥すると、げんなりとしたような表情を作る。

 

「……蒼井、なに陽菜を困らせてんの」

「違うの、紫菜さん。これは……困らせるというか、協力してもらってたというか」

「そうだよ、お姉ちゃん。わたしも、楽しかったし……」

 

紗の言い訳にはさして耳を傾けない紫菜も、流石に陽菜の言葉には弱いようだった。

「それなら」と、それっきり黙り込みながらも、鞄を床に置く。

 

「……ねぇ、お姉ちゃんも何か手伝ってあげられないかな?」

 

そんな時、陽菜から持ちかけられた言葉は──恐らく、紫菜にしてみれば、予想外のものだったのだろう。

 

「……待って。それって、蒼井のバイト先のやつだよね? アタシが関わっちゃってもいいわけ?」

 

怪訝な顔をして紫菜が質問してきたこと。

それはあくまでも、バイトと関係ない自分が関わって良いのか……と、そう聞いてきているだけだったから。

 

「大丈夫よっ! むしろ、紫菜さんが噛んでくれるなら力強いわ!」

「……そ、そうなの……? で、でも……」

 

紫菜にしては珍しくたじたじと、その場では押されているように見える。

あと一歩だと、そう紗が感じた瞬間に、援護射撃がもたらされた。

 

「わたし、お姉ちゃんにも手伝って欲しいな……」

 

上目遣いでまじまじと、そんな風に陽菜に見つめられてしまっては、もう断るのは難しいようで。

 

「……わかった! わかったから……手伝うっ……」

 

ついに紫菜は折れてくれた。

陽菜が軽くウィンクを送ってくる。「ありがとう」と返すように、紗も目配せをした。

意外と陽菜には聡いところがあったのだ。

 

「……アタシが……まさか、ね」

 

口先で何やら続けつつ、紫菜が机に腰を下ろした時だった。

その視線は、机上にあるマスコット柄のファンシーな手帳で止まる。

間違いなく紗のもの。片付け忘れていたものに──思わず反応が遅れてしまって。

それでも、誤魔化すには手遅れだった。

 

「ねぇ、これ……なに……?」

 

──『紫菜さんノート』と。

 

その中身を一瞥してから手帳をつまむと、紫菜は紗を睨む。

気まずさと気恥ずかしさで、自分が書いた文面をパラパラと紫菜が捲っていくのを前に、紗は何も返せないでいた。

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